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2017-10

火打山(ひうちやま・2462m) - 2011.07.08 Fri

 7月5日、火打山および妙高山へ登るため、5時48分、笹ヶ峰登山口を出発する。
 出発に先立ち、テント泊を希望する私と小屋泊まりを主張する姫君との間で諍いがあったが、結局は力関係を反映して小屋泊まりに落ち着いた。
 登山口は、手前の小さいほうの駐車場の一角にあるが、そこには休憩所を兼ねた立派な門が建てられていた。これまで高妻山にしろ、その前の吾妻山にしても登山者は招からざる客という扱いだったのが、ここは反対に登山者が主役であることが自然に分かるので気持ちが良い。

登山口

 こうして気分良く、5時48分、この門をくぐり抜けて登山道へ第一歩を踏み出す。そこには木道が敷かれ、それが細いブナの林の中へと続いていた。木道は、何年もかけて敷設されたもののようで、一区画づつがその歴史が分かるので面白い。これでは何のことか分からないと思うので、もう少し詳しく説明する。要するに、2、30mの間隔で木道の構造が違っているのだ。ある所は真新しいフラットな木道、またある所では木の横木(滑り止め)が、また別の場所ではこの滑り止めがゴムであったり、はたまたある区間では一部が朽ち果てていたりという具合である。
 こんな木道を歩くこと15、6分で三叉路にやってきた。右手はこの辺りを散策する遊歩道。左手が火打山および妙高山への登山道に分かれていることが道標の文字によって分かるので、私たちは左折する。
 この先も木道は続いている。一部、木道がなくなる部分があるので、その都度、これで木道は終わるのかと思っていると、またそれが復活するということの繰り返しであった。ちなみに、登山口から次の黒沢橋までの間は、80%が木道が敷かれ、地道の部分は20%くらいではないかとの感じであった。
 6時39分、大きな沢が目の前に現れた。
 この沢が黒沢といい、火打山と妙高山の鞍部、もう少し詳しくいうとこれらの山の間にある茶臼山と大倉山の鞍部にある黒沢池を水源とする沢である。ここには鉄製の橋が架けてあり、これを黒沢橋という。この沢橋は、欄干がロープを3段に張った作りのものだが、不安感はなく安心して渡れた。
 なお、地図によるとここが水場となっているが、この日は雨上がりで滔々とうねったような流れで、その水は濁っているので水場というにはどうかと疑問符が付くものだった。
 橋を渡ると、ここからは木道はなくなり、登山道らしくなってきた。……が、いきなり木の階段、何段もない短いものだったが、次から次へといくつもが現れた。ここが『12曲がり』と呼ばれている区間のようだ。要するに、この辺りは急登山で幾つも曲がることによって登り易くしてあるようだが、登っている私たちにとっては特に急だとは思えなかった。これが梯子によるものかどうかは分からない。
 この12曲がりの区間には、『X/12』という標識が建てられていた。要するに、ここが何番目のカーブかが示されているのだ。ただし、この標識が総ての曲がり角に建てられているわけではなく、私が目にしたのは『5/12』というものだった。これに混じって、『笹ヶ峰 3/9 頂上』という標識も目にした。これは笹ヶ峰登山口から火打山頂上の間で、登山口から『1/3』の位置であることを現わしている。いずれにしても、『1/12』だの『1/9』だのと、いろいろとヤヤコシイことだと思い、姫君と話し合った。
 前者の分母は前述のごとく曲がり角の総数で、分子はその曲がり角が何番目かを示すものだということは容易に推定が付く。
 だが、後者の分母については、何を基準にするか判然としない。でも、距離の総数であるか、高度差であるか、はたまた所要時間であるか、これ以外に基準になるものがあるか否か……。でも、距離であっても、高度であっても、普通なら10進法で分母を10にするが、これが9とは不思議で仕方がなかった。
 これを考えながら歩いていて、下山時になってようやく思い当たることがあった。分母の9は、所要時間であり、1の単位は30分だということを……。このように仮定すると、30分×9=270分(4時間30分)である。帰ってから、笹ヶ峰登山口から火打山頂上までの所要時間をガイドブック(日本百名山・山と渓谷社)で算出してみると、275分(4時間35分)となっていて、概ね、符合する。こうして謎が解けるとヤレヤレである。
 こんなことを考えながら歩いていると、先のほうが平らになっているような感じになってきた。それが富士見平であることを直感して、姫君に伝える。
 そして、そこまでやってくると、それを示す道標が建てられていた。8時12分のことだった。
 ここが、火打山へ行くか、妙高山へ行くかの分岐になっている。ちなみに、火打山のほうへ進むと途中に高谷池ヒュッテがあり、妙高山への道を採ると途中に黒沢池ヒュッテがあり、この両方のヒュッテを繋ぐ登山道もある。要するに、ここ富士見平、高谷池ヒュッテ、黒沢池ヒュッテの3つは、正3角形を形どっていると理解すると分かり易い。このため、どちらから回ってもよいが、考えるにはそれなりに問題点もあるのだ。それは、妙高山の手前に雪渓があるという情報を入手していることだった。この雪渓を渡るのに、何時が良いかの問題である。火打山を先に登るとすると、本日は黒沢池ヒュッテに泊まり、明朝、妙高山に登ることになる。となると、早朝の雪渓渡りとなり、危険度は高まる。それなら天気の良い本日、これから妙高山へ向かった方が安全性は高まると判断し、そのまま直進して妙高山へ向かう。ちなみに、ここでは私たちの他に2人の登山者がいた。これらは多少の時間差はあったが、ほぼ、同時刻に登山口を出発している。私たちを除く他の2人は火打山へ向かったので、妙高山へ向かったのは私たちだけだった。

