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黒斑山①(くろふやま・2404m) - 2014.06.04 Wed

50年ぶりの山
 私は学生時代に浅間山に登った。
 ここへ登った経緯は次のようなものであった。
 ある年、友人が夏休みに国民宿舎のアルバイトをした。彼に誘われ、友達数名でここへ押し掛けていった。もちろん、山へ登るなどという考えはなく、当時、はまっていたマージャンでもするつもりだったと思う。これがどこでどう間違ったか、浅間山へ登ることになった。急に決まったことなので靴など持ち合わせはなく、宿でゴム草履を借りて履いていったような記憶が残っている。
 だが、これらはおぼろなもので、何処から、どのルートで登ったかという具体的なことは、ほとんど覚えていない。何分、私の学生時代というと50年も前のことで、詳細な記憶が残っているほうがおかしいといえばおかしい。
 それでも必死に記憶を手繰り寄せると、①ひと山越えて浅間山に取り付いたこと、②火山灰で足元がグスグスで、足を踏み出してもズルッと滑るのでヘトヘトになったことが微かに思い出される。
 数年前、百名山挑戦の過程で浅間山に登ったときには浅間山荘からだった。このとき、学生時代もここが登山口だったと思ったが、よくよく考えてみると『ひと山越えて……』という記憶と合わない。記憶が違うか、登山コースが違うかである。
 昨年、高峰山へ登った折、高峰高原ホテルの前身は国民宿舎であったことが分かり、登山口はこの車坂峠であることが間違いないらしいことが判明した。
 この前後に50年前に撮った写真のネガが出てきた。これには国民宿舎前で写したものなど、27枚の写真が残っていた。その最後の1枚が黒斑山であった。ということは、車坂峠から黒斑山へ登ったことは確かだと証明されたが、記憶にあるように浅間山まで足を伸ばしたか否か、機会があれば確かめてみたいと思っていた。
車坂峠~黒斑山
 5月29日、念願をかなえるべく、黒斑山へ登ることになった。
 前夜の宿『道の駅・雷電くるみの里』からチェリーパークラインを走って車坂峠へ向かう。
 峠の駐車場(無料)に車を入れると、まだ時間が早いこともあって1台が停まっているだけだった。適当な場所に車を停めて、車の中でユックリと朝食を摂る。
 食事を終えたときには車も増えており、出発していく登山者もチラホラ、これを見て私たちも出発準備をし、歩き始める。
 少し前に夫婦連れが歩いていたので、必然的に彼らの後を着いていく格好になる。彼らは登山口のある峠まで行くことなく、左折してしまう。この場所に着いたが、ここには案内板などの行き先を示すものは何もないが、シッカリした笹の切り開き道が付いている。
 登山者が入っていったということは、登山道に間違いなかろう。この方向にある山は黒斑山、浅間山であるので、何れは峠からの正規の登山道に合流するだろうことは分かるので、これがショートカット道だと推理して私たちもこの道に入っていく。
 ちなみに、この山行記を書くにあたり地図で確認すると、峠からの登山道が表コース、私たちが歩いた道を中コースといい、共に地形図にも記載してある立派な登山道であった。
 表コースが尾根道で尾根芯を忠実にトレースしているのに対して、中コースは最初は谷筋沿い、後半は山腹の巻き道である。両者を比較してみると、前者がアップダウンか多いのに対して、後者は緩やかな登りに終始する。また、両者の合流する地点までの距離を計ってみると前者、表コースが2090mに対して、後者、中コースが僅かに短く1930mである。これらのデータを基に類推すると、登りに使用するには私たちが歩いた中コースが楽だと思うが、後半は道に雪が残っていて歩き難いというハンディがあり、この日に限って判定すると一長一短で引き分けというところだ。
