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2017-10

国見岳①(くにみだけ・1126m) - 2014.05.04 Sun

天気予報が外れて苦戦
 ゴールデンウィークは山好きにとってはお盆や正月と同じようにありがたいというか、得難い休日であった。でも、今の私たちにとっては平日と変わらない、ごく普通の日である。いや、何処へ出かけるにしても混み合うので、むしろ歓迎せざる日になってしまった。
 とはいえ、今年のゴールデンウィークは前半が天気に恵まれなかったが、後半はこれとはうって変わり、お日様マークが並んで真っ赤になっていた。
 この予報を信じ、3日は伊吹山の北尾根、4日は伊吹山3合目、5日は御池岳という山行き予定を立てる。何故、このようになったかというと、御池岳のメーン登山口であるコグルミ谷へは道路崩壊で三重県側から入れないので、滋賀県側へ回る必要があるためだ。
 久しぶりの車中泊なので、前日、着替えや寝具など、必要品を車に積み込んで明日に備える。何時もは当日になって慌ただしく行うことが多いのに、この優等生への変身は何であろう。今年になって初めての遠出であることが遠因だったようだ。
 この気分の高揚が夜中にも現れてしまった。2時頃、トイレに起きたが、このあとがなかなか寝つかれず、1、2時間は悶々(もんもん)として、明け方近くになって寝付いたため、スッキリした朝ではなかった。
 それでも8時前に自宅を出発することができた。
 車を走らせながら『一宮ICから大垣ICまで高速に乗ってもいいな』と思う反面、『大垣ICから国道21号まで市内を縦断しなくてはならず、たいした時間稼ぎはできないが……』などと考えを巡らせていたが、こんなことに逡巡する必要がなかったことは間もなく分かった。一宮ICに近付くと、高速道路へ乗り入れる車の列が国道22号まで伸びていたからだ。
 それからの道中、暇にまかせての姫君との会話で、天気予報が変わったことが分かった。3日間とも晴れであったのが、3日は曇、5日は雨、晴れは4日のみとなったとのことだった。これを聞かされても、上空は青空であり、これが悪化するとは直ぐには信じ難いことであった。ましてや、5日が雨というのも……。
 5日のことは後で考えることにして、取り敢えずは予定どおりに国見峠へ車を向かわせる。
 目的地に近付き、『何処まで車を乗り入れられるか』という話題に変わってきた。昨年の今頃、ここを訪れたときに水害により道路が流されて国見峠の手前が通行止めになっていた。このため、国見峠へは行くことなく、途中の空地に車を駐車してKDDI旧職員通路で頂上に向かった。1年や、2年で道路が復旧するとは考えられず、前年と同じように途中から歩くことは想定済みではあったが、これが何処からかが気になっていたからだ。
 国見岳スキー場に到着したが、まだ、通行止めにはなっていないので、その先へと車を進める。すると、前年の駐車場までは行くことはできず、その手前の公衆便所の所で通行止めになっていた。このトイレの道を挟んで反対側に広い空地があって、ここに名古屋と岐阜ナンバーの車が駐車してあった。私たちもこれらに倣って車を停める。ちなみに、ここはスキー客用の駐車場で、道向こうのトイレも彼らのために設置されているものらしい。
 10時15分、身支度を整えて、標高780mの駐車場を出発する。道は緩やかな登り勾配である。車で走っていると何でもない道だが、こうして実際に歩いてみると、やはり登りは登りであることを自覚させられる。
 道は大きく左へカーブしているので、これを曲がっていくと、前方で工事が行われていた。今日は憲法記念日で休日だが工事はこれとは関係なく行われ、数人が働いていた。この部分の道路が崩落して10m余が消失していたが、ここの山側に人1人が歩くことのできる急ごしらえの道ができていたので、これを通って進んでいく。すると、その先に見覚えのある鉈ヶ岩屋への案内標識があった。ということは、工事場所の手前の埋め立て用の土砂置場になっていた所が昨年の駐車場であったことが判明。車道を歩いた距離は昨年と大差ないことも併せて分かった。
ルート図
 ここからが登山道の歩きとなる。
 この登山道の生い立ちを説明する。
 双耳峰である国見岳の北峰にKDDIが電波中継所を建設した。これが何時のことだか分からないが、私たちが初めてここを歩いたときには既にこれがあって職員も常駐して活動していた。この建設時に、これから歩こうとするルートにモノレールが敷設されて建設資材を運搬していた。それが工事完了とともに取り外され、この跡地を職員通路として階段道が作られた。登山道としては、一部の登山者がこの道を内緒で使っていたのを嚆矢(こうし)とする。その後、技術の進歩で中継所が不要となり、KDDIは撤退した。なお、これに際して、事故等を慮(おもんばか)ってのことであろうが、階段を総て取り外してしまった。これにより、人が歩くにしては急過ぎるので余ほどの健脚者しか歩かなくなった。しかし、昨年(一昨年?)の豪雨禍によって道路が寸断、国見峠まで車が入れなくなり、この道が見直されて登山者が歩くようになる。以上が私の推理であるが、裏付けは取っていない。
 登山口の標高は800mで、国見峠より50mくらい低い。ということは、50m余分に登らなくてはならないことになる。50mくらいは何でもないが、この道はモノレール道として造られたものなので、最短で荷物を上げることが第1の目的だ。ここを人が歩くのだから機械並みの馬力が必要なことは自明の理ながら、機械よりも、いや普通の人と比べても非力な私に歩けというのは最初から間違っていたことを知ったのは歩き始めてからそんなに時間はかからなかった。
