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2017-10

岩木山(いわきさん・1625m) - 2011.07.21 Thu

 岩木山に向かって県道3号(通称:アップルロード)を走っていると、前方に火山特有の端麗な形をした山が見えてきた。この山を津軽富士と呼ばれているらしいが、この山の形を見れば誰でもが「なるほど」と納得するだろう。それほど美しい形をした山である。
 私たちは、ここへ来るまでは岩木神社を登山口とする百沢登山道を登るつもりでいたが、この雄大な山を見ると下から登るには相当な体力を消耗することは自ずと分かってきた。そのため、この登山ルートを採ることは早々に諦めたが、表向きの理由は『時間が遅いため』と自分自身を納得させていた。
 これで岩木山の登山ルートは、8合目ターミナルまで車で登り、ここから歩くことが自然に決まる。
 8合目ターミナルまでは、津軽・岩木スカイラインという有料道路(通行料往復1750円)が通じている。このスカイラインへの入口を見落したため、余分な時間を使うことになったが、だいぶ先で居合わせた人に訊いて、ここまで戻る。この道路は、山を登る道なので、カーブに次ぐカーブだが、このカーブの刻み方が少し変わっていた。カーブは69あるが、どのカーブもほとんど同じ曲がり方、同じ勾配をしていることだった。
 69回もハンドルを切っていると嫌になってくるが、こんな頃に8合目ターミナルに到着する。
 この頃になると、さっきまであれほどはっきりと見えていた山もガスが立ち込めてきていた。東北の山シリーズの出足としては、あまり芳しいものではなく、少し嫌な気分にさせられた。
 ここには大きな駐車場と建てられてからそれほど日の経たない綺麗な休憩棟(トイレ含む)があり、登山者を手厚く迎えていた。
 もう1つ、施設があった。それは、リフト乗り場だった。リフトがあることは知らなかったので少し嬉しかったが、8合目まで車で登ったという罪悪感もあるので、これに加えてリフトも使うとなると、それが更に苛まれることになる。このため、このときはリフトは使わないことに決めていた。
 身支度を整え、10時37分に「さぁ、出発」という段になり、「どうしようか」と、再度、姫君との腹の探り合いが始まる。結局、楽をしたいという気持ちが、歩く意欲より大きく勝り、リフト乗り場のほうへ自然に足が向いていた。なお、リフト代金は往復800円、片道500円で、私たちは片道を購入した。
 ちなみに、高度について説明しておく。リフト乗り場のある8合目駐車場の標高が1250m、リフトの上の降り場のそれが1470mで、標高差220mを得したことになる。
 この220mを歩くようなゆっくりしたスピードで登っていくが、足が下に生える雑草に届きそうである。雑草の中にハルジオンのような白い花が群れるように咲いていた。この他に大ぶりのハクサンチドリがニョキニョキと顔を覗かせている。ただし、ハクサンチドリは盛りが過ぎていて、一部が枯れ始めていたのは残念だった。
 リフトは10分くらいで終わってしまい、10時47分に足を地上に付ける。
 これから頂上まで歩くことになる。とはいうものの、リフトの上の乗り場の標高は前述のごとく1470mなので、1625mの頂上までの標高差は僅か155mに過ぎない。
 登山道へ一歩足を踏み入れると、そこは溶岩の荒々しい道だった。山の形を見て火山だとは見当が付いていたが、この溶岩を見てそれが裏付けられた形だ。
 こんな溶岩でできた岩場を乗り越えていくが、8合目よりガスは濃くなる一方で前はおろか、周囲の様子はまるでわからない。
 11時01分、小屋の前にやってきた。この小屋は、鳳鳴避難小屋と呼ばれているようだ。小屋の前には西洋式の鐘が下がっていたので、2人でこれを鳴らしてから前進する。ちなみに、このときは分からなかったが、ここが百沢登山道との合流点でもあったことが後になって判明した。
 ここから15分ばかり歩いた所に、『夢のカプセル1625(以下判読不明)』と書き入れた標識杭が建てられていた。これが何を示すかは不詳ながら、この辺りがリフト降り場から頂上までの唯一の平坦部分だった。
 ここからひと登りすると、11時29分、頂上に到着した。
 頂上はガスに包まれていて何も見えないが、天気が良ければ眺望は良いだろうことは何とか雰囲気で分かる。こんな場所では、ゆっくりしていても仕方がない。一通り、写真を撮っただけで下山することにする。頂上滞在時間は11分で、11時40分に下山を開始する。
 下山では、もうひと仕事が残っていた。それは、この山だけに咲くミチノクコザクラを探すという仕事だ。これまでに出会った登山者から情報の入手に努めたが、あまり芳しいものではなかったので不安は大きかった。だが、その後に出会った地元グループから具体的な情報がもたらされて、これに出合うことができ、有終の美を飾ることができた。
 こんな成果を上げて、足取り軽く13時06分に本日の登山口である8合目の駐車場に帰り着いた。このとき、小雨が降り始めていたが、少しも気にはならなかった。

