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百名山の思い出・その15(後編) - 2012.05.07 Mon

五竜岳(ごりゅうだけ・2814m)
5月3日(月曜日)
 5時30分頃、目覚める。
 長時間にわたって熟睡できたためか、さわやかに朝を迎えることができた。だが、姫君は、何時もの山の朝とは異なり、不機嫌で、行動ものろい。どうも、昨夜は熟睡できなかったようである。日頃の生活の差がでたなと内心では思ったが、余分なことをいえば、余計に機嫌が悪くなって怒られるのは目に見えているだけに黙っていた。
 少し時間を置いてから尋ねてみると、初めての雪上テントで、寝ているうちにテントが雪の上を滑って行くまではないかという不安で、ウトウトして目覚め、ウトウトして目覚めるという繰り返しであったらしい。また、明け方にはマットが濡れてきて、冷たくなったのが気になって眠れぬのに拍車ををかけたようである。
 これを聞き、姫君のマットを持ち上げてみると、なるほど、濡れている。私のほうは何の変化も見られない。テントに穴でもあいたのかと思い、これを畳むときに透かして見てみるが、それらしき穴はあいていない。この原因、未だもって分からない。次回、場所を変わって寝てみて、試してみようと考えている。
 朝食は、どうせ時間はないことが分かっているのでパンとコーヒーに決めてある。コーヒー用のお湯は前夜のうちに沸かしてポットに入れてあるので簡単である。しかし、1夜を経過したお湯は、如何にポットの中とはいえ、冷めてしまっていた。こんなお湯で作ったぬるいコーヒーでは美味いとはお世辞にもいえず、加えて、肝心のパンは荷物に押しつぶされ、カチン、カチンになってしまっていて、美味い不味いという以前の代物であった。こんなものでもエネルギー源だと思い、とにかく胃の中へ入れておくことにした。
 この日の天気は、どんよりとした曇り空。雨でないのが唯一の救いという状態で、ちょうど、この不味い朝食と相通じるものであった。
 朝食後、テントの撤収に取り掛かる。昨日、テントが風で飛ばされないように張り綱をペグ(専用の長釘)で雪面深く止めておいた。これを掘り出そうとしたが、雪がカチカチに凍っていて、簡単には抜けなくなっていた。仕方なく、張り綱の先を探りながらピッケルを使って1つひとつ掘り起こして抜かなければならず、結構、時間がかかることが身をもって知った。
 そのうちに、小屋泊まりのヒロシちゃんとシカちゃんが、小屋の温かい朝食を終えて満足そうな顔(私たちにはこのように見えたが、ひがみだったかも……)でやってきた。テントをきちんと畳む余裕はなく、慌てて、テントを丸めてビニール袋(ゴミ袋)の中へ押し込むのが精一杯であった。こうして、一応、荷造りを完了させる。
 7時30分、唐松岳山頂に向かって歩き始める。
 山頂へは、既に何人もの人たちが登っていて、断続的ではあるが人の列ができていた。皆が歩行する通路の雪は少なく、アイゼンはなくても大丈夫な感じだが、念のために全員がアイゼンを着けての出発だった。ただし、ザックは小屋に預けて、空身での登頂となる。
 20分後、標高2696mの唐松岳山頂に立つ。天気が良ければ、北は白馬岳、西に剱岳の雄姿が、また南にはこれから行く五竜岳が見えるという感動的な展望の中に身を置くはずであったが、生憎なことに厚い雲と濃いガスに邪魔をされて、一番近い五竜岳が『あれがそうかな』という程度に霞んでいる。剱岳に至っては、まるで見えず、どの辺りがそうであろうかと探してみるも、輪郭の一部さえも捉えることは叶わなかった。
 こんな状態であったにもかかわらず、頂上に立つのは良いものである。
 昨日の荷物の重さ、今日の朝食の不味さも忘れて『やっと到達した』と、しばしの満足感に浸ることができた。……が、これも束の間のことだった。直ちに下山を開始して小屋に戻ることになった。
