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2017-10

丸山②(丸山・650m) - 2014.03.24 Mon

暖かい1日だった!
 昨3月23日、「日中、18度まで気温が上がる」という天気予報に誘われるように今年になって2度目の鈴鹿行きを決行した。
 目指す山は、前回と同じ、丸山(藤原岳・孫太尾根)だ。
 自宅を出発したのは前回より早い時間だったが、3連休の最終日という条件のためか、道路は混んでいて登山口の北勢町新町(いなべ市)の墓地に到着したときには前回とあまり変わらない時間であった。
 3連休ということで駐車場が確保へできるか否かとの懸念は、車を走らせているときから気にはなっていたが、到着してみると案の定であった。10台余は停められる墓の西側は満車、停めてはいけない水道施設の正面にも1台が駐車してある始末である。いつもは停めない墓の南脇の空き地も5、6台が停めてある。仕方がないので、駐車場からあふれて道路脇に停めてあった神戸ナンバーの車の前に路上駐車せざるを得なかった。
 こんな状態なので、墓の前に車を停めて出発準備をしている人もあった。目が合ったので会釈すると、「三太夫さん?」と彼から思いがけない声がかかる。話をすると、古くからの知己で、昨年もこの孫太尾根で出会っている。とはいうものの、彼とは、年に1度、会うかあわないかという頻度の接触なので、衰えた私の記憶力では顔も名前もなかなか覚えていられない。
 一足早く、彼が出発していく。これを追うように私たちも、10時25分、ここを歩き始める。
 これまでの寒さが緩むという予報ではあったが、この時点では気温はそんなに高くはなっておらず、下着と長袖のシャツだけでは肌寒いので、珍しく裏付きのベストを羽織っての出発であった。
 炭焼き窯跡の手前で、早くも下山する夫婦と出会った。声をかけると、丸山まで行き、ここから引き返してきたとのことだった。こんな話をしていると、突然、「先日、お会いしました」と男性の方がいい出した。そういわれると、私も思い出した。3月9日、ここへ来たとき、谷筋の登山道について聞かれたことを……。
 炭焼窯跡を過ぎると、急勾配に泣かされるのは毎度のことだが、本日は何時もに増して辛い。ここをこなせば楽になると、内心、自分自身に言い聞かせながら引き攣る足(ふくらはぎ)に鞭打ちながら必死に登り、何とか尾根に登り上がる。ここから先はアップダウンがあったとしても、これまでに比べれば楽なのでホッとするが、それにしても足が弱ったことを痛感させられる。
ヒロハアマナ
 暫く、檜の植林の中を歩いていくが、これが途切れて辺りが明るくなる場所にきた。この先、尾根を乗り換えるような形になっている所だ。ここは別に尾根を乗り換えるわけではないが、藤原岳の方から続く尾根が、ここで二手に分かれているためにこのような感じを受けるのだ。二手というのは、私たちが歩いている孫太尾根本筋、もう1つは青川の方へ急角度で落ち込んでいく尾根だ。
 今までは樹林の中でヒンヤリしていたものが、ここからは太陽の光をもろに受けるので一気に暖かくなる。加えて、ここまで歩いて身体の内部もだいぶ温まっているので、長袖のシャツ(ラグシャツ)では熱く感じるようになり、これを脱いで半袖のTシャツとベストだけになる。薄着になると急に体が軽くなり、これまで重かった足も何だか少し軽くなったように感じる。また、直接、腕に触れる風はヒヤッと感じるが、これも心地よい。
 この先、2ヶ所の花園でザックを降ろして、念入りに撮影会を行う。
 花園の1つは前回も撮影したセリバオウレンだ。前回、ここは往路には雪をかぶっていて花どころではなかったが、復路には雪が解けて花が顔を見せていた。でも、地面は雪解けでグショグショに濡れていてジックリと撮影することはできず、今度こそはと狙っていた。今回は撮影のコンディションは良好であったが、花期が過ぎていたために花の数はほんの数えるほどしかなかったのが惜しまれる。
 もう1つの花園は、ヒロハノアマナである。この花は天気というか、日の光に敏感な花で寒いときとか曇っているときには花びらを閉じてしまうので、ここへ来るまでは心配だった。というのも、ここへ来る途中の多度町(桑名市)で見えた藤原岳は前回以上の雪が残っていたので心配だった。その後、孫太尾根の全貌が見通せる北勢町(いなべ市)で丸山に雪のないことは分かり、幾分は心配が和らいだものの一抹の不安は残っていた。たが、私が半袖姿になるほどの好天がヒロハノアマナの機嫌を良くしてくれたようで、彼女らは元気いっぱいに花びらを広げて私たちを迎えてくれた。
 これらの花の撮影も無事に終え、丸山直下までやってきた。ここから丸山の頂上までの登りは足場が悪くて何時も泣かされる。前回も雪解けで滑り易くて大変な思いをさせられた。でも、これは杞憂に終わった。地面は殆ど乾いていたので、足場が悪いといっても前回よりはマシ、この分、楽をさせてもらえた。
セツブンソウ 
 ここを登っていると、3人の下山者に出会う。このうちの1人から「ヨレヨレ……」と声がかかる。顔を見ても思い出せなかったが、名前を聞いて『昔、世話になった』ことが昨日のことのように蘇えってきた。
 それは10数年も前の冬だった。御在所岳へ本谷から登った帰りに彼と出会い、中尾根を案内してもらったことがある。このように出会いはハッキリと覚えているが、その後の遭遇については確たる記憶はない。
 彼との立ち話をして驚く。彼は85歳になったとの由。1回り以上も若い私が、この山を登るのに四苦八苦しているのに、85歳になっても山へ登ることができるとは何ともうらやましい話だ。私などは80歳まで山へ登れるかどうかというより、それまで生きていられるか否かを心配せねばならないのに……、である。
 12時35分、丸山に到着した。
 前回、頂上の大半は薄っすらとではあるが雪に覆われていたが、本日は殆ど雪はない。というより、日陰のごく一部にほんの少し雪が解け残っている所があった程度だ。
 ここのセツブンソウもフクジュソウも盛りを過ぎた状態で、あちこちと探し歩いて少し見付かるというものしか残ってはいなかった。でも、少し離れた場所にはミスミソウが咲き始めていて、多くの瑞々しいものが見付かった。数の少ない花は、失敗することを考えるのか、慎重に撮影するが、ここのミスミソウのように数が多いと、どうしても雑になるきらいがあり、結果は芳しいものではないことが往々にしてある。この日のミスミソウにも、これがあてはまり、写真の出来の良いものは少なかったことが残念といえば残念である。
 この大撮影会にも終止符が打たれ、13時50分、下山を開始する。
 帰り道には格別なことも起こらず、ちょうど1時間で下山。14時50分に駐車場に帰り着いた。このとき、シャツは汗でシットリと濡れていた。頂上で風が出たので長袖のシャツを着たのが裏目に出たわけだが、この日はそれだけ暖かい1日だったことを物語っている。
 なお、ここには、まだ今朝がたの半数くらいの車が残っていた。これらは藤原岳まで足を伸ばした人たちだろう。こんなことを考えながら帰り支度をしていると、タクシーがやってきて5人の登山者を降ろしていた。彼らは、ここから藤原岳まで縦走して大貝戸に下山、ここからタクシーを使ったのだろう。私たちも、大貝戸に自転車を置いておいたり、親切な人の車に分乗させてもらったりしたことを懐かしく思い出しながら車に乗り込み、帰途に就いた。

ミスミソウ

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