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2017-07

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草木①(くさき・834m) - 2014.05.19 Mon

復路でイチリンソウを見付けて満足
 5月10日、天気予報をにらんで孫太尾根行きを決める。
 7時前に自宅を出て、何時もの道を何時ものように走り、概ね何時もの時間にいなべ市の新町の墓地前に到着する。そういえば、この墓地へ来るのは、今年になってから既に4回目である。
 前の3回は、何れも丸山止まりであったが、本日は更に足を伸ばして草木までを予定している。
 孫太尾根については、これまでに何回も説明しているが、藤原岳から南東に派生する尾根で、この新町で終わっている。この尾根には幾つもの頂がある。これを藤原岳側から名前を上げていくと、展望の丘(藤原岳)、多志田山(965m)、草木(834m)、丸山(650m)、神武(387m)となる。ちなみに、登山口の標高は220mである。
 8時15分、登山口を出発する。強くはないが、ヒンヤリした風が吹いていて肌寒いので、薄手の長袖のシャツを羽織っての出発である。
 いつものように、水道施設の終わった辺りから左手の植林の中へ入っていくが、この角に立ててあった小さい杭はなくなっていた。それには孫太尾根へ向かうことが記されていた。目障りだと思った人が抜いたのだろうから、これから先のテープ類も取り払われているだろうことを想像していたが、これらには手が付けられてはおらずに残っていた。ということは、私の推理が間違っていたことになり、他の理由で抜かれたことになる。だが、途中のテープはなくても困る人は少ないだろうが、この杭だけは残しておいたほうが、ここを初めて歩く人に対して親切だろう。
 私たちが、このルートがあることを知ったのは、絵地図の名人・奥村光信翁の地図であった。そして、初めてここへきて戸惑った。今のように踏み跡がなく、方向は分かるが何処から入って、どのように歩くかは如何に詳細に描かれた地図があったとしても分からない。仕方がないので、右手の急勾配の山の斜面を遮二無二に登り上がって神武の東峰の辺りに到達した。その後、いろいろと試しながら今の道に辿り着いたのが3度目か、4度目のことだった。
 こんなことを思い出しながら植林の中を歩いていく。何時もは、少し勾配が付いてくる辺りから足に負荷を感じ、炭焼窯跡を過ぎてこれが強くなると足が軋(きし)むようになるのだが、本日はこれがない。弱っていた足に回復の兆しがみえてきたのか、それとも本日は何時もの丸山止まりではなく、さらに先の草木まで足を伸ばすための緊張のせいかと考えるが、こんな答えは直ぐに出るものではない。いずれにしても、これは喜ばしいことなので、足の運びも軽やかになってくるように感じる。
 このコースの最初の難関は尾根に乗るまでであるが、これを無事に乗り切って神武の東西峰の中間、鞍部に辿り着く。ここからは比較的になだらかな尾根歩きになるので、一瞬、安堵を覚える。
 次に、標高400mの尾根上に立つ。ここまで歩いてくると、身体も温まってきたので、長袖のシャツを脱いで半袖のTシャツ1枚の姿になる。
 ここは痩せ尾根で、尾根の上までは桧は植っておらず、明るく開放されている。痩せた尾根だけに左手(西側)は切り立った崖で、下のほうには青川が微かに見えている。何時もなら植林を抜けだしたこの辺りから花が出迎えてくれるのだが、今は春の花が一段落して夏のそれを待つ端境期に当たるのか、何も目に付かない。
イチリンソウ
 次は、岩場の斜面の登りになってくる。ここも左手は切り立った崖であるが、先ほどとは異なって数m内側に道が付いているので、受ける恐怖感はない。ここで目立ったのはヒメウズだが、これはこりまでに写真に収め、その出来にも満足しているので、敢えてザックを降ろして撮影する気にはならずに、これを横目に歩みを進める。
 再度、植林の中へはいるが、これは短く、また、先ほどのようなゴツゴツした岩場の登りに変わるが、ここにも目立った花はなく、足を停めることなく進んでいく。
