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百名山の思い出・その4(後編) - 2012.03.26 Mon

剱岳(つるぎだけ・2999m)後編
 8月13日、3日目の朝を迎えた。
 私のシャックリは落ち着くことなく、1夜中、続いた。
 同室のメンバーに迷惑をかけて気が引けるので、明るくなると同時に布団から抜け出して散歩に出かける。日の出前でヒンヤリとした空気が裸の腕に当たり、これが何とも気持ちがよかったことを覚えている。
 こうして辺りをひと回りして部屋に戻ると、皆、起き出していたので、小屋前の仙人池にそろって出かける。既に、池のほとりには数組が出ていて、写真を撮っていた。このときが、ちょうど、日の出だったらしく、反対側の岩峰が赤く染まりかけていた。この赤い岩肌が仙人池に映り、湖面には別の世界があるようだった。このときには何の知識もなく、この岩峰が何であるかも分からなかったが、後になってこれが剱岳の頂上峰の外側を巻くように伸びる岩峰群で八ツ峰と呼ばれていることが分かった。要するに、私たちは、有名な剱岳八ツ峰の朝焼け(モルゲンロート)を見ることができたわけで、今から考えると得難い経験だったといえる。

モルゲンロートに染まる剱岳八ツ峰

 朝食となっても、依然としてシャックリは断続的に続くという症状に改善はみられない。小屋の女将も心配して、「剱沢小屋に診療所があるから、そこで診てもらいなさい」と親切に助言をしてくれた。
 仙人池ヒュッテから二股までの記憶はまったくないが、土の道を歩いたという記憶も残っていないことからみて、昨日と同様に雪渓を降ったと推定される。ただ、二股には大岩があって、ここで休憩したか、食事をしたということは薄っすらと覚えている。
 次の記憶は、真砂沢だ。ここには小屋があり、テント場を通り抜けて有名な剱沢に降り立った。ここは、年がら年中、雪に覆われているが、8月末ともなると雪渓も薄くなって穴が開くとガイドブックに書いてあった。
 この雪渓は、日本3大雪渓に数えられるだけあって幅も広い。これまで歩いてきた雪渓とはまるで違う広さだった。また、斜度も歩いてみると見た目より急である。
 ここを歩いて行くうちに何回も休憩を採ったが、そのうちにアンちゃんが「僕、もう歩くのは嫌だ」と、年甲斐もなく駄々をこね始めた。これは何もアンちゃんだけに限ったことではなく、私はもちろんのこと、一番元気だった隊長のヒロシちゃんでも口に出さなかっただけだと思っている。この広くて長い剱沢雪渓を登っていると、苦しいのは別にして私にとって幸いなことが起こっていた。ずっと止まらなかったシャックリが、何時の間にやら治まっていたのだ。
 こんな喜ばしいこともあったが、反対に天気が崩れてきた。最初は小降りの雨だったが、だんだんと降る量が増えてきて、雪渓から剱沢の右岸に上がったときには本降りになっていた。これが雪渓の中では歩き難かったことだろうが、雪渓を出てからであったので助かった。
 この雨の中、ずぶ濡れになって剱山荘に到着した。
 この小屋の中も玄関広間は客の持ち込んだ雨水でベトベトに濡れていた。でも、小屋自体はこれまでの小屋に比べると新しく綺麗だったように感じたという記憶は残っている。記憶はこんな程度で、どんな部屋だったか、夕食がどうであったかという細かいところは残っていない。ただ、風呂に入ったことだけは覚えている。
 翌朝(14日)、真っ暗な中、サブザックに必要なものを詰めて出発する。今、改めて予定表を見てみると、この日の出発は4時となっているので、この予定に沿っての行動だと思われる。
 外は真っ暗。だが、ヘッドランプは4名で2個しかない。これで初めての岩場の道を歩けるわけがない。ペンキ印を必死で探して歩くが、遅々として進まない。これではダメだと諦めかけた頃、下のほうからヘッドランプの線が見え、これが私たちのほうへ向かってきていることが分かった。剱沢小屋から団体がやってきたことが分かり、彼らに付いて行くことを思い付く。彼らが何処からやってきたのかは分からないが、この暗い中を戸惑うことなく一定のスピードで近付いてきている。彼らが道を知っていることは明らかだ。これなら後を付いて行けば楽である。『早く来い』と願いながら待つことしばし。彼らが休んでいる私たちを追い抜いていくので、間髪を入れずに、その後に続く。
 こうして一服剱まで来たときに日の出が始まった。
 日の出の写真を撮っていると、フィルムがなくなった。予備のフィルムを持ってきているので、交換しようとフィルムケースを取り出すと、何と中はカラであった。先ほど、サブザックに荷物を詰めるとき、明りを付けて行うことはできないので暗い中を手探りで行ったが、結果的にはこれが悪かった。