 ここでシカちゃんの体調を尋ねると、「治ったようだ」との由。ヒロシちゃんが「ユックリならば大丈夫だ。行こう」と決断を下す。このとき、八方へ戻る気でいた姫君が「何? また気が変わったの」と私を詰問する。「僕じゃぁないよ。隊長命令だよ」と私は逃げを打つ。姫君は、昔(といってもそんなに古い話ではなく、1年くらい前)は、私に輪をかけた『行けいけドンドン』であったが、最近は『慎重居士』に変わってきている。少しでも危険だと聞けば「止めておこうよ」という。変化の原因は、彼女の父君にあるようだ。「姫、山へ行っているそうだな。無茶はするな。お父さんより先に死ぬな」という趣旨の言葉で諭されたようである。歳は若いが、「君に忠、親に孝」という戦前のような教育を受けて育った『薩摩おごじょ』の彼女は、これ以後、「お父さんより先に死ねぬ」が口癖になる。良いことではあるが、いささか物足りなく思うときもあるのだが……。
小屋付近から唐松岳を見る
 8時30分、五竜岳に向かって唐松岳頂上山荘を後にする。
 ザックを担ぎ上げると、その重さで昨日の歩きが悪夢のように思い出され、『止めておけばよかったかも……』と弱気の虫が頭をもたげてくる。
 小屋を出て、しばらく歩くと長い岩場のトラバースがある。ここには鎖が付いているが、何せ、重い荷物を担いでいるので、荷物に振られるやら、アイゼンを引っ掛けそうになるやらで、危険なこと、この上ない。狭い岩場の途中、変な恰好でアイゼンを外すと幾分は歩き易くなり、この難所を何とか通過することができる。
 以後、何度も登り降りを繰り返し、その都度、アイゼンを着けリ、取り外したりで、会名と同じようにヨレヨレになっての歩きである。この原稿を書くために思い返してみるに、この日の記憶があまり鮮明には残っていないことに気付く。また、撮った写真の枚数も少ない。歩くことに必死になっていて、他のことに注意を向ける余裕がなかったようである。
 このコースは、五竜岳を目の前に見据えながらの歩行である。歩けども、歩けども目的の山は近付く感じはあまりないが、この先、歩かなければならない道は確実に短くなってきていることが分かり、「あそこまで行こう」、今度は「あそこまで行こう」と、心の中で短い目標を定めて、とにかく歩く。しかし、定めた目標に向かって歩いていると、それまで見えなかった降りが、突然、出てきて、この分、また登り返さなければならないことも起こるので、こんなときにはガッカリ、登る前から疲労が溜まるが……。
 この短い目標を設定して歩くことは、昨年、穂高岳山荘から涸沢へザイテングラードを降った際、涸沢の色とりどりのテントを目標にして歩いたところ、歩いても歩いても、いっこうに近付かず、そのうちに歩く気力が萎えてしまい、ノビてしまったことが教訓になったのだ。
 11時45分、『⇚五竜岳・唐松岳⇛』という道標の建っている小高い頂に出る。後日、地図を見て考えるに、ここは多分、大黒岳(標高2511m)らしい。
 大黒岳を降り終え、鞍部になった所の道から外れた雪の上で昼食にする。小屋泊組は弁当、テント泊の私たちは持参のオニギリと卵スープである。相変わらず、ぬるいスープながら何故だか分からないが、このときは美味しく感じた。ここで充分な休憩を採ると、『さぁ、行くぞ』という意欲が湧いてくる。
 休憩後、最後の白岳に向かって歩き出す。だが、ここの登りは長い。途中、休憩しようということになって休んでいると、上から4名が降りてくる。挨拶をして、立ち止まった1人と言葉を交わす。会話の主はガイドで、客3名を引率して、朝、唐松岳を出て五竜岳に登り、同じ道を帰るところだとのことだった。それにしても早いと感心して尋ねると、夏のヨーロッパアルプスへの遠征のための足慣らしとの由。ガイド付きとはいえ、セミプロのような人たちだと思って去った彼らを見ると遥か彼方(はるかかなた)であった。それから少し話をしてから3名の後を追ったガイドさん、私たちが休憩しているうちに先行した集団に追い付いたのには、2度、ビックリである。
