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伊良湖ウォーキング - 2014.03.21 Fri

寂しい参加者
 3月15日の土曜日、伊良湖岬10kmウォーキングに参加した。
 この大会の正式名称は『第3回 伊良湖岬 菜の花マーチ』といい、渥美商工会が主体となった催しだった。
 このイベントに協賛した、阪急交通社(トラピックス)がバスツアーとして参加を呼び掛けていたのを目にしての参加であった。ちなみに、正確なツアー料金は忘れてしまったが、5000円を少し下回る4980円とか、4800円という価格であったと記憶している。
 これが近付いてくると天気が気にかかるが、木曜日に雨が降るものの、その後の数日は晴天の予想に期待が高まってくる。
 当日の朝、予報通りの快晴の上空に気を良くして集合地である名古屋駅西口に到着してみると、ツアー参加者でごった返している。前回、クラブツーリズムの諏訪湖周回ウォーキングに参加した折にはバス2台だったが、『今回は何台で行くのだろう』と群がる人々を横目に前回のことを思い出していた。
 今はツアーディレクター(TD)とシャレ名前で呼ばれる添乗員が掲げる旗の後をゾロゾロと歩いていく。道路端に駐車するバスの前にくる毎に列の人たちが吸い込まれていき、列はだんだんと寂しいものになってくる。そして私たちの伊良湖行きのバスに乗った参加者は9名だけだった。40名乗りの大型観光バスが用意してあったので、添乗員を含めても僅かに4分の1が埋まったに過ぎない。よくこれだけの人数で催行したものだと驚いた。主宰者側との契約か、ほかに何らかの事情があってのことと思われるが大赤字であることに間違いなかろう。
 こんな少人数の参加者では遅れる人もなく、定刻の8時にバスは出発する。名古屋ICから東名高速道に乗り入れて豊川ICまで行き、その先は一般道で渥美半島を縦断、半島の先っぽの伊良湖岬までひた走る。
 伊良湖岬の『伊良湖シーパーク&スパ』に到着したのが11時10分頃。
 このホテルの前が出発地点の菜の花広場だ。菜の花広場といっても菜の花はごく僅かにパラパラッと数畝があるだけ、荒れ地に建つ壊れかけたビニールハウスの中に受付があって、ここでパンフレット、参加者用のゼッケン名などが配られた。ちなみに、パンフレットによると、参加者1人が1000円を支払う決まりになっていることが分かった。
 もらったパンフレットにより、本日のウォーキングの概要が分かる。これによると、ウォーキングには10kmコースと25kmコースの2つがあり、9時45分には25kmが出発していったとなっていた。
 そして私たちの歩く10kmコースは、菜の花広場を出発、恋路ヶ浜、伊良湖灯台、糟谷磯丸歌碑を右回りに回って伊良湖クリスタルポルト(道の駅)までが序盤で、ここで昼食。午後からが本番で、渥美サイクリングロードを西回りで歩き、伊良湖ビューホテルをグルッと回り込んで日の出の石門まで。ここから菜の花ガーデンに向かい、この園内を自由に散策した後に伊良湖神社、五反畑へ出て、最後に芭蕉碑、磯丸園地を回って出発地点の菜の花広場へ戻るというもののようだ。とはいっても、見知らぬ土地のこと。私たちだけで自由に歩けるわけがないが、よくしたもので案内人1名が付いていた。案内人は商工会が用意した地元の青年だった。
 出発に先立ち、全員でラジオ体操をしたが、添乗員とツアー客9名の10名だけで寂しいもので、『さあ、これからだ』というのに盛り上がりには欠けていた。
 11時30分頃、案内人の青年の後に続き、1列になって歩き始める。
 先ず、最初は伊良湖岬の突端部を時計回りにグルッと1周する。ここには恋路ヶ浜と呼ばれる浜辺である。名前はロマンチックであるが、実際に歩いてみれば、取り立ててどうこう言うような浜ではなかった。ただ、天気が良いのが救いだという程度である。
 そこも、歩き易かったのは最初のうちだけ。灯台を過ぎた辺りから強風が吹き始め、折角の日和(ひより)よりも帳消しになる寒さであった。この辺りから沖にはチョッとした島があり、さらに遠くへ目をやると左右に島影が薄っすらと見えていた。島は神島といい、三島由紀夫の『潮騒』で有名だと説明された。薄っすら見える島影の右の方は三重県、左の方が和歌山県だとのこと。
