topimage

2017-06

妙高山(みょうこうさん・2454m) - 2011.09.17 Sat

 妙高山は、今年の7月5日に火打山とセットで登る予定で実行したが、「雪渓が危険」との理由で黒沢ヒュッテの小屋主に止められて果たせずに終わったという経緯があって、因縁の山になっていた。
 ここを9月7日に再挑戦した。
 前回は長野県の笹ヶ峰から登ったが、今回は妙高山だけなので新潟県の燕温泉から登ることにした。
 これに先立ち、6日の5時30分に自宅を出て、途中、飛騨の天生湿原に立ち寄ってから平湯、松本経由で長野県の『道の駅・しなの』に18時前に到着、妙高山に備えた。
 でも、困ったことが起こっていた。天生湿原での2時間の歩きは、何時もなら何でもない運動だが、このところ、入院に続き怪我というアクシデントが相次ぎ、安静の生活が続いたためか、歩いている最中から筋肉痛が起こっていた。道の駅に着いた時点で、かなりの傷みがあったので、果たして、これで歩けるかという不安が持ち上がっていたのだ。
 7日5時30分頃、道の駅を出発して燕温泉に向かう。長野県から新潟県への移動なので、一見して大変そうだが、両者ともに県境に位置するので、この間、30分余を要したのみだった。
 燕温泉に到着すると、温泉街の手前に登山者用の駐車場と便所があって、既に、ここには5、6台の車が駐車してあった。私たちも、空いた箇所に車を停めて、まずは朝食。続いて、身支度を整える。
 6時35分、燕温泉の駐車場を後にする。
 ここには、妙高山までの概略図を記した大きな看板が建てられていた。その脇には、ここの標高が1150mであることを示す標識杭も建てられていた。
 妙高山の標高は2454mである。ということは、この登山口との標高差は1304mということになり、このコースはかなりハードであることを、このとき初めて知ることになった。
 歩き始めると、急坂が待ち受けていた。足の痛みは、昨日より増しているが、登りの場合は何とか耐えられそうだ。帰りが心配だが、足を動かしているうちに治ることも考えられるので、帰りのことは考えないことにして出発する。
 この急坂の両側に旅館ならびにみやげ物店が立ち並んでいたが、時間が早いので当然といえば当然のことながら、これらはまだ眠りの中であった。ちなみに、帰りに観察した感じでは、これらの旅館やみやげ物店は営業を休止しているところもあるようで、それほど活況を呈しているわけでもなさそうだった。
 この旅館街を5分くらいで抜けると、そこには『上信越高原国立公園・妙高山 燕温泉登山口』という人間の背丈をはるかに超す立派な標柱が建てられていた。
 ここからいよいよ登山道が始まるが、ここで登山道は早くも二股に分かれている。直進が主コースで、左折がサブコースということだ。これらのどちらを採っても、その先で合流するので同じことだが、時間的には後者のほうが早いとコース図に書いてある。ただし、後者は谷コースとのことなので、選択に迷うところだ。谷コースは、徒渉などで手間取ることがあるので、一概にコースどおりに早いとは限らないからだ。迷った挙句、結局、直進した。ちなみに、結果的には、谷コース、サブコースは危険な個所もなく、主コースに比べて確実に時間的に早いということが判明した。
 こうして主コースを踏み出したが、ここはまだ登山道というより林道というのが相応しい広い道路だった。5分ばかり歩くと、右手、大倉谷の左岸側に細い水量ながら長い滝が流れ落ちているのに気付いた。これが地図にある惣滝かと思ったが、惣滝は大倉谷の本流にあるらしいので違うことが地図を見て理解できた。
 この滝を右手に見ながら歩いていると、前方に吊り橋が見えてきた。吊り橋といっても、大きくはないが鋼鉄製のしっかりしたものだ。
