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2017-10

硫黄岳・横岳(いおうだけ・よこだけ) - 2016.06.11 Sat

年寄りの冷や水
 毎年、6月の第1日曜日に八ヶ岳の開山祭が行われる。ただし、今年はどういう理由かは不詳だが、6月2日に行われたとのことだが……。
 この頃、この山域に咲く特別の花がある。ツクモグサとホテイランである。
 この花を観賞するため、この頃になるとここへ出かけることが多い。ただし、ホテイランは比較的に低い場所に咲くので毎年のように見られるが、ツクモグサの咲く場所は稜線上であるので、それなりの気構えがないと見ることはかなわない。こんな事情があって、ツクモグサを見たのは随分と昔のことになってしまった。
 先日、ツクモグサの写真が欲しくて過去に移したものを調べたところ、最終が2009年のものしか見付からなかった。2010年にも写しているはずであるが、これが見付からない。
 2010年のものは1眼レフカメラで写しているので、これが欲しい所だが、バカチョンカメラで撮った09年のものしかなかった。考えられるのは、パソコンを修理に出したとき、外付けのハードディスクにバックアップを取ったが、修理から帰ってきたパソコン本体に戻さずにいたら、外付けのハードディスクが壊れてしまい、画像の一部を喪失してしまったことがある。このときになくなったものだと思われる。
 こうなると、失った画像が惜しくてたまらなくなり、今年、このシーズンに再撮影に訪れたいと痛切に思うようになった。今年を逃すと、身体の衰えもあるので2度とはチャンスはないと考えられる。
 ツクモグサが咲く場所は横岳である。
 これまで撮影のために、ここを訪れた際には、何れも桜平からオーレン小屋経由で夏沢峠に登り、ここから硫黄岳、横岳を縦走、復路は同じ道を引き返すか、峰ノ松目を経由してオーレン小屋に至るという変わり映えのしないルートである。
 しかし、これだと何とももったいないところがある。往路は最短でよいとしても、復路は横岳を抜けきって地蔵ノ頭から行者小屋経由で南沢から美濃戸へ降りたほうが理想的だ。
 だが、これを阻むのが、桜平と美濃戸もしくは美濃戸口との距離である。車2台で試みるか、タクシーでも使わないことには、これは無理である。このため、心ならずも桜平から横岳のピストンをしてきた。
 桜平から硫黄岳までのコースタイムは3時間、一方、美濃戸から硫黄岳までは4時間で、その差は1時間だ。でも、この差は復路のことを考慮すると充分に吸収は可能だと思われる。
 このため、今般は次のルートで行くことにした。
 すなわち、美濃戸~(北沢)~赤岳鉱泉~赤岩ノ頭~硫黄岳~(硫黄岳山荘)~横岳~地蔵ノ頭(赤岳天望荘)~行者小屋~(南沢)~美濃戸というものだ。
 もちろん、この距離を今の私が日帰りでこなすのは無理だと考えられるが、硫黄岳山荘、赤岳天望荘、行者小屋と泊まる場所には事欠かないので、そのときの体調で臨機応変に対処すればよい。
 本当は6月2日、3日にすればよかったが、これを逃してしまった。3日を境に芳しい天気ではなくなってきた。梅雨が差し迫っているのでいたしかたないが、何とか2日間の好天が欲しい。
 4日と5日の午前中は雨模様だが、6日は晴れのち曇りであった。ちなみに、7日も雨との芳しからざる予報である。
 5日、午後からは予報通りに天気は回復、青空が顔を覗かせるようになった。こうなると、居ても立ってもおられなくなり、強引に姫君の了解を取り付け、6日のワンチャンスに賭けることにした。
 こういうと、もう少し天気と相談しながら行けばよいという声が聞こえそうだが、花には花期というものがあるので、天気の都合だけに合わせて悠長に構えてはおれないという事情があるのだ。
 必要な荷物を車に積み込み、15時30分頃、自宅を出発する。
 途中、スーパーとガソリンスタンドに立ち寄り、2日分の山での食料とガソリンを満タンにして東名高速道の春日井インターチェンジ(IC)へ急ぐ。
 日曜日で道が混んでいたのでいつもより時間がかかったが、16時35分に春日井ICから東名高速道に乗り、直ぐに中央自動車道に乗り移る。あとは一直線、2時間ほどで諏訪湖サービスエリア(SA)に到着する。
