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2017-10

旧友との小旅行 - 2012.05.19 Sat

恵那峡と岩村城下町
 5月17日と18日の2日間、小学校時代の友達4名で恵那市へ小旅行に出かけた。
 私たちの小学校は、尾張の最北部の木曽川沿いといってもよい場所にあった。この辺り一帯は農村地帯で、私たちが小学生の頃は村であったが、6年生のときに行われた昭和の大合併で、4町村が合併して市に昇格した。市になったとはいえ、実態は田舎。農村地帯ということは現在も変わっていない。
 こんな片田舎のことなので私たちが在学中には、校舎は離れてはいたが、小学校と中学校は同じ敷地内にあって、運動場は共用していた。
 私たちの学年だけは児童数が多かったので3クラスだったが、その他の学年は2クラスという小さな学校であった。こんな訳で、小学校から中学校へ入学する際には、そっくり持ち上がりとなるため、小中学校を通じた9年間は同級生の殆ど総てが同じ顔ぶれであった。
 今度、旅行に同道したのは、5、6年で同じクラスであった4名、カズちゃん、クニちゃん、ヒロシちゃんに加えて私であった。私はダメであったが、他の3名は成績もよいうえに、家庭も良かった(お金持ちだった)ので、カズちゃんとヒロシちゃんは名門私立中学校へ進学した。また、クニちゃんと私は別の高校だったので、田舎にしては、比較的、早く別々に別れた。こうして行く道は別々になったが、その後も折に触れて会う機会が多く、60年近くにもなるのに付き合いは続いている。
 なお、この4名は、現在、私がハマっている登山にも深い関係がある。というのは、私たちが大学生の頃の1963年、他大学の仲間3名を加えて、美ヶ原(長野県:日本百名山)登山に出掛けたことがあった。これは、私が本格的な山へ登った最初でもあり、彼らは画期的な場面に立ち会ってくれたことになる。
 こんな4名が古稀を迎えた記念といえば大げさだが、1泊で近場に出ばって一晩を過ごそうということになり、和ちゃんが幹事役となって今回の旅行が企画された。
 17日11時過ぎ、名古屋駅西からホテルが仕立てたバスに乗って、恵那峡湖畔に建つホテルに12時30分頃、到着する。こんなに早い時間なので、チェックインさせてくれるか心配だったが、こんなことは杞憂で、すんなりと部屋へ案内してくれる。
 部屋に入って直ぐに、出発時に高島屋で買ってきた弁当を食べ、歓談が始まった。バスの中では、散歩でもしようかと話し合っていたが、そんなことは誰も言わない。風呂が15時30分から用意できるといっていたので、この時間になったら風呂に行くことになっていたが、こんな約束はあっさりと反故にされた。
 流石に、食事だけは17時30分、一番に済ませ、ついでに風呂に入るが、部屋に戻れば、またまた、話しに花が咲く。
 結局、気が付けば日付は変わって18日。それも午前3時近くになっていた。
 5時を過ぎて窓の外の明るさが気になったのか目覚めてしまう。睡眠時間は2時間余に過ぎない。とはいえ、寝直すこともできそうにないので風呂に行く。ここの風呂は塩分の濃い温泉なので、上がり湯を使わないと海水浴をした後のように体中がベトベトになるので、念入りにシャワーを使って風呂から出る。
 部屋に帰ると、入れ替わりでカズチャンが風呂へ行ったようで、2人が布団の中に残っていた。
 そのうちに彼らも起き出した。4名ともに寝不足ながら、それほど不機嫌ではない。この原因が、久しぶりに旧友に会ったためなのか、老人特有の朝の目覚めが早くなったのかは分からない。とはいえ、瞼の裏側が、何だかモゾモゾとしているような感覚があって、頭はスッキリとしていたが、身体のほうはそうでもなかったようだ。
 朝食を終え、予定どおり岩村町へ行くことになった。
 岩村町というと、私は寒天の生産地として知るだけだった。だが、ここは旧岩村城の城下町としての街並みが保存されていて、観光地としても有名だそうだ。
 ホテルのマイクロバスで恵那駅まで送ってもらい、ここから明知鉄道で岩村町へ行くことになった。こんなローカル線では、乗客は私たちだけだろうと思っていたが、これが大間違いだった。通学の高校生(授業開始は10時頃)や観光客で満員。座席に座ることなど望む術もなく、自分の吊皮を確保するのが精一杯であった。
 こんな状態で岩村町に到着すると、駅前にはボランティアガイドが待っていた。名古屋からきたという20名近い団体が雇ったというか、頼んだガイドだったようだ。私たちもチャッカリと、この団体にくっつくようにして歩き、ガイドの説明を参考にしながら見学することにする。
 こういう街並みを保存して観光に資するようにしている街は各所にある。私たちの近くにも有松絞りの街(名古屋市緑区)がある。このような町に住む一般の人たちは可哀そうなものである。街並みを保存しても何の恩恵を受けないサラリーマン家庭であっても、家を建て替える際には自分の好みを主張することは叶えられない。街並みに沿うような家にするべく有形無形の圧力を受けるようである。一考を要する問題だと思うが、誰も声を上げないのが不思議だ。
 城下町は一通り見て回り、近くにあった蕎麦屋で昼食を摂り、再び、同じようなルートでホテルまで戻る。
 16時頃発の送迎用のバスに乗り込み、一路、名古屋へ向かって帰る。こうして、楽しい2日間を過ごし、再度、こういう機会を作ることを約して、各々、家路に着いた。

恵那市指定文化財 ・ 勝川家

勝川家の説明

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恵那峡と岩村城下町 5月17日と18日の2日間、小学校時代の友達4名で恵那市へ小旅行に出かけた。 私たちの小学校は、尾張の最北部の木曽川沿いといってもよい場所にあった。この辺り一帯は農村地帯で、私たちが小学生の頃は村であったが、6年生のときに行われた昭...

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