サンカヨウ

 ここからは緩やかな降りになっていた。これを降りて行くと、サンカヨウが群生していた。富士見平までは目ぼしい花には出合わなかったので、本日、初めて花らしい花を見て大喜びした。加えて、昨夜から本日未明まで大雨が降っていたので、花びらはたっぷりの水分を吸って今にも溶けそう、透明に透けていた。籾糠山で谷水を口に含んで霧状にして吹きかけて演出したのが、このような現物を見ると馬鹿らしくなるほどだった。
 このほかにキヌガサソウも純白な大きな花をいくつも咲かせていて、これまた、嬉しいことだった。そして、妙高山を選択したことを喜んだ。ちなみに、富士見平から高谷池ヒュッテのほうへ向かうと、この間には花らしい花は殆ど咲いていないことが帰路になって分かった。
 この道を降り切ると黒沢の源流を横切り、この沢が造る黒沢池湿原が待っていた。真っ先に出迎えてくれたのがハクサンチドリだった。そしてイワイチョウ、ハクサンコザクラ、チングルマなどなどの高山植物が乱れ咲いていた。ここは帰路には通らないので、丁寧に撮影しながら湿原の木道を進んでいった。
 間もなく、目の前に雪渓が現れ、その先にユーホーをイメージしたようなドーム型の建物が見えていた。これが黒沢谷ヒュッテで、9時18分、ここに到着した。
 ここの前庭には、木製のテーブルと椅子が設えて休憩所になっていたので、ここで本日、最初の休憩を採ることにした。このとき丁度、小屋から男2人、女1人が出てきて、ここに座ろうとしたところだったので、挨拶して、ここを使う許可を受ける。
 そして、雪渓の幅などの情報を得ようとすると、「危険だから、妙高山へは行かないように……」とのことだった。雪渓は、小屋から15分くらい先の大倉山乗越(のっこし)という所だ。折角に来たのだから、ここで諦めるのは本意ではない。今の時期まで残っている雪渓はそれほどの距離はないはずだと考えられる。普通なら何とかなりそうなので、更に会話を進めると、今度は「落石があって危ない」とのことだ。ならば、大倉山を越えて行けば問題はないはずなので、そのことを話題にすると「大倉山乗越を過ぎたとしても、その先にも危険な場所がある」といい出す。どうしても先に進めたくはないことがミエミエだ。この会話を端で聞いていた姫君は、当然、行けないものと諦めている。また、ここで内輪揉めしてもみっともないだけなのので、潔く諦めることにする。
 9時39分、休憩を終え、火打山へ目的を変更して差し当たり次の目標値である高谷池ヒュッテへ向かう。
 ここから高谷池ヒュッテの先の『天狗の庭』まで花はないとの小屋主が語っていたが、小屋のすく先にハクサンチドリの群生するところがあり、これまた嬉しい誤算であった。
 この尾根道を歩いていても腹立たしい限りである。7月1日に『山開き』が宣言されている。『山開き』されてから、なお、危険というのは何とも理解されない。下山してみると、政府によって安全宣言された九州電力の玄海原子力発電所が、同じ政府によって安全は十分でないのでストレステストなるものを受けなくてはならないことになったという問題も持ち上がった。原発でもこのようないい加減なものだ。『山開き』という小さい問題で理屈通りにいかないのは当たり前というか、日本の常識だと改めて納得した。
 尾根を歩いていると、前方から人が歩いてきたので、てっきり登山者だと思った。登山者なら妙高山へ登るつもりだろうと思い、雪渓の情報を伝える。すると、彼は小屋の関係者だったようで通れないことを知っていた。加えて、それが当然なようなことをいうので、『山開き』が終わっているはずだと言ってやると、燕温泉からの話だという。先ほどの黒沢池ヒュッテの小屋主は、燕温泉側からも今の季節は危険だと言っていた。 
 こんなこともあったが、10時37分、高谷池の三叉路にやってきた。ちなみに、高谷池ヒュッテは、この三叉路から1、2分くらい富士見平のほうへいった所に建っていた。
 これから先、高谷池の湿地帯が広がり、登山者はその中に敷設された木道を歩くことになる。この木道を10分ばかり歩いて行くと、木道は雪に埋もれていた。雪の上に木道を支える丸太の杭の頭が出ているので、これを目印にして行きの上を歩いて行くことになる。