 この道路沿いには伊良湖の漁夫歌人、糟谷磯丸の詠んだ歌が刻み込んだ岩が何枚も並び、自然の中の美術館という趣きだったが、これら碑の歌を読むには強い風が邪魔をしていた。このため、ただただ歩け、歩けと足を速めることになった。
 これをほぼ1周したところに、フェリー乗り場と道の駅があり、私たちは道の駅の2階食堂に用意された昼食を食べることになる。
 この昼食は、ツアー代金の中に含まれていて、当初はオニギリ弁当が予定されていたようだが、決められた席についてみるとコンビニ弁当のようなものが用意され、これに変更されていた。このほか、主宰者側からあさり汁が提供された。アサリは固く、美味いものではなかったが暖かかった。この暖かさが寒い風に吹きさらされて冷えた身体には何よりの御馳走といえ、2杯目のお代りまでした。
伊良湖岬&神島
 12時40分、再び、歩き始める。
 今度は遠州灘沿いを歩くことになったが、午前中の伊勢湾からの強風が嘘のように弱まり、暖かい日差しによって身体は温まり、歩くにつれて1枚を脱ぎ、2枚を脱ぐという具合に薄着になっていた。
 道は伊良湖ビューホテルをグルリと回っていくのだが、この道が登り勾配。それも長い距離がある。参加者の中には平らな道を歩くものだとばかり思っていた人もいて、ボヤキや愚痴も聞こえてきたが、結局、落後する人もなく、13時20分過ぎに椰子の実小公園に到着する。
 ここは、島崎藤村が作った「♪ 名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実1つ……」という詩の原点になった地でもある。ここを旅した柳田國男が、伊良湖の恋路ヶ浜に流れ着いた椰子の実を見付けた話を友人の島崎藤村にしたことが嚆矢となってこの唱歌が生まれたといわれている。このことを記念して碑が建てられたとのことだった。
 ここからひと山を越すという大回りする形で、再び、海岸端に降りた所に日出の石門が海中に浮かぶのが見えていた。とはいっても、ここからの角度では岩の真ん中に空いたという穴は見えないので、説明を聞いて想像力を逞しくするだけであったが……。
 14時10分、今回のウォーキングツアーの目玉である『菜の花まつり』の会場に到着した。ここにはかなりの規模の菜の花畑が作られていて、屋台のような店も軒を連ね、ここに遊ぶ家族連れの姿も多かった。だが、北海道でみた菜の花畑に比べれば貧弱の印象は避けられなかった。とはいうものの、北海道と比べるのがそもそもの間違いで、ここの規模を素直に褒めたほうがよいのかもしれない。
 ここの見物を終え、再度、歩き始める。
 菜の花畑のある場所は遠州灘、太平洋側であり、ここから半島を横断して三河湾まで歩かなくてはならない。半島の横断となると、中央部の丘陵地を越えることが予測され、これがどの程度かと心配されたが、平坦な部分を縫うように歩けば良く、結果的には『案ずるより産むが易し』となった。
 だが、困ったことに伊勢湾に近付くにつれて今朝ほどを彷彿させる強風が吹き始める。こうなると一気に冷え込み、歩きながら先ほど脱いだ上着を1枚、また1枚と羽織ることになった。
 国道に出ると出発地点のホテルが見えてきた。この頃になると、早くバスまで帰って休みたい気持ちは強かったが、そうはさせてはもらえなかった。松尾芭蕉の句碑と糟谷磯丸園地の見学が待ち受けていたからだ。
 これに付き合い、15時20分頃、ようやく出発地点の菜の花広場に帰り着いた。もう、この頃には足も身体も疲労でいっぱい、クタクタであった。
 でも、ここで待っていた係員から思いかけず『完歩認定証』が授与された。こういう晴れがましいものは小さい時からもらったことがないだけに、大いに喜んだのは言うまでもない。この喜びの中で疲れが何処かへ飛んでいってしまった。本当に疲れていたのか、疲れたと思っていただけだったのだろうか。
 こうして予定は総てを終わり、バスに乗り込む。
 バスの中ではほとんど寝ていたので、この間の詳しいことは分からないが、これは私だけではなかったようだった。
 なお、名古屋駅に到着した時刻の記録も記憶もなく、詳細は不詳である。姫君の記憶と私のそれを突き合わせてみると、18時30分から19時の間だったと思われる。
10km完歩認定証

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