topimage

2017-08

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

丸山(まるやま・650m) - 2015.03.15 Sun

半年ぶりの山登り
 三重県と滋賀県を分ける鈴鹿山脈の一角にフクジュソウで名高い藤原岳がある。
 3月13日、この藤原岳から南へ派生する尾根、孫太尾根の途中にある丸山へ登った。
 山というと、昨年8月に北海道の大雪山(緑岳)に登ってから遠ざかっていて、久しぶりの登山ということになる。それにしても、この間、7ヶ月も経過しており、久しぶりもいいところだ。こりだけ間があるということは登山を始めて初めてのことだ。
 登山の目的は花である。
 体力の衰えとともに山へ登ることは身体へ与える影響が著しく、無意識のうちに敬遠してきたようだ。このように情けないことになった私だが、3月の声を聞くと、『花もそろそろ咲き始める頃だろう』と気がもめるようになる。だが、春先寒波で天気が思うようにいかない。
 それでも13日は長く居座っていた寒気が遠のいて天候が回復しそうだという天気予報を信じ、鈴鹿へ向かって車を走らせることになった。ただ、これまでとは異なり、助手席には何時も座っている姫君の姿はなかった。彼女は珍しく風邪をひき、これが長引いているためだ。
 8時頃、自宅を出発、何時ものように津島市から木曽三川を越えて桑名市(多度町)からいなべ市へという下道ルートを走っていく。
 途中の旧多度町役場前から藤原岳と竜ヶ岳が一望できるが、これを見て驚いた。 これらの頂上は白く輝いていたからだ。竜ヶ岳はともかく、藤原岳はこれほど雪が残っているとは考えていなかった。2月末にセツブンソウの群生を見るために藤原山麓の大貝戸集落を訪れたときよりも白い部分が増えていた。これから推し、今般の寒波による降雪が思いの他に多かったことが分かり、『これでは花はダメかもしれない』と暗い気持ちにさせられた。しかし、山行きモードに切り替わっているだけに、弱気の虫がうごめくこともなく、そのまま目的地に向かって車を走らせる。
 10時前、いなべ市新町の共同墓地前の登山口に到着する。
 ここの駐車場には、豊田ナンバーと鈴鹿ナンバーの車の2台が駐車してあった。駐車車両がこれだけというのでは、まだ登山者の本格的活動はまだだということを物語っていて、花への期待は持てそうにないことを悟らされた。
 毛糸のカーデガンを脱ぎ、登山用の薄手のスポーツシャツに着替え、長靴を履けば準備は完了するので、直ちに出発する。ちなみに、このとき、10時50分であった。
 最初は平坦な樹林の中で問題はなかったが、直ぐに小さい尾根に乗ることになると大変だった。以前、この辺りでは何でもなかったが、今は様相が異なる。たいした勾配ではないが、脹脛(ふくらはぎ)がギシギシと鳴り、直ぐに悲鳴をあげ始める。
 右手に炭焼窯跡が見える辺りから更に勾配はきつくなり、こうなると脹脛に痛みを感じるようになる。『これは本日だけのこと。辛抱、辛抱』と言い聞かせながら登ることになるが、それでも痛さには堪らず、なるべく脹脛を伸ばさないように半身のような姿勢をとりながら登ることになる。そういえば、昨年はラジオ体操にも参加してストレッチ運動も日常的に行っていたが、最近はこれに加わることもなく、散歩するのが唯一の運動という状態なので、これも致し方ないことだと自虐的に納得させていた。
 昔、神社のお社があったとされる所では多少は平坦になるので気分的に一息入れることができるが、直ぐに急勾配に変わってくる。この難所を必死になって登りきると孫太尾根に乗る。
 ここまでくれば、この後、しばらくは尾根歩きが続き、これまでの苦労からは解放されることは分かっているので『ホッ』とする。要するに、登山口を出発してからここまで30分弱の間は地獄の苦しみを味わうことになるが、こんなことになったのは何時からだろうか。孫太尾根を初めて歩いた頃は、この道を知らなかったので、登山口付近からダイレクトに孫太尾根に登り上がっていた。これは今以上に厳しいルートだといえるが、この頃は楽しさを感じることはあっても辛いと思ったことはなかった。変われば変わったものだ。
 ここから目的の丸山までは登り勾配一辺倒であるが、勾配がきつい箇所はないので楽なものだ。私の場合、勾配が強くなっても、岩の上を伝って登るなど、脚の筋を伸ばさなくてもいい姿勢なら嫌だとは思わないが、ここのように脹脛をギシギシと軋ませながら歩くのが苦手である。素人的な考察ながら、年を重ねるにつけ、筋肉の弾力が失われ、伸ばそうにも伸びなくなっているのだと理屈付けしている。要するに、古びた輪ゴムのような状態に陥っていると考える。これが老化というものだろうと半ば諦めている。
