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2017-11

城山史跡の森 - 2016.05.08 Sun

相変わらず花が多く堪能
 ゴールデンウィークの遠出は混むことが予測されるため、これを避ける意味で4月22日から1週間くらいの予定で茨城県ならびに千葉県に旅に出る。
 この旅の1番の目的は、ひたちなか市にある国立ひたち海浜公園のネモフィラ(花)を見ることにあった。これを見物した後、房総半島をグルッと回って群馬県に住む友人を見舞う。
 この後、草津温泉へでも回るつもりであったが、生憎、天気が悪く、ここを中止して帰ることになった。
 真っ直ぐ、帰っても面白くないので、予定はしていなかったが、途中、木曽福島で城山史跡の森に立ち寄り、花を求めて散策することになった。
 4月29日の朝は、『道の駅・こぶちさわ』で迎える。早朝には青空が顔を覗かせていたが、これは一過性のものだったようで、間もなく、青空は消えて霧雨が降り出す始末であった。このため、午前中に予定していたオキナグサの鑑賞は潔く諦めて、午後から予定していた木曽福島へ向かう。
00000 城山地形図550
 10時前に木曽福島に到着するが、この頃には天気も回復して暑くもなく、寒くもなしというよい天気に代わっていた。
 本日は姫君も久しぶりに一緒に歩くので、できるかぎり身体の負担の少ないルート、何時もとは逆に回ることにする。すなわち、街中の有料駐車場に車を停めて、林道から権現滝に行き、ここから一気に下山するというルートである。
 これだと、駐車場と権現滝の標高差230mを水平距離3070mを歩いて登り上がることになり、標高差230mを720mの水平距離で登るよりは比べ物にならないくらい楽ができるという計算もあってのことだ。ちなみに、最高地点までの斜度は、前者が7%、後者が32%ということをみても明らかである。
 9時55分頃、駐車場を後にして歩き始める。
 だが、このコースは最初のときに1度歩いただけで、コースはうろ覚えである。しかし、ここは街の中で訊く人には事欠かない。通りかかった初老の男性に尋ねると、「興禅寺の角を曲がっていけば……」と直ちに教えてくれる。寺の角を曲がると、記憶が蘇ってきた。あとは、迷うことなく登山道というか、林道というか、どちらを使えばよいかは分からないが、何時ものルートへ入っていくことができた。
 林道へ入ると、次から次へと花が現れる。その都度、それをしゃがみ込んで写していくので、遅々として進まない。
 でも、困ったことがある。当初は2時間もあれば1周して帰ってこられると軽く考えていたので、昼食を用意していない。
 結局、権現滝にきたとき、12時を大きく回り、40分になっていた。私は血糖値を下げる薬を常用しているため、昼食が遅れると体調に異常をきたす恐れがあるので、これが心配だった。でも、幸いなことに異常な症状は現れずに済み、ヤレヤレであった。
 行人橋の近くの下山口に到着したとき、13時55分。ここから600mばかり、車道を歩いて駐車場に戻り、大急ぎで車に積んであった食材で、昼食を済ませる。
00000 権現滝
 

草木(くさき・830m) - 2016.05.05 Thu

ヤマシャクヤクに対面
 4月下旬(23日~29日)に茨城県ならびに千葉県へ旅をしたが、この間、気になっていたことがある。それはヤマシャクヤクの時期を逃してしまうのではないかということだった。
 そこで、5月1日は家庭サービスに費やして、翌2日に満を持して、この花が咲くといわれる孫太尾根(藤原岳)にいく予定を組む。
 起床後、直ちに朝食を済ませて車に飛び乗ったのが6時30分前。一路、鈴鹿へと車を走らせる。この時間帯だと車も好いているので順調に走ることができ、1時間ちょっとで登山口である北勢町新町の墓地の前の駐車場に到着していた。
 この日は月曜日。平日とはいってもゴールデンウィークの最中であるだけに、満車を予想していたが、先客は1台のみ。駐車場はガラガラの状態であった。
 本日、早出したのは、この駐車は魏の満車を見越してのことであり、こんな状態が分かっていれば、もう少し遅く出てくればよかったとの思いを抱くと共に、嫌な予感が脳裏をかすめた。それは、『花は既に終わってしまったのではないか』というものだった。
 花が終わっていても、いたしかたないこと。とにかく、予定どおりに登ってみることだと萎えそうになる気力を奮い立たせて身支度に取り掛かる。
00000 草木
 7時55分、駐車場を後にして新町の上水道施設の横を通り抜けて登山道へと足を踏み入れる。
 間もなく、道は尾根に乗る。この尾根は、一見したところではなだらかな登り勾配であるが、最初の内はまだしも、登るにしたがい足への負担がジワッと増してくる。
 5分くらい歩くと、炭焼窯の跡を右手に見るが、ここからは勾配は更にきつくなる。以前は真っ直ぐ登り上がっていたが、今では小さなジグザグ道が出来上がっている。このため、以前よりは楽になっているはずだが、これに反比例するように私の脚力が衰えているため、大変さは従前と何ら変わらない苦しい区間である。
 ここを必死で登っていると、何時もより暑く感じ、現実にも薄っすらと汗ばんでくる。出発のとき、長袖のスポーツシャツを着るか否かを迷った末、これを羽織って歩き始めたが、こんなに早く体温調整が必要になるとは判断ミスだったと思いながらも『神武神社殿跡』で立ち止まり、上1枚を脱いで半袖のTシャツ姿になる。
 ちなみに、ここには神武神社の社殿が建てられ、新町の氏神となっていたらしいが、このような山中では参拝もままならない人が増えたのだろう、何時の頃かは不詳ながら、神社は人里に降ろされたとのことで、現在、この神社があったことを示す小さい石柱が立てられている。現在、藤原岳の主要登山道の1つである大貝戸道(表登山道)の登山口に神武神社がある。これが、ここから移された神武神社だと私は推定しているが、これを否定するような材料も多くあり、異なることも考えられる。
 話を元に戻す。ここからも更にきつい傾斜が続くが、しばらくすると孫太尾根に乗って、ここで急勾配からは解消される。この尾根に乗る場所だが、神武西峰(387m)と同東峰(ほぼ同程度の標高)の鞍部である。
