topimage

2017-05

御在所岳・朝陽台(ございしょだけ・あさひだい 1200m) - 2014.06.14 Sat

ササユリは期待外れに終わる
 先日の弥勒山行きでササユリを見たのに触発され、鈴鹿のササユリにも久しぶりに対面してみたいものとの思いを抱いて、6月13日、御在所岳に登った。
 鈴鹿におけるササユリは、御在所岳を中心にした周辺の山、すなわち鎌ヶ岳、雨乞岳などで咲くが、何といっても御在所岳で見ることが最も多い。それも中道登山道での可能性が高い。
 このため、中道ルートで登ることを決めて自宅を出発する。
 御在所岳ならそんなに時間はかからないことから、ユックリと出かけてもよいのだが、駐車場のことを考えると早いに越したことはないので、7時前には自宅をでた。
 しかし、この日は金曜日ということもあって車が多く、思わぬ時間がかかってしまい、鈴鹿スカイラインの新しい駐車場まで2時間余を要するという結果であった。
 でも、やはり平日はありがたい。駐車場は80%程度が埋まっていただけで、まだ、10台弱は停められそうという状態で、楽々と駐車が可能であった。
 これはこれでよかったが、天気がおもわしくなく、降られそうな気配で、一瞬、登るのを取り止めようかと逡巡したくらいだった。天気予報では、梅雨の晴れ間とでもいうのだろうか、全国的にお日様マークの真っ赤に彩られていたことを思い出し、結局、予報を信じて登ることにした。
 9時30分、駐車場を後にして歩き始める。
 姫君が、トイレを済ませてから行くというので、中道登山口へのは入口を通り過ぎて『御在所山の家』の前にある公衆用トイレに立ち寄ってから、山小屋の横を通り抜けて登山口へと急ぐ。
 この山小屋は、以前、近鉄の所有であったものを佐々木さんという老夫婦が譲り受けて経営していた。数年前、ここの名物女将(老婆)が逝去したとテレビで報じていたので、今も営業しているのだろうかと改めて建物の内部を伺ってみると、綺麗に掃除はしてあるようだが人の気配はなく、営業されているようには見えなかった。でも、帰りには蒲団が干してあり、営業は継続されているらしい。ちなみに、この山小屋の前に新しく家が建てられ、ここには佐々木老人の息子(御在所岳裏道にある藤内小屋の前主人)が居住すると仄聞したことがあるので、彼が経営していると推測される。
 御在所山の家の前庭から緩やかに下り降り、本谷に架かる橋を渡った先に中道登山道の登山口がある。ここは人気コースだけに、何時もなら、この時間帯であれば1組や、2組の登山者がいてもおかくしはないのだが、本日は平日であるのに加えて何時降るか分からない生憎の天気ということもあってか、周辺には誰もおらず、静まり返っていた。
御在所岳地形図-1
 登山口は、鈴鹿スカイラインから20m内外入った本谷の左岸側にある。ここが標高560m内外なので、標高1200mの朝陽台(ロープウェイ山上公園駅広場)までの標高差は640m。この間の距離を地形図から計測すると1610m、ということは平均斜度が40%となる。平均斜度40%というと登山道の中でも急傾斜の部類に属す。この前、テレビのコマーシャルで車を45度傾斜に挑戦させていたが、この際、後進(バック)で登らせていた。斜度40%というと、45度よりは緩やかだがかなりきつく、車が前進で登ることが可能か否か……、という傾斜だと思う。
 この急傾斜が最初から始まった。丸太を縛って作った階段から始まり、花崗岩が風化してできた天井のないトンネルのような急傾斜の道と矢継ぎ早に難所が続く。
 早くも息を切らせ、急勾配と滑り易い足元に悪態をつきながら登っていると、目の前が急に開けてきた。尾根に乗ったことが分かる。ここからはロープウェイの頂上駅、朝陽台が見てとれる場所で、『まだ、あんな遠くまで歩かねばならないのか……』と、これまでがきつかったので余計に落ち込む場所でもある。しかし、本日は雲が下のほうまで下がってきているので、頂上はこれによって隠され、こんなことを考えなくてもよかった。
