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2017-11

百名山の思い出・その16 - 2013.01.14 Mon

甲斐駒ヶ岳 (かいこまがたけ・2966m)
 南アルプスの明峰、甲斐駒ヶ岳には1999年7月17日に登っている。
 この山域では、前年、98年10月に北岳へ登っているので、南アルプスでは2番目の山だということになる。ちなみに、前回の北岳は私たちのテント泊デビューだったが、今回の甲斐駒ヶ岳はヒロシちゃんの初めてのテント泊となった。
 私が、この山、甲斐駒ヶ岳を知った経緯については忘れてしまっていて審らかでない。考えられるのは、多分、北岳から三角形の綺麗な形をした山が見えていて、これを画面の中央に入れて記念写真を撮っており、これで知った公算が大である。
 なお、甲斐駒ヶ岳へは、この年の6月に登ることを決めていたようだが、これが天候の関係で流れたので、この海の日がらみの連休を利用して、仙丈ヶ岳と合わせて登ることになったようだ。
 この登山の一番の思い出というと、登山そのものではなく、その日の泊まるときに起きた事件である。
 これまで遠征登山で宿泊予約を入れたことは、クーポン券を作成した大台ヶ原のときだけであった。2回目の剱岳行きの際は、クーポンを組んでもらったが山小屋は除外であったので、山小屋というものは予約せずに利用するものだと思い込んでいた。
 この常識が、この山域(北沢峠周辺)では通用しなかった。
 今回メンバーは4名で、うち1名だけが小屋泊まりを予定していた。当日、宿泊を申し込むと、「予約なき者は宿泊させない」と断られてしまった。「食事はなし、廊下の端でもいいから何とか泊めてくれ」と懇願するも、問答無用と鼻もひっかけなかった。ちなみに、この結果、小屋泊まりを予定していたシカちゃんは手持ちの着替えを全部着込んだうえ、さらにカッパも着こんで、仲間のテントの中に潜り込んで1夜を過ごした。
 こんな思い出深い山行きであるが、細かいことは覚えていない。でも、幸いなことに、『ヨレヨレ新聞・13号』に山行記が掲載してあったので、これを転記する。

おろし立てのテントの前に立つ隊長のヒロシちゃん

《以下、ヨレヨレ新聞から》
 甲斐駒ヶ岳への参加者は、先の五竜岳行きのメンバーと同じ顔ぶれの4名だった。すなわち、隊長のヒロシちゃん、デンちゃん、姫君に私の4名だ。
 前日の16日の夜、23時頃から事務局(姫君のスナック)に集まって閉店を待つ。運よく(姫君にとっては不運であろうが……)0時前に客が帰ってくれる。姫君は、直ちに後片付けして、接客用のドレスから山行用に着替え、伏見の美人ママから逞しい山女にと見事に変身する。この姿をみるにつけ、「店と山、どちらが本当の姫君であろうか?」と思うのが常である。
 0時30分、事務局前を出発。当初は参加者5名の予定だったため、車はシカちゃんの8人乗りのワンボックスカー。運転は、中央自動車道の阿智PAまでを私、ここから戸台の仙流荘までをシカちゃんが担当する。この日は真夜中でも道路は混んでいて、仙流荘に到着したのは3時30分であった。
 ここの広い駐車場には多くの車が停まっており、そのナンバーを確認すると遠い所では岡山とか横浜というものも混じっていた。また、車の周辺にはテントを張って仮眠している人もみられる。これらに倣い、私たちも車内で仮眠を採ることにする。
 辺りが白み、ざわついて来た5時30分頃に目覚める。
 持参の弁当で早い朝食を済ませ、少し離れた所にあるバス停に行くと、既に長い登山者の列ができ、バスを待っていた。バスの始発は6時30分であるが、定刻前に改札が始まる。バスは28名乗りの小型で、満員になり次第、順次出発していく。私たちは4代目に乗ることができ、北沢峠へと向かう。
 この戸台から北沢峠への道は南アルプス林道といい、一般車両は通行禁止で、唯一、長谷村(当時:現在は伊那市)の村営バスだけが通行できる。このため、登山者総てが、このバスに乗ることになるので、早朝からこの有様である。
 村営バスの運転は、長谷村の職員が正式な職務の傍らで務めているようだが、公務員とは思えぬほどのサービス精神で、バスの車窓に映る山や動植物について懇切丁寧に説明してくれ、本職のバスガイドが裸足になって逃げ出しそうである。これを聞いていると、所要時間の1時間はアッという間に過ぎてしまい、いつの間にか北沢峠に到着していた。
 この北沢峠の周辺には、長衛荘、北沢長衛小屋(当時:最近、北沢駒仙小屋に改名)、仙水小屋、大平山荘の4つの山小屋がある。このうち、テント場に最も近いのが北沢長衛小屋であるので、ここを基地にして初日に甲斐駒ヶ岳、次の日に仙丈ヶ岳を各々ピストン登山する予定である。このため、直ちに、ここのテント場に向かう。
 10分くらいでテント場に着く。ここは北沢沿いのチョッとした広場をテント場に流用している形だ。
 ここにテントを張り終え、カッパ、弁当、お茶など、必要最小限のものをサブザックに詰め込んで、直ちに甲斐駒ヶ岳を目指すことになる。

