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2017-05

丸山(まるやま・650m) - 2016.04.16 Sat

急遽、馬寄尾根から孫太尾根に変更
 4月15日、馬寄尾根へ登るため、自宅を出る。
 いなべ市大安町辺りまで国道421号を走ってきたが、腹の調子に異常をきたしてきた。このため、目に付いたコンビニに立ち寄り、昼食用のパンを購入するついでにトイレを借りる。と書いたが、どちらが主目的だったか……、深く詮索しないほうがスマートというものだ。
 だが、なかなか腹の調子が落ち付いてこないために、ここで考えた。ここからまだ長い運転があり、そして長い歩きは、この体調では問題があるかもしれない。それなら、この近くの孫太尾根のほうが無難ではないか……、と。
 店を出て、国道306号と交差する『石榑北』の信号までやってきて、馬寄尾根なら左折するところを迷わず右折、孫太尾根へと行先を変更した。
孫太尾根(丸山)②
 登山口となっているいなべ市北勢町新町の墓地の所までやってきたが、駐車場には1台の車も停まっていない。風は少し強いとはいえ、天気はよく、暖かい日差しもある絶好の登山日和であるといってもいいほどであるに関わらずである。
 この孫太尾根は花を目当てに登るルートであり、入山者がないということは花も咲いていないことを物語っているようであり、『馬寄尾根のイワウチワのほうが良かったかもしれない』と、行先を変更したことを少し後悔した。しかし、ここまで来たからには引き返すことはできないので、そのまま身支度を整えることにする。
 上は半袖のTシャツに薄手の長袖のスポーツシャツ、下はジーパンに登山靴
という姿で、前回の藤原岳のときと変わらぬいでたちである。前回と変わったのは、靴ずれ防止のために踵部分にはバンドエードで保護したことと、前回の短いソックスから長めのそれになったことくらいだ。
 9時50分頃、駐車場を後にして、墓の奥にある水道施設の横を通り抜けて林の中へと入っていく。すると、直ぐ、この道は枯木によって塞ぐ形にしてあり、左手の踏み跡へと誘導されていたので、そのままそれに従って進んでいく。
 なお、この枯木は登山者が親切心で止木(とめぎ)として置いたもののようだが、この道は先で行止まりになるとはいえ、立派な生活道路であり、勝手に塞いではハタ迷惑である。登山者は往々にして登山者だけのことを考えて行動するが、世の中、登山者だけではないことに考えを及ばせなければならないだろうと余計なことを思っていた。
 間もなく、道は尾根に乗るが、これと共に勾配は少し急になる。
 前回(3月8日)、ここを登った際は脹脛(ふくらはぎ)が、ギシギシと軋み出して猛烈な痛みに苛まれたが、これは6ヶ月余のブランクがあったため、筋肉とか筋といった運動のために必要な組織が退化してしまっていたためだったようだ。これ以来、短いながらも何回か山行きを繰り返した効果が出たのか、本日は脹脛の痛みは出ていない。だが、膝の弱体化は一朝一夕では治らないのか、違和感がある。こうやってみると、もう少しトレーニングを積めば、アルプス行きも夢ではなさそうだと気分を良くしていた。
 神武神社跡を過ぎてから孫太尾根に乗るまでの少しの間で道の確立していない部分があるので苦労させられるが、前回の悪戦苦闘に比べれば、あっけないほど簡単に尾根の上に立つことができる。
 ここは、この尾根の上の小さなピークである標高387mの神武とこの東のピークとの鞍部で、標高は370m余の場所だ。ちなみに、ここでいう標高は、地形図の等高線を数えて書いているが、この標高線が10mごとであることから特殊な地点を除けば10m未満は正確には判らないので、切り捨てている。特殊な地点というのは、国土地理院が測量した場所であり、三角点と標高点がある。この違いは、三角点は標識が埋め込んだ場所であるが、測量したものの標識は埋め込まない所が標高点である。文中、10m未満が表示してあるのは三角点ないし標高点で、例えば387mの神武は標高点である。もう少し詳しく言えば、地形図には三角点の設置した場所はm以下1桁、すなわち10㎝単位で表示してあるので、記号が読み取れなくても三角点か標高点かは直ぐに分かる。
00000 カタバミ_0084
 閑話休題。これから先は、尾根を忠実に辿っていけばよく、また、この尾根自体が穏やかである。少なくとも本日の目的地の丸山までは、これまで歩いてきた道よりは楽ができるので、ここはホッと気が楽になる場所でもある。
 この尾根は、暫くの間、小さなアップダウンを繰り返しながら、樹林の中を進んでいく。そのうち、左手が明るくなってくるが、これはルートが尾根の左端を通ることと、この辺りの尾根は下方の谷、青川まで一直線に切れ落ちるようになっているためだ。こうなってから20m弱を一気に登り上がると明るい尾根の上に立つ。ここから向こう側の銚子ヶ岳の東側のピーク(ここから頂上は見えない)が存在感を示している。また、下を覗き込むと青川右岸の広い川原が見え、ここの復旧工事を行う重機の音が聞こえるが、その姿を捉えることはできなかった。
 この辺りから花が始まるので、足を停めて注意深く探してみるが、何も見付けることはできなかった。ヒロハアマナなどの春の花の第1陣は既に終わり、次の花との端境期に当たっているらしい。
 ここから暫くは痩せ尾根が続く。こういう地形では道を間違えることは絶対ないので気を許して歩いていくことができる。
 道は小岩などでできた岩道の登りになってきた。ここではカテンソウやヒメウズといった極小の花が咲くので、注意して歩いていくと、やはり咲いていた。しかし、これらの花は、何時でも咲いているので、帰り道で撮ることにして確認するだけにして歩いていく。すると上向きに咲くヒメウズが見付かった。通常、この花は下向きに咲くので、上を向いた花は初めて見るし、他人の撮った写真でも見たことがない。こうなると、復路という訳にはいかず、ザックを降ろして最初の撮影会となった。
