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2017-09

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御在所岳(ございしょたけ・1212m) - 2016.05.26 Thu

昔のようには歩けなかった!
 前回の山行きは、5月12日の御座峰(伊吹北尾根)であった。この山行きから2、3日も経つと体力的にもダメージは回復しているし、安定した天気が続いたこともあって、内心ではウズウズしていた。しかし、姫君に山行きを告げ、この許可を得るタイミングがなかなか掴めないでいた。
 私はふくらはぎ(脹脛)の痛みにずっと苦しめられてきたが、今年の春先、必死になって痛みに耐えて山行きをこなしていると嘘のように治まってきた。痛みの原因が、何年か前に医者が付けてくれた『何とか筋の損傷』であるか、他に何かあるかは分からないが、山道の緩急の坂道を歩くことが自然のリハリビテーションになった結果だと私は思っている。
 このため、リハビリを怠ると脹脛痛が再発する可能性が高いという強迫観念のようなものがあって山行きを切望するのだが、これを姫君は山へ行くための屁理屈だと考えているようで、私の山行きを快くは受け入れない。前回は買物に誘った上で山行きの話を切り出したが、買物が餌であることは即座に見抜かれているので、同じ手は利きそうもない。
 しかし、好天が何時までも続かないのは当たり前のことで、週中からは天気が崩れるという天気予報に背中を押される形で、月曜日の夕方、自分自身を大いに鼓舞し、強い三太夫を取り戻して、翌日の山行きを一方的に宣言する。
 こうして、5月24日に山行きという運びになった。
 目ぼしい花は終わっているので、花狙いの山行きは諦めざるを得ず、山は何処でもよかった。こうなると思い付く山は、通い慣れた御在所岳だ。
 6時30分頃、「行ってらっしゃい」との感情のこもらない姫君の声を背中で受けて自宅を出発する。
 この時間帯だと道路は空いているので順調に走ることができ、『御在所山の家』の近くに設けられた駐車場には概ね2時間で到着した。何時もなら、満車またはこれに近い駐車場も、この日は半分程度の埋まり具合であった。
御在所岳地形図550
 手早く出発の準備を終え、8時40分頃、駐車場を後にして歩き始める。
 この日は、中道で登り峠道で武平峠経由で周回する予定で、姫君にもこのように記した登山届を提出してきている。
 しかし、駐車場前の道路則面が工事中で、中道の登山口へ行くには本谷に降りて回り道して行かなければならなかった。このとき、急に気が変わり、一ノ谷新道から登ることにした。もう1つの本谷道も頭をかすめたが、本日は単身であり、谷の中では何が起こるかもしれないので、慌てて打ち消していた。
 駐車場前と中道登山口の道路には警備員1人づつが立っていた。ここには工事用の簡易信号も取り付けてあるので、交通整理のようなことを行う必要性は低い。でも、ここは登山者で賑わう場所だけに、このような配慮があるのかもしれないが、公共工事が高額になる原因を垣間見た思いがした。
 駐車場から逆Sの字を描くように緩やかに道路端を登り上がると、御在所山の家の前にやってきた。
 一ノ谷新道の登山口という看板は設置されていないので、何処が登山口かと訊かれると正確な答えはないが、ここが登山口だといって差し支えはない。
 ここから石段を登っていくと、御在所山の家の横に出る。ここを左手に採ると自然に登山道へと入っていく。とは書いたが、積雪期に最初に歩いたときには、この入口を見落してしまい、尾根を越えた向こう側から尾根に登るという間違いを犯している。このため、ここはどうなっているか、通るたびに気になるところだが、この日は木が置いてあって直進はできないようになっていた。
 尾根に乗るまでの最初の内は、ジグザグ道を登っていくのだが、これがなかなかの急登である。『しまった。中道で行けばよかった』と、内心、悔いてはみたが、中道とて、ここと大差がないことを思い出して、仕方がないと諦めてヨロヨロと足を踏み出すことになる。