 休憩を終え、最後の踏ん張りで登り上がった所が白岳(標高2541m)であった。ここから下のほうに小屋が見えていた。何時もなら、小屋をめがけて駈け降りるところだが、本日はそんな余裕は残っておらず、この急降下を慎重に、慎重にと1歩づつ降り、やっとのことで五竜山荘に辿り着く。このとき、13時30分頃だと思うが、写真もなければ、記憶もおぼろである。本当に疲れきっての到着だったのだろう。
 到着してテントにするか、小屋泊まりにするか迷う。初めは「テント」といってから、『明日は天気が悪い。雨の中でテントを撤収するのは大変だし、食事も面倒だ』と考えていくうちに、『小屋泊まり』という言葉が口を突いて出ていた。
 ここでひと休みした後で、ヒロシちゃんが「さぁ、登ってくるぞ」という。もう完全に休養モードに入っている私には、これから登るという意欲は失せている。このため、「明日、一番に登ろう。天候回復に一縷の望みをかけて……」と提案するが受け入れられず、結局、五竜岳に登ることになった。
 『五竜岳の最後の雪の壁は、角度もきついため、初心者にはザイルを垂らす必要があるかも……』とガイドブックに書いてあったので、この日に備えて20mのロープを買って持参している。小屋の副支配人に尋ねると、「必要はないであろう」とのことだったので、カメラのみを持ち、14時頃、小屋を出る。なお、出発に先立って夕食の時間を確かめると17時からとのことだった。私たちのような鈍足では、これに間に合わないことも考えられる。「遅れるかもしれませんが……」とことわると、「よろしいですよ。気を付けて行ってきてください」と快く送り出してくれる。これでユックリと行ってくることができると思うと、心に余裕が生まれるので不思議なものである。
 実際に歩き始めてみると、空身であることは何と歩き易いことか、足には疲労が溜まっているはずだが、そんなことを感じることはなかった。したがって、小屋までの歩きとは全く違った歩きで、スピードもそれに比べれば早かったと思われる。
 この時間から登る人はおらず、出会うのは降りの人ばかりである。中には、ハーネスを付けているパーティもある。心配になって「それ、使いましたか?」と訊くと、「使いません」との返事に一安心する。
 雪の急斜面をトラバースする場所に差し掛かると、降りの20名くらいのパーティがザイル2本を繋いで、それを張る準備をしている。このとき、姫君と私が先行、ヒロシちゃんとシカちゃんが少し後に続いていた。「これだけの大パーティの通過を待たされては大変だ。先に通らせてもらおう」と姫君にいい、相手の気分を和ませるために「美女と野獣、通りま~す」と冗談半分に声をかけて通らせてもらう。
 これを渡り終えた岩場、通路には、ザイルを張り終わるののを待つ人たちで鈴なりになっていて通り抜けられそうな余地はなくなっていた。仕方がなく道ではない急な岩場を登ることを余儀なくさせられる。内心、怖かったが人目もあるので、そんな素振りは見せなかったつもりだったが、後になって小屋での雑談中に、このパーティ(東京の登山学校)の校長先生から冷やかされたところから推しはかると無様な恰好であったようだ。しばらく進んでから後続のヒロシちゃんらを待っていると、ほどなく追い付いてきた。彼らも、先に通してもらったとのことだった。
 ここでシカちゃんから、「登頂を諦める」との申し出があった。ヒロシちゃんが、「もう少しだから……」と翻意を促したが、シカちゃんの意思は固くて説得は奏功しなかった。彼は先に小屋へ帰ることになり、ここから先は3名でいくことになる。