 私たちのことだ。如何に青春時代の記憶を検証する山行きとはいっても花が主要テーマであることに変わりはない。しかし、樹林の中とはいえ雪が解け残って道を埋めているということは、春先というか、春の走りの頃、鈴鹿でいえば2月下旬から3月初めといったところである。そんな山では花にはいささか早過ぎたようで、中コースで出合った花はセリバオウレンのみだった。ついでに記すと、表コースではヒメイチゲともう1種の白い花(蕾がホンの少し開きかけたもの)があったのみ。ちなみに、後者を登山口のビジターセンターの係員はハクサンイチゲだというが私は違うような気がしてならない。
 樹林から抜け出た所が表道との合流地点(標高2290m)だった。
 ここで浅間山の第1外輪山に乗ったことになる。南側は切り取ったような絶壁になっている。第1と名付けられているということは、第2外輪山もある。これがもう少し浅間山寄り、前掛山を形作っている部分だ。
 合流点から目の前に立ちはだかっているト―ミの頭まで登り上がらなければならない。これは大変なことだとおもうが、実際に登ってみると5分くらいで、ここに着いてしまい、案外、あっけなかった。
 ト―ミの頭からの見晴らしは抜群だ。これから登る黒斑山からその先の蛇骨岳などの第1外輪山を形作る山々、反対側には浅間山がドンとそびえ、それと重なるように第2外輪山の前掛山が綺麗に見えている。また、下には草すべりに通じる道がクッキリと浮かび上がっている。
 この眺めに堪能した後、黒斑山への最後の登りに取り掛かる。
 ここは外輪山の一角だが、浅間山の最も早い時期の噴火によって形作られただけに地表は溶岩ではなく土と化していて樹木が根付いている。この樹林の中を緩やかに登っていくと、20分強で黒斑山に到着する。到着時刻は9時26分。今回の旅に時刻を記録するコンパクトカメラを持参することを忘れたので、出発時間などは審らかでないが、概ね、2時間弱で到着した。ちなみに、途中の休憩というものは特に採ってはおらず、セリバオウレンの撮影時とト―ミの頭での景色を眺めていたのが休憩の代わりである。
 ここまで登ってきたが、50年前に味わった火山灰の上を歩く感触――これが記憶の中でデェフォルメされているとはいえ――を味わうことはなかった。とすると、少なくともここよりは前進していることはまず間違いない事実であろう。ちなみに、最近の浅間山を歩いたとしても、グスグスの火山灰の上を歩く感触はないことは、先に前掛山へ登ったときに実感している。50年という歳月の経過が、地表を変化させたのか、私の記憶、そのものが間違っていたか、今になっては分からない。
 浅間山へ進んだとして、何処から降りたのだろうか。ト―ミの頭と黒斑山の間から降りる草すべりルートか、黒斑山を先に進んだJバンドからかのどちらかだろうが、まるっきり記憶からは欠落している。
 いずれにしても時間は早いので、Jバンドのほうへ行ってみることにした。
 蛇骨山のほうへ歩き始めると、ト―ミの頭から黒斑山の間にはなかった雪が出てきた。先ほどの合流点の手前の樹林の中よりも歩き難い。少し歩いたが、これに嫌気がさして先へ進むことを止めにする。このことを姫君に伝えると、「折角、来たのに……」と不満そうであったが、それ以上の反対はなかったので、踵を返して黒斑山へ戻る。
 帰ると決まれば、後は早い。往路とは別の表コースで車山峠へ帰る。帰ってきたときは11時30分前。往路と同じく2時間弱を要した勘定だ。
 結果論だが、黒斑山から先へ進まなくて正解だった。お昼頃から雷が鳴り、峠付近では雨が降り、それがミゾレに変わるという荒れた天気に変わったからだ。
 こうして黒斑山へ登ってみて、確たる収穫はなかったが、それでも得るべきものはあった。黒斑山まででは、火山灰のズルズルと滑る斜面の感触を味わうことは不能であることが分かっただけでも収穫であった。それは頂上まで到達したか、途中でリタイアしたかは分からないが、浅間山へ足を踏み入れたことは確かだという心証が得られたからだ。

現在の黒斑山

50年前の黒斑山

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