 この日は、ここで泊まって、翌朝、登山口の美濃戸へ向かうことにする。
 食事を済ませて眠るが、なかなか寝つかれない。そのうちにウトウトッとするが、直ぐに目が覚めてしまう。何時もいるはずの姫君がいないためか、それとも明日のことが気になるのかは分からないが、こんなことを繰り返しているうちに何時しか朝を迎えてしまう。
八ヶ岳地形図・正 500×411
 6日、4時過ぎに目覚めると既に薄明るくなっていた。予報のとおり、天気は良いようだが、それを占うには充分なほどの明るさではない。
 何れにしても、便所に行っただけで直ぐに出発する。
 南諏訪ICで自動車道を降りると、ズームラインという名前の付いた県道が八ヶ岳へ向かって一直線に続いているので、これを走っていけばよい。この道路の愛称は、カメラのズームレンズを覗いたときのように、この道路を走るに伴い八ヶ岳が大きくなって迫ってくるといういみで名付けられたということが走っていくと実感できる。ちなみに、最近は高速道路を使うことはないので、この道を走ることはない。このため、この感触を味わったのは久しぶりのことで、当たり前のように走っていた当時が懐かしく思い出された。
 美濃戸口にやってきた。最近では、この美濃戸口の駐車場に車を駐車して、美濃戸までは歩くことが多いが、本日は時間の稼げる最奥の美濃戸まで車を乗り入れる予定だったので、迷わずにここを素通りして林道へと車を乗り入れる。
 美濃戸口に車を駐車させて美濃戸まで林道を歩くのは、駐車料金の問題もさることながら、この区間の道路面が悪いことが一番の原因である。また、これとは別に積雪時に四輪駆動(4WD)の車の前輪だけにチェーンを巻いて走ったところ、制御不能に陥って怖い思いをしたこともトラウマとなっている。
 この林道は未舗装が原則だが、急カーブの所だけはスリップ防止のために部分的にコンクリート舗装が施されている。しかし、工事後、長年にわたって放置されているため、大半の箇所のコンクリートが粉々に割れていて、未舗装の穴ぼこ以上に始末が悪い。地道の部分は山開きに際して手が入ったようで、思っていた以上に凸凹は少なかった。とはいえ、セカンドギア―や、ときにはローギアーを使い分けてノロノロ運転で美濃戸まで走ることになった。
 美濃戸には3軒の山小屋がある。1番手前にあるのが『やまのこ村』、次が『赤岳山荘』、最奥が『美濃戸山荘』である。美濃戸山荘の駐車場は宿泊者のみであり、私たちが停められるのは、2つだけである。このうち、歩く距離が少なくて済むのは赤岳山荘であるので、専ら停めるときは必然的にここになる。
 やまのこ村を通り過ぎて赤岳山荘にやってくると、売店の中から女性が出てきて私の車を停めて駐車料金を請求する。1日が1000円、以前と変わりない料金だった。ちなみに、美濃戸口の駐車料金は500円である。
 料金を支払うと、「車が大きいから道路側の駐車場を使用してください」と駐車場所を指定される。少し先へ進むと、囲いの中とは別に道路脇に10台ほどが停められるように地面にロープを張って区分けがしてあった。まだ、時間が早いためか、ここには1台の車も停まっていなかったが、囲いの中には5、6台が駐車してあった。これらは上で泊まっている登山者の物だと分かるが、山開き直後にしてはやや寂しい感じがした。
 このとき、時刻は5時を少し回ったばかりで、まだ食欲はなかったので、食事は次の赤岳鉱泉で摂ることにして、荷物の整理と身支度のみを行う。
 上半身は半袖のTシャツの上に薄手のスポーツシャツ、下はジーパン。最近、ゴム長靴を止めて登山靴を履くようになっているが、これと共に靴擦れに悩まされるようになっている。このため、本日はニッカホースの毛糸の靴下を持ってきたので、これに登山靴を履いた。
 こうして身支度を整えて車の外に出ると、少し肌寒い。カッパの上を羽織ることも頭をかすめたが、少し歩けば暖かくなることは分かっているので、最初のうちだけは多少の寒さを辛抱することにする。
 5時29分、赤岳山荘の駐車場を後にして、最初の目的地の赤岳鉱泉へ向かって歩き始める。