 この雪の部分が終わると、再び、木道が顔を出してくるので、この上を進む。この両側にはイワイチョウの葉っぱが群れていたが、花を付けたものはまだなく、先ほどの黒沢池の湿原に比べると遅れている感じだった。
 前方に火打山が姿を現すようになると、直ぐに『天狗の庭』と名付けられた花園にやってきた。10時53分のことだった。
 ここにはハクサンコザクラ、イワイチョウなどが咲き始めていた。これらは、まだ、これからが本番を迎えるところであり、盛りになれば、さぞかし見栄えがするだろうと思われるが、これは私の頭の中の風景なので、実際はどうなるのだろう。こんな花の状況であったが、時期の過ぎたものもあった。それは、ミズバショウであった。この花は、先ほどの黒沢池でも同様だったが、早々と白い花びらを散らしているのが多かった。
 ここも木道に導かれて尾根のほうへ移動するが、まだまだ解け残っている雪の間からは雪解け水が音を出してこの池へと流れ込んでいる。
 いよいよ火打山の尾根に取り付くことになった。このとき、ハッキリとした時間は分からないが、11時を少し回った頃だったと推定される。
 この尾根を登っていると、今朝ほど一緒に出発した茨城県の人が降りてきた。私たちが大回りした分が、この時間差になった。続いて10分か20分後に老人と出会っている。この老人とは初めて会う。同じ登山口から登ってきたとすると、歳に似合わず随分と健脚の持ち主だと言える。最後に出会ったのは、これまた同じ頃に出発した地元上越市の若者だった。これが、本日の火打ち山への登山者の総てである。平日とはいえ、この状態では登山人口の減少が窺え、寂しさを覚えたものだ。
 こうして12時12分、標高2462mの火打山の頂上に到着した。少し大回りをしたので、6時間24分もかかってしまった。
 頂上では強い風が吹き、半袖のシャツの私は寒く、長袖シャツの姫君も寒いというので、昼食を摂るような環境ではなかった。このため、写真を撮っただけで風の当たらない所まで降りることにして、直ちに下山という慌ただしさであった。
 登りのときに目を付けていたハクサンチドリの群生するところまで降りて、ここで昼食を兼ねて15分ばかりの休憩を採る。
 ここからは、もう、降るばかりだ。13時58分に高谷池の三叉路、2分後に高谷池ヒュッテに到着した。何時もなら、登山中に財布を持ち歩くことはないが、この日は泊まりの予定だったので、金を持ってきている。何か、食べるか、飲み物を買うかしようと思って、小屋の玄関戸を開けて中へ入るがひっそりとしていて無人のようだった。仕方なく、ここを出て、休憩をすることなく下山を続けることになる。
 ここから富士見平までは初めて歩く道で、何か花でも咲いているかとの期待はあったが、これは見事に裏切られた。先の高妻山で嫌というほど見たオオバミズホウズキやマイズルソウが咲いていたくらいで目新しい花は何も見付けることはできなかった。また、この道は『山開き』に先立って笹刈りはしてあったが、何だか新しい感じで歩き難い道だった。高谷池ヒュッテが建てられたのは、昭和の初めだと何かに書いてあったのを読んでおり、この道が新しいとは考え難いが、私の抱いた感じはこんなものだった。
 13時58分、富士見平の三叉路に到着した。
 ここからは今朝ほど歩いてきた道だ。ただ、ひたすら降るのみである。
 15時55分、黒沢橋。そして、16時39分、登山口の門をくぐり、駐車場へと帰り着いた。駐車場では、上越市の青年が、ちょうど車を出発させるところで、その他の車は総て帰った後だった。
 こうして1泊で妙高山と火打山を終える予定だったのが、日帰りで火打山のみとなってしまった。なかなか計画どおりにはいかないものだということを痛感する。
 なお、今回の登山をまとめてみると、往路が6時間03分、復路が4時間12分、休憩が36分、合計10時間51分であった。

火打山

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