岩木山

● COMMENT ●

遭難しそうになった岩木山

 三太夫さん、こんばんは。
 私も、昨年5/22に岩木山に登っています。このときは、岩木山神社から百沢登山道を登ったのですが、焼止避難小屋から鳳泣ヒュッテまではかなり雪渓が残っていました。まだ登りはよかったのですが、問題は下りに起こりました。八合目から一般登山道を嶽温泉に降りようとしたのですが、コースを間違えて雪のある谷筋を下ってしまったのです。途中で間違いに気づき、そのまま下るか引き返すか迷ったのですが、やはり引き返すことにしました。1時間かかって八合目まで戻ったのはよかったのですが、下山の交通手段がありません。もうスカイラインも閉鎖時間を過ぎてしまっていました。仕方がないのでスカイラインを歩いて下ることにしたのです。登山しなかった連れが嶽温泉の旅館にいたのですが、携帯で電話を入れて事情を話し、下山がかなり遅くなる(しかしスカイラインを歩いて降りるので遭難の危険はない)と話しました。ところが、3分の1くらい下ったところで、何と連れが車で迎えにきてくれたのです。聞けば、スカイラインのゲートの管理人に事情を話して通行させてもらったのです。おかげで1時間の歩きがなくなりました。

 kitayama-walk さん こんにちは
 ただいま 鳥海山の麓の鳥海山荘で風呂に入ったところです
 アルファベット文字入力は不慣れで四苦八苦しております
 帰ったら また レスポンスします

鳥海山、いいですね。

 今、鳥海山麓ですか。もう下山してきたところでしょうか。
 私が鳥海山に登ったのは2003/5/24のことでした。象潟口からのコース(鉾立コース)を登りましたが、まだ結構残雪がありました。詳しくは下記をご覧下さい。
http://www.daiichi.gr.jp/publication/column/asano_c1.html

 登山口の象潟というのは、松尾芭蕉が「奥の細道」で辿った最北の地です。ここで芭蕉が詠んだ句を覚えておられるでしょうか。
 「象潟や 雨に西施が ねぶの花」
 この西施(せいし)というのは、中国4代美女のひとりと言われていますが、春秋末期越王勾践が会稽で呉王に破れると、美女西施を呉王夫差に献じ、表向きは夫差に臣従しながら、裏では夫差を骨抜きにする計略でした。計略は的中し、夫差は西施の色香に溺れて国政を疎かにし、20年後勾践の反撃に遭って敗れました。西施はまさに「傾国の美女」であったのです。
 救国のためとはいえ、敵国に身を捧げた悲劇的な美女西施を、芭蕉は「松島」に比べて「うらむがごとし」と「象潟」の風景に似通うものとして歌ったものです。雨の象潟に、西施が眠っているような姿で、ねむの花が咲いているということでしょうか。

 KITAYAMA-WALK さん、こんばんは。
 東北の山旅は順調で、前半と後半を合わせると11座に登ることができました。でも、帰ってから、病気入院となり、大変でした。
 私たちは、鳥海山へは1番短いとガイドブックに書いてあった滝ノ小屋(湯ノ台ルート)を登りました。でも、雪渓が2つに分かれていることを知らずに大変な目に遭いました。これについては、後日、レポートで詳しく述べます。
 それにしても、kitayama-walk さんは博識であられますね。私は、西施の話は全く知りませんでした。赤面の至りです。


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