 道は、これまで走ってきた林道の延長である。直ぐに木橋が架かっていて、ここにロープを張って車両を通行止めしてある。このロープの脇に人、1人が通られるだけの余裕が設けてあるので、ここをすり抜けて橋を渡る。道は登り勾配で、歩き始め早々では些か身体に堪えるが仕方がないので、そのまま登り上がっていく。
 歩き始めてから5分くらいすると、美濃戸山荘の前にやってきた。
 ここが登山口である。八ヶ岳の代表的な山、赤岳、阿弥陀岳、横岳、硫黄岳などの西側から代表的な登山口であり、美濃戸山荘の名前は一度でも八ヶ岳へ登った経験のある人ならたいていの人が知っているといっても過言でないくらい有名である。
 とはいっても、山小屋である。建物自体は貧弱なものだし、今は早朝ということもあってひっそり閑と静まり返っていた。
 美濃戸山荘は、2つの登山ルートの登山口となっている。1つは南沢沿いを登る南沢登山口、もう1つはこれから私が登ろうとする北沢登山口だ。
 前者はここから直ぐに登山道となるが、後者はここから暫くは歩いてきた林道の延長をそのまま歩いて行く。私たちは、圧倒的に南沢登山道を使用することが多いが、全体的には北沢登山道が多く用いられることもあって、ここは単なる林道の途中であって登山口という雰囲気に欠けるところがある。
 美濃戸山荘を道なりに左折してそのまま歩いていく。前述のように、北沢ルートはあまり歩いたことはないので、記憶はおぼろであるが、何時かの帰り道でもういい加減に着かないかと思ったほどに長かったような記憶があるので心して歩いたが、記憶ほどではなく、1時間弱で倉庫3棟が見えたと思ったら、北沢へ降り立ち、ここで林道は終わっていた。ちなみに、この倉庫は赤岳鉱泉の所有物らしく、この前には車3台も駐車してあった。
 この林道終点で車道は終わる。ここから直ぐに北沢を渡って、この沢の左岸に渡り、ここから登山道が始まる。登山道といっても道幅は広く、手入れの行きとどいた歩き易い道で、南沢の道とは雲泥の差といってもいいくらいであった。また、沢道特有の徒渉も数回あるが、何れも立派な橋が架けられていて、徒渉場所に神経を使う必要はなく、この面でも気配り十分といえる。
 赤岳に登る人の中でも、北沢経由で赤岳鉱泉に行き、ここから行者小屋経由で登る人も多いのを、これまでは『どうしてであろうか?』と不思議に思っていたが、こうしてここを歩いてみて、この歩き易い道のせいだと自然に答えを出すことができ、これまでの疑問が一気に解消された。
 この道を歩いていると、キバナノコマノツメが多く咲いているのが目に付いた。これまでの林道では、精々、シロバナヘビイチゴが咲いていたくらいであったことから撮影意欲を刺激されたが゛、まだ、先の長い道中を始めたばかりということが頭にこべり付いているだけに、ジックリと三脚を立てて取る気分にはならず、取り敢えずカメラに収めるだけにして先を急ぐ。ちなみに、本日、持参のカメラは1台のみで、ズームレンズとマクロレンズを持ってきており、必要に応じてレンズ交換する予定であった。レンズ交換をする手間は、結構、面倒であり、マクロレンズを使うのは本命のツクモグサを撮るときだけにするつもりで、道中の花は半ば諦めている。
 7時29分、赤岳鉱泉に到着する。
 駐車場を出発してからちょうど2時間で着いたことになるが、これはコースタイムと同じである。この間の距離は3.8㎞、標高差が530mというのに加えて都会の舗装道路に近いような良い道ということが味方してくれたことが大きく寄与して、このような結果が残せたようだ。
 この時間になると、何時も朝食を摂るので自然にそのモードになる。
 小屋前のテラスに置かれたテーブルを借りて、用意してきた稲荷寿司を食べ、朝食代わりにする。ちなみに、これ以後の食事は総てオニギリである。昔は色々と考えたが、最近は2日や3日は食べなくとも死ぬわけではないので、必要最低限のもの、オニギリかパンを用意するだけになっている。
 7時40分、食事を終えてザックを担ぎ上げ、次の赤岩ノ頭へ向かって歩き始める。最初は小屋前のテラスを歩いて小屋の玄関に行くが、玄関ドアーは締まり、中から人の気配はまったく感じられず、前夜の宿泊客が少なかったことはいわずもがなである。
 小屋の玄関前から赤岩ノ頭へ通じる道が始まっている。段差の高い石段を「よっこいしょ」と2、3段登り上がると、岩混じりの道が樹林の中へと通じているのでこれを歩いていく。