 このとき、「ロープウェイ、動いている?」と姫君がいう。ロープウェイを確認のため、その方に目をやると、箱は見えないが架線が揺れているのが見えた。「架線が揺れているから動いているだろう。止まるほどの風は吹いていないし……」と答えて、一瞬、止めていた足を再び動かし始めた。だが、これは姫君の疑問が正しく、私の推理が間違っていたことが、キレットで出会った登山者から「現在、架線の架け替えのために運休中」だと教えられて分かった。
 この見晴らしの良い尾根からは直ぐにおさらばして、また、樹林の中へと戻っていく。すると、そこに3合目の標識。それには、ここが標高700m(正確には710m)であること、裏道へ通じる分岐であることが記されていた。
 また、樹林から解放された。今度は先ほどとは逆に東のほうが開けていた。ここはロープウェイの架線の下で、目の先には四日市の町が綺麗に見えていた。
 ここから少しの区間が以前の登山道とは少し付け変えが行われているようだが、当時、どのように歩いていたかを思い出す前に、以前の道に復してしまった。
 ここから『おばれ岩』までは直ぐである。
 『おばれ岩』という岩は、2つの岩が重なるように立ち、これが人が人をおぶっているように見えることから、このように名付けられたらしい。ここが4合目で、標高800mという標識が建てられているが、標高については正確でないのは3合目と同様だが、地形図からは特定することはできなかった。
 ここまで歩いてくるうちに左足の向う脛(すね)の辺りが痛くて仕方がない。長靴のゴムの継ぎ目が当たった部分の皮膚がめくれたことは直ぐに推定できた。姫君に「何か、持っていない?」と尋ねると、「バンドエイドとバンダナがあるはず……」とのことだったので、『おばれ岩』を上から眺めるビュースポットの狭い広場で傷の手当てを行う。
 2、3分で傷の手当てが終わり、歩き始めると痛みはスッカリと取れていた。痛みがあるのとないのでは、こうも違うものかと再認識しつつ、歩みを進めるとサイコロ岩の裏側が見えてきた。サイコロ岩という名前は正確ではなく、正式な名称は『不動岩』というのだが、私は昔からサイコロ岩と呼んでいる。この岩は、2つの直立する岩の上に四角形(正立方体に近い形)をした岩がチョコンと乗っている。これを見ると、何時、落ちても不思議でないのに何十年も、何百年も、いや、それ以上の昔から、この不安定な恰好を保っている不思議な岩で、『おばれ岩』と同様に中道名物の1つでもある。不思議だと思う人は私だけではなく、多くの人も同様の感じを覚えるようで、ここで休んでいた人に、「落ちていませんね」と挨拶代わりにいうと、「本当、まだ落ちていません」との答えが返ってきた。
 なお、この辺りに5合目の標識があったはずだが、今回、見落したようだ。
 ここを過ぎて間もなく、右手の木立の間から大きな直立する岩の頭がチラッと見えている。これはここに巨大な岩があることを知っていて、『この辺りに見えるはずだが』と注意して眺めて分かる程度、ほんの少ししか頭を出していないが……。この岩は立岩というらしいが、これはだいぶ経ってから知ったことで、最初は願望も含めて『○○○○岩』と呼んでいた。○○を何と読むかと詰問されても答えに窮するが……、まあいいか、答えは『チンポコ』だ。この岩と対面するには、50、100mくらい脇へそれなくてはならないが、この労力がもったいないとなれば、頂上広場へ出る手前にある展望台から見ることができる。なお、この展望台からは、『おばれ岩』も、『不動岩』も、この『立岩』も一望することができる。
 ここまでくるうちに見た花と言えば、コアジサイくらいで、この他には花らしい花に出合わない。本命のササユリも、咲いているとしたらこの辺りから見られてもおかしくないのに、まだ、兆しすらない。もっとも、登山口近くですれ違った下山者は「見かけることはなかった」とのことだったので、内心は『早かったのかもしれない』とは思っていたが、先刻の下山者が見落していたらとの願いも払拭しきれず、未練がましく過去に咲いていた辺りに視線を走らせていた。
 間もなく、キレットと呼ばれている岩場の上部にやってきた。ちなみに、キレットとは、『切戸』と書くことでも分かるように日本語である。マタギ(猟師等)とか杣人(そまびと・キコリ等)などが使用していた言葉が登山用語に流用されたもので、山の鞍部を示す。
