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2018-02

ピョウタンの滝(中札内村) - 2018.01.16 Tue

 中札内村の札内川上流域にピョウタンの滝と呼ばれる滝がある。
 名前の由来は、これも多分に漏れずにアイヌ語の『ピヨロ・コタン』からきており、その意味は『小さな砂利の多いところ』というものらしい。また、この他に『ヒョウタン』から転じたというものや、かつて近くに『ピョウタン沢』という地名があったからとの説もあるが、これらは少数説に過ぎない。
 この滝の存在は以前から知っており、この周辺一帯が札内川園地として公園整備されている。この公園の中にはパークゴルフ場もあることから、ここを訪ねたことも2度、3度と複数回ある。
 9月7日、ここを再訪している。
 この前に上札内公園パークゴルフ場でプレーを終えているので、ここでそれをするつもりはなく、単純に観光ために訪れている。とはいえ、現在では滝の前に設けられていた展望台は壊れて立入禁止になっていることもあって、観光といっても遠く離れた橋の上から眺めるだけである。ということもあって、写真の2、3枚も撮れば、もうやることはないと、至って頼りない観光地である。
 この滝は、落差9メートル(m)、滝の幅80mの規模で、なかなか立派な眺めである。
 とはいえ、これは元々あった自然の滝ではなく、当時、ランプ生活であったこの地区の住民のために、戦後間もない1951年、ここに小規模水力発電所を建設する計画が持ち上がり、ここにダムというか、取水用の堰堤を建設することになった。
 3年後、1954年にダムは完成を見て、発電も開始された。しかし、翌年、豪雨によって上流から流されてきた土砂によってこのダムの中はスッカリ埋没し、発電施設も壊滅的打撃を受けて、再建を断念せざるを得なくなり、以後、そのままに放置されることになった。
 このダムというか、堰堤は、川の中央にあった自然の岩をコンクリートで巻き込むようにして作られていたため、自然の滝のように見えることから、これを何時しかピョウタンの滝と呼ぶようになった。
 1977年以降、ここを公園としての本格的な整備に着手、トイレ、駐車場、キャンプ場、パークゴルフ場、野外ステージなどが順次作られ、今の公園としての姿が次第に整備されてきて、現在に至っている。
 このような経緯をみると、この公園は『ヒョウタンから駒』といった趣もあり、命名の由来が『ヒョウタン』からというのも分からないものでもない。
2018_01_16 ピョウタンの滝-8644

上札内公園(中札内村) - 2018.01.15 Mon

 9月7日、十勝は幕別町の『道の駅 忠類』で目覚めた。
 前日は、この忠類のパークゴルフ場で思う存分楽しんだので、この日は気分を変える意味で隣村の中札内村の上札内にあるパークゴルフ場でプレーをすることにした。
 上札内という所には、小学校や郵便局もあるので、中札内村の中にあっても主要地域と思われる。このような土地柄のためか、パークゴルフ場は、上札内パークゴルフ場および上札内交流広場パークゴルフ場という2つのパークゴルフ場がある。この2つは、何れも18ホールで、背中合せにあり、これらを1つに見立てて36ホールのパークゴルフ場といってもいいような関係である。
 このうち、前者は林間コースの趣で、林の中を縫うようなコースが造られ、また、ここは長いホールは100メートル(m)を越えており、思いきって伸び伸びとプレーできるので私としては好きなコースである。加えて、このコースは林間コースということで、地面が固いのでボールの転がりもよいので、長いコースが苦にならないということも私が好きという原因にもなっている。
 この日は、まず、林間コースのほうから始めることに決め、共に第1打を打って歩き始めた。ボールの飛んだ位置の半分も行かないうちに、目の前を走りまわる小動物の存在に気付いた。
 その動く物体をよく見るとリスであることは分かったが、パークゴルフのプレー中であり、カメラなどは持っていない。でも、このようなチャンスはそうそうあるわけではないので、カメラを取りに戻ることにした。
 こうなれば、クラブを放り出して、カメラの積んである車に向かって走るのみだ。車に飛び込んでカメラを掴んで、走って戻るが、そう長い間、同じ場所にいてくれるはずはないので半分は諦めていた。
 現場に戻り、「どう、いる?」と妻に尋ねると、黙って頷き、指を差した。その先には黒いものがいた。カメラを覗くと背中が黒いので、何時も見慣れたエゾシマリスではないことに気付き、余計にテンションが高くなる。ここに戻るまでに、カメラは連写モードに切り替えてあるので、こういう動く被写体を追いかけるにはもってこいであった。
 こうして、何枚も、何枚も撮ったが、そのうちに彼も遠くへ行ってしまった。それでもカメラを取りに戻る何分間の間、よくぞ留まっていてくれたものと、幸運に感謝していた。
2018_01_15 エゾリス-8592