 この道は2、3度は歩いたと思うが、詳しいことは記憶から欠落してしまっている。ただ1つ記憶に残っているのは、ある年の正月山行のそれだけだ。この道を歩いていくと、大同心、小同心という岩峰へ通じる沢があり、これを越えて進むと、今度はこれより大きなジョ―ゴ沢があり、これも横切って進んでいくのだが、真冬のことゆえ、これは雪に埋まっていて、足跡だけが先へと続いていた。この足跡を辿って進んでいくと、大きな段差(滝)があって先行者はザイルを出していた。これを見て初めて道を間違えたことに気付き、再び、元に戻って正しい道を探し出したということだけは何年かが経った今でもハッキリと記憶に残っている。
 こんなことを思い出しながら、ジョ―ゴ沢を越えるが、今は雪はないのでここでこの沢へ誘い込まれることは間違ってもない。
 また、この道は山腹のトラバース道だったように記憶していたが、本日、歩いてみると基本的には尾根道であったことに気付いた。ここは尾根道といっても、尾根を忠実に登り上がる道ではなく、勾配が急な所は上手いことジグザグに道が切られているので、概ね、安定した斜度を登っていくようになっている。このような山深い所に人間の生活の場があったとは考えられず、この道は杣人が造った生活の道ではないと理解されるが、登山道に往々にある力任せに強引に登り上がる道ではなく、登山者の身体に優しい道が上手く造られている。
 この道の斜度は27%(430/1570)で、登山口から赤岳鉱泉までの道の斜度14%(530/3820)に比べると格段に厳しい道ではあるが、そのことを感じさせないのは、この構造のせいだと、こうしてレポートを書いていて理解できた。
 とはいえ、身体は厳しい道だということを次第に理解するようになり、頭とは別にぐずり出した。そうなると、右手が比較的に開け、回りがモミかシラビソの樹林という景色にならないかと、頭の中の景色と現実のそれが合致しないかと思うようになる。赤岩ノ頭の手前は、こんな景色だったという記憶があるからだ。何故、これを記憶しているかというと、ここでモミだかシラビソだかに積もった雪が目の前でドサッと落ちてきたのが新鮮な記憶として残っているからだ。
 こんな記憶の場面に似た場所にやってきた。『もう直ぐそこだ』と思うと、精神的に余裕が出てきたのか、道の脇にヒメイチゲが咲いているのを見付けた。ここに来るまでに見た花は、レイジンソウを極小にしたような名前の分からないものだけだったので、早速、撮影に取り掛かる。とはいっても、三脚を立てることなく、また、レンズも18~200mmのズームレンズで撮るのであるから、出来映えの保障は定かではないものだが……。また、この近くにわが三太夫家の家紋でもあるコミヤマカタバミも見付かった。この花は、なかなか綺麗に花を広げたものにお目にかかれないが、ここでは開いていた。それだけ、本日の天気が良いことを物語っていることに気付き、思わず見上げると、樹林の先には綺麗に晴れ上がった青空が見えていた。
 この先、進行方向の左手、南のほうの樹木が途切れて先のほうまで見渡せていた。そこには主峰の赤岳が、これと並ぶ阿弥陀岳、手法を守るがごとく横岳が、赤岳と阿弥陀を繋ぐ中岳、その奥には権現岳までが見て取ることができた。
 こんな景色が続き、そして向きを変えると赤岩ノ頭の三叉路があった。
0 1321-チョウノスケソウ
 赤岩ノ頭に到着したとき、9時31分。赤岳鉱泉から2時間を要した勘定になる。ここのコースタイムは1時間20分で、私は40分オーバーしたことになり、やはりこの道は見た目ほど簡単ではなかったことを如実に物語っている。
 ここには夫婦とおぼしき2人連れが休んでいた。私も彼らに倣おうと思い、ザックの肩紐を外そうとしたとき、腰にキヤッとした痛みが走った。これまで、腰に疲れが溜まることはあっても痛めたことはなかったので、この痛みは初めての経験であった。少し休んでおれば治るかもしれないと思い、ザックからお茶を取り出して飲み、しばしの休憩をとる。
 5分ほどだろうか、10分も休んだだろうか。そろそろ行かなければと思い、ザックの肩紐に腕を通して担ぎ上げようとすると先ほどに増しての痛みが走る。『困ったことになった。歩けるだろうか』と心配になったが、そのまま2、3回、足踏みしてみると、歩けないことはないので歩き始めた。