今は無き長衛小屋

 これに先立ち、北沢長衛小屋で手続きを済ますが、小屋泊まりは予約者のみで『お断り』という予期せぬものであった。これまでの北アルプス流儀が身に付いているので『そんなバカな!』と思うが、この先に仙水小屋があるので、小屋泊まりを予定するシカちゃんは、ここに泊まればよいと考えを切り替える。
 そして、8時30分、長衛小屋(標高1980m)を後にし、甲斐駒ヶ岳(標高2966m)に向かって歩き始める。
 沢沿いの登山道を30分ばかり、緩やかに登っていくと、小さな汚い小屋があった。小屋の前には流し台が置かれ、ここには水が流れっぱなしなっていて、絶好の水場になっている。ここで今晩の宿泊を頼むが、「予約客で満員につき、お断り」といい、更に頼み込むと、「早く降りてきて最終バスで帰ればいい」というつれないものだった。今回、ヒロシちゃんもテント泊を始めるということで、2人用のものを持参しているので、場所には不自由しない。毛布でも借りれば何とかなりそうなので、そのまま登山を続けることになる。
 この小屋を後にして、暫く林の中を歩いて行くと、突然、目の前が開けてきたと思うと、大小の岩が積み重なったガラ場に出る。この歩き難いガラ場を10分ばかり、岩伝いに歩いて行くと仙水峠(標高2264m)に到着する。このとき、9時30分であった。
 この峠で、ひと息、入れてから、次の目標の駒津峯に向かって再び歩き始める。
 ここからは尾根を直登していくのだが、これがなかなかどうして急な道である。周りは背丈の低い樹木が生えているだけなので見通しは利く。このとき、天気は薄曇り。遠くは雲がかかったり、取れたりの繰り返しで、それほど条件はいいとはいえないが、それでも上を見上げると雲の切れ間から甲斐駒ヶ岳が顔を覗かせるようになってくる。また、背後を振り返れば、明日、登る予定の仙丈ヶ岳、ここへ至る登山道の一部が垣間見られる。とはいえ、これを楽しむ体力的余裕はなく、呼吸を整えるのに精一杯だった。
 また、この頃になると、登山道脇の灌木の間にシャクナゲとか、名前は分からないが赤、白、黄色などの色とりどりの花々が至る所で目に付くようになる。花には興味のない私でも、確実にこれらに心も身体も癒されていた。
 この急登中、シカちゃんが遅れ始める。彼にはヒロシちゃんが付き添ったので、姫君と私が先行する形になる。『駒津峰で落ち合えばよい』と思い、とにかく、歩みを進めることにする。ちなみに、体力も技術もない私は、自分のペースで歩かないことには潰れてしまう。だが、私より1日の長があるヒロシちゃんは、早い人にも遅い人にも器用に合わせることができるのが、私にとっては不思議で仕方がない。

