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2017-04

丸山(まるやま・620m) - 2016.03.08 Tue

狙い違わず花をゲット!
 3月に入り、そろそろ鈴鹿の山にも花が咲き始める頃だろうと見当を付け、何時、行こうかと思案していた。
 3日の昼、テレビは「明日は本日以上によい天気になる」との予報を伝えていた。これを聞き、『今年の初登りは明日だ』と決定する。こうは決めてはみたものの、実行に移すには越えなくてはならない高い壁が立ちはだかっていた。姫君を説得するという難問である。
 姫君は、昨年、手術をしている。術後の経過は順調であるが、山へ出かけられほどにはなっておらず、当分は山へ行くことができない。
 私自身は彼女が考えているほど無鉄砲な行動は取らないとおもっているが、彼女の信頼を得るに至っていない。このため、なかなか単独行の山行きとなるとゴーサインが出ない。
 このときも明日の山行き、鈴鹿の藤原岳山域の丸山(孫太尾根)行きを告げると、途端に機嫌が悪くなる。これに負けていては永久に山へは行けなくなるので、気付かないふりをして相手にならないでおく。触らぬ神にたたりなしである。
 4日の朝、丸山まではいかずに、その途中から引き返してくることを条件に山行きを許可してくれたので、この条件を快諾して車に乗り込む。
 家を出たのが何時だったかは確認していないが、8時30分は過ぎていたと思われる。
 この日は金曜日。平日であるが、この時間帯であると名古屋市内から郊外へ向かう車は少なく、順調に走ることができ、登山口のある『いなべ市北勢町新町』に到着したとき、10時前であった。
 今でこそ、目をつぶっていても登山口にくることができるが、最初はこうはいかなかった。最初にきたときは『新町の墓』を手がかりに探しに探したが分からず、途中で尋ねた人は別の墓へ連れて行ってくれ、そこに立つ墓石を指差して「ここが孫……」という始末だった。
 私たち登山者は、孫太尾根が当たり前として認識しているが、地元の人の間ではこの尾根の名前は広く認知されたものではなく、道を尋ねた老人も『墓、孫太尾根』のキーワードも正確には伝わらずに、孫何某の眠る墓へ案内してくれたようだ。
 この頃は、このルートを歩く登山者は滅多におらず、踏み跡も不鮮明極まりないものであったが、今ではこのルートも有名になり、花の季節の春ともなると多くの登山者が押し掛けていて、今では明確な道も出来上がっている。
 少し脱線したので、話を元に戻す。
 登山口の墓の前の駐車場に着いたときには6台の先客がおり、私が車を停めるとほぼ満車状態(詰めれば、まだ2、3台は可)になった。
本日は暖かいとはいえ、まだ春の声を聞いたばかりで、花も盛りとまではいたってはおらず、これらの先客は花狙いというよりは純粋の登山を目的にしている人たちだといえそうだ。
 ここで身支度に取りかかる。
 本日は暖かいので家から着てきたラグシャツだけで行こうかとも思ったが、これだけでは何だか頼りない。カッパを着るにはいささかオーバー過ぎるし、何を着ようかと思案した末、薄手のウィンドブレーカーが車に積んであることに気付き、これを羽織って出発する。
孫太尾根(丸山)②
 9時59分、駐車場を後にして歩き始める。
 上空に雲は殆どなく、真っ青。風もほとんどないので陽が当たっておればポカポカとしていて暖かい。こういう日を絶好の登山日和というのだろう。
 これなら花も機嫌よく咲いているのではないかと手前勝手な観測をするが、反面、まだ、早いかもしれないという冷静な自分もいることに気付いた。
 墓の奥にある上水道関連施設の横を通り過ぎると直ぐに孫太尾根へ通じる道が左手へと招き入れている。
 今でこそ、このようなハッキリとした道になっているが、私が最初に歩いたときにはこのような踏み跡はなく、何処から入るのか判然とせず、仕方がないので、もう少し先から右手の孫太尾根に向かって遮二無二に登り上がった。こんなことを2、3度するうちに、このルートが何となく分かってきて、今の道を歩くようになる。