 頂上直下までくると、斜度60度はあろうかという雪の壁が行く手を阻んでいた。下を見ても、この雪の壁は限りなく下へと続いており「ここで滑落したら……」という不安で、一気に緊張感が増す。
 この雪の壁にはジグザグの踏み跡が付いているので、これを辿ることになる。先頭はヒロシちゃん、続いて私、そしてシンガリ(殿)を姫君の順で登り始める。登り始めてみれば、見た目ほどの怖さを感じることなく、この急斜面を登り終える。そして次の緩やかな斜面を終えると、今回の最終目的である五竜岳(標高2814m)の頂上に到着する。ちなみに、到着時の時刻は、15時ちょうどであった。
 山頂には、山名を記した標識の類はなかったが、所どころペンキのはげ落ちた黄色の木製の杭が立てられていた。これが標識杭の代わりであろう。ここには誰が置いていったか、吹き流し、真鯉、緋鯉の小さな鯉幟が置いてあった。端午の節句には2日早いが、これを持って代わりがわりに記念撮影をする。
 天気は相変わらずの曇り空。ガスも出ていて双耳峰の鹿島槍ヶ岳が肉眼では見えるが、写真にして識別が可能か心配されるほどで、良いとは言い難いものだった。このため、周囲の山を眺める楽しみはなかったが、実をいうと、仮にこれらが見えていたとしても、それをゆっくりと楽しむ心の余裕はなかったと思われる。
 このとき、頭の中に占めていたのは、先ほどの雪の大斜面をどうして降りようかということだった。このため、頂上には10分ほどいただけで、すぐさま、下山を始めた。
 いよいよ雪の大斜面の下降だ。用心深く、1歩、また1歩と雪面に刻まれた足跡を忠実にトレースしていくのだが、もちろん、手も使っている。ピッケルの柄の部分を思いっきり雪面に突っ立てて、万ヶ一の場合に確保されるようにである。急斜面の所は、前にも述べたようにジグザグ道となっているが、これが曲者だ。斜面上部が右手側にあるときは問題ないが、切り返して左手側に斜面上部がくると、右利きの私は左手にピッケルをもち直さなくてはならないが、左手を使ったことはないので不安定にならざるを得なかった。こういう場合、身体の向きを変えて後ろ向きに進めば右手を使えるので試みてみたが、これでは左手でピッケルを使うよりも危険なことが分かり、直ぐに中止した。
 この難所も何とか終えて、シカちゃんと別れた所に戻ってみると、小屋に帰ったとばかり思っていた彼が待っていてくれた。ここからは、また4名で小屋まで一緒に帰ることにする。
 先ほど、苦労してよじ登った岩場の所にやってくると、姫君が、直接、岩場を降りようとする。「そこは違うよ。グルッと回る道が付いているよ」と私がいうと、「でも、ここから登ってきたわよ」と姫君。正規の道に戻って「あのときは人が多くいて、この道が通れなかったからからだよ」「どうもおかしいと思ったわ。でも、この道も怖いわね」という姫君と私の会話にシカちゃんも加わって「こういう所には鎖を付けなければ……」との発案に、一同、賛成。ちなみに、この話を小屋での酒盛りの際に持ち出すと、山歴何十年と自慢していた人が、さも軽蔑したようなことをいう。そこで私が「初心者を大事にしなくては、後継者は育たないし、山は栄えない」と一説ぶつ。するとその人はブツブツ何か言っていたが、いつの間にかいなくなっていた。
 この難所を過ぎれば、後は快適な降り。小屋に向かって一目散に駈け降りる。小屋に着いたのは16時前。夕食には悠々セーフであった。
 夕食の前、この後も玄関のテーブル席で酒盛り。先に岩場で出会った登山学校の校長先生やその生徒さん、その他の宿泊客と歓談。食事の後片付けが終わってからは、食堂に場所を移して延々と続くが、ヒロシちゃんとシカちゃんは付き合いきれないとばかり、何時の間にやら避難して早めに就寝した模様だ。
 話題は、登山用具のこと、登った山の話、果ては真冬のテントの中の排尿の処理の仕方などなど、話題は尽きることなく大いに盛り上がったが、酔っぱらっていたので細かいことは翌朝にはスッカリと忘れ去っていた。
