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2017-06

百名山の思い出 - 2012.02.26 Sun

 姫君と私が職を退いたのが、2009年5月であった。
 これを機に時間の束縛も解けて完全に自由になり、無尽蔵の時間を手に入れることができた。これを機に何かまとまったことに挑戦しようと考え、思い付いたのが日本百名山の踏破であった。
 調べてみると、アルプスの各山や名古屋市近郊の山は登っており、それまでに足跡を残していた百名山は36座を数えていた。残りは64座。前途多難な数字でもあった。
 残った64の百名山は、北海道、九州とかの遠隔地の山ばかりである。日帰りは不可能なので宿泊が伴うことになる。交通費にも多くの資金を必要とするのに加えて宿泊代金を考えると莫大な費用の支出を強いられることは計算しなくとも判る。
 だが、時間のようにカネのほうも汲めども尽きぬほどあればよいのだが、世の中はままならぬものである。現金収入が途絶えたために、これまでの赤貧を洗うがごとき生活から、一層、困窮を極めていた。言葉を変えると、その日の暮らしを維持することで精一杯、いや、維持できるか否か危うい限りである。
 これでは、百名山の総てに足跡を残すという新しい希望、目標は潰えたと同じである。そこで、何とか希望の光が消えないような手立てはないものかと必死になって考えた末、導いた結論は今までどおりの日常生活の延長線上で百名山に挑戦することだった。
 すなわち、交通費が、若干、多くかかるのはいたしかたないことだが、食べる、寝るのに必要となる費用を自宅の生活と同程度に抑えることができれば可となる。これには野宿と自炊でしのぐことだ。
 とはいえ、いまどき野宿は少し無理なので、車中泊という手段を採り入れることにし、ワンボックスカーで内部の容量が最大なハイエースを改良して、寝る、食事をすることを可能にした。
 こうして、09年の11月に九州遠征を敢行して4座を登る。たが、深田教のにわか信者の悲しさで、九州在の百名山が幾つあるやらもハッキリとは知らず、祖母山を登り忘れるという失態も犯した。
 こんな頼りない私たちでも、10年に北海道の山を中心に29座、11年には東北の山など30座を達成して登った百名山は99座になった。今年に持ち越したのは越後の平ヶ岳、ただ1座になった。ここまでくれば、今夏、百名山を登了することは、余ほどのアクシデントが起こらない限り、大丈夫だと考えられる。
 このブログ、『ヨレヨレ山便りⅡ』で昨年から続いた山野草シリーズの『東北の花』は、昨日現在で82種が終わり、残りは8種を予定しているだけで、間もなく終了する。
 このあとを、『百名山の思い出』として、1996年に2度目の挑戦でやっとのことで頂上に辿り着いた富士山を第1回として、以後、登頂日時順に99座目の越後駒ヶ岳までの思い出を紹介していこうと思っている。もちろん、この間、平ヶ岳も登り終えて100座の思い出として完成させたいと考えている。
 これに先立ち、一昨日からフィルムカメラ時代のこれらの写真をパソコンに取り込む作業に取り掛かったが、この作業は単純だが意外に疲れるものだということが判った。反面、思わぬ収穫もあった。この作業の最中、自分自身の95年、96年時代の顔を眺めると、今の顔とは比べ物にならないくらい若かったのには大きな驚きであった。これは姫君にもいえることで、中には女学生だといっても通用するのでは……、と思われるものも含まれていた。

【1997年8月、仙人池から裏剣を眺める】

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