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2018-04

本およびアルバムの製作に奮闘 - 2017.02.01 Wed

 つい、この前、新年の御挨拶をしたばかりだと思っていたら、いつの間にやら、1月は終わっていた。
 この間、私自身は忙しく、1日、1日を過ごしていたため、余計にこのように感じるのかもしれない。
 昨年の12月の初めに脳のMRI診断を行った。
 その結果、前回(4年前)と比し、格別に大きな変化はなく、ひと安心という結果だった。とはいえ、私が画像を確認したところ、前回も気になっていたことだが、頭蓋骨と脳みその隙間が、そのときに比べると大きくなっていた。
 これ以後、このことが心配の種になっている。
 この症状は、大人の頭蓋骨は成長しないから脳みそが小さくなって起こる、すなわち脳の委縮する現象と考えられる。
 人間として生活するのに、どれくらいの脳みそがあればよいかなど、専門的なことは分からないが、小さくなればなるほど働きは低下すると考えると、ある程度の段階で人間以下になることも充分にあり得る。
 要するに、脳の委縮の進行は、換言すると人間から遠ざかっているということになる。私も、これがもう少し進めば、身内の者に対しても「あなた、どちら様?」と言い出すかもしれない。
 医者は、脳卒中を危惧してMRI診断を薦めたが、私自身はこれらを患ったとしても、それはそれで仕方がないことだと諦めも付く。しかし、脳の委縮が進行して人間から離れていくことを想像すると、これは何としても避けたい、恐ろしいことように思える。
 このように考えると、人間として物事を考えられる期間が縮まっていることは確かであり、頭が何とか働いているうちにやっておくことは済ませておこうと考えるようになる。
 身辺整理といっても、たいしたものは残していないので、姫君に口頭で伝えればそれで終わり、いとも簡単である。
 これ以外で何をやろうかと考えると、私の後半生に注力した山に関したものを少しでも整理しておきたいと思う。
 2012年に2ヶ月をかけて北海道内を回って、花の写真に特化した旅の記録をまとめてみようと思い、『北海道の花旅』という題名で、3冊目の本を制作することにし、準備に取り掛かる。
 これと並行して写真の整理も行うことにする。時間があまり多くはないと考えられるだけに、何もかも急ぐ必要があるので大変である。
 写真は、近年では殆どの人がそうだろうと思うが、パソコンの中のフォルダに入ったままになっている。私自身は、これでも何とかなるが、残されるであろう姫君は、この箱の中を覗くことができないので、アルバムにでもしておく必要がある。
 話は変わるが、先年、本を印刷したいと思い、ヒューレット・パッカ―ド社製のプリンタを購入した折、同梱のソフトウェアをインスツールしたら、アルバム印刷用のものが入っていた。
 このソフトウェアを使用するとアルバム帳のページはできるが、これを一冊の写真帳にまとめる方策が思い浮かばず、これを使うことなく放置してあった。
 でも、時間がないと思うと知恵も湧いてくるもので、セロテープでページを連結、1枚の表紙でグルッと巻くと何処へ出しても恥ずかしくないアルバムができることが分かる。
 この方法が見付かれば、アルバム作りも弾みが付く。
 昨年の『北海道車旅』(上下、2冊)、2012年の『礼文島花図鑑』などを作成する。
 また、年が明けてからは、殆ど、『北海道の花旅』の校閲にかかりきりの状態である。
 この本は、前著の『北海道車旅』と同形式ながら、差し込みの写真は花のみと限定した。この性格上、印刷はカラーで行いたい。
 この印刷代の見積もりを依頼してみると、黒単色に比して数倍の印刷代を要することが分かって、一時、計画は頓挫した。しかし、これを自分で印刷することで、何とか打開する。
 しかし、これも大変な作業となっている。何しろ、1日中、印刷してもジーコ、ジーコと1枚づつを刷るので時間がかかって往生する。しかし、根気強くやるより仕方がないので、腹をくくってボツボツとやっている。
 これらは、私が人間であるうちにできるかぎり済ませておきたいが、期限が分からないので、もどかしく思う、今日、この頃である。
アルバムほか 0