 これを終え、再び、歩き始める。このガラ場を終えると、また、樹林の中へ入っていく。 その途中にセリバオウレンの咲く場所があるので、一応、覗いてみる。だが、案の定、花は予想したとおり、そこには何もなかった。
 ここを通り過ぎると、岩場の道となる。先ほどは小さい岩が固まっていたが、ここは大きな岩が集まっているという違いだが、ここでも先ほどと同じような種類の花が咲く。その他、過去、1度だけだが赤いイカリソウが咲いていたのを見たことがある。以後、そのことが忘れられずに何時も注意しているのだが、未だに2度目はない。
 ここを通過すると、また、植林の中へ入っていくが、今度は長いし、傾斜も結構ある。とはいっても、時間にすれば10分か、もう少しで終わってしまう。
 この樹林が終わると、いよいよ丸山への最後の登りである。ここは灌木が生えているだけで、大きな木はなく、土と岩だけである。
 最初に登ったときには尾根芯に則して登った記憶だが、今では違うルートを登るように踏み跡が付いている。登るときは、どのようなルートを採ったとしても頂上に辿り着くので問題はないが、下りのときはこうはいかないので、用心のために踏み跡を忠実に辿るようにしている。
 ここは壁土のような土で、雪解け時とか、雨上がりなどでは滑り易くて泣かされるが、前日に雨が降った気配ながら綺麗に乾いていたので助かった。
 途中、タネツケバナ系の花を見付けた。何の花かは判らなかったが、この系統の花は小さいことに相場が決まっているのに対して、これは花が大きかったので、興味を惹かれて撮影することになった。
 こうして地面にしゃがみ込むと、また新手の花も出てくるので、なかなか次へは進めない。
 このときの花はニシキゴロモだと思ったが、家に帰ってしげしげと眺めていて、ふと気付いたことがあって調べてみるとニシキゴロモではなくキランソウであった。
 ここでの撮影会を終えて、再び、歩き始めると直ぐに丸山の頂上であった。
 この日は最初から時間を採っていなかったので、正確さには欠けるが、12時をほんの少し回っていたと思われる。
 頂上に何か花が咲いていないかと、注意深く見て回るが、何も見付けることはできなかった。でも、この先にヒトリシズカくらいは咲いているはずであるので、そこまで足を伸ばすことにする。
 頂上から下っていくと、向こうから単身の登山者がやってきた。
 すれ違う際に挨拶して、花の成果を問う。すると思ったとおり、たいしたものはなかったとの返事であった。
 この会話を通じて、前に彼と出会っていることが判明する。また、彼はブログを開設しており、それにも私は尋ねたことがあって、ハンドルネームは知っているが、顔は忘れてしまっていた。これは先方も同様で、互いにこの奇偶を喜ぶ。
 この先、たいしたものがないことが判れば先へ行っても仕方がないので、彼と一緒に帰ることにする。なお、登山口の駐車場に車がなかったことに気付いたので尋ねてみると、彼は青川キャンプ場の近くに停めてきたとの由だった。
 話をしながら降っていくと、彼がイチリンソウを見付けた。イチリンソウは鈴鹿ではあまり見かけなくなったので、とにかく、1輪でも咲いていると大喜びである。早速、撮影会を開催する。
 最初のガラ場の所まで戻ってきた。
 ここに上向きに咲くヒメウズがあることを教えると、かれはヒメウズには興味がないとのことで見ることもしなかった。私もスミレとなると、あまり興味が湧かない。このため、この道筋にはいっぱい咲いていたスミレをチラッと横目で見るくらいで通り過ぎてきたので、これに似ている。
 ここで黄色のキジムシロよりやや小さめの花が咲いているのを見付ける。この花は往路でも見ているし、他の場所でも見ているが名前が分からない。このことを彼に言うと、立ちどころに『カタバミ』であると教えてくれた。以前にも書いた記憶だが、私の家紋は『丸に方喰』であるので前から愛着があり知ってはいた。しかし、私の知っているのはミヤマカタバミで白色だ。同じカタバミでも黄色のものがあることは知らなかったので何だか奇異な感じがした。
 ここでの撮影会が終わったとき、彼が「食事をされなくてもいいですか」と尋ねる。食事の話は、一緒に歩き始めたときにしていた。彼は終わっていて、私はまだであった。
 心配してくれたのであろうし、私の歩きが遅くて一緒に歩くことが苦痛になってのこととも考えられるが、多分、後者であっただろう。
 そこで少し先で、私が食事をすることにし、彼は先に行くことになった。別れた後の彼は速かった。見る見るうちに後ろ姿は小さくなっていった。
 食事後、私も駐車場に向かって歩き始めるが、以前は登りでは遅すぎることを指摘されることはあったとしても、降りではなかったことだ。これに比べると何という情けないことと忸怩たる思いにかられながらトボトボと歩くことになった。ちなみに、駐車場への到着は13時40分頃ではなかったかと思う。
00000 イチリンソウ_0081

● COMMENT ●

お元気ですね

最近は藤原岳に登られたり、花を求めて孫田尾根に行かれたりとお元気ですね。完全復活ではないでしょうか。

 モタさん、こんばんは。
 膝の疲労が早いことが課題として残るが、ふくらはぎのほうは快方に向かっているようで、アルプスへの夢が頭をもたげつつあります。せめてモタさんの半分くらいは歩けるようになったらと思っております。
 なお、face book の伝言板にお目をお通し願います。よろしくお願いいたします。


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