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2017-11

ヨレヨレ新聞の思い出 - 2017.02.10 Fri

 昨日、かつて私たちが発行していたヨレヨレ新聞の56号分の綴り、4冊の製本ができあがった。私の手作りであるが、思いの他、上手く仕上がった。製本も数をこなせば、不器用者にでも可能であることが証明されたようで、気分が良い。
 このブログを始める以前、私たちの山行きの報告を兼ねて毎月1回の頻度で新聞を発行していた。この新聞の名称が『ヨレヨレ新聞』であった。
 この新聞の第1号は、1998年2月1日に発行された。
 私たちが初めて富士山に登ったのが、1994年のお盆。私たちがヨレヨレ山歩会・名古屋を結成するきっかけになった10名での大台ヶ原登山が1996年ということからみると、初登山から僅か4年ということになる。
 初登山から4年、会結成から2年で新聞発行ということは、如何に急速に山にのめり込んでいったかが分かろうというものだ。
 しかし、如何にのめり込もうが、何分にも経験不足で、山に関しても何も分かってはおらず、今、読み返してみると赤面のかぎりである。
 第1号は、当時、仕事で使用していたワードプロセッサー(ワープロ)で、A3版4枚に仕上げ、これを2枚づつ並べてB4版1枚に裏表の縮小コピーしたもの、すなわちB5版裏表4ページという貧弱なものであったが、できあがったときは嬉しさで飛び上らんばかりであったことは、20年近くも経過した現在でもハッキリと覚えている。
 当初、偶数月に隔月発行と決めての発足であったが、翌年からは毎月発行に増える。
 当初、何をどのように書いてよいやら手探りで、恐るおそるやっていたのが、慣れてくるにしたがい、次第に書く要領も自己流だが会得できるようになるので不思議なものである。
 初めのうちは、偶数ページにまとめ上げるのは至難の技で、終わり近くなると戦々恐々としたものだったが、これも号数が重なるとともにそれほど苦労することもなくなる。
 すると、今度は文末の余白をでき得る限り少なくするように心がけることに腐心するようになる。
 当時の一般新聞は、1段17文字くらいであったと記憶している。ということは、1行1文字だけで終わったとしても、文末の句点(丸)が入るので、残る余白は15文字分である。
 一方、私の使用するワープロは、1行が40文字で、1ページで36行という初期設定であった。これを変えるという知識の持ち合わせは私にはなく、初期設定のままで使用していた。
 ということは1行が最初の1文字で終われば、文末の句点を入れても38文字分の空白が生じ、新聞と比べ物にならないくらいに空白部分を生じさせることになる。
 これを避けたいがために、色いろと工夫することになる。
 下手な文章は縮めることにはさほど困ることはないが、ボリュームを増やすとなるとなかなか大変である。そもそも、読んで意味が分かってもらうために説明にはでき得る限り注力して書いてあるのだから、それ以上に文字数を増やせと言われても良い知恵が浮かばないという事情があるからだ。
 こんなとき、一番、スペースを潰すことができる方法は写真である。
 このヨレヨレ新聞を作成するワープロは、東芝社製の『ルポ』という機種である。
 なお、この機種を使うようになるには、次のような経緯からである。
 新聞を発行した前の年、1997年の暮も押し迫り、年賀状を作成していると、当時、使用していたワープロ、日立製作所社製の『ワード・パル』であったが、これが壊れてしまった。
 このとき、年末に関わらず営業していた家電量販店の栄電社(現・EDION)に行くと、写真も印刷できるといって薦められた機種が『ルポ』であった。
 当時、新聞を作るという漠たる構想はあったので、これは朗報と飛び付いたという次第である。
 新聞作りには、この写真機能が大いに役立った。
 使い慣れると、写真2枚、3枚を使用してパノラマ写真に合成することも可能であった。このように優れモノではあったが、この手のものとしてはごく初期のものであり、印刷するとインクリボンの重なる個所が横の筋となるなど、今からみると玩具のような代物であったが……。
 この写真の助けもあって、新聞も次第に量を増していった。
 こうなると、不便なことも起きてくる。
 20ページくらいなら普通のホチキスで留めることは可能だが、これを越えると上手くいかなくなる。文房具店で相談すると、同じような構造ながら多くの枚数を留めることが可能な機種のあることが分かり、以後はこれで留めることになる。ちなみに、最高ページは40ページというときがあったが、何とか、これで間に合った。
 この新聞も5年目、2002年の暮れ、第56号(臨時増刊を含む)をもって、廃刊を余儀なくされた。
 でも、この5年間というもの、山行きは言うに及ばず、新聞作りでも非常に充実した期間で、今から振り返ってみても懐かしく、色々の出来事が昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。
 しかし、このように過去ばかりに目を向けた、後向きの生活で果たして良いものだろうかという忸怩たる思いがないわけではない。だが、気持ちは前向きに生きていかなければならないとの思うものの、身体も、頭も思いのようには働いてはくれず、結果、できることは後ろ向きのことだけという悲しい現実がある。
0 DSC_6638C
   《表紙の年号を1年づつ間違えたのが悔やまれる》

● COMMENT ●

本づくり

ずいぶん昔から本づくりをされていたんですね。
写真を見せてもらっただけでも立派な製本です。
こうした本を生み出していくのは楽しいですし、三太夫さんは今でも続けておられるということですね。

 モタさん、おはようございます。
 昔、ヨレヨレ新聞を発行しており、この綴りをバインダーで留めておりました。以前から製本をしたいと思っていたが、1、2冊の製本は業者では行ってくれず、そのままになっておりました。
 最近、見よう見まねで製本が出来るようになり、これを機に、これまでバラ綴じになっていたものを改めて製本してみたわけです。
 こんなわけで、製本は素人の卵という段階で、この次はもう少しうまくやりたいと思いながらやっております。 

登山に関心がある方ならワクワクする表紙写真ですね

 tenkeiさん、こんばんは。
 新聞の発行時に合わせて、なるべく古い写真を引っ張り出して使いました。
 ①は、朝日岳から白馬岳へ縦走したときのもので、最奥が白馬岳です。
 ②は、甲斐駒ヶ岳へ向かう途中の駒津峰のもので、裏表紙に駒ヶ岳が写っています。
 ③は、中央アルプスの裏側から見たもので、宝剣岳、木曽駒ヶ岳が……。
 ④は、北岳から富士山を見たものです。


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