 ここから藤原岳に至るまでずっとこの尾根が通じており、この尾根を辿っていけば、自然に藤原岳に到達できる。また、この尾根上には顕著なピークが3つある。最初か、ただ今、述べた神武、次が丸山(標高640m強)、3番目が本日の最終目的地である草木(同830m強)、その次が多志田山(同965m)、そして最後が藤原岳(展望の丘・1140m強)という具合だ。ちなみに、藤原岳は、いろいろな頂の総称であり、藤原岳という名前のついた頂はない。これらいくつもある頂のうち、一般的に頂上と思われている、認知されている頂が展望の丘である。
 また、横道に脱線したが、孫太尾根に乗ってしまえば、勾配の緩急はあるにはあるが、概して歩き易く、『ここまでくれば……』とホッとする場所でもある。
 登山口からここまでは、植林、自然林を問わなければ、ずっと樹林の中であり、尾根に乗ったこの先も暫くは樹林の中を歩くことになる。
 暫く歩くと、左手が明るくなり、一段と高い場所に別の尾根があるように見える場所にやってきた。
 この尾根に登り上がると、左手は切れ落ちていて、その下には青川が見え、その先には銚子岳の大きな山塊が迫りくるようにせり出している。ここから花が始まるので、楽しくなる場所でもある。
 ここまで登り上がる手前で、タニギキョウを見付けたので、尾根に上がってザックの中からカメラを出して、これを片手に空身で降りて行き、見付けておいた花を撮影、上に戻って小さい花2、3種類を写すというミニ撮影会を開催することになる。
 ここからはカメラを外に出して、これを片手に目に付いた花を撮影しながら歩くことになるが、小さい地味な花ばかりで、収穫気分を味わうには些か不足であった。
 丸山の頂上直下にやってきた。ここからは灌木と岩の道を登り上がるのであるが、何時もとは少し様子が異なっていた。頭上には灌木から伸びた青葉に覆われている。このため、直接に太陽の光を浴びることはなく、この間からこぼれ落ちた光だけを受けることになり、何時もとは大きく様子が違っており、これが丸山へ登る道かと訝しく思うほどであった。
 現実でも何時もとは様子が異なる。どうも異なった道を歩いているようだ。だが、足元には明確な踏み跡が認められ、道を間違ったとも思えないのだが、どうも様子がおかしい。とはいっても、上へ、上へと登っていけば何れは丸山に着くので問題はないのだが、何時もとは別の道を歩いている変な感覚を味わうことになる。
 あるとき、ふと後ろを振り返ってみると、青川河川敷にあるキャンプ場がハッキリ見てとることができ、違った道を歩いていることがハッキリとした。いつもは、これより東の方を歩いているので、キャンプ場はこの辺りからは見ることがかなわないのだ。
 ちなみに、復路でこの道を再確認しようと試みたが、結局、見付け出すことはできずに、トラバースして何時もの道に戻り、降りてきたので、再確認は後日に行うことになった。いずれにしても、日頃登っている道が唯一のものだと思っていたが、もう1本、別の道が多くの人たちによって使われていることが分かり、これは新鮮な驚きでもあった。
 丸山の頂上を通過したのは、9時55分頃。登山口を出て、ちょうど2時間だった。
 丸山の頂上も頭の上には若葉が覆いかぶさっていて、何時もとは雰囲気が異なっており、先ほどの違った道のこともあって、何度も、何度も辺りを確認していた。
 丸山から草木までは、そう何度も歩いているわけではないので、細かいことは忘れてしまっていた。記憶では2、30分で到着したようなフワッとした覚えであるが、これは間違いであった。実際には、1時間10分を要し、草木への到着は11時05分頃であった。
 このように時間はかかったが、穏やかな登りであり、所々での花の撮影休憩もあるので、案外、楽にくることができた。
 だが、復路では、このような塩梅ではなかった。あそこが痛い、ここが悪いというものではないが、足の疲労は大きなものがあり、特に膝の衰えが顕著なようで、14位時05分、登山口に帰り着いたときにはガクガクになっていた。
 このように辛い状態に陥ったものの、収穫は多くのイチリンソウ、綺麗に開いたヤマシャクヤク、予定外のフデリンドウに加えてキンランにもお目に掛られるというオマケまであって充実感があり、体力的な問題を精神的に完全に埋め合わせてくれた山行きであった。
00000 ヤマシャクヤクその1

丸山(まるやま・650m) - 2016.04.16 Sat

急遽、馬寄尾根から孫太尾根に変更
 4月15日、馬寄尾根へ登るため、自宅を出る。
 いなべ市大安町辺りまで国道421号を走ってきたが、腹の調子に異常をきたしてきた。このため、目に付いたコンビニに立ち寄り、昼食用のパンを購入するついでにトイレを借りる。と書いたが、どちらが主目的だったか……、深く詮索しないほうがスマートというものだ。
 だが、なかなか腹の調子が落ち付いてこないために、ここで考えた。ここからまだ長い運転があり、そして長い歩きは、この体調では問題があるかもしれない。それなら、この近くの孫太尾根のほうが無難ではないか……、と。
 店を出て、国道306号と交差する『石榑北』の信号までやってきて、馬寄尾根なら左折するところを迷わず右折、孫太尾根へと行先を変更した。
孫太尾根(丸山)②
 登山口となっているいなべ市北勢町新町の墓地の所までやってきたが、駐車場には1台の車も停まっていない。風は少し強いとはいえ、天気はよく、暖かい日差しもある絶好の登山日和であるといってもいいほどであるに関わらずである。
 この孫太尾根は花を目当てに登るルートであり、入山者がないということは花も咲いていないことを物語っているようであり、『馬寄尾根のイワウチワのほうが良かったかもしれない』と、行先を変更したことを少し後悔した。しかし、ここまで来たからには引き返すことはできないので、そのまま身支度を整えることにする。
 上は半袖のTシャツに薄手の長袖のスポーツシャツ、下はジーパンに登山靴
という姿で、前回の藤原岳のときと変わらぬいでたちである。前回と変わったのは、靴ずれ防止のために踵部分にはバンドエードで保護したことと、前回の短いソックスから長めのそれになったことくらいだ。
 9時50分頃、駐車場を後にして、墓の奥にある水道施設の横を通り抜けて林の中へと入っていく。すると、直ぐ、この道は枯木によって塞ぐ形にしてあり、左手の踏み跡へと誘導されていたので、そのままそれに従って進んでいく。