 道は、最初は涸れた沢筋、次いで山腹を登って尾根へ到達すると、あとは忠実に尾根を真っ直ぐに登り上がっていく。尾根は当然のことながら緩急があるが、皮肉なことに緩の部分は短く、急の部分が長いのに泣かされる。これもモノレール道だと考えれば、ごく当たり前のことだが、私にとっては大問題だ。このところ、あまり気にならなくなっていた脹脛(ふくらはぎ)が尾根に乗る前からヒィヒィと悲鳴を上げ始める。
 尾根に乗って最初の急登を終えた所で、早くもひと休みしなくてはならなかった。このとき、10時40分過ぎ、登山口から10分余が過ぎたばかりのことで、こんなことは最近ではなかったことだ。
 11時15分、鉈ヶ岩屋(なたがいわや)にやってきた。ここには別に立ち寄らなくてもよいのだが、目の前の急勾配に恐れをなして、勾配の緩やかなここへの取り付き道へ入ったというのが正直なところだ。ちなみに、鉈ヶ岩屋は、迫害された教如上人が信者に匿(かくま)われて数年を過ごしたという岩屋である。
 ここから更にひと登りすると、954m峰にやってくる。この先は降りだが、こういうときの降りは喜んでばかりはおれないのが常だ。当然だといえば当然だが登り返さなければならない。降った分だけ律儀に登り返すと、そこが標高950mの三叉路の交点。国見峠からの道との合流地点である。ここからはモノレール道とは別れて登山道を歩けるので、ホッとひと息つける。
 三叉路への到着は11時30分。駐車場から登山口まで12、3分を要したので、登山口から三叉路まで1時間余がかかっている。登山口の看板では所要時間は30分となっていたので、私たちは普通よりも倍の時間がかかったことになるのだが、この30分というのは今の道ではなく、歩き易い階段道の当時の話ではないかと考えるが真相はどうであろう。
 ここで私たちと同年輩の夫婦連れに出会う。駐車場に停めてあった名古屋ナンバー車の主であることが判明する。なお、私たちが帰ったときには岐阜ナンバーの車はいなくなっており、これは登山者の車ではなかったようである。したがって、この日の登山者はこの夫婦と私たち、私たちのあとから登ってきた6、7名の名古屋からのグループの3組10名内外のみの寂しさであった。
 ここからは、これまでに比べると楽な登山道の歩きである。気は楽になったが、これまでに蒙った身体へのダメージは大きく、ルンルン気分とはなれなかった。それでも天気が下り坂になってきたことや、風が強いせいか、本当に気温が下がってきたのか分からないが肌寒くなってきたという具合に余分のことに気を回すことができるようになってはきていた。
 これまでに出合った花は、何処でも咲いている見慣れたスミレと、珍しいところではチゴユリくらいであったが、尾根道に入ると一気にその種類が増えてきた。ミヤマカタバミ、ヒトリシズカ、ヤマエンゴサクなどなどである。これに加えてネコノメソウは2、3種類のものがあることに気が付いた。だが、これらの撮影は帰りに回して、目的達成のために取り敢えずは頂上を目指す。
 12時16分、国見岳の頂上に到着する。
 このとき、上空は黒い雨雲に覆われ、また、遠くにはガスも出ていて、ここから見えるはずの伊吹山の頂上も掻き消されていた。また、風も強くて冷たく、今までの半袖のTシャツ1枚だけでは寒くて長袖のスポーツシャツ(薄手)を羽織る。
 頂上で食事をするには寒すぎる。このため、次の大禿山のほうへ少し降った所に適当な場所を見付けて、ここで最近の定番となっている稲荷寿司弁当を食べる。
 本日の目的は、ヤマトグサとヤマシャクヤクだ。
 食事後は目的達成のための花探しだ。花を探し求めて歩きまわるが、寒さがより一層に強くなって辛抱できなくなり、防寒用にカッパの上着を着る。こんなことはここ最近ではなかったことで、この日が如何に寒かったかを物語っている。
 ヤマシャクヤクは意外に簡単に見付かったが、肝心の花が痛んでいて被写体にはなり得ないものであった。こんな花では写真のできは撮らなくとも分かるので素通りすると、「初物よ、記念に写したら……」と姫君に促されて、1枚だけシャッターを押した。
 ヤマトグサは難航した。昨年、この花を初めて見た場所はイメージして残していたいたが、これに符合する場所がない、なくなってしまったのだ。散々、探して、『仕方がない……』と諦めかけたとき、「このビラビラの……、これじゃぁなかった?」と姫君が見付けてくれた。早速、三脚を立てて撮影するが、ジッと縮こまっていると余計に寒さが身に沁みて、写真どころではない。このため、早々に妥協して撮影は終わるが、これは結果に如実に反映した。すなわち、満足できる写真は1枚もなかった。
 こうして曲がりなりにも目的は達成。加えて、イチリンソウのオマケ付きである。オマケのほうはやはりオマケで、大半が花びらを閉じ、開いているものは形が壊れていた。結局、元気のいい花はこの寒さに早々と花びらを閉じ、閉じる力が残っていない花だけが開きっぱなしでいるのだろう。こんな憎まれ口が出るくらい、形の良い花はなかった。
 こうして2時間ばかりの頂上滞在を終え、14時30分、下山に取りかかる。
 下山でもモノレール道では急過ぎて泣かされたが、降りはやはり楽だ。15時に三叉路、15時30分に登山口まで降りることができる。そして、15時45分、駐車場に無事に帰り着いた。
 このとき、完全に戦意は喪失していた。「5日が雨なら、明日の伊吹山へ行くこともない。帰ろう」と予定変更を姫君に提案すると、私より元気だった彼女も私の変心を詰(なじ)ることもなく同意してくれた。

ヤマトグサ

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