駒津峰頂上 後方は甲斐駒ヶ岳

 11時10分、駒津峰(標高2740m)に到着する。例によって、儀式を執り行いながら……。こんなとき、「名古屋の……」という声が耳に入ってくる。儀式を中断して声の主を確かめるが、咄嗟には誰だか分からない。「五竜で……」の声でハタと思い当たり、辺りに休んでいた人たちを改めて眺めると、懐かしい顔を見付ける。5月に五竜岳で出会った東京の登山学校の一行であった。「校長先生は……?」と問うと、「今日はきていない。代わりに副校長先生が……」などという会話がしばらく続いた後、彼らは頂上へ向かう。
 こんなことで時間を費やしたが、ヒロシちゃんもシカちゃんも、まだ着かない。「だいぶ、離れたようね」、「頂上で待とうか?」、「そうね」という会話を交わし、私たちだけで先行することにする。
 駒津峰が森林限界のようで、これから先は樹木のないというか、ハイマツとかシャクナゲという低木だけの岩場の道に変わってきた。
 こんな岩場の道をアップダウンを繰り返しながら登り上っていくと、直登コースと巻道コースの分岐にやってきた。「どちらからいこうか?」、「直登する人、いないんじゃぁない?」、「うん、そんなら巻道でいこう」ということになる。
 この辺りから道は風化した花崗岩地帯になってきて、滑り易いこと、この上ない。鈴鹿でいえば、三池岳の山頂、宮指路岳から仙ヶ岳への稜線にあるような道である。足を取られ、また取られで文句をブツブツといいながらジグザグに登り上がっていく。こんなとき、「あっ、ヒロシちゃんだ」と下から登ってくる隊長の姿を姫君が捉えた。「シカちゃんは?」と尋ねると、「見えないわ」との答え。そのうちにヒロシちゃんの姿も見えなくなってしまう。心配はない。地形が変わっただけなので、そのまま頂上へ向かう。
 頂上への最後の登りは相当にキツかった。それでも、12時40分、標高2966mの南アルプスを代表する名山、甲斐駒ヶ岳の頂上にようようの思いで辿り着くことができた。これと僅差でヒロシちゃんも到着した。ヒロシちゃんによると、シカちゃんは駒津峰で登頂を断念、ここで待っているとのことだった。

甲斐駒ヶ岳頂上

 甲斐駒ヶ岳の頂上は、多くの人たちで賑わっていた。会話した人たちは、大分、岡山、新潟、東京、千葉県からきたといい、全国各地から訪れていることが分かり、この山の人気の度合いが自然と知ることになった。
 シカちゃんが下で待っているので、そう、のんびりと構えているわけにはいかず、ビールを飲んで弁当を食べただけで早々に下山することになる。でも、これがいけなかった。いつもなら焼鳥パーティで時間を費やすので、アルコールを採り入れても醒めてしまうが、本日は酔っぱらったまま降りるので、とにかく眠くて仕方がない。これを見てか、姫君が悪口をいっているようだが、何せ、半分は寝ているので、その意味は理解できないので私としてはつごうがよかった。ただ、途中、水の流れ出ている所で、顔を洗うように姫君からいわれて従ったが、この場所が何処だか分からない。ただ、冷たい水で気持ちが良かったことだけが感覚に残っている。
 駒津峰でシカちゃんと合流、計画では双児山経由で降りることになっていたが、どういうわけだか、隊長のヒロシちゃんの命令で往路と同じ、仙水峠経由で降りることになった。
 そして、17時近くにテント場に帰り着いたが、正確な時間は記録がなく不詳である。

帰路 駒津峰での全員記念写真


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