 なお、この枯木は登山者が親切心で止木(とめぎ)として置いたもののようだが、この道は先で行止まりになるとはいえ、立派な生活道路であり、勝手に塞いではハタ迷惑である。登山者は往々にして登山者だけのことを考えて行動するが、世の中、登山者だけではないことに考えを及ばせなければならないだろうと余計なことを思っていた。
 間もなく、道は尾根に乗るが、これと共に勾配は少し急になる。
 前回(3月8日)、ここを登った際は脹脛(ふくらはぎ)が、ギシギシと軋み出して猛烈な痛みに苛まれたが、これは6ヶ月余のブランクがあったため、筋肉とか筋といった運動のために必要な組織が退化してしまっていたためだったようだ。これ以来、短いながらも何回か山行きを繰り返した効果が出たのか、本日は脹脛の痛みは出ていない。だが、膝の弱体化は一朝一夕では治らないのか、違和感がある。こうやってみると、もう少しトレーニングを積めば、アルプス行きも夢ではなさそうだと気分を良くしていた。
 神武神社跡を過ぎてから孫太尾根に乗るまでの少しの間で道の確立していない部分があるので苦労させられるが、前回の悪戦苦闘に比べれば、あっけないほど簡単に尾根の上に立つことができる。
 ここは、この尾根の上の小さなピークである標高387mの神武とこの東のピークとの鞍部で、標高は370m余の場所だ。ちなみに、ここでいう標高は、地形図の等高線を数えて書いているが、この標高線が10mごとであることから特殊な地点を除けば10m未満は正確には判らないので、切り捨てている。特殊な地点というのは、国土地理院が測量した場所であり、三角点と標高点がある。この違いは、三角点は標識が埋め込んだ場所であるが、測量したものの標識は埋め込まない所が標高点である。文中、10m未満が表示してあるのは三角点ないし標高点で、例えば387mの神武は標高点である。もう少し詳しく言えば、地形図には三角点の設置した場所はm以下1桁、すなわち10㎝単位で表示してあるので、記号が読み取れなくても三角点か標高点かは直ぐに分かる。
00000 カタバミ_0084
 閑話休題。これから先は、尾根を忠実に辿っていけばよく、また、この尾根自体が穏やかである。少なくとも本日の目的地の丸山までは、これまで歩いてきた道よりは楽ができるので、ここはホッと気が楽になる場所でもある。
 この尾根は、暫くの間、小さなアップダウンを繰り返しながら、樹林の中を進んでいく。そのうち、左手が明るくなってくるが、これはルートが尾根の左端を通ることと、この辺りの尾根は下方の谷、青川まで一直線に切れ落ちるようになっているためだ。こうなってから20m弱を一気に登り上がると明るい尾根の上に立つ。ここから向こう側の銚子ヶ岳の東側のピーク(ここから頂上は見えない)が存在感を示している。また、下を覗き込むと青川右岸の広い川原が見え、ここの復旧工事を行う重機の音が聞こえるが、その姿を捉えることはできなかった。
 この辺りから花が始まるので、足を停めて注意深く探してみるが、何も見付けることはできなかった。ヒロハアマナなどの春の花の第1陣は既に終わり、次の花との端境期に当たっているらしい。
 ここから暫くは痩せ尾根が続く。こういう地形では道を間違えることは絶対ないので気を許して歩いていくことができる。
 道は小岩などでできた岩道の登りになってきた。ここではカテンソウやヒメウズといった極小の花が咲くので、注意して歩いていくと、やはり咲いていた。しかし、これらの花は、何時でも咲いているので、帰り道で撮ることにして確認するだけにして歩いていく。すると上向きに咲くヒメウズが見付かった。通常、この花は下向きに咲くので、上を向いた花は初めて見るし、他人の撮った写真でも見たことがない。こうなると、復路という訳にはいかず、ザックを降ろして最初の撮影会となった。
 これを終え、再び、歩き始める。このガラ場を終えると、また、樹林の中へ入っていく。 その途中にセリバオウレンの咲く場所があるので、一応、覗いてみる。だが、案の定、花は予想したとおり、そこには何もなかった。
 ここを通り過ぎると、岩場の道となる。先ほどは小さい岩が固まっていたが、ここは大きな岩が集まっているという違いだが、ここでも先ほどと同じような種類の花が咲く。その他、過去、1度だけだが赤いイカリソウが咲いていたのを見たことがある。以後、そのことが忘れられずに何時も注意しているのだが、未だに2度目はない。
 ここを通過すると、また、植林の中へ入っていくが、今度は長いし、傾斜も結構ある。とはいっても、時間にすれば10分か、もう少しで終わってしまう。
 この樹林が終わると、いよいよ丸山への最後の登りである。ここは灌木が生えているだけで、大きな木はなく、土と岩だけである。
 最初に登ったときには尾根芯に則して登った記憶だが、今では違うルートを登るように踏み跡が付いている。登るときは、どのようなルートを採ったとしても頂上に辿り着くので問題はないが、下りのときはこうはいかないので、用心のために踏み跡を忠実に辿るようにしている。
 ここは壁土のような土で、雪解け時とか、雨上がりなどでは滑り易くて泣かされるが、前日に雨が降った気配ながら綺麗に乾いていたので助かった。
 途中、タネツケバナ系の花を見付けた。何の花かは判らなかったが、この系統の花は小さいことに相場が決まっているのに対して、これは花が大きかったので、興味を惹かれて撮影することになった。
 こうして地面にしゃがみ込むと、また新手の花も出てくるので、なかなか次へは進めない。
 このときの花はニシキゴロモだと思ったが、家に帰ってしげしげと眺めていて、ふと気付いたことがあって調べてみるとニシキゴロモではなくキランソウであった。
 ここでの撮影会を終えて、再び、歩き始めると直ぐに丸山の頂上であった。
 この日は最初から時間を採っていなかったので、正確さには欠けるが、12時をほんの少し回っていたと思われる。
 頂上に何か花が咲いていないかと、注意深く見て回るが、何も見付けることはできなかった。でも、この先にヒトリシズカくらいは咲いているはずであるので、そこまで足を伸ばすことにする。
 頂上から下っていくと、向こうから単身の登山者がやってきた。
 すれ違う際に挨拶して、花の成果を問う。すると思ったとおり、たいしたものはなかったとの返事であった。
 この会話を通じて、前に彼と出会っていることが判明する。また、彼はブログを開設しており、それにも私は尋ねたことがあって、ハンドルネームは知っているが、顔は忘れてしまっていた。これは先方も同様で、互いにこの奇偶を喜ぶ。
