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2017-11

東雨乞岳(ひがしあまごいだけ・1226m) - 2011.12.11 Sun

 先の御在所岳行きで、鈴鹿スカイラインの通り抜けが可能になったことを知り、この時点で次の山が決まった。
 でも、途中に和歌山行きが入り込んだということもあって、実行が延び延びとなって、12月10日になってしまった。御在所行きが11月13日だったので、1ヶ月近くも間が空いた勘定になる。これだけ空くと筋肉痛になる恐れがあるので、内心では不安がいっぱいであった。
 8時になる少し前に自宅を出発、いつものように一般道を走って、およそ2時間で登山口に近い鈴鹿スカイラインの武平峠の下を貫くトンネルを越えた西口からさらに200mくらい下った公園を兼ねた駐車場に到着した。
 この駐車場には先客は京都ナンバーの車が1台のみで、土曜日にしては空いていた。これも折からの寒波の襲来予報のせいではないかと考えられた。
 これが予感できたエピソードが、既に出発時点で起こっていた。部屋から駐車場までの数分間に過ぎないのにあまりの寒さに身震いをしたところ、姫君が「アイゼンは必要ないの?」と訊いてきた。これを聞いて、一瞬、私がからかわれたのかと姫君の顔を覗きこんだが、からかいや冗談ではなさそう……、真顔であった。
 登山靴に履き替え、長袖のシャツを1枚、余分に着込んで出発に備えたほどだった。
 10時ちょうど、駐車場を歩き始めた。
 本日のルートは、鈴鹿スカイラインから『一服(いっぷく)峠』を経由して、ここから旧郡界(現在は甲賀市と東近江市を分ける市境)尾根で三人山へ。そして、ここから東雨乞岳の東南尾根を登って東雨乞岳へというものだ。
 駐車場から鈴鹿スカイラインを少し降っていくと、雨量を自動的に観測する小屋というか、屋根付きの箱が設置してある。この観測箱の置かれている場所が登山口となっている。だが、ここから一服峠へ至るハッキリとした踏み跡はあるが、一般的には登山道と認識されていない道だけに、入口に看板もなければ目印も付いていない。
 この登山口から記憶を頼りに前進して行くと、ここから尾根に乗るまで急登をこなさなければならなかった。一服峠の手前の急勾配は記憶していたが、歩き始め早々がこれほどだったとは……、記憶から欠落していたので大変だった。何が大変かというと、急坂を登る際には両足のふくらはぎの筋肉が嫌というほど引っ張られ、歩き始めには非常に堪えるのだ。加えて、滑り易いので、これにも気を使わなくてはならないので、心身ともに疲労の極限を味わわされることになった。
 ようようの思いで尾根に登り上がることができ、ヤレヤレであった。ここから少しの間は楽できたが、記憶に残っていた急登が待ち受けていた。それでも、先ほどの登りが予行演習の代わりになったのか、先ほどほどの辛い思いを味わうことはなく、10時26分に一服峠に到着した。
 前にも書いたことがあるが、ここは一服峠という名が付けられているようだが、地形的には峠ではなく、稜線上のピークである。したがって、この場所に名前を付けるのなら、『一服山』とでもした方が『一服峠』よりは地形を反映したベターネーミングだと思う。
 普通なら、ここまで至るのに費やした運動量であれば、当然、身体が暑くなって余分に羽織っているシャツを脱ぎたくなるはずだが、そんな気にはさらさらならない。暑がりの私が……、である。今日の寒さが尋常ではないことが分かるが、これは視界からでも納得させられた。今までは南斜面の尾根を登ってきたので、木の根っこなどに極ごく僅かな雪の残っているのを見ただけであったが、ここから北斜面を見降ろすと、そこには薄っすらとではあるが一面を雪が覆っていた。これを見た姫君が一言。「アイゼンを持って行こうかというのは本気だったわよ」と……。『何を大袈裟な』と口に出かかったが、慌てて飲み込んだ。
 ここで左手へ向けてほぼ直角に方向を変える。今まで北に向かって登ってきたのを西へ方向転換することになる。そして少し降ると鞍部に着き、再び登り道になるが、ここは尾根の上なのでそんなにきつい勾配の登りではないので助かる。
 ここを登り上がると、下から見ると尖がった頂を想像していたら、これが見事に外れ、そこから先は水平な尾根が続いていた。だが、ここは尾根に従って直進すると、谷の中へ降ってしまって間違い。左手方向に尾根と見えないような尾根があり、ここでも90度方向転換しなくてはならない。この道を最初に通ったとき、ここは迷わずに直進してしまい、谷の中へ入り込んでしまい、この谷を遡上して正規ルートに合流したので、ここは要注意個所であることを身に浸みているので直ぐに分かる。今、ここに立ってみると、その懸念は少なくなっていた。直進しないように『止め木』が高く積まれていた。とはいえ、止め木が積まれていても、そうとは分からずに止め木を跨いで直進することもある。「これだけ高く積めば、如何に私でも直進はしない」というと、「それは分からないわ」と姫君はのたまう。その顔は皮肉を込めた笑顔だったので、私の内心は余計に傷付いたが、それを口に出すと負けなので聞こえないふりをしていた。