年頭の御挨拶 - 2017.01.01 Sun

 2017年の元旦は、これほどの朝は年に何回もないというほどに、気持ちよく晴れ上がりました。この穏やかな朝は、これから始まる2017年の先行きを表しているようでもあって、嬉しさが込みあげてまいります。
 しかし、昨年からの流れをみていると、この天気ほどに楽観はできないようにも思われます。
 昨年は、どんな年であったでしょうか。
 私には、『まさか』の1年であったと感じられました。
 米国では、下馬評の低かったトランプ氏が次期大統領に決まりました。これを誰が予想したでしょうか。『まさか』の一語に尽きます。
 また、欧州へ目を転じれば、英国が国民投票の結果、ヨーロッパ共同体(EC)から脱退を決めたことも、『まさか』でありました。
 一方、わが国では、何はさておいて天皇陛下が譲位のお気持ちがあることを示されたことも、私たち国民にとっては、『まさか』のまさかでありました。
 このように『まさか』は遠くで起こったばかりではありません。
 私の身近でも『まさか』は起こっておりました。
 私たちが、昨年、2ヶ月余の長期にわたる北海道放浪の旅を敢行できたことも、一昨年の状態をからは、これも『まさか』でありました。
 私たちの『まさか』は、嬉しい『まさか』であるが、これ以外の『まさか』は後あとまでも尾を引く問題も抱えているだけに手放しで喜んでいるだけには参りません。というより、これらの『まさか』が、本年に及ぼす影響を計りきることは出来ません。
 とはいえ、これらの『まさか』が、私たちにとって悪い影響だけを与えるとも考えられません。これからの1年が終わって、昨年の『まさか』が、本年にとって良い影響を与えてくれる『まさか』になることを信じたいと思います。
 とにかく、これだけのよい天気の正月は滅多にあるものではありません。きっとよい1年になるだろうことを念じたいと思います。
 私自身も健康に留意しつつ、姫君につつがなくお仕えできるように努めたいと思っております。
2017_01_01 槍が岳②
  《1999年1月1日 後立山の稜線から槍・穂高を眺める》

カジノ解禁法案可決 - 2016.12.05 Mon

 12月2日、カジノを含む統合型リゾート(IR)の整備を政府に促す『カジノ解禁法案』が衆議院の内閣委員会で可決されたと報じられた。
 これまで、たびたび、話題に上がっていたカジノという賭博場が日本でも公に認められる方向に1歩を踏み出したことになる。
 賭博行為は、これまで反社会的行為であるとして禁止されてきた。これを企てた者ならびに参加した者は刑事罰が下される。
 とはいうものの、これは表向きのことで、政府ならびに地方公共団体が主催する賭博は悪いことではないと認められてきた。これら公認賭博は、宝くじに始まり、競輪、競馬、競艇などなどがある。
 また、毛色の変わった賭博としてはパチンコがあるが、これは屁理屈を付けて、賭博ではないと認められていて、大手を振って民間業者の手で運営されている。
 こうしてみると、日本では実質的には賭博は適法として公に認められている部分も多いが、名目的には違法として処罰の対象になっている。そして違法として取りしまりの対象になる賭博は、大きいところでは闇カジノを始め、違法性集団の関与する賭博、小さいところではサラリーマンの麻雀まで、ごく日常的に行われていることが多い。
 これはこの国特有のダブルスタンダードであるが、私たち国民は痛痒を感じない問題だとして、深く考えずに現在まで来ている。
 憲法でさえも平気で2つの基準があっても何の問題もないと考える国民性であり、このような瑣末な問題にいちいち目くじらを立てることはありえないことであろう。
 カジノという賭博場を考えてみよう。
 私はテレビ、映画で得た知識を持ち合わせているに過ぎないが、カジノはスロットマシンから始まり、ルーレット、カードなどを使用して賭博を行っている場所であるらしい。
 スロットマシンは、パチンコ屋内でも設置してあるので理解できている。
 ルーレットは、昔のチンチロリンという原始的なものや、映画に出てくる丁半博打を複雑化、高級化したものらしい。
 また、カードはトランプ博打で、私たちでも正月に家族で遊んだ経験のある者も多いことだろう。
 雰囲気は、シャンデリア輝く豪華な場所に、綺麗に着飾った紳士淑女が集まって、優雅に賭けて遊ぶというものが想像できるが、実態はドロドロとした慾と金がまみれる鉄火場に相違なさそうだ。
 一般観光客がスロットで遊ぶのは、私たちがパチンコ屋に行って遊ぶのと大差ないだろうが、ハイソサエティの人が大きなレイトで遊ぶ場合を想像してみよう。
 大きく勝ち、小富豪になって帰る人もあろうが、スッテンテンになるのならまだしも、大きな借金を抱えて帰る人もいるだろう。
 後者の場合、店側は当然のこととして回収を目論む。
 客側は、後日、スンナリと借りを返す人もいるだろうが、反対に支払わない人も出てくるのが人の世の常である。
 このような際、後者に対して甘い顔ばかりしていれば、当然、店側は立ちいかなくなるので、取り立ては厳しくせざるを得ず、いろいろとトラブルも発生するだろう。このトラブルを起こさせない取り立てには、それ相応の手段を用いるだろうし、これを生業(なりわい)にする取り立て業者に任せることになろう。こういうところから鉄火場(カジノ)業者と反社会勢力との結び付きは始まり、次第に持ちつ持たれつという関係になって行くのだと思う。
 少額の金を賭けるサラリーマンの麻雀が違法と認定される社会で、10億円年末ジャンボ宝くじに狂奔する人がいたり、今年の最後の重賞レースの有馬記念に幾ら賭けると大声で叫ぶ人がいる不思議さは看過できない。
 宝くじに当たることを夢見る人、有馬記念にうつつを抜かす人らには、怠惰浪費の弊風は言うに及ばず、勤労の美風などは、時代遅れの最たるものでバカ気ていると思う人ばかりであろう。
 仮に、このように考える人々が多ければ、総ての賭けは公認とすればよい。
 ある種の賭けはよくて、ある種の賭けは悪いというややこしいことは、私のように末期高齢者になると分からなくなるので、わずらわしい限りである。
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 本ブログは、11月4日以降、更新を怠っていたため、ペナルティとして主宰者によって広告を強制的に付けられた。
 このため、何かを投稿しなくてはならないが、最近は山へも行っておらず、材料に事欠くことになった。
 時事問題については、70歳を越えて死んでいくのを待つばかりの身では、あまり書きたくはないが、この期に及んではいたしかたなく、昨日の新聞記事に基づいて書いてみた。この問題、私なりには賛否はあるが、これについては直接に言及しないことにした。

