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2017-04

木和田尾 - 2016.03.14 Mon

フクジュソウを尋ねて
 春先になると毎年のように訪れる山がある。
 前回の孫太尾根もそうだが、この他にもいくつかがある。
 3月12日に行った木和田尾も、その1つで毎年1度は訪れている。その目的は、ここにはフクジュソウの群生地があるためだ。
 フクジュソウの群生地は、何もここだけに限ったわけではなく、藤原岳の表登山道にも、鈴ヶ岳にも、霊仙山にもある。これ以外にも、昨年、初めて知った場所として入道ヶ岳もある。このようにあちらこちらに群生地はあるので、木和田尾に執着することもないが、ここは訪れる人が少なくてジックリと花を観賞できるし、霊仙山に比べると比較的に簡単に出かけることができるという理由から毎年1度は訪れることになる。
 前回、3月4日の孫太尾根(丸山)行きから8日が経過して、このときに蒙ったダメージも身体から消え去った。加えて、12日は天気が良いとの予報であったこと、更に、前回の孫太尾根で約束を違えずに帰ってきて姫君の信頼を高めたことなどが相まって、決行日となった次第だ。
 朝8時30分頃、自宅を出発する。
 この日は金曜日、平日ということもあって、市街地では車の数も多かったが、郊外へ出るとそれほどでもなく、車は順調に走らせることができた。でも、名古屋市内で混んだことが尾を引いて、登山口に着いたときには10時を大きく過ぎていた。
 木和田尾の登山口を紹介しておく。
 その前に木和田尾という聞き慣れない名前であるが、これは普通の呼び方をすれば木和田尾根ということになる。すなわち、藤原岳を構成する幾多の峰々のうち、最北に位置する頂である頭蛇ヶ平(1143m)から東へ伸びる尾根の名前である。ちなみに、この木和田尾根が如何なる理由で『木和田尾』と呼ばれるようになったかは分からない。
 この木和田尾へ登り上がる登山道は、現在、藤原町山口集落の上水道施設の前にあって、そこには『白船峠登山口』の案内標識が設置してある。なお、白船峠という名前も説明しなくてはならない。鈴鹿山脈は、三重県と滋賀県を分けるように南北数10kmわたって続いている。この主稜線上にある峠の1つが白船峠である。しかし、このように呼ぶのは三重県側だけで、滋賀県側では白瀬峠と呼ばれている。昭文社の『山と高原地図』では、白瀬峠を採用していることから、この呼称が全国的に認知されているのかもしれない。
 前置きが長くなったが、この登山口への行き方が非常に分かり辛いので、脱線ついでにこれも説明しておく。
 国道306号を関ヶ原の方に向かって走っていくと、途中に藤原簡易パーキングという駐車場施設(駐車場、トイレ、そば店)があり、これを通り過ぎて暫らく進むと、道の両側は畑から杉林に変わってくる。このように景色が変わって直ぐの所に小さい4つ辻がある。この辻を左手前に鋭角に曲がり(戻るような感じ)、そのまま道なりに進むと前述の水道施設がある。ここに登山口はあるが、駐車場というようなものはなく、道の脇とか、林の中の空地に停めておくだけだ。これとても6、7台が停められるか、どうかという寂しいものである。
 私が到着したときには、これらの空地には先客の車で埋まり、私の車を停める余地は残っていなかった。仕方なく、少し戻った林の中の立木の間に強引に押しこんで駐車させる。
木和田尾②550×387
 ここで身支度を整えて、10時15分頃、出発する。
 このところ、送電線の巡視路を辿る子向山コースを採ることが専らである。しかし、このコースでは205号鉄塔と204号鉄塔との間の滑り易い急坂を登らなくてはならず、今の私の身体にはこれが大きな負担になると考えられる。このため、このところ久しく足を踏み入れていない正規の登山道である谷ルートで行くことに決め、水道施設前にある登山口へ歩いていく。
 ここの炭焼窯前の空き地では後からやってきた夫婦者の登山者が支度をしているところであった。コースを尋ねると、私と同じ谷ルートを採るとのことだった。彼らに挨拶して先に歩き始める。