 ここを下っていくと、次第に尾根らしくなっていき、鞍部に着く。この鞍部から右手へ向かって谷ができている。最初のとき、この谷を登り上がってきて、登山道に合流したのがこの鞍部である。
 この鞍部から鎌ヶ岳が手に取るように見える。また、本日は天気が良く、ここへは陽の光がいっぱいに降り注いでいるので暖かく生き返った心地がして、鎌ヶ岳も一段と立派に雄々しく見えた。
 ここから登り勾配に変わり、左手には鹿除けのネットが上に向かって張られていたが、今ではこれを支えていた鉄製のアングルはことごとく倒れ、金網も一部は見られるものの大半は何処へいってしまったのか、影も形もなくなっていて、ここに鹿除けがあったことを知るには余ほどの注意力が必要となっていた。そういえば、この郡界尾根を歩くのも久しぶり、というより雨乞岳へ登るのも何年振りかである。2、3年前に鈴鹿を襲った集中豪雨で鈴鹿スカイラインが壊れて、この復旧工事が行われている間、ここへは足を踏み入れていなかった。これが何時だったか、記憶の糸を手繰り寄せようと試みたが、日にちが9月2日から3日にかけてだったことを思い出せたが、年まではハッキリとした記憶が戻らなかった。
 この尾根を登っていくと2重稜線のような地形になって、この間の窪みに薄い踏み跡が付いていた。一瞬、『もう三人山へきたのか』と思ったが、早過ぎると打ち消した。ここは忠実に稜線通しで進むことにしたが、振り向くと姫君は薄い踏み跡を辿っていた。何れは上で合流することは分かっているので、暫くは、各々が違った道を辿ることになった。
 私の歩く稜線が別の稜線と交わり、丁字路を形作っていた。ここへきて思い出していた。いつぞや、この道を降っていて左折すべきところを直進してしまったことがあったことを……。ここは下りのときに迷い尾根となっているので要注意個所だと記憶していたのだが、実際に歩いていて、ここがそうだとは思い出せなかった。姫君は、少し先でこの稜線に登り上がったが、ここには小さいカードが木の幹にぶら下げてあった。そこには下りの際に直進しないようにと図示してあった。ちなみに、ここが標高点967mのピークであった。
 この標高点ピークからは、また、緩やかに下降する道が付いているので、これを辿っていく。どれくらい降ったか、というより平坦な道を歩いた感じだったが、また、登り勾配に変わってきた。
 すると目の前に岩場が待ち受けていた。ここは、左手に巻いて進む方法と、直進して岩場を乗り越えていく方法があることを思い出した。私は直進の道を選び、姫君は巻き道を進んだ。私の進んだ先には不安定な倒木が邪魔をして乗り越えるのが厄介なため、岩場の根元を曲がり込むことを余儀なくさせられた。グスグスの不安定な足場に気を付けながら姫君の待つ尾根に辿り着いたときには口が渇きを訴えていた。このため、ここで水分補給の立ち休憩で一息入れる。そういえば、一服峠で最初の水分補給をしているので、ここで2度目になる。2度目といっても、飲むお茶の量は少なく、500mlの半分以上が残っている。
 ここからの道は、尾根芯を外して右手に大きく巻くように付いている。ここも岩場を避けているのだ。この北斜面には、何時だったか花の季節に通ったときに多くの花を咲かせていたので覚えている。この道は、最後に直登気味に登り上がるとピークのやや下方で尾根に復していた。
 ここから下降していくと、前方に三人山、その隣、やや右手に雨乞岳の姿を捉えることができ、三人山までもう少しだと思え、降りということもあって自然に足も速くなる。……が、降るとともに三人山も雨乞岳も姿が見えなくなってしまった。
 でも、鞍部までくると、左手に三人山へ通じる斜面が、右手にショートカットしていく近道が目の中に飛び込んでくる。ここまでくると、三人山は指呼の間にある。
 とはいうものの、ここから三人山の間を繋ぐ道というものはない。各人が自分の好きな所を通って登り上がっていくので、踏み跡のはっきりしている所があったり、なかったりで、斜面もきつくて滑り易く歩き難い。
 こうして一苦労すると、勾配が緩やかになって何時の間にやら頂上に着いていた。これが11時28分だった。駐車場の出発が10時ちょうどだったので、1時間半弱できたことになる。
 なお、何時もは所要時間をカメラで記録しているが、本日はこれを忘れたため、携帯電話が頼りである。これで写真を撮ることは滅多にないことなので、写り具合が心配だったが、結果はまずまずであった。
 この時間になると、やはり小腹が減ってきたので、ここで少し腹に詰め込んでおくことにし、この間、5分ばかりの休憩を採る。
 ここからいよいよ雨乞岳の本峰に取り付くことになるが、これがなかなか厄介なことが分かっているので気を引き締めて歩き始める。