 この先、たいしたものがないことが判れば先へ行っても仕方がないので、彼と一緒に帰ることにする。なお、登山口の駐車場に車がなかったことに気付いたので尋ねてみると、彼は青川キャンプ場の近くに停めてきたとの由だった。
 話をしながら降っていくと、彼がイチリンソウを見付けた。イチリンソウは鈴鹿ではあまり見かけなくなったので、とにかく、1輪でも咲いていると大喜びである。早速、撮影会を開催する。
 最初のガラ場の所まで戻ってきた。
 ここに上向きに咲くヒメウズがあることを教えると、かれはヒメウズには興味がないとのことで見ることもしなかった。私もスミレとなると、あまり興味が湧かない。このため、この道筋にはいっぱい咲いていたスミレをチラッと横目で見るくらいで通り過ぎてきたので、これに似ている。
 ここで黄色のキジムシロよりやや小さめの花が咲いているのを見付ける。この花は往路でも見ているし、他の場所でも見ているが名前が分からない。このことを彼に言うと、立ちどころに『カタバミ』であると教えてくれた。以前にも書いた記憶だが、私の家紋は『丸に方喰』であるので前から愛着があり知ってはいた。しかし、私の知っているのはミヤマカタバミで白色だ。同じカタバミでも黄色のものがあることは知らなかったので何だか奇異な感じがした。
 ここでの撮影会が終わったとき、彼が「食事をされなくてもいいですか」と尋ねる。食事の話は、一緒に歩き始めたときにしていた。彼は終わっていて、私はまだであった。
 心配してくれたのであろうし、私の歩きが遅くて一緒に歩くことが苦痛になってのこととも考えられるが、多分、後者であっただろう。
 そこで少し先で、私が食事をすることにし、彼は先に行くことになった。別れた後の彼は速かった。見る見るうちに後ろ姿は小さくなっていった。
 食事後、私も駐車場に向かって歩き始めるが、以前は登りでは遅すぎることを指摘されることはあったとしても、降りではなかったことだ。これに比べると何という情けないことと忸怩たる思いにかられながらトボトボと歩くことになった。ちなみに、駐車場への到着は13時40分頃ではなかったかと思う。
00000 イチリンソウ_0081

藤原岳(ふじわらたけ・1144m) - 2016.04.09 Sat

藤原岳でアズマイチゲと遭遇
 4月になってから藤原岳に登る機会を窺っていた。天気とか、私用とかのため、なかなか行くことができなかったが、6日(水曜日)にチャンスがやってきた。
 朝食もそこそこに車に乗り込み、一路、鈴鹿へと向かった。
 出発は何時もより早く、7時前であった。このような早い時間に出発することは稀有なことだが、これには理由があった。
 大貝戸登山口に付属する駐車場は30台くらいの収容能力があるが、人気の山だけに早くに満車になることが多い。これが早出の理由である。
 道中、順調に走ることができ、8時30分頃に駐車場に到着した。しかし、このとき、正規の駐車スペースは満車になっていた。でも、白線外に駐車するスペースが残っていたので、ここに車を停める。
 これで安堵。まずは便所に行って用を足し、次いで身支度を整える。
 着衣は何時もと変わらないが、靴は最近の定番の長靴ではなく、久しぶりに登山靴を履くことにする。登りだけなら長靴でも登山靴でも大差ないが、下りになると長靴だと踏ん張りが利かないため、脚力に自信がなくなったことを勘案して、こういう選択になった。
藤原岳完成図ブログ
 9時少し前、8時55分頃に駐車場を後にして、登山口である神武神社の鳥居を潜った。
 このときの天気は、穏やかな晴れ。天気予報どおりの登山日和といって差し支えないようないい天気であった。また、気温も薄手のスポーツシャツでちょうどよく、ウィンドブレーカーを余分に羽織っていた3月に比べると暖かくなったことが分かる。
 鳥居先の神社本殿で礼拝して、再び、歩き始める。
 ここからは神社の裏庭の中をつききるように緩やかに登り上がっていくのだが、以前、ここは平坦な道のように感じていた。しかし、今、歩いてみると、どうして、なかなかの難儀になってきた。
 この道は、やがて大貝戸谷にぶつかって終わる。そして、ここからは旧登山道に交わり、以後、昔からの道を歩いていく。この道は土であること、加えて何十年にもわたって登山者に歩かれているだけに、深くえぐれて堀割道になっている。
 この堀割道には、土留めと階段を兼ねたような丸太の階段状のものが所々に設えてあるが、これが曲者で歩き始めには堪える。
 2合目が近付いてきたと思っていると、1人の登山者が追い付いてきた。道を譲るが、「もう直ぐ、2合目だから、このまま行こう」と先を急ぐ様子でもないので、そのまま会話を続けながら歩き続ける。
 彼は、地元、いなべ市の住人で私と同い年だとのことだった。彼は9時過ぎに登山口を出発したとのことで、10分近くをこの短い距離の内に追い付いてきたという健脚だ。
 同い年ということもあって、古い同好の士の噂話をしながら歩いていると、いつしか3合目にやってきていた。ここで体温調整のために互い上着1枚を脱ぎ、私は半袖のTシャツ1枚の姿になる。
 杉の植林を抜けて辺りが雑木林に変わってくると、間もなく、4合目に到着する。ここでは水分補給の小休止をしただけ、そそくさと歩き始める。休憩時間は5分に満たない短いものだった。
 ここから花がボツボツと顔を見せ始める。タチツボスミレやシハイスミレなどのスミレ類、また、ニシキゴロモも所々で紫色の花を付けている。だが、これらの花はありふれた花であり、写真は何時でも撮れるということもあって、目で確認するだけ。立ち止まることなく、先を急いだ。
 登山道は、再び、杉の植林の中へと入っていく。すると直ぐに登山道は直進と右折の道の二手に分かれている。直進は、正規の道で大きなジグザグを緩やかに登り上がる道。右折は、ジグザグが小さく、前者に比べて急だが近道という道だ。
 何時もは後者、ショートカットの道を登っているが、本日は少し膝へもヘバリがきたしていることもあって、彼に直進の道で行くと伝えると、彼の答えは私の予想とは裏腹に何時も直進の道を使っているとのことであった。こうして2人旅は、これからも続く。
 この道を進んでいくと、6合目の看板が目に入ってくる。何時もはショートカットの道を歩いているので、この6合目は通らない。このため、久しぶりにこの標識を見ることになるが、別に感激などは起こらず、そのまま通過する。