北海道車旅日記を上梓 - 2016.11.05 Sat

 北海道から帰って、ブログの整理に1ヶ月ばかりかかった。
 この整理を行っていると、旅の期間、82日間を休まずに書き続けた日記がかなりの量になったことに改めて気付き、これをまとめて本にできないかという慾が出てきた。
 そのときは正確な文字数は分からなかった。しかし、日記をワードの基本形であるA4版、1行の文字数35文字、行数は36行に換算すると、1日当たり最初の頃は1枚程度のボリュームであったものが、その後、旅に慣れ、また、タブレットの入力操作にも慣れてくると次第に増えて、これが2枚、あるときは3枚と増えていた。1日の平均をA4版換算で1.2枚と仮定すると、82日間で12万字になる。こうしてみると、3ヶ月弱の毎日の積み重ねは、やはりたいしたものだ。少なく見積もっても10万字は書き綴ったことになる。
 先の私の処女出版、『私たちの山の履歴書』の文字総数は20万字弱である。ということは、今回の日記を本にすると半分程度のボリュームはあることになるので、本になりそうだと考えた。
 そこで、前の本はB5判だったものを、今般はA5版にサイズを落として、これの2段組を基本形にすることに決める。また、B5版からA5版に縮小したのに伴い、文字サイズも前の10.5ポイントから10ポイントに落として、体裁を整えた。
 ブログは横書き、本は縦書きである。
 この矛盾は、横書きのものをコピーして縦書きフォームの本の原稿用紙に張り付ければ、縦書きの2段組にいとも簡単に書き直すことができる。
 だが、このままでは見た目が悪いので、日記のような体裁にしなくてはならない。生まれてこの方、日記などは付けたことはない。したがって、日記帳も見たことがないので、どうしたらよいかも分からない。小学生の頃の絵日記には日付と天気が別書きになっていたような記憶があるので、これに従う。また、車旅で、毎日、毎日、車を走らせ、走行距離を記録していたので、これも最初のほうに持ってきて、分かりやすく表示をすることにした。
 なお、小学校時代の絵日記の記憶と偉そうにいったが、実はこれについて書く資格はない。それには、こんなエピソードがある。
 小学2年の夏休みに、絵日記を書く宿題が出た。
 夏休みが終わって学校へ行くと、宿題の提出を求められたが、絵日記など1日も書いておらず、出すことができない。どうしたかの先生の問いに、小心な私は「家に忘れてきました」と嘘をついてその場を取り繕った。
 家に帰って、「ワッ」と泣きながら母親に事の顛末を説明、そのまま寝てしまった。
 翌朝、起床すると絵日記が出来ていた。夜遅くまで掛かって、母と姉が私の夏休みの生活を絵日記にしておいてくれた。
 もう1つ、やらなくてはならないことが残っている。
 それは、ブログでは姫君を家来の三太夫がお守りして山へ行くという設定になっている。実態はこのままであるのだが、改めて本ともなると、この背景は相応しくないように思える。このため、これら人称を変える必要がある。
 これがなかなか大変な作業であった。きちんと読み返しているつもりではあるが、これを読み飛ばしている。いつも姫君と書いているので読んでも違和感はなく、そのまま読み飛ばしてしまうらしい。
 まだまだ、探せば手直しする部分は出てくるだろうが、適当な所で折り合いを付けて校了とする。この結果、文字総数は16万2783文字、表題および奥付けを含めた頁総数260頁という体裁になった。
 次は、表紙である。
 私は絵心というものはまったく持ち合わせていないので、自分で作るといっても手書きは出来ず、必然的に写真になる。北海道で撮った写真は、姫君と2人で1万枚以上もあるので、簡単だと思っていたが、これがなかなかどうして本の表紙として適当だと思えるものがない。
 散々に悩んだ末、十勝の農村風景に決める。
 これに題名を入れてみると、結構、落ち着いた表紙になっていたので満足できた。
 1部だけ、印刷して製本してみた。
 以前、写真集を作成したとき、1度、自分で行ったが、このときは綴じ目が破裂したことがあったので、今回は背表紙部分に糸を入れて補強したが、これでどれだけ強度が増したかは今のところは分からない。
 とはいえ、260頁という厚手印刷物の製本は初めての経験だったので、果たして製本ができるか否か危ぶんだが、まあそれなりの体裁のものに仕上がった。
 あとは、これを大量に印刷および製本を如何にすべきかという問題というか、最大の難関が待ち受けている。これには資本を必要とするが、この出処がないので思案のしどころだ。
 この問題を何とかクリうして本当の意味での上梓に漕ぎつけたいと思っている。
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信書の雑な扱いに怒り - 2016.10.17 Mon