 これを渡りきるといよいよ本格的な山道となるはずだったが、この道が崩れたため、今は臨時の工事現場で見かける鋼鉄製のハシゴが架けられていた。このハシゴは、ほぼ垂直に2、30mを一挙に登り上がるように敷設してあった。これを登りきると、そこで登山道と交わっていた。
 この登山道を少し歩くと、1合目(1210m)の標識に出合ったが、ここは何の特徴もない、登山道の途中だったに過ぎない。
 7時15分、2合目(1340m)にやってきた。
 ここは、燕新道との分岐になっていた。燕新道とは、燕温泉からグルッと北側から反時計回りに登り上がる登山道だ。
 ここまでのコースタイムは、35分である。私たちは、40分を要しており、コースタイムより少し遅れている勘定になる。
 ここでは水分補給しただけで、次の目的地である天狗堂に向かって左折、再び歩き始める。
 これまでは大倉谷に沿った巻き道だったが、ここからは尾根道になる。尾根道といっても、明瞭な尾根ではないので歩いているときは、尾根を歩いているという自覚はなく、緩やかな斜面を登り上がっていく感じを抱いていた。
 最初のうちは、樹林が密に繁茂していて薄暗さを感じたものだが、ブナの木が増えてきたと思っていると樹木は疎らになって木々の間からは青空が顔を覗かせるように変わってきた。その色は真っ青、秋の空の色である。前回は夏の初めであったが、あれから2ヶ月ばかりが過ぎただけだったのにかかわらず、早くも秋の様相を呈している。季節の移り変わりをいやが上にも意識せずにはおれなかった。
 道は尾根道から外れて尾根の中ほどを巻くように変わってきた。こんな道を歩いていると、木の幹にサルノコシカケが生えているのに気付いた。手を伸ばして少し無理をすれば取って取れないことはない。「取ろうか?」と姫君にお伺いを立てると、「取って持ち帰っても使い道がある?」との言葉が返ってきた。サルノコシカケは、ガンに効くとのことだが、生憎、私の周りにこの病を患う人はおらず、重いものを担いで帰っても使い道のないことに気付いて通り過ぎた。
 そこから幾らも歩かないうちに小さな沢に降り立った。7時54分のことだった。
 ここには3合目(1500m)の標識が付いていた。
 でも、おかしい。沢の所でサブルートと交わるはずだが、沢の下手にはロープが張ってそれには幾つもの赤テープがぶら下げてあった。あたかも、この沢を降ってはダメだといっているようだった。よくよく考えてみると、2合目からサブルートとの合流点までは50分となっていたが、私たちはまだ40分足らずを歩いたに過ぎない。こうしてみると、合流点はまだ先にあるということが分かってきて、そのまま前進する。
 ここからは、今まで沢へ降りた分を改めて登り返さなくてはならず、少しの間、急登を強いられたが、それが終わるとまたなだらかな登り勾配に変わってきた。
 こんな道を進んでいくと、笹の切り開きの道になってきた。笹を切り開いてからそんなに年月が経っていない感じがする。でも、それまでに分岐はとか、旧道が閉じられた形跡はなく、不思議な感じがした。でも、道を間違えたとも思えないので、そのまま歩き難い道を進んでいくと、再び、沢へ降ろされた。
 ここでは標識の類を見掛けなかったが、おそらく4合目だと思った。沢を徒渉する所には1mから1.5mくらいの小さい滝があり、その滝壺は温泉場の湯船のように見えた。この辺りの沢の水は白濁していて恰も温泉のような感じだったので、このような感じを受けただろうが、水温は冷たく、とても滝壺に浸かる気分にはなれなかった。
 この沢の右岸には降りの道らしき踏み跡があり、ここがサブルートへ通じていると推定されたが、確認することはしなかった。
 ここに到着したのは、8時26分。ここで10分ばかり休憩、8時37分に出発している。