 この辺りから道の両側に溜まった杉の落ち葉の間から白い花が点々と姿を見せるようになる。ミヤマカタバミである。この花の葉っぱが、わが家の家紋(丸に方喰)ということもあって親近感はあるものの、この花は陽が当たらないと開かないことが多く、ここに咲くたくさんのカタバミのほとんどが蕾状というか、半開き状のものばかりであるのが残念である。
 大きくえぐられるように壊れた沢を過ぎると植林は途切れて明るい太陽が降り注ぐ広場にやってきた。ここが8合目だ。
 8合目に到着したとき、10時35分。登山口から1時間40分がかかった勘定である。これが早いか、遅いかは何ともいえないが、私だけだったらもう少しかかっていたかもしれないと思うと、これが2人旅効果ともいえる。
 8合目の近くにはカタクリやミノコバイモの咲く場所があることをこれまでの経験で知っているので、彼を促して空身でここまで足を伸ばしてみる。
 すると、ミノコバイモは見付からなかったが、花びらを綺麗に巻き上げたカタクリが見付かった。この他にも、たくさんのヒロハアマナも咲いているのが確認できたので、カメラを取りに戻って撮影会の開催となった。
 このとき、彼の撮影スタイルが独特だったので印象深かった。そのスタイルとは、花の前に折畳み傘広げて、この傘の中へ縮めた身体を入れて撮っていた。花びらに直射日光が当たるとハレーションを起こすので、これを防止するためのようだが、このスタイルで写真を撮る人に出会ったのは初めてのことだった。
 再び、歩き始める。
 ここからは花が出てくるので、何が見付かるかに期待がもたれる。このため、カメラをザックに仕舞うことはせずに三脚を付けたままで手に持って歩くことにする。
 歩き始めて直ぐにセリバオウレンが多く咲く場所があるが、今は道沿いにロープを張って入り込めないようになっている。仮に、ロープがなくて入られたとしても、時期は過ぎているので花を見ることはできないと思っていると、道端で花を残しているものが見付かった。でも、既に実を付けているものだった。私は、実を付けたこの花はあまり好きではないので、そのまま立ち去った。
 それより1度だけ、この辺りでトウゴクサバノオを見たことがあったので、これに期待していた。前回、入道ヶ岳から下山した折、小岐須渓谷まで足を伸ばして、この花を撮影しようと試みたが、道路工事中で登山口まで到着できずに諦めた経緯があったので、ここに期待すること大であったのだ。
 こんなことを考えていると、道脇の斜面に小さな白い花が半開きの状態で、1輪だけが咲いていた。葉っぱが見付からないので花の名前が分からないが、私にはニリンソウのように思えた。しかし、同道の彼はミスミソウだという。どちらが正解かについては審らかでない。花が開いていないので、撮っても撮らなくてもどちらでもよかったが1枚だけはカメラに収めておいた。
 暫く歩いていくと、黄色の小さいものが目に入ってきた。思わず、「あった」と大きな声を上げていた。そう、トウゴクサバノオが見付かったのだ。ここで、再び、撮影会を開催する。
 この花の咲いている場所が撮影には不向きで、カメラを斜面の上のほうに設置して花を見下ろすような形を取らざるを得ず、時間がかかることになった。このため、彼とはここで別れることになる。
 この撮影を終えて再び前進を開始する。もちろん、道端に何か花が咲いていないかと注意深く左右に視線をやりながら歩いていく。
 この辺りから、この山を全国区の山とした花、フクジュソウが咲く。しかし、今年は暖冬のためか、花の咲く時期が前倒しの傾向があり、ここらのものは花を落として葉っぱだけがフサフサと残っているものや、花びらを疎らに残すというものとか、満足な形の花は残っていなかった。私は、この花はそれほど好きな花という訳ではないので、このような現状に接しても落胆することにはならなかった。
 また、こうして歩いていくと、ここにはトウゴクサバノオが多く咲いているのに気付く。これまで、この季節に何度も歩いているが、この花を見たのは1度きりであったのが嘘のように、あちらこちらに点在するように咲いていた。ちなみに、帰りにここを通ったときには1ヶ所に10以上の花を付けた株が見付かったほどである。
 更に歩みを進めると、右手に白い固まりがボッと見えた。『花だ。何だろう……』と思って、それに目を近付けてみるとキクザキイチゲだった。この花も、本日の見てみたいと思っていた花の1つだ。しかし、もう少し先で見ることを予定していたので早々とここで見られたのは幸先良いと喜び、早速、撮影を開始した。しかし、咲いている場所が、本日、持ってきている三脚では届かない高い位置だったので、手ブレが起こらないように細心の注意を払って撮影することになった。ちなみに、帰途、この近くの別の場所に咲くキクザキイチゲを見付けた。このほうは開いたものと蕾のものがコラボするもので、形は先に見付けたものより良いものだった。
 これに気分を良くして登っていくが、上手くはいかなないことも起こっていた。久しぶりに履いた登山靴が足になじまず、くるぶしの後ろが擦れて、足に力を入れると痛みが走るようになってきた。また、足を包む靴と足の皮膚が擦れて、これまた、踏み込むときに痛みを発することも苦痛だ。このため、ここから引き返そうかとも考えたが、まだ、上で見たい花があるので、この考えを振り払ってなるべく痛みを感じないように足を使うことに腐心することになる。
 9合目に到着する。ここで腹が減ってきたので、少し腹に詰めることにして、ザックからアンパンを取り出して食べていると、高校生くらいの1集団がやってきた。彼らの話を何気なしに聞いていると、自宅が見えるという内容の話が漏れ聞こえてくる。彼らは地元の高校生グループのようだ。
 そういえば、このルートは大半が樹林の中を歩くし、たまに樹林が途切れたとしても、それは周辺がそうなっただけで見通しが利くような場所は1ヶ所もない。だが、9合目だけは例外で、南のほうの見通しが利く。本日は晴れているので、伊勢湾のほうまでハッキリとまではいかないものの、目を凝らせば判別はできる状態だ。
 ここで食事を兼ねて休んでいると足の痛みも和らいできたので、10合目の小屋へ向かって最後の歩きを始めた。