 登山口から林道に沿うよう、これを下に見る形で緩やかに登り上がっていく。間もなく、この道は谷にぶつかり行き止まるが、ここには丸太2本の橋が架けてあるので、これを使って左岸に渡る。
 ここから暫くは左岸沿いに付けられた急な道を辿るが、これは山腹のトラバース道で歩き難いこと、この上ない。この道を歩いたのは何年も前のことで、細かいことは忘れてしまっていたが、薄っすらとした記憶では直ぐに谷に入ってその中を遡上していたように覚えていたが、実際には歩き難いトラバース道が延々と続く感じであった。道の感じとしては、コグルミ谷(御池岳)に似ているが、こちらの方が酷い感じである。
 高度を上げてきたので、もうそろそろ谷の中へ入ってもよさそうだと思うが、なかなかそうはならなかった。登り始めたときとは異なり、登山道と谷との距離は縮まってきたが、谷の中の荒れようが酷くて降りるに降りられない感じである。そういえば、今歩いているトラバース道は新しい感じである。これは数年前の水害被害で谷の中を歩けなくなって代替として造られた道らしいことが分かった。
 こんな道を登っていると、右手から少し小さめの谷が合流してきた場所に差し掛かる。この合流地点は、以前、右手の尾根を登れないかと考えたことがあるので記憶に残っている。
 この合流地点から少し谷の中へ入って、ここを歩くことになって、以前の道に復したと思っていたが、これは長くは続かなかった。直ぐに、右岸側の斜面をトラバース気味に造られた道を歩くことになった。こうして見ると、この道は以前の面影はなく、まったく新しい道に変わった感じだ。
 なお、帰ってから地形図を眺めていて気付いたことがある。この谷の右岸尾根は比較的に穏やかであり、登って登れないことはない。こんな歩き難い谷道を歩くのなら、この右岸尾根を歩いたほうが賢明かもしれないと……。ちなみに、登り口は、谷に架かる木橋を渡らず、そのまま直進すれば自然に尾根に乗り、この尾根を登り上がっていけば、自然に204号鉄塔に到達する。
 話を元に戻す。右岸のトラバース道を登っていくと、前方に送電線の鉄塔が見え隠れするようになり、谷はほぼ直角に右折している。ここは右岸側で右折してから左岸に移り、直ぐに右岸へ渡り返すというややこやしい道だが、しっかりとした踏み跡が付いている。これ以後、山腹を巻くように緩やかに登り上がっていくが、ここから暫くは楽ができた。
 なお、この谷を右岸に上がらずに、そのまま直進したことがある。このとき、初めて子向山へ通じる尾根道を発見。その後、この90度曲折地点から鉄塔に登り上がって尾根道を辿るルートを使っていた。
 このようなことを思い出しながら歩いていると、この山腹の巻道に入った所で登山口にいた夫婦に追い付かれた。彼らは岐阜市の江ちゃん夫妻で、週1ペースで山に登っているとのことだった。本日の目的は、私と同じでフクジュソウ。以後、ずっと彼らと行動を共にした。
 この巻道は長かったが、それも終わり、尾根に乗った。この先、最後まで尾根歩きがずっと続いた。途中、2、3ヶ所は急勾配の区間もあったが、概して穏やかな勾配の尾根道で助かった。
 200号Rの鉄塔で、飲料補給の立ち休憩をしたが、その他はずっと歩き通しで12時過ぎに目的地の坂本谷から旧登山道が尾根に登り上がった地点(4つ辻)に到着した。
 登山口からここまでの水平距離は2890m、単純標高差630mである。前回(3月4日)の孫太尾根は、距離1700m、標高差430m。これに比べるとグレードアップしたが、何とかやり通すことができた。でも、これが精一杯で、道なき急斜面の登りは足が痛くて無理なことが分かり、素直に喜べないものであった。
 復路は、江ちゃん夫妻を案内して子向山経由の送電線の巡視路ルートを通って帰り、途中、セリバオウレンをゲットできた。なお、帰着時間の記録はないが、概ね15時頃ではないかと思っている。
00000 フクジュソウ

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