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2017-06

御池岳①(おいけだけ・1247m) - 2014.05.22 Thu

ロングラン歩行に耐えられて満足
 鈴鹿山脈からは外れて滋賀県側に頂上を有するが、標高1247mという鈴鹿の山々の中にあっては最も高いのが御池岳である。なお、御池岳というのは、そこにあるいくつもの頂の総称であって、御池山の名が付く頂はない。ちなみに、御池岳の峰々には各々に名前が付いている。例えば、1247mの最高峰には丸山、1241mの次峰には奥ノ平という具合である。これは隣の藤原岳にも同じように展望丘、天狗岩、頭蛇ヶ平(冷川谷ノ頭)などなどの峰があり、こちらの最高峰は天狗岩ながら一般的に頂上だと思われているのは次峰の展望丘という具合である。
 この御池岳という山の頂上は平らで広い。これをテーブルランドと呼称されていて、北アルプスの雲の平に並び例えられることがある。ちなみに、以前、雲の平と面積及び高低差を比較してみたことがあるが、なるほど規模、広さにおいては雲の平の比ではないが、平らという意味では御池岳のほうに軍配が上がった。
 また、この山は田中澄江の花の百名山にも数えられており、いろいろの花が咲くことでも有名である。特に、三重県側の代表的な登山口となっているコグルミ谷には多くの花が咲くので、これまで私も毎年のように訪れていた。
 しかし、昨年は大雨禍でアプローチ道路である国道306号が通行止めになって、コグルミ谷詣の中断を余儀なくされた。
 今年も昨年の復旧が完了していないのに、新たな土砂崩れもあって依然として通行止めのままである。アプローチ道路がこれであるのに加えて、コグルミ谷自体も大きく崩落した場所があって、この谷も通行止めの措置が取られている。
 とはいうものの、これは表向きのこと。既に、このルートで登山した人もいることは周知の事実である。たが、ここへ行くには山口集落のゲートから1時間30分ほどかけて歩かなくてならず、私たちのような脆弱な者にとってはハードルが高くて諦めざるを得ない。しかし、アルプスへ行けば、上高地から横尾までは3時間、新穂高温泉から白出沢出合までは2時間も歩くのは普通のことであり、ここの1時間30分を長時間だと驚くことはない。でも、これまで登山口まで車を乗り付けるのが当たり前となっていたため、このように急に変更になるとこのように感じるだけの話だが……、いずれにしても歩く気にはなれない。
 この国道306号が通行止めというのは、三重県側のいなべ市山口集落から県境の鞍掛トンネル東口の間のことで、トンネルの向こうの滋賀県側は通行が可能である。したがって、大回りにはなるが、滋賀県からなら御池岳へ行くことができる。
 5月16日、13時過ぎに自宅を出発。ルートは、いったん、彦根に出て、そこから多賀大社に向かい国道306号を何時もとは逆に走って鞍掛トンネル西口へ向かうというものだ。
 この長い距離を走るのだから御池岳だけではもったいないので、先ずは、伊吹山登山口を目指す。ここの登山口、三之宮神社脇にはユキノシタの仲間の花が咲き、そろそろ咲き始める頃だと判断したからだ。
 着いてみると、花芽が付いた段階で、花には些か早く、空振りに終わった。少し上のほうへ登れば、クサボケが咲いているらしいが、そこまで行くのは大変なので、ここは潔く諦めることにする。
 最初の予定では、『道の駅・伊吹の里』へ泊まる予定だったが、時間も早いので、その先の『道の駅・近江母の郷』まで前進することにした。カーナビに案内させて車を走らせると、何時のように車がすれ違えないという狭いトンネルなどを通らされたが、この分、時間はかからず、15分ほどで到着してしまったのには驚いた。
 この道の駅に張り出されていた地図を見ていると、私の地図には載っていない道の駅が多賀町にあった。それが『道の駅・せせらぎの里こうら』だった。ここに泊まれば、明日、最短の時間で鞍掛トンネル西口に到着するので都合がよい。
