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百名山の思い出・その15(前編) - 2012.05.06 Sun

五竜岳(ごりゅうだけ・2814m)
 1999年の正月には燕岳に登り、私たちとしては初めての3000m級の雪山登山を敢行。これに対しては『よくやった』という賛美の声もあったが、『何と、無謀な』という非難の声のほうが多かった。また、3月の連休には御嶽山を目論むが、天候が悪く登山口までも行けなかった。
 そして、この年の5月のゴールデンウィークには、北アルプスの唐松岳から五竜岳への縦走を計画して参加者を募ったところ、ヒロシちゃん、シカちゃん、姫君と私の4名が参加。5月2日から4日の2泊3日で予定どおり回ることが出来た。
 この山行きの詳細は、『ヨレヨレ新聞』第11号に掲載してあったので、これを転記して百名山の思い出とする。
八方池山荘を歩き始める前に (後方は白馬3山)
 待ちに待った5月の連休が近付く。
 3月の連休には御嶽山を計画するが、天候に恵まれずに失敗に終わっているだけに、今度の休みへの期待は一入(ひとしお)である。
 昨年の5月には雪が少なかったことが奏功して燕岳から常念岳への縦走ができた。だが、今年は、どうであろうか、この点が気掛かりである。
 『雪山ルート集』(山と渓谷社)を参考にして、登る山、そのルート選びに取り掛かる。
 その結果、第1案が『猿倉から白馬大雪渓を登り上がって白馬岳。降りを白馬大池から栂池とする』というもの。なお、白馬岳には、一昨年9月に登っているが、このときの雪渓歩きは申し訳程度。アイゼンを着けたのは僅か5分と消化不良気味であったことから再挑戦を試みる。
 第2案は、一昨年、やり残した(雨のために鑓温泉へエスケープ)唐松岳と、これまた昨年に行くことのできなかった五竜岳。これを八方尾根から登り、遠見尾根へ降りるというものだ。
 相談の結果、1度、登った白馬岳より、未知の唐松岳、五竜岳に興味を駆り立てられる。この第2案では、八方尾根から唐松岳までは初級コースだが、以後は中級にグレードアップしており、これがネックになる。でも、天候が悪ければ、唐松岳だけで戻ればよいという結論に達し、第2案を決行することになった。
 休みが近付くにつれ、天気予報が気にかかる。長期予報では連休中は良となっていたが、直前になってくると3日以降が崩れると予報が変わってくる。
 それなら、予定を1日繰り上げて5月1日からにしようかとも考える。姫君は、今回の山行きを楽しみにしていて4月29日から店を休みにしている。シカちゃんは、毎日が日曜日で大丈夫。私も仕事は開店休業状態なので、何時でもOKである。ヒロシちゃんも土曜日は休みらしいので問題はなかろうと思い、この案を提示すると案に相違してこの土曜日は出社日とのことである。
 このため、当初の計画に戻し、5月2日から4日を山行日、5日を予備日という当初の計画が確定する。私たちのような心がけの者たちなら、神の配慮が期待できると勝手なことを考えていた。
八方山ケルン
5月2日(日曜日)
 午前4時30分、事務局(姫君の店)前に、シカちゃん、姫君、私の3名が集合、直ちに春日井ICへ向けて車を走らせる。ここでヒロシちゃんと合流、これで全員が勢揃いしたことになる。
 中央自動車道、長野自動車道を乗り継いで豊科ICまで行くのだが、どういうわけだか運転は1番ヘタクソな私である。ちなみに、運転が最も上手なのがヒロシちゃんだが、彼は今次隊長なので運転を依頼するのは気が引ける。シカちゃんは最長老ということもあって、これまた同様である。姫君は、運転免許証は有しているが、左ハンドルの車以外は運転できないとのことだ。こうして運転が可能なのは消去法で私ということになる。だが、私は夜の運転が大の苦手である。同乗者の安全ということを考慮すると、辞退することが望ましいが、これもできないので、「どうにかなるさ」と前向きに考えて車を走らせる。でも、この頃になると辺りは白み始め、真っ暗闇ではないので幾分はマシな環境になっていた。
 高速道路は、連休中ということもあって、若干、車の数は多めではあるが順調に走ることができ、途中、朝食のために梓川SAに立ち寄っただけで、豊科ICに着く。ここからは一般道で白馬駅まで走る。ここには概ね予定どおり、9時過ぎに到着。
 駅前のタクシー会社に車を預け、ここで身支度をしてタクシーに乗り込む。
 八方のゴンドラ乗場まで送ってもらうことになったが、この辺りはスキーヤーで大混雑していて、なかなか前進しないのに業を煮やして少し手前でタクシーを降りる。
 ゴンドラ乗場でも、切符を買う人の長い列ができていて、これを買うのに30分くらいはかかったようにおもう。ここからケーブルカー、その先で2つのリフトを乗り継ぎ、リフトの終点の八方池荘前に到着する。
 これからが、いよいよ唐松岳ならびに五竜岳への挑戦が始まる。はたして、計画通りに登ることができるかとの不安が脳裏を過るが、誰とはなしに「さぁ、行こう」と各々がザックを担ぎあげる。
 10時40分、歩行開始する。
 多少、雲が多めの感じながら晴れ、気温もちょうどよい具合だ。行く手には、白馬岳、杓子岳、鑓ヶ岳の白馬3山の雪を被った山肌が陽の光をいっぱいに
浴びて輝き、まばゆいばかりの雄姿をさらしている。左手はガスで、幾分、視界は悪いものの、これまた帰路に予定している遠見尾根の白い雪の稜線を見てとることができ、アルプスにきたことが実感できる。このように周辺は、まだ冬であるが、これから歩こうとする道の上には雪はなく、茶色の地肌がずっと先まで続き、所どころにあるハイマツが濃い緑色でコントラストを付けている。前方の山々とは異なり、既に、この辺りには春が訪れていた。