 この先の硫黄岳は、ここから見えている。とはいうものの、結構な登りをこなさねばならない。私の記憶では緩やかに登り上がるというものだが、ここから見るかぎりではそんな生易しいものではないようであり、気を引き締めて歩き始める。
 実際に歩き始めれば、距離も短いものであることもあって、それほどでもなかった。先ほどの正月に登ったときには、赤岩ノ頭に登り上がると猛烈な吹雪で、眼鏡を外して登ったので、登る大変さより吹雪の大変さのほうが勝り、チョコチョコッと登ったような印象が残ったと思われる。
 また、頂上直下では岩場を避けて右手から巻いて登ったが、右手が切れ落ちた箇所があって、ここを左ピッケルで通過する自信がなく、ここを通らずに左手の岩場をよじ登ったが、今はそんななことはせずとも、道に従っていけばよい。
 10時10分、硫黄岳頂上に到着する。
 ここの頂上はだだっ広い。三角点は噴火口脇に埋められているらしいが、この周りにはロープを張り巡らせて立ち入ることを禁止している。その代わりに、頂上広場には幾つものケルンが立てられていて、これらを頂上と見做している。このケルンのうち、大きそうに見えるものが経つ場所を頂上と見做して証拠写真を撮る。また、ロープ内で近付けるだけ、近付いて爆裂火口の写真を撮るが、ロープの制限があって生々しいものを撮ることはできなかった。
 こここから下山していくと鞍部に硫黄岳山荘があり、この辺りを大ダルミと呼ぶ。
 この辺りで、以前、ウルップソウを見たことがあるので、今年も咲いていないかと注意して歩くが、まだ早いのか、見付けることが下手だったかは不詳ながら、この花を見ることはかなわなかった。
 大ダルミを過ぎると、横岳の登りに入る。
 大ダルミの標高が2650mで、横岳(奥ノ院)頂上が2830mであるから、数字上では180mに過ぎないが、これがなかなかの曲者で、一気に登り上がることはできずに、途中でオニギリ1個を食べる食事休憩を採ったほどだった。
 この頂上の手前にツクモグサが咲く場所があり、ここでいい写真が撮れれば、先へ進む必要はないので引き返すことも選択肢の1つ入っていたが、アテにしていた場所に目指す花は咲いてはおらず、こうなると横岳を通過せざるを得なくなる。
 横岳という山は、岩峰が固まっているものの総称である。硫黄岳のほう、すなわち北側からいうと、台座の頭で始まり、大同心、小同心、奥ノ院、三叉峰、石尊峰、鉾岳、日ノ岳、二十三夜峰と続き、地蔵ノ頭で終っている。これでも分かるように横岳という峰はないが、これらの峰々の内、最高峰である標高2829mの奥ノ院を、通常、横岳の頂上と称している。
 なお、この内で大同心、小同心は主稜線から西側に離れて張り出した岩峰で、直接に着通過することはないが、これは岩登りに最適なことから、この手の同好者には馴染みがあり、その名前も一般にも浸透している。その他、奥ノ院の他では、杣添尾根と主稜線の交点にある三叉峰が登山者が口にすることはあるが、その他の峰は巻いて通り過ぎるので殆ど名前は知られていない。
 以上でも分かるように横岳を通り過ぎるには、これらの岩峰を乗り越していくなり、直下を巻いていかなければならず、この間は岩登り、もしくは岩場の歩きを強いられる。危険な所には梯子なり、鎖なりの補助具が取り付けられているので、私のような岩登りの素人でも無難に通過できるようになってはいる。
 しかし、最近の私は脚力が衰えているのに加えてバランスもとるのも下手になっているので、従前に比べるとこういう場所の通過は負担を感じるようになっている。このため、取り付けられた補助具に100%頼っての通過を余儀なくされ、時間も普通の人の倍もかかる始末であった。特に、奥ノ院(横岳頂上)への登り、日ノ岳から二十三夜峰への降りには苦労した。
 さて、今般の最大の目的であるツクモグサは、三叉峰を過ぎた辺りからボツボツと現れるが、この頃には今朝がたにはあれだけ良かった天気も、お昼ごろから下り坂に入り、雲が出て太陽を隠すようになっていた。
 ツクモグサは日の光に敏感な花で、曇りの際には花びらを閉じ加減にして、パッと開くのは太陽の光を気持ちよく浴びるときに限られているようで、今のような雲が多くては花を見る前から望み薄であった。また、半開きの花を見ると、花弁の外側に毛は生えておらず、花自体が終盤を迎えていることが分かる。八ヶ岳も、鈴鹿と同様に今冬は雪が少なく、花の咲く時期が早まったようである。