 ヨロヨロと書いたが、最近では膝が弱くなって、踏み出した足が確実に固定できないせいか、この表現がピッタリな歩きになっている。この原因は分かっている。
 10年くらい前から数年間は膝を痛めていた。このため、正座ができなくて畳の上では困ったが、今は半分以上が座らなくてもいい生活ができるので助かった。これも何時の間にか自然治癒してしまったが、生活のスタイルは悪かった時と同じで、膝を使うことはなく過ぎてきている。こんな生活では膝の鍛錬はできないので、弱くなるばかりである。
 間もなく、尾根に乗った。
 これから先は、この尾根を忠実に辿っていく登山道が作られているので、この道は考えるような所はない。気が楽であるが、反面、登りっぱなしである。
 この登山道は、鈴鹿スカイラインの新設工事により、表登山道が使用できなくなった代替として造られたと仄聞したことがある。調べてみると、鈴鹿スカイラインの着工が1969年、完工が1972年ということだから、一ノ谷新道もこの頃に造られたことになり、完成後50年足らずの新しい道である。このように急増の登山道であるだけに、一部、尾根上に岩などがあって通行不能の場所を除くと忠実に尾根通しの道である。
 このような登山道のため、勾配の緩急に関わらず尾根芯を歩くことになり、身体には堪えることになる。でも、一概に悪いばかりではない。この道は尾根道とはいっても樹林に覆われているので、道には至る所に木の根がはみ出していて、これが階段の踏み板の代わりになるし、手摺代わりにも使うことができる。このため、半分とまではいかないが、手の力も使うので、足だけで登るよりも足にくる疲労も分散される傾向にあるので、脚力の衰えた今では、これは大いに助かる。
 途中の大岩を左から巻き、右から巻いて乗りきると、今度は長く尾根から外れた道を辿ることになる。この尾根には鷹見岩と呼ばれる巨岩が鎮座しているので直登はできずに巻くのではあるが、この辺りから花が見られるので注意して歩くが、時期が外れているのかいっこうに現れない。諦めかけたとき、イワカガミがポツポツと顔を見せ始めた。とはいっても、時期は過ぎているので、花は貧弱である。カメラを出すほどではないので、そのまま通り過ぎていたが、今度は青いものがあった。ハルリンドウだった。それも3つが重なるように並んでいて、被写体としてはなかなかのものだった。
 しかし、この日は他の目的があり、ユックリとザックを降ろしてはおられない。このルートをどのくらいで登り上がることができるかを計ってみたいというものだった。
 もう少し早く歩くことができた頃、このルートを1時間30分内外で歩いたことがある。今では、このようなスピードを求めるのは無理であるが、何とか、2時間以内で歩けないかを試したいとの思いがあったからだ。
 イワカガミもハルリンドウも、今年になって既に出合っており、写真にも収めているし、後者に至っては頂上でも出合えるいう確信もあるからなおさらであった。
 少し後ろ髪を引かれる思いはあったが、これを横目に通り過ぎる。ここから間もなくで、再び、尾根に登り上がる。鷹見岩の所だが、何時もとは異なり、斜めのトラバース道を採ったので、岩からはだいぶ離れていて、この岩を直接に見ることはなかったが……。
 ここまでくれば、頂上までは残り少ない。とはいえ、ここからがこのルートの核心部でもあり、この先、急な岩場など手強い所が連続している。
 岩場をよじ登るといっても、ここの岩場は危険を伴うようなものではないので、身体への負担はあっても精神的に加わる圧力というものはないので助かる。ちなみに、復路で通った峠道の岩場のほうが寧ろ危険度は高いといえた。
 これらの岩場も通過して、頂上は近付いてきたことが分かった。以前は、ここからロープウェイの駅舎の横手に登り上がってから、石の階段を辿ってアデリアのある頂上広場へ降りていたが、今ではこの道は閉鎖され、トラバース気味に進んで同じ場所に到達するようになっている。