 この道を歩き始めて直ぐに足のふくらはぎ(脹脛)の辺りが軋み始めた。
 そういえば昨年は姫君の入院もあって、山にはトンとご無沙汰で、夏場でも月に1回行くか行かないかという頻度であり、秋から現在までは1度も山歩きはしていない。
 このため、これもいたしかたないことではあるが、それにしても痛い。これでは稜線まで登られるかが心配になってきたほどだった。最近では、朝の散歩の際にも脹脛に痛みを感じることがあり、相当に老化が進んでいることを自覚せずにおられない。姫君にはこんな現象は認められないので、これは私だけのことらしい。脹脛が痛いのは、ここの筋肉が引っ張られるときに伴うものであり、筋肉が自然に縮んできているものと考えられる。筋委縮症という難病があるが、こんな難しい病気に私が罹るとは思われないので、考えられるのは老化ということになる。
 この原因を思い当たらないこともない。私は極端な偏食で、野菜をほとんど食べられない。世間では食生活における野菜の重要性が声高に叫ばれており、私のような野菜嫌いは何らかの不利益をこうむってもおかしくはない。というより、野菜を食べない私が、この歳まで大きな病気もせずに生きていることのほうが異常なのではないかとも考えられ、筋肉が多少の縮む程度で収まっていることが、逆にありがたいことだと思わなくてはならない。こんなことを考えながら、痛みを紛らわせて歩いていく。
 出発してから10分ほどで、右手に炭焼きの窯跡が見えてくる。ここから先は、これまでに増して急勾配になってくると、痛みは更に酷くなる。こうなると普通に真っ直ぐと歩いてはおられず、少しでも痛みが和らぐように、足の角度を変えて横歩きのような形で歩かなければならなくなる。
 こうして痛む足を騙しだましして登っていくと、傾斜が弱まりホッと一息つく。ここが神武社殿跡と言い、神武神社というお宮が祀られていた所だ。だが、ホッとしたのも束の間、また、急斜面の登りが始まった。ここは細い灌木が疎らに生えていて、掴むものがあるだけに先ほどのように掴むものが何もない所よりはマシである。
 こんな斜面をヒィヒィと声なき悲鳴を上げながら登っていくと、ようやく孫太尾根に登り上がる。このとき、10時23分で、出発してから30分弱の短い間であったが、蒙ったダメージは大きかった。
 でも、尾根の上に登り上がれば、この先はダラダラとした登りが続き、これまでのような脹脛への負担は殆どなくなるので、ここまで登ってしまえばこちらのものである。
 10時40分前、標高400mの青川沿いの尾根に登り上がる。ここから西側は遮るものはなく、青川の向こう側にある銚子岳の東側ピークが綺麗に見えている。上のほうは極く薄くではあるが雪が残っており、まだ冬の気配を感じさせ、春といってもまだ本番までは間があることを示していた。
 ここから花がボツボツと現れてくる。現れるといっても、その気になって探さなければ見付けられないので、見付けた分は儲けものといった塩梅である。
 最初に見付けたのは、ヒロハアマナであった。
 これとて簡単に見付かったわけではなく、あるアクシデントがあって何時もは立ち入らない場所に入った際の偶然の産物としてゲットしたまでだ。
 こんな奥歯にものが挟まったような、もったいぶった書き方をすると誤解を受けかねないので、ありのままを書く。
 歩いていると、大きいほうの便意を催してきた。人目に付かぬ場所を選んで入っていって用を足す。この帰り道、目の前の岩陰に咲く白い花が目に飛び込んできた。この岩は登山道のほうから見ると目隠しのような役目を果たしていたので、まともに登山道を歩いていてはこの花を見ることはできなかっただろう。うまい具合に便意が発生、加えて場所の選定が結果的によかったという偶然が重なって出合うことができたのだ。