 こうして、ツクモグサへの期待は急速にすぼまったが、もう一つ、光明があった。
それは、横岳を登っている際、出会った登山者からもたらされた。その朗報とは、三叉峰の先でウルップソウが1つだけだが咲いていたというものだった。この登山者は、このときに撮ったスマホの写真も見せてくれたので、間違いはない、信用できる話であった。
これを楽しみに、苦しく怖い岩場の通過をこなしてきた。三叉路を通過してからは、全神経を登山道に注ぎ、『見落とすまい』と必死になるが、なかなか現れてはくれなかった。三叉路からだいぶ過ぎた所で、ザックを降ろしてカメラだけを持って戻ることにした。こうして三叉路まで1往復したが、無情にも見付けることはかなわなかった。
 ウルップソウも空振り、ツクモグサも期待薄というのでは、ここまできた意味はない。その他の珍しい花というと、チョウノスケソウをゲットできたが、ツクモグサへの期待が高かっただけに、これで補って帳消しとはいかなかった。
 最後のチャンスである日ノ岳までやってきた。ここには多くのツクモグサがあったが、何れもが花を閉じたものばかりだった。これはある程度は予想していたことであり、落胆はなかった。というより、ここに来るまでに充分に落胆していたので、ショックは少なかったというだけの話だ。
 明7日の天気が良ければ、このあと、赤岳天望荘で泊まるという手もあるが、生憎、明日は雨が予想されている。このため、降りられれば、本日中に美濃戸まで帰りたい。
 そこで、出発してからここまでずっと抱えてきたカメラをザックに仕舞い、この先、歩くことに専念する体制を整え、地蔵ノ頭へ向かう。
 13時45分、地蔵ノ頭に到着する。ここで横岳への登りの食事休憩の続きで残りのオニギリを食べ、小休止を兼ねる。
 硫黄岳からここまで稜線の縦走に3時間35分を要している。コースタイムは2時間10分であるので、如何に足の弱った私としても、この差は大き過ぎる。岩場を越すのに如何にてこずったかの証明でもある。
 腰のほうは相変わらずの状態である。身体を強くひねったりすると飛び上るほどの痛みを感じるが、普通に歩いている分には痛みはない。でも、腰全体が何か他人のもののような感じで、こんな経験は今までに味わったことはない。この状態で、美濃戸までもつかという不安がないといえば嘘になるが、1晩、泊まって治る保証もない。こういう場合は、多少、無理をしても降りたほうが賢明のように思える。この判断が正しいか、否かは判らないかが、安全圏の街中へ身を置きたい。
 このため、早々に休憩を切り上げて、地蔵尾根を降り始める。
 この尾根は、これまでに何回も降りているが、急降下続きで下手すれば危険に陥る可能性が高い。普通、登山道は時の経過とともに安定してくるが、ここの場合はこれがあてはまらない。何時、降っても急場に造られた登山道という感じが変わらない。別に、壊れて道が付け変えられている訳ではないので余計に不思議な感じを抱く。
 それでも工事用の足場用の階段などを多用し、涙ぐるしいくらいに手は入っているが、抜本的な対策が取られていないためか、安定感に欠ける道である。
 こんな道である。足でも踏み外したら大ごとになるので、手摺があれば必ず掴み、一歩、一歩、足元を確認しながら慎重に降りる。それでも、降りは、降りで、登りに比べれば格段に速い。14時45分には行者小屋に到着した。
 ここは小屋の前の広場がテント場になっていて、これまでなら色とりどりのテントが張られているのだが、本日は様子が違っていた。この広いテント場に1張りのテントも見られなかった。ちなみに、今朝ほどの赤岳鉱泉のテント場には2、3張りのテントがあり、このときは少ないとの感じを抱いたが、行者小屋ではここより悪かった。
 ここの小屋に立ち寄った。確認したいことがあったためだ。
 ここから美濃戸へ帰るには、このまま真っ直ぐに南沢を降っていくという方法と、いったん、赤岳鉱泉に出て今朝ほど通ってきた北沢を降るというものだ。