 もう直ぐ頂上広場という所で時計を見ると、無情にも10時40分は過ぎていて2時間で到達という淡い夢は消え去っていた。
 ここへ登り上がる直前に、白い花びらがかたまって落ちているのに気付く。そういえば、ここには花付きのよいシロヤシオの木が固まってあることを思い出し、上を見上げると半分以上の花を落とし、若葉色の葉っぱを茂らせた木がやや寂しげにそよ風に身を任せるように揺れていた。
 頂上広場にザックを降ろしたとき、10時45分。目標にしていた2時間を切ることはできなかった。駐車場を歩き始めてからザックを降ろさず、当然、水も飲まずに歩き続けたが、結果はこの始末である。一生懸命、やってはみたが、無情にも体力、脚力の低下を思い知る結果になった。
 先ほどのシロヤシオの所まで戻って、これらを撮影してから、頂上広場に行くと、地元、四日市からきたという人と話をする。すると、4日前、竜ヶ岳へ行ったところ、シロヤシオが盛りであったとのことであった。そういえば、山を選択するにあたって、シロヤシオのことはスッカリと失念していた。今年は、馬ノ背尾根のアカヤシオも、ここのシロヤシオの何れも盛りには間に合わなかった。そういえば、どういうわけだか木の花には草のそれよりも私には愛着がわかない。
 彼との会話は切り上げて、頂上へと向かう。
 その前に池のほうへも行っておこうと、便所の前を真っ直ぐに進んでいく。この判断が、結果的によかった。池の土手にハルリンドウが咲いているのを見付けた。もちろん、今度は大喜びで撮影するが、何時ものように接写レンズではなく、ズームレンズでの撮影であった。やはり、腹の底では初物ではないという思いがあったのだろう。
 そういえば、冬場にゲレンデになる所にも、この花が咲いていたことを思い出し、頂上へはそこを登っていくことにして、リフトの下を通り抜けてゲレンデへと入っていく。
 今度は、この思いは外れ、何も咲いてはいなかった。私の場合、何事も狙って行動を起こすと外れ、無心で動くとたまには奏功するようだ。
 この緩やかな斜面を登り上がった先が本頂上だった。
 ここには1等三角点があり、その後ろにはその旨を記した大きな看板が祀るように立てられている。しかし、これには少し誤りがあるようだ。
 看板には、この三角点のある場所の標高が1211.95米(3916ft)であると書かれている。しかし、地形図から読み取ると1200m強であり、三角点の計測結果は1209.4mとなっている。ということは、看板の数値が間違っているということになる。
 では、看板の数値は、何処からきているか。この本頂上から少し離れた所に、望湖台と名付けられたもう1つの頂があり、ここの標高点の値が1212mである。これら2つの数値が錯綜した結果が、この間違った看板になったものと推定できる。
 この写真を撮った後、この一角に設けられているあずまや(四阿)に立ち寄る。ここでは既に先客がいて、肉を焼き、ビールを飲み、食事をしていた。私たちも、昔は山頂では焼鳥なり、焼肉なりでパーティを行うのを常としていたが、姫君と2人だけで行くようになると、この習慣も何時しか止めになり、今ではパンなり、おにぎりなりの質素な食事に変わってきた。
 大阪から初めて御在所岳にきたという2人連れと山談義をしながら食事を済ます。ちなみに、私の食事はパン2つだけという粗末なもので、彼らとの収入差を如実に表していた。
 いくら話をしながらとはいえ、この食事の質の差ではどうしても私のほうが早く終わってしまう。これを機に彼らと別れを告げて、次は望湖台に行ってみる。
 御在所岳には幾つもの頂があるが、一番、高い頂がこの望湖台である。一般的に御在所岳の標高1212mというのは、三角点のある本頂上ではなく、ここの高さを用いている。
 普段は本頂上に立ち寄ったときでも、この望湖台まで足を伸ばすことは殆どないが、本日は立ち寄る気になった。これは御在所にくるのも後何回もないことが身をもって感じたためだとお思うが、これは家に帰ってから結論付けたこことで、この時点ではもっと軽い気持ちだった。