 途中、彦根のスーパーに立ち寄り、食料品を買い込んでから新しい道の駅まで走る。この道の駅は、なるほど真新しいには違いなかったが、何の特徴もなく、この意味では新鮮さに欠けた。しかし、私たちにとっては駐車場があってトイレがあれば事足りるので不足はない。
地形図
 5月17日、5時頃に目覚める。
 天気予報は終日にわたって『晴』であったが、何処でどう間違えたのか曇り空。それも黒い雲に覆われ、先行き、不安の残るものだった。また、風が強いのも想定外のことだった。でも、出かけることにして朝の準備を終え、車を国道306号に向けて走らせる。
 トンネル西口に到着すると、既に京都ナンバーの車が到着していて、出発の準備中であった。ここの駐車場は真ん中に水路があって2分される形になっていたが、両方合わせると20台くらいは停められそうな規模であるが、未舗装のガタガタのものだった。
 ここで用意してあった朝食を摂る。この間に京都から来た登山者は早々と出発していった。
 私たちも出発準備に取り掛かるが、思っていた以上に寒い。その上に強い風である。私は長袖のシャツを持参していなかったので、半袖のTシャツを重ね着した上に車の中に置きっぱなしになっていたフリースの上着をきる。冬場のような格好だが、これだけ着込んでも暑苦しさはなく、寧ろ半袖のときよりホッとした感じだった。
 6時30分、駐車場の前にある登山口から歩き始める。
 最初から急勾配の道を大きくジグザグに登っていく。目覚めてからたいした時間が経過していないだけに、身体には大いに堪える道であるのには閉口させられる。それでも必死になって登っていくと、見る見るうちに高度を稼いでいることが実感できる。こうなると弾みが付くというか、最初に感じたキツさをあまり感じなくなるのはどうした訳だろう。ちなみに、登山口の標高は630mであるのに対して、取り敢えずの目標である鞍掛峠のそれは800m、標高差は170mである。やはり、歩き始めて直ぐにこれだけの高低差を登り上がるのは大変で、やはり身体は正直だったといえる。でも、悪いことばかりではない。この間、土の道で歩き易いことは嬉しい。同じ鞍掛峠へ登るにしても、三重県側からだと花崗岩か何かハッキリとしないザラザラの滑り易い道に加えて、山腹のトラバース道である。これに比べると、滋賀県側は安全とか、歩き易さという意味では、三重県側に比して上だといえる。
 送電線の鉄塔を潜る辺りから斜度は一気に緩やかになって、これまでの大変さが解消されるとともに目的の鞍掛峠が近付いてきたことが分かる。
 7時少し前、鞍掛峠に到着する。登山口からの所要時間は30分弱であった。
 この鞍掛峠は十字路の要になっている。そのまま前進すれば三重県側(国道306号)へ降り、左手へ進路を採れば三国岳、右手は鈴北岳へと通じている。
 私たちが行きたいのはコグルミ谷である。
 このため、トンネルが通ることが可能であれば、ここからずっと国道をコグルミ谷登山口まで歩いていくという方法が最も望ましい。次策はトンネルが通行不可の場合の鞍掛峠を越して国道へ降りるという方法がある。西口に到着したとき、真っ先にトンネル入口を見たが、鉄柵でふさがれていたので最良策を放棄して、この鞍掛峠まで登ってきたのだ。
 でも、ここに着いてみると、折角、登り上がってきたのに、ここから降るのはもったいなく思えてくる。これまで登ってくるのがきつかった分、余計にその思いは強い。
 このため、予定を変えて、ここから鈴北岳を経由して天ヶ平(カタクリ峠)へ行くことにした。余談ながら、行き先の俗称、カタクリ峠は、この峠周辺にカタクリが群れ咲いていたことから絵地図の名人、奥村翁によって命名されたと聞いている。その後、この名称が定着、地図にも記載されるようになったが、この頃になると皮肉なことに峠のカタクリは見る影もなく激減した。
 ここから滋賀県と三重県を分ける県境の尾根を歩き、鈴北岳まで行くことになる。この県境尾根は概して緩やかな登り勾配の尾根で、急登はごく一部に限られているので助かる。だが、本日は滋賀県側から強い風が吹きつけていて、寒さはこれまでに比べると一段と増すので、折角、身体が温まったのが逃げていくように感じる。