 最初の内は緩やかな登り勾配に加えて足に優しい土の道であるので助かるが、そのうち、岩混じりの道に変わってくる。この頃から急斜面となるが、登山道は大きなジグザグ道になり、登る斜度はこれまでと大差なく造られているが、それでも少し大きな岩を乗り越えていかなくてはならない場面もあるので、足が痛いと大変さを味わうことになる。とはいっても、前回まで味わったふくらはぎの痛みは、どうしたわけだか本日は起こっておらず、靴ずれの痛みだけであるので助かる。ふくらはぎの痛みと靴ずれの痛みを比べると、どちらも苦痛ではあるが、強いて答えを出せといわれれば、ふくらはぎの痛みのほうが耐え難い。
藤原アズマイチゲ①
 こんな道を歩いていると半開きの白い花に出合う。暫く考えたが、この花が何かは分からなかった。写真だけは撮っておこうと三脚を立てて構図を決めていると、ちょうど、そこへ3人連れがやってきた。その中の1人が、「ここにあったか」と、声を上げる。彼によると、アズマイチゲだという。アズマイチゲは葉っぱが垂れ下がるが、キクザキイチゲは葉っぱが張っているので違いは直ぐに分かると得意気であった。
 これはなかなかの専門家だ。いい人に出会ったと思い、これまでにミノコバイモを見たかと尋ねると、どんな花かと逆に質問された。ということは、彼はミノコバイモを知らない、キクザキイチゲとアズマイチゲのみの専門家のようだった。
 アズマイチゲは、先の奥伊吹で見事に花を開いた大きい群落を見てきている。しかし、鈴鹿では見たことがないし、咲いているという話を聞くのも初めてのことだった。この花は、太陽の光を浴びないと花びら(実は花びらと思っているのはガク)は開かない気難しい花であることは経験済みである。このため、帰りには、太陽の位置が変わって陽を浴びて花が開かないものかと都合のよいことを考えながら、ここを離れる。
 ここから何分も歩かないうちに、大きく花を開き、木立ち越しの木漏れ日を一身に浴びたアズマイチゲが誇らしげに咲いているのに出合う。何という幸運かと喜んだのは当然のこと、早速、撮影に取り掛かるが、ここも先ほどのキクザキイチゲと同じように三脚を建てられない。ここでも手撮りとなるが、失敗分を見越して何枚も余分にシャッターを押しておいた。
 後はミノコバイモに出合えれば上出来だ。登山道周辺に注意を払いつつ、ユックリと進んでいく。とは書いたものの、このときには靴ずれはもちろんのこと、両膝がガクガクしてきていて早く歩こうにも歩けない状態に陥っていた。
 目の前、上方が明るくなってきた。この樹林(植林ではなく自然林)を間もなく抜け出そうである。ここを抜けてしまえば、小屋までは平坦な道になるので、早くここまで来ないかと思いながら登るのが常である。
 やっとのこと、樹林を抜けることができた。ヤレヤレと思うが、ここからもう一仕事が残っている。過去、この平坦部で、ミノコバイモ、キバナノアマナを見たことがある。本日も咲いていると考えてもおかしくはない。
 『柳の下のドジョウ』という諺は知ってはいるが、見たことがあれば本日も見られる可能性は高いと考えるのが凡人の常であり、凡人中の凡人である私がこのような行動を取るのも当然といえば当然である。
 平坦部の歩きは足に力を入れる必要が少ない分、痛みは少ない。歩こうと思えば、これまで以上に早く歩くことはできるが、前より増してユックリと歩いていく。途中で出会った人から、「高山植物ですか」と尋ねられたことからも、私の必死さが伝わったのだろう。
 でも、結果は虚しいものに終わった。何も収穫のないままに、12時15分、10合目の小屋に到着した。
 小屋の前では10名以上の登山者が、思いおもいの形で休んでいたが、小屋に入っていくとヒッソリとしていた。それもそのはず、中にいたのは8合目で別れた彼1人であった。聞くと、彼は30分くらい前に到着したとのことであった。私が如何にユックリと歩いてきたか、いや、歩けなかったかを悟ることになり、少し寂しく感じた。
 小屋の中で、9合目で食べ残したパンを食べていると、彼は花を探しに行くといって小屋を出て行った。私が食事を終わり、花の写真を取るためにカメラだけを持って外に出る。
 先ずは、小屋前の小高い丘状の高みに登ってみた。ここでキバナノアマナを見たことがあるからだ。しかし、見付かったのはヒロハアマナだけ。空振りに終わった。
 次に、キクザキイチゲの咲く場所に行くと、彼もいた。私が薄いブルーのかかったキクザキイチゲを見付け、写真を撮っていると、人の気配を感じた。てっきり、先ほどの彼だと思って、場所を代わるために振り向くと、別の登山者であった。そのうち、彼もやってきて、この撮影に取り掛かる。私は、彼が見付けた濃いブルーのキクザキイチゲの場所に移動して撮影する。
 こうして撮影を終えて、小屋に戻って一休みしていると、「もう13時過ぎか」と独り言を呟いた彼が、「お先に……」と言い置いて小屋から出て行った。見るともなく窓の外を見ていると、彼が下山とは逆のほうへと去っていくのが見えた。『何処か、自分だけの穴場へ花を見にいったな』と直感したが、反面、私の穴場も教えたので黙っていったというのは考え過ぎだと否定もしていた。
 私は、見てみたいと思っていたミノコバイモやキバナノアマナには出合うことはできなかったが、アズマイチゲという予期せぬ収穫もあったので十分すぎる成果が上がっていると思い直して下山することにする。
 13時5分頃、下山を開始する。
 帰りは、マイクロ(接写)レンズから普通レンズ(200mmズーム)に交換して、往路で見付けた花をこれで撮りながら降りていく。
 4合目まで来て、これから先は花もないことは分かっているので、カメラをザックに仕舞い込んでいると単独の男性が下山してきた。先ほど、小屋で別れた件の彼だった。
 彼の開口一番が、「キバナノアマナを見付けました」であった。咲いているとは思っていなかったので誘わなかったというような弁解であったが、教えたくなかったので別行動を採ったことは明白である。この地方には『花の咲く場所は教えない』ということが美徳であるという風潮というか、卑しき考え方があるが、彼もこの信奉者だったようだ。
 4合目からは今朝ほどと同じように彼と会話を交わしながらの下山となったが、わだかまりを払拭できない私は今朝ほどのようには接することはできなかった。
 こんな精神状態ではあったが、何はともあれ、15時05分、大貝戸登山口の駐車場に帰り着いた。
藤原アズマイチゲ②