 本日、ヒロハアマナに出合うのは、これが最初で最後であったので、偶然の産物とはいえ、殊勲賞ものであった。
 このようにヒロハアマナは儲けものであったが、最初から狙っていた花がある。それはセリバオウレンだ。この花は、2月23日に岐阜薬科大学の薬草園で見ていて、今年の初見ではないが、ここの花は人の手が加わっており、自然のものとは些か趣きを異にしている。いずれにしても、前者より条件の悪い山中だといっても、2週間も経過しており、咲いている確率は高いと判断していた。
 この花の咲く場所に行ってみると、なかなか見付からなかったが、とある場所に4、5株が咲いていて、やはり予想どおりであった。
 ここで写真を撮っていると、下山者がやってきた。尋ねると、丸山の1つ先のピーク、草木まで行ってきたとのことだった。花の状態を訊くと、収穫は0だとのことだった。フクジュソウもセツブンソウにも探したが、見付からなかったとのことだった。
 これを聞いて、姫君との約束を思い出し、前進することを止めようかと思ったが、これを直ぐに打ち消した。ヒロハアマナが咲いているくらいである。それなら他の花が咲いていてもおかしくはないはずだと考えてのことであった。
 そして、丸山へ向かって歩き始めていた。
 杉の植林を過ぎて辺りが明るくなり、灌木が疎らに生えた急斜面が目の前に現れた。丸山への最後の登りの場所で、これをこなせば丸山の頂上である。
 ここは急登ではあるが、岩などがあって脹脛を伸ばし、伸ばしして歩かなくてもよい。要は、階段を登り上がる要領で進めばよいので足には優しい急斜面である。
 ここを進んでいくと、踏み跡の真ん中に青いものがあるのに気付く。目を凝らしてみると、タチツボスミレであった。このスミレは珍しいものでも何でもなく、普段なら立ち止まって写真を撮るようなものではないが、ここでは初めて見るものであったので、ザックの中からカメラを引っ張り出すことになった。
 12時40分、丸山に到着した。
 頂上広場に登り上がって真っ先に目に付いたのがフクジュソウであった。普通なら、何はさておきこの花の写真を撮るところだが、このとき、腹はペコペコ、足はガクガク、疲労も困憊状態で、写真を撮るどころではなかった。そこで、先ずは適当な場所を選んで、ここで昼食を摂ることを優先させた。
 腹の中へ食べ物を入れると人心地がついてきた。
 食事をしながらの先着登山者との会話で、最初に見付けたフクジュソウの他にもセツブンソウも数は少ないが咲いていることが分かり、早速、これらの撮影に取り掛かる。
 この頂上部を一巡すると、時刻は13時を回っていた。一応の収穫はあったので、この先へは進むことはせずに下山することに決める。
 13時21分、頂上を後にして、往路を忠実に戻ることにする。
 途中、幾度となく、「休もう、休もうよ」という悪魔のささやきが耳の奥から聞こえてきたが、距離1.7㎞、標高差430mというミニ登山、加えて下りでもある。こんなことで休んでいては、今後の山登りに暗雲がたなびくと思い直して歩き続け、14時18分に駐車場に帰り着く。
 これで2016年の初登山を終える。
 このような具合だったので、翌日以降の筋肉痛が心配されたが、土曜、日曜の2日間は予想どおりであったが、痛かったのはこの2日間で終わったので助かった。
2016_02_04 ヒロハアマナ

● COMMENT ●

来週行きます

最新情報をありがとうございます。
先日伊勢山上へ行ったメンバーで、来週孫太尾根を登る予定です。
もう福寿草が咲いているんですね。
ヒロハアマナやセツブンソウも見つけられたらうれしいでが。

 モタさん、おはようございます。
 孫太尾根は花の道が続いているので、これを見ながら楽しく歩くことができます。ただ、これらの花は太陽の光に敏感なため、天気の良い日を選ばれると、楽しさが倍加することでしょう。、


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