 ここを下から見れば、20mくらいの切り立つ岩場であるが、この岩の上がキレットというのは少しおかしい。正確にいえば、下に降り立った所がキレットになる。
 このキレットの岩場の上部が919m(標高点)である。ここで姫君が休んでいた女性と話をしていた。あとで、「知っている人?」と尋ねると、「先ほど、駐車場で出会った人」とのことだった。私の前をオートバイで走っていた人がいたが、彼女がその人だったらしい。彼女より私たちのほうが先に出発したので不思議に思っていたら、私たちがトイレに立ち寄っていた間に順番が入れ替わったと説明されて納得した。
 この岩場を降りることになるが、何しろ20m高さがあるのでかなり怖い。私たちは、この中道を使うときは御在所岳からの降りが多い。それも、この岩場の手前で本谷のほうへ降りてしまうので、ここを登り降りするのは何年振りになるか、いずれにしても久しぶりのことである。おっかな、びっくりであったが降り始めれば何ということはない。足の踏み外しだけを気を付ければよく、初めに感じた恐怖心も直ぐに無くなってしまった。
 このキレットを過ぎれば、また、これまでどおりの樹林の中の登りである。ここを登っていると、老・若コンビの2人連れに追い越される。彼らには登山口近くで追い越されたが、不動岩辺りで休んでいたので私たちが先行していたのだ。先行する彼らの会話が面白かったので、しばらく、これを聞いていた。
 会話は老が主に話し、若が相槌を打つ形であったので、老の言葉だけを抜粋すると、「シャワートイレは優れモノであるのにアメリカで普及しないのはおかしい」、「普及しないのはアメリカの水道の水圧が低いのが原因だと思う」、「少々、値段が高い点に問題があるかもしれない」などなどと続くが、彼らの足は速く、そのうちに聞き取れなくなる。わが家にシャワートイレが取り付けられたのは遅く、5、6年前のことだった。旅をするようになって表で用をたす機会が増えると、道の駅など、街中の公衆トイレにまでこれが導入されているのを知り、わが家が時代から乗り遅れていることに気付かされて、慌てて購入して取り付けたという経緯がある。ちなみに、商品は東芝製品、価格は2万円台であったように記憶している。
 ということは、アメリカで普及しない原因が高額のためということはあてはまらないと思う。すると、水圧が原因かと思ってもみるが、アメリカでもビデは普及していると聞いたことがある。ビデが使用できるとなると、シャワートイレが役立たないほど弱い水圧でないことになり、これも原因になり得ないと結論がでた。では、何であろうかと考えを進めていく。そこでフッとあることを思い出した。米や野菜を多く食べる日本人と、肉食中心の西洋人では小腸の長さが違うと確か学校で習ったような記憶がある。消化する過程が違えば、当然のことながら結果としての排泄物の状態が異なっていてもおかしくはない。このことが日米においてシャワートイレの普及に差がある原因ではないかと閃いた。すなわち、排泄後、日本人は水で洗うと快適感を覚えるが、西洋人の排便は、もともと、アッサリしているので水で洗うまでのことはないというのが理由だろうとの結論に達した。でも、本当のところはどうであろう。
 こんなことを考えながら歩いていると、何時しか7合目の『下の岩場』を通り越して深い堀割道に差し掛かっていた。ここも一応は尾根道であるはずだが、あまりに深くえぐられているので、ここが尾根道であるとは思えないほどだ。ここも急勾配の道ではあるが、手を横に伸ばせば露出した木の根っこに届くので、これを手繰り寄せるようにして登っていけば、勾配の割に楽に登っていける。こうやって登っていると、雨が降り出した。頭上には木の枝が茂って、葉っぱも折り重なるようにあるので、少々の雨では水滴が下に落ちてくることはないのだが、落ちてきたということはシトシトという雨を超えたもので、長く続けばズブ濡れは間違いないところだ。本日は気温も高くはないので、濡れるのは歓迎せざることである。「カッパを着ようか」と足を停め、一瞬だが様子見していると、雨音も消えて落ちてくる水滴も止んでしまった。これでカッパを着ることはなく終わるが、8合目の岩場に到着すると、岩の上の窪んだ所には水が溜まっていたことから、樹木のない場所では激しく降っただろうことが偲ばれた。