伊吹山(いぶきやま・1377m)―― 途中撤退 ―― - 2016.03.30 Wed

天候悪く、花は開かず
 毎年、春になると花を追っかけて伊吹山へ1度や、2度は訪れている。
 今年は暖かい冬だったこともあって、花の開花は1週間か、10日は例年より早いというのが通り相場である。
 こんなこともあって伊吹山行きのタイミングを計っていたが、3月28日に行くことにする。これは、週初めから寒波が去って暖かくなるという天気予報と私の病院行きの予約が29日であるということを勘案しての決定であった。
 朝、起きてみると予報とは裏腹に天気はあまり良いとはいえない。しかし、時間が経つにつれて予報どおりになるだろうと楽観、予定どおりに伊吹行きを決行することにする。
 8時30分過ぎ、自宅を出発する。
 帰りが遅くなると姫君が心配するので、時間の節約のためになけなしの金をはたいて高速道路(一宮~関ヶ原)を使用したので、登山口のある米原市上野集落に着いたのは10時前であった。
 早速、何時も駐車する集落内の個人が内々に営む駐車場に行くが、生憎、留守のようであった。黙って車を停めておくこともはばかれるので、ここへ駐車することは諦めて登山口の三ノ宮神社に向けて車を移動させる。
 この神社の前にも駐車場はあるが、ここは一日1000円と高いため、これまでに1度も停めたことはない。しかし、近年、伊吹山で営業していたスキー場が廃業、駐車場需要が極端に減ったことにより、値下げしたような記憶だったので行ってみたという次第である。すると、ここも何時も停めている駐車場と同じ500円で営業していた。
 何処から見ていたのか、ここに車を停めるか停めないうちに駐車場前の商店から老女が出てきて駐車料金を請求する。この際の会話では、老女宅(商店)でも駐車場の営業を行っているので自分の駐車場に停めて欲しいようなことを言っていた。私が車を停めた集落の経営する駐車場との違いを尋ねたところ、老女の駐車場に停めると何か物品をくれるとのことだった。だが、物をもらうつもりもないし、車を移動させるのも面倒でもあり、「次に停めさせてもらう」と丁重に断り、500円を支払う。すると、彼女は、礼も言わず、領収書もくれず、そのまま自分の店へと帰っていった。さて、私の支払った500円の落ち着き先は何処だっただろうか。
 老女が去り、早速、身支度に取り掛かる。とはいえ、着衣は運転してきたまま、すなわち、ジーパンに薄手のスポーツシャツの上に、車に積みっぱなしになっているウィンドブレーカーを羽織っただけである。迷ったのは履物である。何時も通りの長靴にするか、登山靴に履き替えるかをである。結果は、長靴を選択、何時も通りのスタイルとなった。
伊吹地形図
 9時55分、三之宮神社横の登山口を歩き始める。
 登山口から1合目の伊吹高原荘までの距離は900m、この間の標高差200mである。ということは平均斜度が22%となり、結構な勾配である。ちなみに、これと並行するように設けられた林道は、この間、距離2720mと3倍余の長さを採っていて、平均斜度を7%強と緩やかに作られている。
 このような条件の区間であるが、歩き始めで体力的に余裕があるためか、全区間が樹林の中ということに原因があるかは審らかでないが、息が上がることもなく、順調に歩くことができ、10時22分、1合目標識を通過している。
 なお、ここの標識は新しいものに付け変えられている。このときは、ここだけかと思ったが、その後も合目、合目にこれと同じ形式標識が取り付けてあった。それは、アルミニュウムの板に、合目の名称、標高、登山口からの距離、頂上までの距離の4つの項目が機械で彫り込んだ立派なものであった。ちなみに、この報告書に使用した標高、距離などは、この標識に基づくものである。
 ここ1合目から上、5合目辺りまでは、旧スキー場がゲレンデとして使用していた所を歩くような登山道が作られているので、樹木のない広々とした極めて見晴らしの良いコースである。
 だが、1合目から2合目に掛けては、ゲレンデを直登するため、傾斜がこれまでに増して急であるので、私は元気なころから、この区間は苦手であった。加えて、近年は足の筋肉の伸び縮みさせる機能に異常が生じてからは、苦手だけでは済まなくなり、苦痛を感じさせる。
 こんな事情もあって、1合目便所前でウィンドブレーカーを脱いで気合を入れ直して、この急登に備える。
 薄着になっていると、中年女性登山者がやってきた。彼女が便所へ入ったのと入れ替わるように、私が出発する。
 少し登ると、何時もの道とは異なり、左手へと入る新しい道が作られていた。この道は、古い道がとにかく真っすぐに登り上がるのとは異なり、僅かではあるがジグザグの道になっていた。普通の人が歩くには、あまり変化を感じさせないかもしれないが、足の弱った私にはこのジグザグは大いに助かった。それは、足の痛みがまったく起こらなかったことだ。
 この新しい道は、スキー場の閉鎖と共に店じまいした『みはらし屋』の手前で終わり、旧登山道に合流する。ちなみに、このときには分からなかったが、復路で新しい道はスキー場の廃止で撤去されたリフトの真下に設けられたことが判明した。
 道が合流した辺りで、先ほどの女性が追い付いてきた。訊くと、知多からやってきたとのことで、本日は花狙いだということが分かった。同好の士となればと、近くのヒロハアマナの群生地を案内したが、曇り空と強くはないが冷たい風のためか、開いた花は1つもなかった。また、彼女はミスミソウを、是非、見てみたいとも言うので、2合目と3合目の中間にある小さな群生地も案内したが、これまた、綺麗に開いた花はなかった。
 彼女とは3合目まで一緒に歩いたが、彼女のほうが足の早いことは歴然としており、ここまでは私に合わせて歩いてくれたことは分かっているので、ここからは彼女が先行した。
2016_03_28 セツブンソウ_0026
 3合目に着いたときは、11時29分。1合目からの所要時間は1時間07分である。1合目からここ3合目までの距離は1500m、標高差は300mで、平均斜度は登山口から1合目までと大差ない20%である。
 登山口の登山案内看板によると、1合目までの所要時間は30分、1合目から3合目までは60分となっており、登山口からここまでは1時間30分ということになる。私の所要時間は1時間34分、概ね、コースタイムで歩いてきたことになる。最近の私としては、これは善戦したことになる。これは知らない人と歩いたため、迷惑をかけてはいけないので、精一杯、頑張った結果といえる。