 この頃になると、ヘッドランプはなくとも歩けるようになっているので、前のグループに付いて行くことはなかったが、狭い道ということもあって、追い抜くことも、追い抜かれることもなく、そのまま彼らに付いて行く形は変わらなかった。
 歩き難い個所にやってくると、前のスピードが鈍るので必然的に停滞、私にとっては休憩になるので、これまでのように肉体を過酷なめに遭わせずに済むので大いに助かった。
 登りで最大の難所であるカニノタテバイにやってきた。ここは垂直の岩壁に打ちこまれたボルトを手掛かり、足掛かりにして数10mをよじ登るようになっている。登り口は順番を待つ多くの人たちが、人の輪を作っていた。
 姫君が最初に登って、その後を私が続いた。少し登って下を見ると、ヒロシちゃんとアンちゃんが、まだ登れずに人々の後に待っているのが目に入ってきたが、止まることは許されず、上へ進むより仕方がなかった。
 この難所、カニノタテバイは、こんなことくらいしか記憶に残っていない。
 私は、自分に都合の悪いこととか、怖かったことは記憶に残らないという極めて都合のよい脳の構造になっている。こんな私の頭を考えると、このときはよほど怖い思いを味わったのかもしれない。この翌年に登った槍ヶ岳は、怖くて胃に穴が空きそうになったことを覚えているので、剱岳の怖さは槍ヶ岳の比ではなかったのだと思われる。
 ここを過ぎれば、もう後は難所という個所はなく、間もなく、頂上に到達する。続いて、ヒロシちゃん、アンちゃんもそれほど間を置くことなく到着した。
 さて、普通なら記念撮影の段となるのだが、カメラの中にはフィルムは入っていない。頂上にいる人に、フィルムの予備があったら分けて欲しいと頼んでみるが、誰もが怪訝な顔をするだけであった。今なら、プレミアムを付けると大声で頼むのだが、当時はそれほどの図太さはなかった。ちなみに、剱岳の頂上は、このとき、濃いガスに覆われていて、10mの視界もなかった。これが、予備フィルムを忘れたことへの、幾分、免罪符になったというのは身勝手な言い分か。
 こんな天気のため、頂上滞在時間は長くはなかったと思われる。
 下山に取り掛かる。下山路は、途中まで登山路とは別々に分かれている。この下山路にも難所がある。ここをカニノヨコバイという。鎖が横方向に付けられていて、その鎖にすがって岩の裂け目を伝って横移動するのだ。横移動は鎖をしっかりと掴んでいれば怖くはないが、ここで最も怖いのは鎖を唯一の頼りにして、足を下にある岩の割れ目まで下ろす時だ。ズルッと降りるのは20cmか、30cmのほんの僅かの距離であるが、私にはここが何とも怖かった。でも、姫君は、ここよりカニノタテバイのほうが数段に怖かったというので、人によって感じ方が違うことが分かる。
 剱山荘まで降りてきて、冷えたビールを飲んで一息入れる。
 人心地が付いて改めて時計を見ると、予定より1時間だったか、1時間30分だったか遅れていたことが分かって大いに驚く。それまでは時間の観念が完全に停止していたのだ。
 これで我に返って、すぐさま、出発と、忙しくなった。
 室堂で1時間くらい余裕を持たせていて、この間、時間に余裕があれば途中のみくりヶ池温泉で汗を流すことを予定してあった。この時間に余裕がとってあったことが奏功したわけだ。それでも間に合わないといけないので、走るように先を急いだ。とはいえ、当時の私たちの足だ。気持ちは走っていても、はた目から見れば、ノロノロ、ヨロヨロと歩いているように映ったことだろうが……。
 それでもライチョウ沢まではまだ良かった。でも、ここを過ぎて道が登りとなってくると、もういけない。気だけは焦るものの、足が付いて行かず、最終便に間に合うか気が気でなかった。特に、室堂の直前は、たいした勾配ではないのだが、これが胸付き八丁を登るがごとくであった。
 こんな難行苦行を味わったが、何とかギリギリで、扇沢方面行きのトロリーバスの最終に間に合った。
 そして、予定していた松本発20時23分のしなの23号に乗ることができ、無事に名古屋への帰還が叶った。
 剱岳には、百名山云々を抜きにしても、もう1度登りたかった。それも馬場島から早月尾根を登りたいと思っていたが、残念なことに、これは叶わずに終わったようである。

日本3大雪渓・剱沢を登る

剱登頂を終え、最後に剱岳を振り返る

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