天然温泉風

 ここからは谷に沿って登り上がっていく。これまでの土の道から岩のゴロゴロした道に変わったので歩き難い上に、勾配もこれまでより強くなった感じがする。
 この沢沿いの道を歩くこと30分で、これを詰め終わる。今度はこの沢の左手の支沢へと入っていく。ここからは勾配が更に強くなってきた。
 9時14分、5合目(1800m)の標識を通過する。ここにはもう1つ標識があり、『胸突き8丁、天狗堂まで200m(30分)』と書いてあった。
 ここからは岩に摑まったり、道の脇の笹を手掛かりにして登って行くのだが、『胸突き8丁』というほどのキツイものではなかった。
 9時37分、急坂を登り終えて、ちょっとした広場にやってきた。ここが、6合目(1930m)の天狗堂で、新赤倉への分岐になっている所でもある。
 ここで方向を確かめて、再び、山頂へと歩き始める。これまでに比べると、勾配は緩やかになった感じである。こんな道を登っていると、驚いたことに早くも下山者と出会う。地元の妙高市の人だったので、気になっていた下山道の燕新道について訊いてみた。すると、「燕新道は、とにかく、長いので敬遠して復路も往路と同じ道を降っている」とのことだったので、この時点で、私たちも復路は、この道で帰ることに決める。
 この坂道を10分ほど登ると、急に道は平坦になり左手に池が出現する。この池を光善寺池ということが小さい標識で分かる。こういう所には花が咲いていることが多いが、今は時期が悪くてこんな華やいだものはなく、殺風景に池に過ぎなかった。
 ここから道は歩き易く、9時56分に7合目(2070m)、10時13分に8合目(2120m)という具合に、矢継ぎ早に拠点を通過。『この調子なら頂上までは、もう少しだ』と思うようになり、足も自然に速まってくる。なお、8合目には『風穴』の標識が出ていた。よく見ると風穴らしき穴2つが開いていた。手をかざしてみるが冷たい風が吹き出しているようには感じられなかった。風穴というと、上高地の岳沢のものが真っ先に思い出されるが、あのように風穴の前にいると寒くなるようなものは特別であるのかもしれない。
 9合目(2260m)までは、それまでよりは少し時間を要したが、10時54分に到着した。これで、もう着いたのも同然だと思った。目の前は、鎖やロープの付いた垂直に近い岩壁がそそり立っていたが、これを登り上がれば頂上だと思うと、この難所もそれほど嫌でもなく、この岩場に取り付いた。ここには鎖が付いている上に、足場になる岩にも切り込みを入れるなど、手が加えられているので、見た目ほど危険さはなく、比較的簡単に登り上がることができた。
 でも、ここからの距離が長かった。延々と岩場が続いている。9合目から頂上までの距離は500mとのことだが、そんな程度だとは思えないほど長く感じた。
 それでも11時25分には、10合目(2454m)の標識に辿り着いた。
 この標識の裏手に回ると、そこには石造りの社があって何かの神様が祀ってあった。でも、妙高山の標識はないので、近くにいた人に訊くと、「ここが南峰で、北峰のほうに妙高山の標識がある」とのことだった。
 彼の言に従い、その方へ向かうと、11時38分、北峰に到着する。
 頂上は、岩の間に土の広場が点在するという感じの場所で、ここには何組かの登山者が休憩していた。中には、地面にシートを広げて昼寝をしていたグループもいたのには少し驚いた。
 ここの岩に私たちも腰をかけて、昼食のオニギリを食べ、一休みする。
 12時ちょうど、休憩を終えて下山に取り掛かる。
 先ほど出会った下山者の意見に従い、私たちも同じ道を辿ることにした。
 足の痛みが心配だったが、今朝ほどに比べると状態は良く、痛みはあっても何とか耐えられるものだったので助かった。
 こうして痛みに耐えて、13時17分に天狗堂、15時02分に2合目、そして15時42分に駐車場に無事に帰り着くことができた。
 こんな具合で、登り5時間03分(うち、まとまった休憩11分)、降り3時間42分、頂上での休憩22分の総延べ時間9時間07分の長いながい妙高山登山を何とか終えることができた。
 ちなみに、帰りには、燕温泉の下の温泉、関温泉の朝日館(500円、屋号は定かでない)で汗を流して、前夜同様、『道の駅・しなの』に戻って、ここを今宵の宿とした。

妙高山頂上

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yore4040.blog24.fc2.com/tb.php/217-4fb7844e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

移動日〈9月8日〉 «  | BLOG TOP |  » 真正なるモウセンゴケ

アクセス数

検索フォーム

最新記事

最新コメント

カテゴリ

登山 (147)
山野草 (417)
雑文 (139)
未分類 (14)
お知らせ (6)
案内 (2)
百名山 (22)
花旅 (75)
旅行 (29)
2014 北の大地花旅 (86)
2016・北海道 (83)
2016・北海道 (1)

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する