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2017-11

オロフレ山(おろふれやま・1231m) - 2014.10.14 Tue

お目当てのシラネアオイは終わっていた!
 北海道に渡って最初に登った山がオロフレ山である。それは上陸の翌々日、6月21日のことであった。
 これまでに3回も北海道の山に登っているが、この何れのときにも登っておらず、今回が初めてであった。それもそのはず、この山の名前を知ったのが、ごく最近のことである。正確にいえば、北海道へ渡る10日くらい前に偶然に知ったに過ぎなかった。
 つれづれなるがまま、ネットで『はてなアンテナ(東海地方の山・花サイト)』を物色していたら、『今年も北海道車中泊旅へ』という見出しが目に飛び込んできた。私たちも出発しようと思っていたときだったので、これには大いに興味を抱き、このサイトを覗いてみた。
 それによると、6月中旬に北海道の旅に出るとのこと。彼らは3年前にも同じような旅をしていると、その当時の記事のアドレスも書かれていた。どんな所を回っているのかと気になって、ここへ入っていったところ、苫小牧に上陸した翌日にオロフレ山に登っていた。これによると、この山はシラネアオイが群生しているとのことであった。
 シラネアオイは、北海道では夕張岳で素晴らしい群生を見ているが、この花自体が少なくなっているとのことなので、私たちも今回の花旅で見ておきたいと思った。
 こんな経緯があって、私たちも19日に上陸、その翌日にここへ登る予定であった。でも、生憎の雨のため、1日延ばしてこの日に登ることになった。
 オロフレ山とは変わった名前であるが、北海道には先住のアイヌの呼名をそのまま地名とか、山、川の名前に継承して使用していることが多く、格別、珍しいことではない。
 調べてみると、アイヌ語の『ウオロ・フレ・ペッ』から来ているということだ。ちなみに、その意味は『水中の赤い川』らしい。
 なお、この山は白老(しらおい)町と壮瞥(そうべつ)町に跨っている。壮瞥町というと近年にも噴火した有珠山のある町で、ここにも近いというとおよその位置が理解できるかもしれない。
 ちなみに、苫小牧からここへ行く場合は、国道36号を西、室蘭方面へ向かって走り、登別に入った所で道道(本州でいえば県道)2号に乗り移って進むとオロフレトンネルに入っていく。このトンネルを抜けて暫らく進むと三叉路に差し掛かり、これを左折すると自然に登山口のオロフレ峠に到着、道路はここで行き止まりになっている。
 21日の早朝、前夜に泊まった『道の駅・ウトナイ湖』(苫小牧)では、小雨が降ったり止んだりという決して芳しい天気ではなかったが、西へ移動するに従って好転するという幸運に恵まれ、前日の不運を帳消しにすることができた。
 9時前、オロフレ峠に到着する。ここを峠と呼んでいるが、道はこの先は崖で切れ落ちていて行き止まり、正確にいうと峠ではなく、単なる尾根の鞍部というに過ぎない。
 ここには車をギッシリと詰めたら100台は停められそうな駐車場が作られており、また、トイレも完備している。この駐車場の規模からは、この山が人気の山であることが何とはなしに推定できる。
地形図
 ここで出発の準備を整え、歩き始めたのは9時09分であった。
 オロフレ山について説明しておく。
 オロフレ山は標高1231mで、私たちの主戦場である鈴鹿の山に例えるなら、1212mの御在所岳を思い浮かべるとよい。
 これに対して登山口のオロフレ峠の標高は930mで、御在所岳の登山口で似ている所となると、標高877mの武平峠が最も近い。一方、登山口から頂上までの距離は、オロフレ山が2450mであるのに対して、御在所岳のそれが1400mである。
 したがって、オロフレ山へ登るには、武平峠から御在所岳へ登ることをイメージすると分かり易いと思うが、同じような標高差を長い距離と短い距離で登るという差がある。こんなことをヨレヨレの私たちがいうと生意気に聞こえるかもしれないが、多少のアップダウンがあったにせよ、オロフレ山は長い距離でユックリと登るので、それほど大変な山ではないと考える。
 また、登山口のオロフレ峠は壮瞥町と登別市を分ける尾根の鞍部に位置する。この尾根を北の方向へ登っていくと1003m峰に到達する。ここからはいったんは降ることになり、次に小さなアップダウンを重ねていく。この辺りの登別側は切り立った岩の崖となっているが、この崖を『羅漢岩』と名付けられている。羅漢といっても、岩に坊主が彫刻されているわけではなく、また、岩の形がこれに似ているわけでもなく、どうしてこの崖が羅漢と呼ばれているのかは不詳であるが、ここがオロフレ山における最大の見所になっていることだけは確かである。
 この羅漢岩が見えなくなった所(ここは鞍部になっている)で尾根は2手に分かれている。今歩いてきた尾根を数えると、尾根の三叉路ということになる。ここが今までの壮瞥町と登別市に加えて白老町の3市町の境で、この先は壮瞥町と白老町を分ける尾根を歩くことになる。ちなみに、この三叉路の標高が900mであり、ここを距離で表すと、登山口のオロフレ峠からここまでが1050mで、ここから頂上までが1400mという位置である。
オロフレ山
 この三叉路に到着したときの時刻の記録はないが、前後の写真撮影時刻から類推するに9時30分を少し過ぎた頃だったとみられる。
 この三叉路までに見ることができた花は、ヨツバシオガマ、ゴゼンタチバナ、ベニバナイチヤクソウなどで、そこそこの収穫はあったものの、肝心のシラネアオイは影も形もなかった。
 やや焦り気味に歩いていくと、登山道脇の笹の中に1輪だけだがピンクのシラネアオイが咲いていた。先ほどすれ違った下山者が、「1輪だけ咲いていた」と言っていた花がこれらしい。これは今にも花びらを落としそうで、形はあまり良いとはいい難いが、これだけとなると大事な花ということになる。花の写真は帰り道に撮るつもりでいたが、見逃すと収穫がゼロに終わるので、これを避けるためにザックを降ろして撮影会を開催することになった。
 その後、もう1輪のシラネアオイを見付けたので、先の撮影会は無駄になったことになるが、いずれにしても花期は過ぎていたようで、この花のために選んだオロフレ山だったのに残念な結果になった。花のピークは、毎年、変わるので、これだけは如何ともし難い。ちなみに、この山を知るきっかけになった人が登ったのは3年前の6月21日であった。
 三叉路から頂上までの間には3つばかりの小さなアップダウンがある。最後のピーク、1052峰を巻いて通り越してからは200m弱を一気に登り上がることになるが、ここもそれほどたいしたことではなかった。
 こうして10時30分に頂上に到着した。
 このとき、一部に黒い雨雲があるにはあったが、青空部分も多く、天気は良の部類に属し、遠くまで展望も利いていた。しかし、馴染みのない北海道の山ということに加えて地図も持っていないので何も分からない。なお、仮に教えてもらったとしても私の頭では覚えておけるものでもないし、聞いたこともない山では親しみも湧かない。こんな事情もあって記録写真を撮っただけで、直ぐに下山に取り掛かる。
 帰り道では、目に止まった花の写真を撮りながら降るので、思った以上に時間がかかり、登山口に帰り着いたときには13時になっていた。
 なお、花の写真撮影は新しいカメラを使ったが、接眼レンズの焦点合わせという初期設定を失念していて、ピントが合わなかった。このとき、初期設定のことはまったく考えに浮かばず、目が悪化したと思って焦り、何とかピントを合わせようと悪あがきもあって時間が普段より余計にかかったという特殊事情もあった。
オロフレ頂上

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