 この8合目には忘れられぬ思い出がある。ある年の冬のことだった。ここに到着するとここの岩が凍り付いていた。この凍り付いた岩の上をグルッと回り込んでいかなければならないのだが、この回り込む2、3歩が、アイゼンを付けていても怖くてできない。『どうしようか』と、帰ることも視野に入れて考えていると、「岩と岩との間にできた僅かな穴から抜けられますよ」と親切に教えてくれた人がいた。『これは、ありがたいこと』ともがきながら狭い穴をくぐり抜けていると、カッ、カッとアイゼンが岩の上の氷を砕く音が私の頭の上でした。熟練者が岩の上を渡っていったことが分かり、『何時かは私たちも……』と思ったという遠い昔の話だ。これを思い出して、この穴を見ると、どのように利用されるのか、ロープが2本、この穴を通り抜けていた。
 この岩場の先には、鎖が横に1本と、縦に1本が張ってある。ここは、私たちには鎖を頼らなくては通過が不能で、まずは姫君が通過したのを確認してから私が通過する。ここは、このコースで最も嫌な所でもある。
 ここを通過すれば、後はいったん降って水平移動すると、今度は大きな平らな岩(タタミ6畳か8畳は敷けるというほどの広さ)がある。先ほどの8合目の岩場同様、この岩の上も絶好の休憩場所になっている。とはいえ、ここまで来れば頂上は近いだけに休憩する必要もないし、降りの場合は降り始めて何分も経っていないということもあって、私たちはここで休んだことは1度もないが……。
 ここからは急な勾配の登りが始まる。また、樹木もなく、多くの人が歩いてツルツルになった場所もあって頂上前の最後の難所となっているが、これをこなせば頂上ということが分かっているので、足の力はなくなってきてはいるが最後の力を振り絞るという表現のとおり、必死に頑張って登っていくと、目の前に小さな階段が目に付いた。
 この階段を登り上ると、そこは頂上の一角、富士見岩展望台だ。ここからは、ほぼ水平に100mか、200mも歩けばロープウェイ山上駅公園、朝陽台の頂上だ。
 11時44分、朝陽台に到着する。
 何時もなら、ここには登山者や観光客が入れ乱れて賑わっているのだが、本日はロープウェイは運休中ということもあって観光客の姿はなく、また、登山者も目に付いたのは3組だけと寂しい限りであった。
 この中に先ほどのウォッシュレットの主の姿もあったので、再び、この話に花が咲く。この間、昼食を済ませて、12時05分頃、ここを後にして下山に取り掛かる。
 下山ルートは最も早く降りられるだろう一ノ谷新道を選んだ。
 このルートの下山口は、飲食店・アゼリアの横からだが、この正規のルートだと歩き難いトラバース道であるのに加えて足元の悪いということがあるので、これを敬遠してロープウェイ駅舎の横からの旧ルートを選んだ。だが、これは結果的に失敗だった。この道は閉鎖されてからだいぶ日時が経過したため、道には笹が覆いかぶさって塞いでしまっていたので、笹漕ぎというアルバイトを強いられた。
 この区間は短く、直ぐに本来の道に合流したが、このルートは思っていた以上に急降下に次ぐ急降下で、登りで弱った足には大いに堪えた。
 それでも、13時40分、ヨレヨレになりながらも何とか駐車場に帰り着くことができた。

御在所岳-1

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yore4040.blog24.fc2.com/tb.php/792-1f656406
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

北海道へ出発 «  | BLOG TOP |  » オオキンケイギク

アクセス数

検索フォーム

最新記事

最新コメント

カテゴリ

登山 (147)
山野草 (416)
雑文 (139)
未分類 (14)
お知らせ (6)
案内 (2)
百名山 (22)
花旅 (75)
旅行 (29)
2014 北の大地花旅 (86)
2016・北海道 (83)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する