大黒岳(後方は五竜岳)
5月4日(火曜日)
 昨夜、深酒したのに、アルコールは綺麗に吸収されていて体内には残っておらず、爽やかに目覚める。
 天気は如何と外を見やると、小雪が降っていた。それに濃いガスで視界はまったく利かない。『昨日、登っておいてよかった』と、あのとき、無理やり引っ張って行ってくれたヒロシちゃんに感謝、感謝であった。
 本日は帰るだけ、他に何の予定もないので、ノンビリと朝食を済ませて、出発の準備をする。
 こんな折、玄関脇で若い男性が何かゴソゴソとやっているのが目に付いた。尋ねると、プラスチックブーツの底が割れて剥離してしまったとのことだった。靴を見ると、刃物で切ったように綺麗に割れている。彼は、小屋で針金をもらい、ヒロシちゃんからラジオペンチを借りて応急処置は施したようだが、はたして、あれで無事に帰ることができるか否かが心配だった。
 私たちも、ボツボツ、出発する時間になったので、心配はこれまでにして、7時50分、小屋を出る。
 昨夜、「帰りに30分短縮できる近道があるので教える」と言っていたので、その人のテントを尋ねたいのだが、視界数mというのではそれも叶わない。仕方がないので、近道は諦めて、一般的なルート、白岳まで登り上がってから稜線に沿って降るという道を辿ることにする。
 この白岳までの急登をヒイヒイといいながら登りきったと思うと、今までの苦労が何だったかというほどの急降下が待っていた。ガスはますます濃くなり、1m先も確認することが容易ではなくなってきている。これだけでは分からないといけないので具体的にいうと、立っていると足元が判然とせず、ピッケルで開けた穴が辛うじて識別できるという状態だった。
 踏み跡を必死に追い、降っていくが、途中から踏み跡が消えている。道を踏み外したわけではない。先行者が尻滑りして踏み跡を消してしまったのだ。視界さえ確保できれば問題はないが、本日は違う。非常時なのだ。とはいっても消えてしまったものが復元されるわけではなく、仕方がないのでピッケルの穴跡を必死に辿っていくことになる。しかし、尻滑りした道は非常に滑り易く、また、雪も少し緩んでいた。先頭を歩いていた私は、足を滑らした途端、一気に5mくらい滑り落ちる。先の様子が分からないときに落ちる恐怖を初めて味わった。何とか、止まって、立ち上がり大声で怒鳴る。「おい、尻滑りしている奴、危ないから止めろ」と姿の見えない不埒者に向かって……。しばらくすると踏み跡は復活してきた。私の怒鳴り声が聞こえて滑るのを止めたのか、どうかは分からない。間もなく、2人連れに追い付く。「君たちか、尻滑りしたのは」と強い口調で問うと、「違います」との返事だった。「では、君たちを追い越して行った者がいたのか」というと、「はい」との答えだった。これ以上の追及はしなかったが、犯人は彼らだったと思っている。
 この後は何事もなく、順調に下り降りることができ、9時30分に大遠見山、10時に小遠見山を通過している。こうして高度が下がるに従い、徐々にガスも薄くなり、歩行に支障はなくなってきた。
 そして、11時40分、テレキャビン(ロープウェイ)の山麓駅に到着して今回の縦走を成功裡に終わらせることができた。

唐松岳山頂

五竜岳頂上

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五竜岳(ごりゅうだけ・2814m)5月3日(月曜日) 5時30分頃、目覚める。 長時間にわたって熟睡できたためか、さわやかに朝を迎えることができた。だが、姫君は、何時もの山の朝とは異なり、不機嫌で、行動ものろい。どうも、昨夜は熟睡できなかったようである...

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