topimage

2017-10

藤原岳①(ふじわらだけ・1140m) - 2012.01.10 Tue

 近年の初登りは、登山口に神社のある藤原岳ですることが多い。
 2012年の初登りも、これを踏襲して藤原岳に決めて姫君に申し上げ、天気の予報の良い1月8日をこれに充てることにした。
 当日の朝、腹の調子が悪くて出発時間が遅れたが、8時を四半時間過ぎた頃だった。
 前回は12月10日の東雨乞岳行きだったので、ほぼ1ヶ月ぶりのことなので姫君も心のどこかで心配があったのだろう。藤原岳へ向かう車中で姫君は「8合目から帰るろうか」とか「4合目でもいいわよ」と、何時になく弱気な言葉を口にする。こんなたあいもない会話を交わしながら車を走らせるが、本日は3連休の中日で、出かける人が少ないのか、車は空いていて順調に走ることができ、9時20分前には大貝戸登山口駐車場に到着する。
 しかし、大きな駐車場は満車というより、オーバーフロー状態であった。でも、これは予期していたことなので、直ぐに車をJA西藤原へ走らせた。数分後、ここの駐車場に到着するが、何時もなら多くの車が停まっているのだが、本日は1台もおらず、私たちが最初の車であった。
 ここで身支度を整えることになるが、本日は今シーズン初めて使用する重登山靴を履き、防寒用にカッパのスボンに雪除けのスパッツまで着けなくてはならなかったので、何時もに比べると多くの時間がかかり、この駐車場を出発できたのは10時06分になっていた。
 身支度を整えている間に大きなザックを担いだ男女が聖宝寺の方へ歩いて行った。これを見た姫君が、「あっちから行くとは言わないでしょうね」と、早速、牽制球を投げてくる。このように先手を取られては、「聖宝寺から行こう」とは言えずに、先ほどの駐車場と同じ場所にある大貝戸登山口に向かって歩き始めた。ちなみに、聖宝寺登山ルートは工事中につき通行禁止になっている。
 大貝戸駐車場まで戻ってきて、ここの休憩所に併設してある便所で用を足そうとすると、生憎、清掃中であった。係の人が「使用してもよい」と言ってくれるが、待ってもらいながらの用足しというのも忙しい感じがしていけない。行ける所まで行き、後はその場に応ずることに決める。
 10時20分、神武神社の鳥居をくぐって歩き始める。このルートの正規の登山口が何処だかは判然としないが、私たちは鳥居の場所を登山口だと思っているというか、仮定している。
 登山道は、この神社の境内を通り抜けるような形で大貝戸川の左岸に出て、昔からの登山道と合流して2合目に至るのである。境内を歩いていると、ほとんどは解けているが、所々に解け残った雪がまだら模様を作っていて、正月以降、多くの雪が降ったことを物語っている。これなら8合目から先では、大いに雪を楽しめそうだと、このときは心ときめかせていた。
 2合目までの登山道は堀割状になっているが、それが雪解けのためか、湿っていて歩き難い。こんなコンディションの悪い道を歩いて行くが、腹の調子も今一つということも加わって、何だか、この登山道の傾斜が気になって仕方がない。昔は、このルートは勾配の緩い歩き易い道だと思っていたが、最近ではここも思っていたよりは急な傾斜であることを再認識している。
 2合目を過ぎて白いパイプの手摺の付いた個所を通り過ぎた辺りから、道のぬかるみはより一層に酷くなってきた。普通に歩いていると、ハネをあげそうなほどで、ソッと足を降ろして、地面から足を離すときも真っ直ぐ上に持ち上げる気持ちで、とにかく気を使って歩かなくてはならなかった。こんなに気を付けて歩いても、靴は次第に泥にまみれていくので嫌になる。
 こんな泥田のような道を嫌いやであるが歩いて行くと、11時40分、4合目にやってきた。
 さきほど、3合目で上着の厚手のスポーツシャツを脱ぎ、手袋も冬用の厚手のものから軍手に替えていたうちに先行していた姫君は既にザックを降ろして休憩モードに入っていた。
 ここで給水とトイレタイムを取る。私の便意は治まったわけではなかったが、それ以上の要求はなかったので、2、3分の休憩を終えて、そのまま前進することになった。
 4合目の周辺は雪と地面がむき出しになったブチもようであったが、登山道は完全に白一色、雪道と化していて、これまでの泥田の道とは様変わりしていた。
 この雪道を歩くこと数分で姫君が、「私、アイゼン付けるわ」と言い、ザックを降ろしてアイゼンを付け始める。久しぶりのアイゼンであるが、今日はワンタッチ式の慣れ親しんだものだけに、あっという間に着け終わり、再び、歩きだす。私は、まだ、アイゼンなしでもいけそうだったので、そのままツボ足で歩くが、頭の中では『今日はアイゼンを着けることはないだろう』と考えていた。
 とはいうものの、降ってから何日目かは分からないが、暫くは経過しているので雪は固まっていて歩き難い。でも、この歩き難い道は長くは続かなかった。5合目の手前から、再び、ドロドロの道になってきた。
 4合目から5合目は2次林というか、雑木林である。5合目は、長い緩やかな勾配の直線の道で、これが右に切り返しとなり、さらに左へ切り返す所から植林に切り替わってくる。この植林に入ると、これまでとは一変して本格的な雪景色となり、道も周囲も地面が直接顔を覗かせていることはなくなってきた。
 この先で道はふた手に分かれている。いつもなら迷うことなく、右手の近道を選ぶのだが、『また、歩き難くなったぞ』との思いからか、後ろから歩いてくる姫君の近付くのを待って、近道を行くか、少し長いが緩やかな道を採るかを尋ねる。この裏には緩やかな道を姫君がリクエストすることを期待していたのだが、これは見事に裏切られて近道を進むことになる。
 それでも何とか8合目にやってくる。なお、本日も、2人ともカメラを持ってくるのを忘れてしまい、写真を撮るのは携帯電話のカメラだけである。これは慣れていないので、写真を撮る機会も少なかった。このため、8合目の通過時間が分からないが、この少し先で、「2時間が経過した」というような会話があったことを記憶しており、12時30分くらいだったと推定している。
 ここまで来るうちに、足の疲労、特に膝の具合が悪くなっていて、平坦な道を歩くのも大変なのに、雪道であり、登り勾配という悪条件が加わると、膝への負担はさらに増し、9合目に着いたことは着いたが、疲労困憊、ヘロヘロになっていた。9合目の展望台では、冬の晴れた日だけに下界の景色は何時もにも増して綺麗だったが、これを愛でる余裕はなく、直ぐに歩き始めていた。
 ここから短い間だが平坦な道で楽できたが、これも束の間、ちょっとの登り勾配になると滑って前に進むことができなくなった。踏ん張る力がなくなってきて、こういう事態になったらしい。
 こうなれば、恥も外聞もない。アイゼンを着けることにした。でも、手はかじかみまともに動かないので、何時もとは逆に姫君に手伝ってもらってやっとのことで、これを着け終える。ここでカッパの上着と厚手の手袋に取り代えて寒さ対策を講じる。
 アイゼンを着けていると1人の男性登山者が「ここは8合目の辺りですか?」と尋ねてくる。ここが9合目を過ぎた所で、雪上に付いた踏み跡を辿って行けば自然に9合目に行くと説明すると、「頂上から下山していて、道に迷ってしまいました」との答えであった。教えた道を少し進んだが、そこで立ち止まって放心したように動かなかった。道が分からなくなり、余ほど、不安な目に遭ったのだろうと思ったが、反面、こんな踏み跡があるのにどうして道に迷うのだろうとの思いもあった。
 でも、他人事ではない。私自身がへばっていて、違った意味で彼の二の舞にならないとも限らないと思い、気をしっかり持たなければと歩き始める。
 足元がしっかりすると、前に比べて歩き易くなるが、脚力に余力はなくなっていて、とにかく上まで辿り着くことが先決とばかりに勾配の緩やかな夏道を選んでユックリ、ユックリと歩いて行く。
 13時32分、私たちが頂上と定める藤原山荘にようようの思いで辿り着く。神武神社の鳥居の所からこの藤藁山荘まで3時間12分をかけて精も魂も尽き果てた状態であった。
 この時間になると小屋の中の登山者も数えるほどに減っていて、テーブル席は空いているので、ここで遅い昼食を摂りながら、暫しの休憩を採る。
 30分ばかりの休憩を終え、14時01分、小屋を後にして下山に取りかかる。降りは登りに比べれば楽ではあるには違わないが、脚力は弱っていることが分かったので、ユックリと時間をかけて降りることにした。
 下山していくらも経たないうちに、何処へ行くつもりだったか分からないが、下へ降りていく踏み跡があった。先ほどの道を間違えたといっていた登山者は、この踏み跡に引き込まれたのではないかと考えてみたが、正解か否かは不詳である。
 その後は変わったこともなく降りることができ、4合目でアイゼンを外して泥田の道を気を付けながら降り、15時30分、神武神社の鳥居の下に帰り着いた。