 昨年、自宅マンションの1階に設置してある集合郵便受けが変わった。
 これにより従来は小型南京錠を各自で取り付けていたのが、カギ付きの郵便受けに変わった。横幅は変わらないが、縦サイズが小さくなった。これにより恰好が良くなったが、その分、収容量は減少した。このため、何ヶ月も郵便物を溜めるには不向きとなった。
 今夏の北海道旅行は長期にわたるため、郵便物を溜めて置くには容量が不足するという問題が出てきた。
 この打開策はないかと郵便局に問い合わせると、次のような回答を得た。
 『旅行や帰省など、長期間ご不在となる場合は、不在となる期間(最長30日)をあらかじめ不在届により届けていただければ、その期間内に到着した郵便物等は、届出期間終了後に配達にお伺いします』と、いうものだった。
 最長30日というのがネックとなるので、これに対抗する方策があるかを尋ねたところ、『再度、旅行先で不在届をその土地にある郵便局に提出していただければ30日の延長が可能です』との返事であった。
 このため、6月20日に最寄りの郵便局から『6月26日から7月25日』の間は不在になる旨を届け出てから出発した。
 ちなみに、北海道でも7月22日に『7月26日から8月25日』の不在を、また、8月24日に『8月26日から9月25日』の不在を、何れも自宅を所管する集配局である名古屋北郵便局宛に届出しておいた。
 これで旅行中の郵便物の配達は行われないので安心であるが、問題は郵便局扱い以外の会社(ヤマト運輸など)による配達物である。これらはダイレクトメールが中心で、仮に離散したとしても問題はないため、郵便受けが満杯になったら抜き取ってもらうことを隣家に頼んでおいた。
 9月15日の朝、ほぼ3ヶ月ぶりに自宅に帰ってきた。
 玄関を入ると、ここの新聞受けに2枚の不在票が挟み込まれていた。
 不在票とは、郵便物を届けたが不在だったので持ち帰ったが、定めのある期間は局で保管するから、その期間中に配達に都合のよい日を連絡して欲しいという連絡票のことである。
 これを見て、小包、すなわち『ユーパック』は郵便物にはならないのかと思って、もう1枚の不在票を確認すると、これは小包ではなく簡易書留郵便物だった。
 小包が除外だということは、例えば、建前の1ヶ月間の保存に耐えられないものもあるので、局預かりからは除外も充分に考えられる。しかし、簡易書留は紛れもない郵便物である。これが配達されたとは奇異な感じがしたが、何はさておき、姫君の診察を優先、整形外科医院へ行くことにした。
 ここから帰って改めて郵便受けを確認すると、ダイレクトメール以外の郵便物もたくさん入っているではないか。
 北海道からの通知した不在届が何かの間違いで届いていなかったかと思い、郵便物の消印を確認をしてみると、名古屋で届け出ておいた不在期間の7月中に配達されたものも何通もあった。
 これでは、何も不在届を出していても何の役にも立たなかったことになる。
 私は短気なだけに、当然、怒り心頭に発したことはいうまでもない。早速、郵便局へ架電して猛烈に抗議をする。
 すると、その日の夕刻、名古屋北郵便局の集配課長と課長代理の2人が訪問、局預かりになっていた郵便物を持参すると共に謝罪していった。
 このとき、2人によって届けられた郵便物は少なく、大半のそれは既に届いていた。
 これでは何のための預かり制度であるか分からないし、それより何よりも郵便局内で郵便物の扱いが如何に粗雑に扱われているかを垣間見した思いであった。
 このような見識に欠ける郵便局という民間会社に信書を扱わせて、果たして、秘密が守られるものであろうか、はなはだ疑問が残る。
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