 望湖台には女性2人の先客がいたが、私と入れ違うように彼女らは去り、私が帰ろうとする若い男女がやってきた。本日は、登山者もロープウェイでくる観光客ともに少なく、ここも閑散としていた。
 この岩の上に立つと、地獄谷から登ってきたときのことが思い出される。あるとき、ここへ登る場所を少し間違えて岩をよじ登って急にここへ顔を出したことがある。このとき、顔を合わせた人が何かとんでもないものでも見てしまったとでもいうような、何とも奇妙な顔をしていたことが今も忘れずに覚えている。
 これで頂上は終わった。
 次はこの頂上の隣の広場に行ってみる。ここには石碑があり、北尾根とでもいうか愛知川(神崎川)のほうからの尾根を登り上がってくると、この広場に到着するのだが、この隅にはハルリンドウが群がるように咲いていたことを思い出して立ち寄ってみることにしたが、盛りは既に過ぎたのか、1輪、また1輪とパラパラッと咲いているだけだった。
 この広場から降りて頂上周回道路に降り立ったときには、既に12時10分になっていた。アデリアの広場に到着したのが10時45分であったので、頂上に滞在した時間は1時間25分にもなり、何時もよりのんびりしていたことになる。
 この後は峠道で武平峠におり、ここから鈴鹿スカイライン沿いというか、これに付かず離れずの昔から登山道を通って駐車場まで帰るだけである。
 これを降っていると、指差し岩と呼ばれる岩の所へやってきた。この辺り一帯が岩場になっていて、ここが少し嫌らしい所であった。ここで今朝ほどの姫君との会話を思い出していた。
 峠道で降りることを告げると、「危ない所があるから気を付けてよ」と姫君がいう。「峠の手前のザレた所?」と訊き返すと、「違うわよ。岩場の所よ」と姫君が答えた。
 この場所を、注意を払いながら慎重に降りながら、この会話を思い出していた。以前は、この程度の岩場は何でもなく、記憶にも残っていなかったが、今はこうして慎重に降りなければ……、1つ間違えば危険も伴うことがあることが切実な事実となっている。
 私の記憶に残っていたザレ場は、相変わらず滑り易くはあったが、先ほどの岩場に比べれば何でもない場所であった。
 こうして武平峠まで降りれば、後は歩き込まれた大昔からの登山道というか、当時の生活道路である。途中、谷沿いの道が壊れ、付け直しされていた所があったが、それ以外は以前どおりで何も変わる所はなかった。
 御在所山の家の手前で、鈴鹿スカイラインに上がり、ここからは車道を歩いて駐車場まで帰り着いた。そのとき、14時10分頃。頂上周回道路沿いの四阿からちょうど2時間を要していた。
御在所岳頂上

● COMMENT ●

今回は御在所岳でしたか。
ご存知でしょうけど、山歩きも含めて運動しても、2週間たつと運動効果はゼロに戻ってしまうと聞いたことがあります。
その点、三太夫さんは連続して山へ行っておられるようで、いいことだと思います。
もうずいぶん長いこと御在所岳には行っていませんねえ。
道路工事や大雨による被害の復旧作業などによって昔とは登山道も変わってきているようですね。

 モタさん、おはようございます。
 そうですか。効き目は2週間というのでは、余ほど、意識して努めねば無に帰すということで、なかなか難しいですね。
 昔は普通の休みは鈴鹿、連休はアルプスというパターンが基本になっていました。
 でも、御在所へ登るだけでも1ヶ月では回りきれないルートがあるので、ここだけでも飽きることはありません。とはいっても、今では半分以上のルートが体力的に歩くことができなくなってきました。
 このように前もって自分で答えを出して出来ないと決めるのは、ダメ人間がすることだと以前は笑っていたのが、これが自分に回ってくるとは思いませんでした。


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