美幌峠(美幌町) - 2018.01.14 Sun

 9月6日、日の出前に目を覚ましたが、車の外は濃い霧に包まれていて何も見えない。それでも、念のために展望台のほうへ様子を見に出かけてみる。
 こんな天気であるのにかかわらず、展望台への道にはこんな早い時間に関わらず日の出を見にきた観光客だろうか、何人かの人たちが行き交っていた。だが、この濃い霧ではとてもではないが、日の出が見られるとは考えられず、途中で諦めて車に戻る。
 車の中で横たわっていると、少しウトウトと眠ったようだ。次に目覚めたとき、車の外がいやに明るくなっていた。あれだけ濃かった霧が、何時、取れたのだろう。驚くよりも早く、カメラを持って車から飛び出していた。
 だが、展望台までは距離がある。走っても日の出には間に合わないことは明らかである。別に展望台にこだわらなくてもいいので、とにかく日の出に間に合いたいが……、こんな心境をあざ笑うかのように太陽は決められた時間に正確に顔を出したようである。
 結果は、赤い斜里岳2枚を写しただけに終わってしまう。
 残念な思いを抱きつつ、展望台のほうへ歩いていくと、途中で老カメラマンが三脚の上にカメラを乗せていたのが目に付き、彼に尋ねてみた。
 すると、彼の答えは、「私は80年生きているが、この人生のなかで、ここのように美しい日の出を見たのは初めてだった」というものだった。
 これを聞くと、先ほど、車に戻って寝直した自分に無性に腹立たしく思えた。あのまま、寒さに耐えても、あの霧が取れる瞬間を待つべきだったとの反省の気持ちが湧き上がってきたが、反対に、あのまま待つというのは異常だという気持ちも半分以上を占めていた。このあたりが素人カメラマンの限界かもしれないという自虐的な気持ちもあって複雑であった。
 このとき、日の出と反対側の西側は、下の写真のように、これだけの濃いガスが出ていた。
2018_01_14 屈斜路湖-8568

屈斜路湖(弟子屈町) - 2018.01.13 Sat

 9月5日、この日の宿は美幌峠の道の駅(ぐるっとパノラマ美幌峠)とするべく、まだ日の高い時刻に到着する。
 この日は、終日、天気が良かったので綺麗な夕陽が撮れる可能性が高いので、このときが訪れるのを今か、今かと待っていた。
 やがて、そのときがやってきた。
 満を持して峠から上に作られた展望台へ向かって登って行く。だが、無情にも西のほうには厚い雲がかかっていて、コンディションはあまり良いとはいえない。それでも、雲が取れる可能性もあるので、これを祈りながら待っていた。雲と雲の間が切れていて、ここから漏れ出す光は黄金色、茜色が見られ、『雲よ、退け、退け』と祈るものの、こんな願いが届く訳でもなく、雲の間から漏れ出てくる光の色は力の弱いものと化してきた。完全に雲の向こう、山の向こうに落ちていったようだ。
 本日の日没は、このような状態で、写真に残せるようなものではなく、この面では残念な思いであった。
 諦めて展望台から降りかけて、反対側の屈斜路湖に目を転じる。
 湖は、それまで照らしていた夕陽は終わり、夜の帳(とばり)が降りかけてシットリとしてきた。こんな湖の上を見ると、何だか頼りないような小さな月が雲に隠れるでもなく、弱々しい光を放っていた。こんな弱い光では湖面を照らすこともできそうもないのに、何処にこのような力を秘めていたのだろうか。湖面には月から放たれた光の帯ができていた。
2018_01_13 屈斜路湖-0628

オーヴェールの丘(大空町) - 2018.01.12 Fri

 大空町にオーヴェールの丘と名付けられた場所がある。
 そもそもオーヴェールの丘というのは、画家・ゴッホの絶筆として有名な作品である『カラスのいる麦畑』に登場するフランスのオーヴェールにある丘だといわれる。
 この作品は、横長のキャンパスの下に麦色の農地が広がり、その上を多くの黒色の鳥が飛んでいるという構図である。
 この絵と大空町のオーヴェールの丘と比べ見て、それほど似ているようには感じない。
 では、どうしてそう呼ばれるようになったかというと、黒澤明監督の映画『夢』の第4話である『鴉』の一場面に、この地がフランスのオーヴェールの丘の代替として使われたという経緯があって、これ以後、このように呼ばれたらしい。呼ばれたというより、大空町が観光に一役担わせるために呼ばせたというほうが的を射ているようであるが……。
 実際の撮影には、その日に備えて何日もかかって多くのカラスを捕まえて飼っていたのを、ここで一斉に放って、ゴッホの絵に似た光景を作り出したらしい。
 では何故、ここが選ばれたかというのは、映画の場面に使う場所をいろいろとロケハンするうちに、ここが黒澤明の思い描くオーヴェールの丘のイメージに近いという理由で、ここが撮影場所になったということであろう。あるいは、ここの景色が映画の場面として最も適していたということで、実際に似ていようが否かは問題ではなかったのかもしれない。
 女満別の実際の場所はというと、丘陵地の畑の連なる農村のど真ん中、人家もなければ畑以外には何もないという場所である。ここには丘陵地という地形に沿った波打つ道路が走り、そのずっと先に斜里岳が横たわるという景色である。
 9月5日に、ここを訪れた。
 この日以前に今年だけでここへは2回はきている。だが、天気に恵まれず、1回は曇り空で近くしか見えなかったし、2度目は晴れてはいたが遠くには雲がかかって遠望ができず、あるといわれる斜里岳の姿は見られず、本当にここから斜里岳を見ることができるだろうかと危ぶんだほどだった。
 この日は、前回同様、天気は良かったが、それほど期待はしていなかった。だが、実際にここに立ってみると、道の先には斜里岳が見えていて、やっと念願が叶ったと、初めて見るこの景色には感動していた。よくよく考えれば、私も大空町の観光策に乗った愚かな観光客だったといえる。
2018_01_12 オーヴェールの丘-0575

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