 この岩場を通過すると、道はまた植林の中へと入っていく。今度の植林は些か長い。これを抜けるのは2番目のピークである丸山のピークの手前である。ここでサワギキョウを見付ける。この花は前回の城山で写しているが、極小の花ということに加えて花びらも花芯も白一色だということもあって、写真に撮るのは難しい。このようなこともあって、城山のものの出来はイマイチの感もあって、ここで撮影会の開催となる。
 この先、丸山まではこれまでのようなのんびりした道ではなく、滑り易いこともあって息も抜けずに歩きに専念しなければならない。こんな中で黄色の星型の花の小さい塊を見付ける。ヒメレンゲだった。これも珍しい花ではないが、今年、初めて見るものだったので、再び、ザックを降ろしてカメラを取り出す。
 10時14分、丸山の頂上に到着する。
 ここにはセツブンソウやフクジュソウなどが咲く場所であるが、これらは遠の昔に終わっていて、今ではフタリシズカくらいしか咲いていなかった。
 ここから先は、地形図で見るといったんは降るが、直ぐに登りが始まり、これが次の草木まで続いているように見えるが、実際には小さな起伏がいくつかある。でも、これらに登ることはなく、ほとんどが巻き登るような踏み跡が付いている。
 こんな巻き道の中で、ひと際、幅の広い道があった。昔、といってもそんなに古くはないが、この辺りにモノレールが敷かれていたことがあった。多分、下の藤原鉱山のものだと思われるが、これが撤去された後を登山者が使っているらしい。あやふやながら、丸山から先はずっと尾根通しで歩いていたような記憶がある。こんなこともあって、このような巻道は私には珍しいものに映った。
 こんな道を歩いていると、比較的若い男性に追い付かれた。彼は、これから藤原岳を経由して聖宝寺へ降りるといっていた。どうして戻るかとの私の疑問に、電車で来たのでそのまま帰ればいいといっていた。本日、この孫太尾根を歩いたのは、私たちとこの男性の3人だけであった。
 11時30分、草木北峰に到着する。
 草木は双耳峰で、南峰と北峰がある。標高点は南にあり、その標高は834mながら、ここは巻いて過ぎるので頂を踏むことはない。登山者が草木の頂上だというのは北峰である。ここには三角点も標高点もないので正確な標高は審らかでないが、感じとしては南峰とほとんど変わらない。
 ここまで来るが花はなかった。普通ならガッカリと気落ちするところだが、久しぶりにここまで足を伸ばしたことに満足したのか、あまり落胆することはなかった。
 この頂上で昼食を摂る。昼食といっても、このところ定番となっている稲荷寿司弁当と当分補給の意味で持参する菓子パン(この日はメロンパン)だけという簡単なもので、そんなに時間を必要としない。
 11時43分、早々と昼食を終えて帰ることになる。
 復路は往路をそのまま引き返すだけであるので、何も期待は持てないと思っていた。
 でも、この思いとは裏腹にビックなお土産を手に入れることになった。イチリンソウを見付けたことだ。それも1輪だけではなかった。都合、4輪もだ。中には花びらに疵のあるものもあったが、なかなか対面できない花だけに喜びはひとしおであった。ちなみに、今年、イチリンソウには藤原農協近く、お墓の前の道路脇で見ているが、山で見付けたのは初めてであった。
 こうして、多いとはいえないまでも一応の収穫もあって、14時20分頃、登山口に帰り着いた。

草木頂上

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Re: 翌日にその界隈を歩きました。

 落第忍者さん、こんにちは。
 Az.さんのところでお見受けし、ときどき覗いて拝読させてもらっております。これからもよろしくお願いいたします。
 前者は大半は花びらを落として種だけになっていたが、東斜面に3株だけ花を残したものがありました。うち、1つは形もよく、被写体として文句のないものでした。これが最後のような印象を受けました。
 なお、後者はあるということを知らなかったため、探すこともしておりません。来年の課題ととして残しておきます。


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