藤原岳

《後日談》
 やはり山登りも1ヶ月も間をおくと身体が付いて行かなくなる。
 昨日から酷い筋肉痛に悩まされ、今日はさらに悪化して階段を上がるのも苦労するほどだ。何も階段の上りばかりではない。降り勾配のスロープも手摺につかまらなくては歩けない状態だ。

● COMMENT ●

三太夫さんお疲れさまでした。
泥田のような道や雪深い道なき道を登るのは大変だったことでしょう。
読んでいてご苦労の様子が伝わってきました。三太夫さんならずとも苦労しますとも。
私は寒くてきつい雪山行きはなかなか決心ができなので楽な山を選んで出かけているのですよ。

 モタさん、おはようございます。
 藤原岳では本当に体力の低下が身にしみました。昨年までは曲がりなりにもできていたことができなくなるのは寂しい限りです。
 いや、身体だけではありません。頭のほうも……、です。年齢のことですが、プラス2ヶ月は誤りで、プラス1ヶ月でした。このように簡単な足し算や引き算の計算を間違えるようになりました。お恥ずかしい限りです。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yore4040.blog24.fc2.com/tb.php/300-c49c175c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

東北の花・その51 «  | BLOG TOP |  » 体力の衰え

アクセス数

検索フォーム

最新記事

最新コメント

カテゴリ

登山 (147)
山野草 (417)
雑文 (139)
未分類 (14)
お知らせ (6)
案内 (2)
百名山 (22)
花旅 (75)
旅行 (29)
2014 北の大地花旅 (86)
2016・北海道 (83)
2016・北海道 (0)
2017 北海道 (14)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する