 この辺りの道の両側には木の杭が打ち込まれていて、これにロープを付けて通路だと分からせている。いわば遊歩道の趣きで、勾配も緩やか、一般観光客も軽装で散策していて、どちらかといえばノンビリムードの出発であるが、私は何時もより重い20kg以上(正確には21.2kg)の荷物を持ってきており、足元が悪いと荷物に振られるので、慎重に、慎重に足元を見ながらの歩行である。少し歩くと、早、敗残兵スタイルとなり、「杖にすがってヨロヨロと……」と言いたいが、今回は柄の短いピッケルなのですがるものもない始末である。これで上まで持ちこたえられるかと、内心、不安に思うが、望んでしたことなので口に出すのもはばかられる。
 荷物が重くなったのは、テント泊のためである。最近、経済事情が悪化した私は、宿泊代を浮かす必要に迫られており、姫君を口説いてテント泊まりとしたという経緯がある。
 それでも、第2ケルン、八方ケルンと時間の経過とともに重さにも多少は慣れてきて歩行には困らなくなるが、降ろした荷物を担ぎあげるときの難儀さは変わらない。
 11時、第2ケルンに到着、小休止するが、暑がりのシカちゃんは「私は暑がりの、寒がりで……」と言い訳をしながらティシャツ姿に。その他も皆、上着1枚づつを脱ぎ、ザックにくくり付ける。
 その後は、11時30分に八方ケルン、11時45分に第3ケルンと、比較的、順調に進むことができた。なお、第3ケルンには、八方池があるとガイドブックには書いてあったが、池は雪の下に埋まっていて、何処にあるかも分からない状態だった。
 この辺りから登山道周辺の雪も増えてくるが、そのうちに道にも雪が被るようになり、これとともに登りの勾配もきつくなってくる。この頃になると、シカちゃんが、体調不良を訴え、苦しそうな様子で、「迷惑をかけては悪いので、ここから1人で下山したい」という。しかし、しばらく休むと、シカちゃんの体調は戻ってきたようだった。ヒロシちゃんが「ペースを落としてユックリと行こう」と決断。これには、私は大いに助かった。これまで通りのペースでは、シカちゃんより私のほうが先にバテていたことだろう。
 ペースダウンしたとはいえ、この先の下ノ樺、上ノ樺への急登も待っていて、喘ぎあえぎ重い荷物を呪いながらの登りに変わりはない。途中、下ノ樺での昼食を挟み、それでも何とか14時10分に丸山に到着する。
 この頃になると、上空には白い雲が覆い、五竜岳までは何とか見えるが、その先の鹿島槍ヶ岳はガスの中に隠れて薄っすらとしか見えなくなっていた。「天気予報は当たりそうだ」と嫌な予感が脳裏をかすめる。予想が当たれば、明日、五竜岳まで行くのは無理かもしれない。でも、今回はバテており、体力的には五竜岳まで行かないほうが賢明かもしれない。唐松岳だけを登って、直ちに帰ったほうがベターかもしれないなどなどと、弱気の虫が騒ぎだしていた。
 何はともあれ、唐松山荘までは辿り着かなければと、最後の頑張りで雪の尾根を登り上がる。15時45分、眼下に小屋が見えてきた。「やれやれ、やっと着いた」と思うと、担いでいたザックの重みも感じなくなっていた。
 15時50分、小屋で受付を済ませ、ヒロシちゃんとシカちゃんは割り当てられた部屋へ、姫君と私はテント場へと別れる。
 テント場には、既に10基くらいのテントが張り終わっており、加えて数基が設営中であった。
 私たちの場所は何処にしようかと思案のあげく、岩陰に適当なスペースが空いていたので、「ここがよい。ここにしよう」と荷物を降ろして、テント設営に取り掛かろうとすると、「そこはキジ場(便所として使用していた所)だったようですよ」と親切に教えてくれる。声のほうを見ると、男性3名でテントを設営中であった。山慣れた人のようで、テントの底の部分の雪をブロック状に掘り出して、これでテントの周囲を風除けの塀を巡らすという私たちには思いもつかぬ豪邸を建設中であった。
 私たちは、建築には門外漢であり、逆立ちしてもこんな豪邸は立てられない。仮に、豪邸を建てたとしても、普段、あばら家住まいの私には不釣り合いで、落ち着いて寝ておられないことは容易に想像できる。こんな理屈を付けて、お隣さんの塀の一部を借り受けて風除けとして、テントを立てるだけという手抜き工事で「あっ」という間に終わらせた。姫君は、隣の豪邸に比べると貧弱なのがお気に召さないらしいが、「夏なら、こんな風除けは作れないよ。これで充分だよ」と納得してもらう。
 次いで、夕食だ。メニューは、有名ホテルのシェフ特製の豪華カレーライスだ。これを私が腕をふるって調理した。といっても、ご飯もカレーもレトルトで、湯煎をするだけだが……。この味は申し分ないが、気圧の関係で沸点が低く、また、外気温が低い(たぶん、0度前後)ため、食べ終わる頃には早々と冷えてしまうのが欠点だった。これとともに酒の燗を付けたが、燗付け器を忘れてきたので飯盒の蓋で代用したところ、貴重な酒をだいぶこぼしてしまった。これだけは今でも『惜しいことをした』と反省することしきりであった。
 夕食が済めば、もうやることはない。19時ごろには、寝ていたと思われるが、この頃は時間の観念はなくなっているので、正確なことは分からない。
五竜岳を背景にして

唐松山荘テント場 (雪上で初のテント泊)

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