topimage

2017-11

加齢臭 - 2012.11.19 Mon

老臭は老醜に通ず
 私も老人といわれる年齢に達してきている。自分では若いつもりでいるが、一昨年は膝痛に悩まされたし、昨年は救急車で病院に担ぎ込まれて1週間の入院をした。また、今年は慢性筋肉痛だ。
 こんな具合に、毎年、何処かここか悪くなり、次第に元気でいる時間より病気の期間が長くなり、最後は寝付いて起き上がることもできなくなるのだろう。
このように考えると、先行き、どのように考えても明るいものではないことだけは確かである。
 また、私たちのような年齢になると人に好まれない体臭、すなわち加齢臭という問題も起こってくる。私は、加齢臭という言葉を使うことは殆どなく、『老臭』という言葉を使用する。ちなみに、加齢臭なる言葉は私が若かった頃には使わなかったので、何時頃から使われ出したかは不詳ながら新しい造語だと思われる。これなら老臭という造語を使っても構わない、というより老臭は言葉のでは老醜に通じ、言い得て妙だと自分ながら感心している。
 私が、自分の老醜にハッキリと気付いたのは、今年の秋口だった。夏のうちはTシャツ1枚で過ごすことが多くて気付かなかった。少し涼しくなって今シーズンになって初めてランニングシャツを引っ張り出して着たときのことだった。それほど着古したものではなかったのにかかわらず、一種独特な臭いがそのシャツから発しているのに気付いた。
 このシャツは黙って洗濯物の中に放り込み、洗濯してもらったものを再び着てみたが、臭いは相変わらずであった。まだ新しくて捨てるのは忍びなかったが、臭いが取れないのでは仕方がないので、もったいないとは思ったが捨てることにした。
 こうして私自身が老臭を発していることは自覚したが、その悪臭の元が何処かが分からない。腋の下、股間など思い付く所を調べてみたが、結局は分からないでいた。
 ある日、風呂に入っていて何気なく胸部の真ん中、女性でいえば胸の谷間とでもいう辺りを指で擦ったところ、異常にネバ付いていた。臭いをかぐと老臭とは異なっているが嫌な同種の臭いであることには変わらなかった。この臭いが薄まったのが老臭と考えられないこともない。
 また別の日、これまた風呂の中で太腿(もも)を強く擦った際、先の胸のときのようなネバ付きがあった。太腿の皮膚をつねるようにして臭いを指に移してみると、胸の臭いに似ていた。背中でも実験したいところだが、背中まで指先が届かない私では無理だが、ここで1つの仮説を立ててみた。
 老臭の原因は、身体の多くの部分から出る皮脂である。この皮脂は、皮膚が乾燥してひび割れないように守るためのものだと考えられる。このように思考を進めると、老人には避けて通れないものだと諦めるより仕方がないものだ。しかし、分からないことがある。女性は老臭を発する人は少ないようである。私の仮説が正しいとすると、女性も避けられないはずだが……。
 いずれにしても、私たちは老臭から逃げられないようなので、できることといえば、下着を頻繁に替えるとか、風呂に入る機会を増やすなどということで他人に不快感を与えぬよう気遣うことぐらいだろうか。

伊勢の金剛證寺 (朝熊山)

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yore4040.blog24.fc2.com/tb.php/525-826c5f88
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

2012 山野草・その54 «  | BLOG TOP |  » 2012 山野草・その53

アクセス数

検索フォーム

最新記事

最新コメント

カテゴリ

登山 (147)
山野草 (417)
雑文 (139)
未分類 (16)
お知らせ (6)
案内 (2)
百名山 (22)
花旅 (75)
旅行 (29)
2014 北の大地花旅 (86)
2016・北海道 (83)
2016・北海道 (0)
2017 北海道 (43)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する