 少し降っていくと、ショートカットの道に交わり、その先が鞍部になる。だが、その先の踏み跡が定かでない。記憶もおぼろである。姫君も同様のようで、『さぁ、困ったことになった』と内心思うが、目の前に目指す山はドンとそびえているので、それに通じる尾根を探せばよいわけだ。ここから先の高みに登って探すと、僅かに下の方に尾根が見えていた。これでヤレヤレと思い、姫にこのことを伝えて、彼女が近付くのを待つ間、ふと前方を見るとテープ印が目に飛び込んできた。また、その反対側には『雨乞⇒』と木の幹に書き込んであった。
 この三人山と雨乞岳を繋ぐ尾根を降っていくと鞍部で雨乞岳からの本尾根に繋がっている。これに乗り移るが、これが長くて急である。
 最初のうちは狭い急な真っ直ぐな尾根で、息を切らせて登っていくと、直ぐに背後の三人山を見下ろすようになっていた。さらに登っていくと、小さな平坦部にやってきて、その先は一気に開けてきて、尾根は消滅、山腹の広い斜面と化してきた。だが、驚くことが起こっていた。この斜面を覆っていた笹がなくなっていたことだ。所々には残っているが、背の低いもはや笹とは呼べないような代物が地面にへばりついているに過ぎなかった。道はジグザグ道が付いているが、これがまた、大変に滑り易いので歩き辛いこと、このうえない。「何故、こんなにじめじめしているのだろう」と思い、つい、これが口を突いて出たようだった。これを聞きつけた姫君が、「私が、言っていたこと、聞いていなかったの? 雪よ、雪解け水のために湿っているのよ」という。私としては、滑らないように登ることに必死で、姫君がそんなことをいったのを覚えていない。いや、覚えていないのではなく、そもそも聞こえていなかったのだ。
 ぬかるんだ道を避けて、出来るだけ道でない所を選んで歩くが、ここは朽ち果てた木の枝などが散らばっていて、これを踏みつけると、また滑ることになって、どのみち、救われないという結果になるのでたちが悪い。
 こんな道を登り上がっていくと、勾配が緩やかになってきてヤレヤレと思っていると、笹の背丈が伸びてきた。頂上付近では笹はまだ健在のようである。
 こうして登っていくと、樹林は抜け出て視界は一気に開けてくる。こうなると勾配は殆どなくなり、平坦で歩き易い道になってくるのも嬉しい。加えて、太陽の日差しも暖かく降り注ぎ、頂上での食事が楽しみになってきた。
 でも、良いことは長くは続かなかった。この平坦部を歩いて行く僅かな間に黒い雲が上空を這い出してきた。これとともに、それまで気にもならなかった風が身体に浸みるようになってきた。
 12時17分、東雨乞岳(標高1226m)に到着する。
 薄暗く、風の強い頂上だったが、5、6人の登山者が休んでいた。また、私たちが着いたのと時を同じくして、5、6人のグループがクラ谷の方から到着して、急に賑やかになってきた。
 でも、ここで休憩する気分にもならず、少し降りて、風のない場所で食事を摂ることに相談がまとまり、今、やってきた三人山の方へ戻りかけたが、直ぐに滑り易い斜面のことが頭の中を過ぎり、クラ谷ルートを降りることになる。
 このため、再び頂上に戻り、反対側のクラ谷へ通じる道を降り始める。
 クラ谷道を歩くのは、何時以来のことだろう。考えても、思い出せないくらい前のことだ。道もスッカリ忘れているし、道というか、辺りの雰囲気もまるで変わっており、初めて歩く道のようである。
 『七人山のコル』を過ぎると風は感じなくなるが、ここまで到着するまでに軍手だけの指先はちぎれるような痛みを感じ、予備で持参していた裏地付きの撥水手袋に変えていたほどだった。風は弱まったといえ、悪いことに今度は粉雪が落ち始めた。極小の雪粒が舞い落ちるのではなく、雨のように真っ直ぐ落ちてくる。これを見ると、食事どころではなく早く降りたほうが賢明だと思われて休むことなく足を速めた。
 この雪は間もなく止んだが、ドンヨリとした雪雲に覆われた空は下山するまで変わることはなかった。
 沢谷峠までくると、もう安全圏だという安心感もあって、ここで遅がけの昼食を摂ることにする。食事中に夫婦者の登山者が通ったので、ここから武平峠までの所要時間を尋ねると、4、50分だとのことだった。それなら一服峠へ出て、ここから往路を辿ったほうが早いと計算して、食事後、一服峠へ向かう。
 一服峠からの急降下に備えて、ストック代わりに適当な木の枝を拾って使うことにした。そして、1歩を踏み出すか出さないうちに仰向けに滑り落ちるというアクシデントが発生、自分のことながらビックリする。ストック代わりの木の枝が途中で折れて役目を果たさなかったのが原因だった。多少の擦り傷だけで済んで不幸中の幸いだったが、昨年の北海道の斜里岳の徒渉の際の同様の事故を思い起こしていた。
 こんなことがあったが、以後は何事もなく、14時30分、駐車場に帰り着いた。こうして、1ヶ月ぶりの登山を無事に終えたが、思いの外に寒い1日であった。