 こうしてみると、足が痛いとはいっても歩けば歩けないことはないことを証明している。換言すれば、これまで足が痛いとか、老齢になったとか理屈を付けて努力を怠っていただけだといえる。要するに、自分自身に負けていたことが分かって反省することしきりであった。
 さて、ここが目当ての3合目だ。ここで花を探し出して写真撮影することを目的できているが、生憎の天気である。これでは花を見付けたとしても、これまでがそうであったように花は開いていないであろう。それなら、天気が回復するまで時間を潰したほうが賢明だと考えられる。
 そこで迷った末、天気が良くなるまで、行けるところまで行ってみることに決めて、前進を開始する。
 ここから4合目までは距離も短いし、高低差もあまりない。これを数字で表すと、距離700m、標高差80mである。これまでに比べると、ほぼ平坦な道を歩いているような感じである。
 以前、この登山道に沿うようにスキー場のリフトが敷設されていて、4合目にはリフトのターンテーブルが設けられていた。ある年の冬、その日はガスの濃い日だった。2合目と3合目の間でルートが分からなくなってしまい、リフトの下を辿ることにしたのはよいが、3合目までの急勾配には大苦戦したが、3合目から4合目になって、ようやく人心地がついたことがある。今となっては良き思い出で、ここを通るときには何時も思い出す。
 また、4合目の辺りで、クサボケが咲いていた年があった。初めて見る花に感動、翌年も咲いていると思い込んでやってきたものの、そんなにうまくはいかず、ガッカリしたこともあった。こんなことを思い出して歩いていると、直ぐに4合目に付いてしまった。ここにあったリフトのターンテーブルは綺麗に撤去されてしまっていた。そういえば、伊吹山へは、毎年、訪れてはいるが3合目止まりであり、4合目までやってきたのは何年振りかと思い出そうとするが、そんなことは無理な相談であった。
 4合目から5合目までも距離は500mと短く、また、高低差も60mに過ぎない。ただ、この間、大小の岩の間を縫うように歩かねばならず、決して良い道とはいえない。しかし、これさえ辛抱すれば、楽な道である。
 5号目には、11時51分に到着する。
 ここから9合目までは一直線であり、天気が良ければ一望できる。しかし、本日は雲に加えてガスも下のほうまで降りてきていて、前方は6合目の小屋が辛うじて見えているという状態。その先は白一色、分厚いガスに閉じ込められていた。
 これから先へ進むことは止めようかとも思ったが、下へ戻ったとしても、3合目は従前と変わらないことは否定のしようがなく、今、戻っては早過ぎる。このため、もう少し先まで行ってみることにする。
 その前に腹も減ってきていたので、ここで少し腹へ詰め込んでおくことにして、用意してきたパンを食べる。この間、多少なりとも天候に回復傾向が窺えないかと、虫のよいことも考えたが、そんなに思うようにはことは運ばない。
 パンを食べ終えて、見えている6合目の小屋を目指して歩き始める。
 登山道がある伊吹山の西側には、これといった尾根とか、谷といったものはない。だだっ広い山腹が目の前一面に広がっている。地層が何でできているかは知らないが、水を通し易い構造になっているらしく、雨水は流れを作る前に地中に吸い込まれていくことによるものらしい。このため、ここから9合目までは起伏は殆どない広い斜面が広がっており、この中にジグザグに造られた登山道が9合目まで続き、天気が良ければ5合目からこの道の全容が把握できる。道そのものは直接には見えないとしても、これを登り降りする登山者の姿は捉えることはできるので、登山道の様子が把握できるというものだ。
 5号目を過ぎて暫くすると、目の前の岩に細かい水滴の跡があるのに気付いた。雨が降っているようでもないので、前に降ったものかと思っていると、そのうちに顔に何やら当たっていることが分かった。それが霧のような細かい水滴であることを知るには、それから暫く時間を要したが……。
 これ以上、大事になる懸念は少ないものの、芳しい傾向ではない。でも、この程度ではカッパを付けることもないので、6合目までは行くことにして歩き続ける。
 小屋の前までやってきた。ここで白い小さい花を見付けた。最初は、ミスミソウかと思ったが、顔を近付けるとそうではなかった。何と、セツブンソウであった。盛りは遠に過ぎてはいるが、春先、真っ先に咲くセツブンソウであることには間違いない。まだ、この花が咲いているようでは、他の花に期待することはできず、大いにテンションが下がってしまう。
 それでも、標識が見えている6合目までは行っておこうと思い、前進を続ける。
 12時18分、6合目にやってきた。
 ここの標識には、標高990m、登山口から4100m、頂上まで残り1900mと書いてあった。
 このとき、顔に当たる雨が、ハッキリと認識できるようになってきたし、気温もだいぶ下がり寒さを感じるようになったこともあって、本日はここまでとして戻ることにする。
 小屋の所まで戻って、この中で1合目の便所で脱いだウィンドブレーカーを再び着て気温の低下に備えることを思い立った。小屋の扉を開けると、もう1つの内扉があった。これを開けると、中は床が貼ってあった。これでは靴のままでは入ることはできないので、入口の土間で予定どおりに上着1枚を余分に着込む。当初は小屋の中で、もう少し腹に詰め込んでおくことを考えていたが、このような造りではこれもままならず、食事は後ですることにして、そのまま小屋を出て、下山を開始する。
 12時45分、3合目に帰ってくる。ここの四阿(あずまや)で、先ほど食べ損ねた昼食の残りを済ませたる。
 もう、これで帰るだけだが、折角、ここまで来たのだから、キバナノアマナを探してみる。しかし、葉っぱらしきものはあるが、花は何処にも見ることはかなわなかった。どうも、開花前のようだ。
 これが分かっては、もうなにもやることはなく、帰るだけだ。
 もう、ここからは何処へも立ち寄ることなく、往路をそのままに辿り、14時01分、三之宮神社横の登山口へ帰り着いた。
2016_03_28 伊吹山6合目_0030

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