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2017-06

法治国家 - 2011.05.09 Mon

 5月7日の朝日新聞の1面に、『浜岡全基の停止要請』の白抜きの大見出しが躍っていた。
 驚いて中身を読んでみると、菅首相が、中部電力浜岡原子力発電所(浜岡原発)の稼働可能な原子炉(3基)の総ての運転停止を要請したというものだった。
 同原発は、東海地震の想定震源域内にあって、この地震の発生が30年以内に発生する確率予想が80%を超えていることから、東京電力福島第1原子力発電所の二の舞を恐れたとのこと。
 このときの新聞によれば、『中電は受け入れる方向』と書いてあったが、7日時点では要請を受け入れるまでにはならに保留となっているようである。
 私は、元々、原発は日本にとっては必要不可欠なものと思っていた、いや、思いこまされていた。
 しかし、福島第1原発で事故が発生して以来、2ヶ月近くを経過した現在でも放射能を垂れ流している現状をみるにつけ、日本に原発を持つ資格があるだろうかという疑問が湧きあがってきた。そして、これでは国内の総ての原発の運転を停止しても止む得ないのかもしれないと思い始めていた。
 だが、この要請があまりにも唐突であることに疑問が生じて、新聞を更に読み進む。すると、この要請は、東北大震災後に菅首相が任命した内閣参与(1人か複数かは不詳)の進言を受け入れてのことだったことが分かった。
 この要請には、国会の決議はもとより閣議決定が行われた形跡も新聞記事からは読み取れない。ということは、菅首相が内閣参与との雑談の中から発作的に決定、いわゆる麻雀用語でいう『発作ポン』と考えるのは下種の勘ぐりだろうか。
 一方、要請を受けた中部電力(中電)では、戸惑ったことだったろう。なにしろ、中電は、許認可に縛られた電力事業者だ。政府の意向に逆らうことは自分で自分の首を絞めるようなものであり、抵抗したとしても自ずと限度があろう。
 とはいえ、日本は法治国家である。
 政府が法の裏付けのない要請という名の事実上の命令を首相の一存で下すことがあってよいものだろうか。私は、法治国家ではあり得ない暴挙だと思う。
 これでは、菅首相は十手を持ったヤクザの親分と同じだ。その彼が、善良で従順な町民である中部電力を、十手の威力と暴力で蹂躙、無法の限りを尽くしているように映るのは、私がテレビの『水戸黄門』を見過ぎのせいだろうか。
 いずれにしても、これは、原子力発電に賛成、反対を問う以前の問題であって、このような無法な行動をとる菅首相は首相の資格はないばかりか、人間としても大きな欠陥がある人物だと断定せざるを得ない。

中部電力浜岡原子力発電所

『発作ポン』
 麻雀中、自分の手牌に対子(といつ)があったとき、たまたま、それと同一の牌が捨てられたときに、手作り、役作りに関係なく、発作的にポンしてしまうことがある。ヘボ麻雀に多いが、この行為を反省したり、からかったりするときに「発作ポンだった」とか、「発作ポンだろう」という具合に使っていた。
 ネットで『発作ポン』を検索したがヒットはしなかったので、私たちだけが使っていた用語かもしれない。ようするに、麻雀の方言だったのだろう。

● COMMENT ●

発作ポン=衝動泣き

 「発作ポン」という言葉は初めて聞きました。私たちは(少なくとも私は)、「衝動泣き」と言っていました。後先のことを考えずに買い物してしまう「衝動買い」と同じですね。

 kitayama-walk さん、こんにちは。
 学生の頃は毎日のように麻雀に明け暮れていました。このため、出身学部を問われると「麻雀経済学部」だと自嘲しておりました。
 その麻雀も、もう2、30年もやったことがありません。このため、点数の数え方も忘れてしまいました。
 やっぱり『発作ポン』というのは、私たちの仲間内の隠語のようなものだったことが分かりました。京都では、『衝動泣き』ですか。これらも「所変われば……」の一種でしょうね。


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