 途中、1056mのピーク辺りから樹林は途切れてくる。以前、ここから鈴北岳の頂上にかけて笹に覆われていた。それが鈴鹿の山全体が笹枯れに見舞われた影響を受けてか、年々、笹の背丈が短くなっていたことは知っていたが、久しぶりに来てみると笹の『さ』の字もなくなり裸山になっていた。こうまで変わっているとは想像しておらず、その変貌ぶりには驚くとともに違った道を歩いているような錯覚を覚えるほどであった。
 ほぼ8時ちょうど、正確にいうと8時03分に鈴北岳に到着する。
 ここから天ヶ平までは本来なら尾根通しで行きたいところだが、降りの尾根は道を誤る懸念もあること、ここを歩くのは久しぶりということを併せ判断して、真ノ谷に沿う道を行くことにする。
 鈴北岳から下り始めると、目の下に道が見えている。今歩いている道は、この先、日本庭園のほうまで行ってから下に見えている道まで戻るように大回りしなくてはならない。こんな無駄な労力は使いたくないので、見えている道に向かって真っ直ぐに下り降りることにする。こういうときには笹がないということは歩き易くてよい。
 道に達したところで暑くなってきたので、フリースの上着と重ね着をしていたTシャツ1枚を脱ぐ。このとき、上空を見上げると、朝方、覆っていた黒い雲は姿を消して青い空に変わっていて、やっと予報どおりの天気になってきた。
 間もなく真ノ池にやってくる。この横手に丸山へ至る道が付いていたが、今、注意してみるがそれらしきものは残っておらず、この道は使われずに消滅したらしい。
 この先で道は直角に右折している。これは丸山へ通じる道で、私たちが進む道は真っ直ぐだ。といっても、この踏み跡はよほど注意してみなくては分からない。草が伸びて道を覆い隠すようになって消えかかっている。最近、この道を通る人が少なく、草の伸びる勢いに負けてしまっている。このとき、何処かで聞いた詩の一節、『歩くから道になる 歩かなければ草が生える』を思い出した。
 薄い踏み跡を辿っていくと池にやってきた。御池岳には多くの池があり、誰が名付けたのか、これらには名前が付いている。この池にも、当然、名前が付けられていると思うが正確なことは分からないが、『道池』というのではないかと思う。
 以前、この池の左手を進み、獣道へ入ってしまったことがあるので、この日は注意して池の右手へ進路を採る。
 この辺りから踏み跡は分かり辛くなるが、左手に谷(真ノ谷源頭部)を見ながら進めば良いので強引に前進していく。そのうちに前方に道が見えてきて一安心だ。この道が、コグルミ谷から丸山へ通じる登山道で、先ほどの三叉路が鞍掛峠から丸山へ通じる登山道ということになる。この三叉路と三叉路の間が踏み跡不明瞭となりつつある。
 ここからは登山道に復するため、道に関しての心配はない。
 また、ここから真ノ谷が始まるが、まだ水は流れてはいない。下流のほうを見てみると、以前に比べると谷は深くなっている感じで、倒木などが覆いかぶさっていて歩くのには苦労しそうな感じである。
 ここからの登山道は、山腹を巻き上がる道が付いている。これを登っていくと、尾根を乗り越して、しばらくすると何時しか尾根に乗っていた。この尾根が県境尾根である。
 コグルミ谷登山道6合目の標識の所にやってきた。ここが天ヶ平(カタクリ峠)で、標高は940mだ。
 当初の予定では、ここからコグルミ谷へ降る予定だったが、ここまで来たのだから真ノ谷へ降って、ヤマシャクヤクを見ておきたいという欲求が湧いてきた。これを姫君に言うと、これまで彩のあるものは何も見ない単調な山歩きに嫌気していたのは彼女も同じだったとみえて素直に賛成する。
 峠から窪み伝いに緩やかに降っていくと、沢になり、これをさらに降っていくと真ノ谷に合流する。後は、この谷を忠実に降っていけばよいのだが、これがなかなかに骨の折れることになる。これまでも道というには薄い踏み跡があるだけだったが、それがさらに薄くなっているし、中には壊れてしまっている箇所もあるからだ。昨年、今年と2年続きでコグルミ谷が通れないため、登山者が激減したのではいたしかたないと思うが、道の荒れるのは早いことには戸惑う思いだ。