 普通なら、文句なく南沢ルートを採る。だが、15時近くでは要する時間によっては途中で暗くなることが考えられる。北沢ルートなら、最後の1時間は林道歩きであるため、暗くなっても構わないという事情がある。
 どちらのルートを採るかということを考える上で、行者小屋と赤岳鉱泉の間に要する時間が知りたかったためである。
 小屋の従業員に、「赤岳鉱泉までどれくらいかかりますか」との問いに対して、「1時間くらい……」との返事だった。では、南沢を降った場合、美濃戸までどれくらいかかるかと訊くと3時間という返事だった。ということは、どちらでも同じだということになる。18時着なら暗くはならないであろうが、途中、アクシデントが発生すればと考えると、北沢へ回ったほうが得策かとも思えてくる。
 だが、従業員は美濃戸までなら南沢を降りたほうが早いというので、彼の言葉を信じることにして、南沢ルートで帰ることにした。
 このルートは、同じ沢沿いとはいえ北沢のそれに比べると沢を歩く距離が長く、徒渉箇所も分かり難い所があって私向きではないが、これまで何回も通っている道でもあり、無難に歩くことができた。
 なお、道の途中で一部が壊れたためか、付け変えられた部分があったが、ここは誘導ロープが張り巡らしてあり、間違えようにも間違えようがないようになっていた。
 歩いていると、徐々に思い出されてくる。小屋で聞いた時間より早く着くことが分かって喜んだ。
 このルートではホテイランが自生しているので、今朝ほどは帰りに撮影するつもりであったが、今となってはどちらでもよくなっていた。でも、目の前に花が現れると、黙って通り過ぎるのが悪いような気がしてきて、結局、ザックを降ろすことになった。ただし、三脚は立てず、レンズも取り替えずというのは今朝ほどと同じであった。
 16時52分、美濃戸山荘まで戻ってきた。腰も何とか持ち堪えた。
 今回のルートをコースタイムで歩いたとすると、1周するのに8時間10分を要する。これにたいとて、私の場合は11時間18分もかかったことになり、如何にヨロヨロと歩いたかが分かる。しかし、私自身としては、腰を痛めたとはいえ、11時間も歩き通すことができたということは信じ難い事実でもあり、ある種の満足感を抱いた。でも、傍から見れば年寄りの冷や水以外何物でもなかろうとの反省もある。
0 DSC_1322赤岳

● COMMENT ●

がんばってますねえ三太夫さん。
きついコース、13.6kmを1日で周回してこられるのですから大したものです。
コースタイムより時間がかかっているのは、花の写真を撮っているからであって、決して歩くのがが遅いわけではないのですからね。
ところで外付けHDが壊れて画像の一部をなくされたとのことですが今は別途バックアップを取っておられるんですか?
私はDVDとUSBメモリーにダブルでバックアップを保存しています。

 モタさん、おはようございます。
 今回は花の撮影は三脚を使わずに立ったままで花にレンズを向けてオートフォーカスでシャッターを押すだけという撮影で、時間をかけておりません。したがって、歩きに専念していたのにかかわらず、この有様です。ヨロッ、ヨロッと歩いたのだとおもわれます。
 なお、バックアップ方法は、相変わらず外付けのハードディスクのみです。元来、怠け者のため、2重、3重といった手の込んだことはできず、結果、泣くことになります。

チョウノスケソウ綺麗に撮れましたね

三太夫さん、ツクモグサ撮影は大変ですね、私もいつか見に行こうと思っておりますが今だ見たことがありません。今回の山行、ガスだらけではないだろうかと思っておりました。それにしても
日帰りとは驚異的びっくりしました。私は秋山登山、美濃戸口から行者小屋、赤岳しか行ったことがありません、半日、雨と後は曇り空でした富士山が綺麗に展望できた記憶ぐらいです。
チョウノスケソウ若々しい個体撮れてよかったですね。

 tenkeiさん、おはようございます。
 日帰りは無理だと思っており、どこかの小屋に泊まるつもりでした。しかし、ツクモグサが空振りに終わり、翌日の天気も雨が予想されていたので、降りる決断をしました。行者小屋から美濃戸までが思っていたより早く降りられたので助かりました。


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