東雨乞岳頂上

● COMMENT ●

お久しぶりです

 三太夫さん、こんばんは。
 久しぶりの山行だったようですね。武平峠から郡界尾根・三人山経由で東雨乞岳には、私も昨年12月に登りました。最後の東雨乞山に登るところが結構きつかった覚えがあります。

 12/11(日曜)に雨乞岳の隣の綿向山に登ってきました。ただ、登山コースはいつもの御幸橋駐車場からではなく、かもしか荘のところから、政子・奥草山を経由し、南尾根を歩いて綿向山の山頂に至りました。地形図を見れば分かるのですが、標高差は800mくらいなのに、結構アップダウンがありました。登りで3時間半かかりました。下山はピストンでした。

 kitayama-walk さん、おはようございます。
 クラ谷ルートを帰りに通ってきたが、以前に比べると相当に荒れていて、危険を感じるようになっておりました。これに比べると、旧群界尾根は安全なルートであるのに加えて距離も短いようで、そのうち、こちらが主ルートになるのではないかと思います。
 綿向山には登ったことがなく、イメージが掴めないので、昭文社の地図を出してみてみると、カモシカ荘というのは野洲川ダムの近くだと分かりました。南尾根とは蒲生郡と甲賀群を分ける、これまた群界尾根のようですね。こんな長い距離を3時間30分で歩くことができるとは、さすがは、kitayama-walk さんだと感心するやらあきれるやら……、です。


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