 ヤマシャクヤクの咲く場所付近にやってきたにはきたが、さて、何処だったか分からない。何分、谷の様相が変わってしまっているので、これまでのイメージが通用しないからだ。地形を頼りに暫く探したが、葉っぱすら見つからずに諦めることを余儀なくされる。
 このとき、10時であった。帰りは、天ヶ平に戻り、コグルミ谷から降りる予定だったが、真ノ谷でもこれだけ荒れていることから類推するに、コグルミ谷はこの比ではないだろうことが容易に分かる。ということは危険度も増すということなので、『君子危うきに近寄らず』だとの弱気の虫が頭をもたげてくる。
 では、どうするか。答えは、このまま斜面を登り上がって御池岳の頂上部に登り上がって、ここから鈴北岳へ出て、往路を引き返すというものだ。御池岳までは道は付いていないが、ここはこれまでに何度も登り降りしているので、危険のないことも分かっている。
 これで2人の意見はまとまり、斜面を登り始める。
 高度を上げるに従い、足元にはニリンソウがいっぱいに顔を見せ始めるが、このときは登ることが最優先で、ザックなどは下ろしてはおれない。黙々と登り続ける。
 目の前が水平に切れて青空が覗くようになる。頂上が直ぐそこにあることが分かるようになる。でも、ここからが、結構、長かった。
 とにかく、テーブルランドの端に辿り着いた。
 ここまでくればシメタものだ。尾根伝いに歩いていけば自然に丸山に到着するからだ。
 それにしても、ここの笹は綺麗になくなったものだ。私たちが初めてここを訪れたときには人の背丈を越す笹に覆われていてとても1人歩きはできなかった。それがどうであろう。この広いテーブルランドに先を遮るものは何もない。これなら初めて来た人でも頂上部を縦横無尽、自在に歩きまわることができる。
 こんな感慨を抱きながら最初の頂、1194m峰に向かう。これを越えた次の頂が奥ノ平(1241m)だ。この奥ノ平が、テーブルランドのほぼ中心部である。
 さらに尾根伝いに歩みを進めると、主峰の丸山(1247m)である。ここに着いたとき、ちょうど12時であったので、ここまで5時間30分を要したことになる。頂上まで、こんなに長時間をかけて歩いたことは、ここ数年、なかったことだけに、『まだ、やれるのだ』という自信らしきものが胸中を去来していた。
 ここで昼食である。ゆっくりして辺りを見回すと、以前とは随分と変わった印象である。緑がなくなり寒々としたというか、荒涼とした頂上という印象を持ったが、何分、ここへは長いこときていなかったので前の印象が薄れて異なった感じを抱いたのかもしれない。
 ここからは真っ直ぐ帰ればよい。鈴北岳から鞍掛峠を経て登山口まで何事もなく無事に帰り着くことができた。なお、登山口への到着は14時頃であった。
 こうして本日の御池岳行きは、当初の目論見がことごとく外れて、花狙いの目的は果たせず手ぶらで帰ることになったが、それ以上に得るものがあった。それは目には見えない自信回復というものだ。
 なお、途中で出会った人の話では、鞍掛トンネルの通行はゲートをくぐり抜けることによって可能で、トンネルの先からコグルミ谷までの国道の通行も人が歩く分には何の問題もないということだった。肝心のコグルミ谷であるが、ここは崩落が激しく危険な部分があるとのことだ。私が、帰りに通る予定にしていることを話すと、私の風体に視線を走らせたところで、「止めておいたほうがよい」とあっさりと言われた。そのときは何と失礼な奴だと腹も立ったが、今となっては彼の親切心から出た言葉だと素直に理解できるようになった。

池ノ平

● COMMENT ●

愉快な山便りですね

静ヶ岳からの縦走路で声をかけていただいた者です。
早速ブログを楽しく読ませていただいています。
山に登って写真を撮って愉快なブログを作る、楽しみは同じようですね。

 おはようございます。
 早速、お訪ねいただき、ありがとうございます。
 ただ今、お宅のほうへも寄せていただいたが、冬のアルプスを果敢に挑戦されている様子は目を見張りました。
 良いブログを知り、また、お邪魔してジックリト読ませていただきます。


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