 標高500m辺りの杉の植林の中へ入った辺りから積雪量が多くなってくる。この辺りは木の枝や葉っぱに太陽の光が遮られるためか、雪解けが遅く、2、30cmもまんべんなく積もっていて、黒い土の部分は見えなくなっていた。これまで見られた花はセリバオウレンが唯一のもので、花には少し早かったと思っていたが、この雪景色を見せつけられると、これが確信に変わっていく。
 この植林を抜けると目の前は開けてきて太陽の光も降り注ぎ、急に明るくなる。途端にあれほどあった雪が嘘のように消えてしまっていた。
 ここから急勾配が目の前に迫っており、丸山への最後のひとの登りである。
 この急斜面は、最初の尾根に登るまでの勾配と比べ物にならないくらいのキツイ勾配である。だが、ここは岩と土が半々という状態であるので、岩を階段の踏み板のようにして登ればよいので、足への負担は尾根歩きのときと大差はないことが分かっているので尻込みするほどではない。
 こう思って、この斜面に1歩、足を踏み入れるとズルッと滑る。表面上は乾いているように見えるが、土の内部は相当な水を含んでいた。このような現象は雨降り後では考えられないが、雪解け後の特有の現象といえる。こうしてみると、雪はまったくないとはいえ、ここは雪が解けて間もないことが分かる。
 こんな状態なので、なるべく岩の上を歩くようにするが、伝い歩きで切るような場所ばかりではない。仕方なく土の上に足を置き、次に力を入れるとズルッと滑るので始末が悪い。また、岩の上だといっても安心はできない。岩が下の土と共に滑ることがあるからだ。このように足元が安心できないので、両手は木の枝、岩など何かに摑まっていなければならなない。登りでこれでは、降りのときに無事に降りられるだろうかと心配するほどだった。こんな難所も、高度が上がり、勾配が緩くなるに従い姿を消していく。
 11時30分、丸山に到着する。
 登ってきた斜面に雪はなかったが、それほど広くはない頂上広場は4割がた雪が残っていた。それも不思議なことに西の方の雪が解け、東の方だけに残っていた。考えられることは、ここは西風、滋賀県側から吹く風が強く、西側に積もった雪が吹き飛ばされるため、このような状態になったようだ。
 少し早いが、先ずは昼食を摂り、それからあまり期待はできない花探しを始める。
 雪の解けた場所を探していくが、思ったとおり花は見付からない。『やっぱり早かった』と諦めかけたとき、黄色な小さなものがボンヤリとではあったが目に飛び込んできた。『フクジュソウだ』と直感、そのものに目を凝らすと、やはりフクジュソウであった。喜んでカメラに収めたことは言うまでもない。
 フクジュソウを撮影していると、少し離れた場所にセツブンソウが見付かった。『やっぱり来てよかった』と、場所を変えて撮影会を開催。こうしてフクジュソウにもセツブンソウにも出合うことができて大いに満足する。こうして目的を果たしてみると、この他にも次々と見付かった。フクジュソウは3株だけであったが、セツブンソウは数えきれないくらい咲いていた。
 この収穫は予期せぬものだっただけに喜びも倍加、12時30分、幸福感に包まれて下山を始める。
 頂上での幸運に背中を押され、復路では何時もは行かない場所まで捜索範囲を伸ばした結果、ヒロハアマナとの出合いもかない、2重、3重の喜びに包まれて、14時15分、駐車場に帰り着く。ここには朝と同じ2台の車が停まったままだった。
セリバオウレン

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yore4040.blog24.fc2.com/tb.php/913-bd265825
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

処女出版 «  | BLOG TOP |  » ネコノメソウの種類

アクセス数

検索フォーム

最新記事

最新コメント

カテゴリ

登山 (147)
山野草 (417)
雑文 (139)
未分類 (14)
お知らせ (6)
案内 (2)
百名山 (22)
花旅 (75)
旅行 (29)
2014 北の大地花旅 (86)
2016・北海道 (83)
2016・北海道 (1)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。