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2015-10

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御在所岳(ございしょたけ・1212m) - 2015.10.03 Sat

久しぶりの中道往復
 私は、この夏の山行きに、久しぶりの北アルプスを目論んでいた。
 しかし、なかなか姫君の御許しが出ず、いつしかお盆を過ぎてしまった。この頃になると、姫君も根負けしたのか、しぶしぶ了承を取り付けることに成功したが、今度は別の敵が現れた。
 それは、天気であった。早々と秋雨前線が日本列島に居座り、毎日のように雨を降らせるという異常な天候であった。日帰りとか、1泊なら晴れ間を見付けて何とか行くことができたであろうが、槍ヶ岳へ行きたかったので、現在の私の足であるなら2泊ないし3泊が必要となるので天気予報とにらめっこしなければならなかった。加えて、姫君の入院もあって、8月も、9月にも行くことはかなわなかった。
 10月上旬には、姫君と私の共々に病院の予約が入っていて行けないということから、北アルプス氏は別に足慣らしをすることに踏み切る。
御在所岳550×365
 29日(火曜日)、8時頃に自宅を出発する。
 ちょうど出勤時間と重なったようで津島辺りまでは混雑したので、久しぶりに現役時代を思い出しながらハンドルを握ることとなった。こんな事情もあって、鈴鹿スカイライン沿いの駐車場に到着したときには10時を少し過ぎていた。
 到着前には駐車場の空きがあるか否かを心配したが、着いてみれば、まだ3台くらいの駐車スペースは残っていて、先ほどの心配は杞憂に終わった。ちなみに、隣接する小さいほうの駐車場はガラ空き状態であったが、こちらへ停めるにはスカイラインからは入られず、湯ノ山のホテル街を通り抜けてこなければならない。
 車を停めて、早速、身支度に取り掛かる。
 本日は中道ルートを予定しているので、登山靴を履くことに決めていた。なお、ここ何年は登山靴を履くことはなかったが、前回の木曽駒ヶ岳の際に久しぶりに使用したところ、案外に履き心地が良かった。このため、槍ヶ岳に備えて、このように決めた次第だ。
 ところが困ったことが持ち上がる。登山ズボンを持ってくるのを忘れたので、現在、穿いているジーパンで行かねばならないが、裾幅の狭いジーンズでは登山靴が履き難い。仕方がないので、このところの定番となっているゴム長靴にジーパンというスタイルで行くことにする。
 10時20分、駐車場を出発する。登山口は、ここから鈴鹿スカイラインを少し登って行った所にあるので、この車道を歩いていく。
 4分ばかりで登山口に到着する。ここは御在所岳一ノ谷本谷に沿う場所で、冬場にはゴールである朝陽台も、そこへ至るロープウェイも見えるが、まだ樹木の葉っぱは青々と生い茂っているため、遠望は利かず殺風景、愛想のない登山口である。
 樹林の中に付けられた登山道を登り始めたとき、何故だか、『昼食を何処でしよう?』ということが頭をかすめた。次の瞬間、途中のコンビニで買った弁当を運転席に忘れてきたことを思い出した。
 登山口まで戻り、ここでザックの中を改めたが、やはり弁当は入っていなかった。早めに気が付いたことを褒めるべきか、車に忘れてきたことを責めるべきかを迷ったが、そんなことはどちらでもよい。ザックをそのままにして空身で駐車場へ弁当を取りに行く。
 10時36分、登山口に戻り、ザックを担ぎ上げて再出発となる。
 本日の中道コースに付いて簡単に説明しておく。
 御在所岳へ湯ノ山側、すなわち鈴鹿スカイラインからの登山道は、代表的なものとして表道、裏道、中道、一ノ谷新道の4本がある。もう1つ、中道と一ノ谷新道とほぼ同じ登山口の本谷ルートがあるが、これはバリエーションの意味合いの濃いものであるので、これら4本とは同一には語れない。
 この4本の登山ルートの中で、最も見晴らしがよく、見所があり、人気ルートになっているのが中道で、裏道と並んで登山者も多いことで知られている。
 登山口は、鈴鹿スカイライン沿いの御在所山ノ家の東側、本谷左岸沿いの標高560mの位置にある。
 ここから樹林の中に付けられた登山道を歩いていくが、この御在所岳は花崗岩の山であることから、人に踏まれた道は表面の土が削り取られて岩がむき出しになっていることが多い。それも深くえぐられたり、中には風化してボロボロになっていたりと変化に富んだ道となっている。こんな歩き難い道であるため、この正規の登山道脇には、歩き難いむき出しの岩の上を歩くのを避けるように、薄いものや、しっかりした踏み跡がいろいろと出来ているので、ザレた道を避けつつ、新しい踏み跡を選んで登っていく。
 こんな道を20分くらい登ると、最初の展望台にやってくる。ここは標高660mの尾根の上で、登山口から100mを登ってきた勘定になる。ここからは正面に御在所岳の頂上の1つである朝陽台(ロープウェイの山上公園駅)、その下にはロープウェイの白い大鉄塔、これを上下する小さいゴンドラも見て取れ、御在所岳に来たことを最初に実感できる場所でもある。
 ここからまた樹林の中へ入って視界が閉ざされるが、5分ほどで2番目の尾根上の展望台に上がる。ここからも先ほどと同じような景色、御在所ロープウェイを象徴する白い大鉄塔などが少し近くなった感じで目に飛び込んでくるが、2度目ともなればさほどの感激はわかず、横目に見ただけで立ち止まることはなかった。
 ここから2、30mは、風化してボロボロになった花崗岩屑の尾根を登らなくてはならず、何時も泣かされる所だ。このとき、男女2人連れが嬌声を上げながら賑やかに滑りながら降りてきた。訊くと、この先の負ばれ(おばれ)岩まで行ってきた帰りとのことだった。
 この難所を過ぎれば、また樹林の中の歩き易い道に変わる。こんな道を歩いていくと、追分道の三叉路になる。直進(左)が中道の本通り、右折が裏道への抜け道になっている。後者は踏み跡こそしっかりしてはいるが、その上には落ち葉がかぶさっていて、最近は歩く人はあまり多くはないことを物語っている。
 ここからしばらく進むと、ロープウェイの架線の下を通り抜ける。ここは何年か前のこの一帯を襲った洪水被害を受けて崩れた場所であるが、補修も済んでおり、そのことを知らなければ何事もなく通り過ぎていきそうだ。ちなみに、この洪水禍では谷沿いルートの裏道は壊滅的な被害を受けたが、この中道は尾根道ということもあって崩壊(一部)したのは、ここだけという軽微な被害で済んだ。
 11時20分、負ばれ岩を通過する。
 負ばれ岩は、巨大な板状の岩が2枚、重なるようにして立っている。これで人をおぶっているように見えるという意味で、このように名付けられたらしい。この岩は、この中道の巨岩、奇岩の1つで、評判は高い。この岩は巨大過ぎて、この場所では写真を撮ろうにも収まりきらない。なお、少し先に、この岩の全貌を一望できる場所があるにはあるが、今の季節は木のはに邪魔されて、展望台の役目は果たしていなかった。
 負ばれ岩を皮切りに、次々に名物岩が顔を見せる。この次はサイコロ岩である。この岩は、2本の細長い柱状の岩の上にサイコロ状の四角い岩が乗っているものだ。この岩を私はサイコロ岩と呼んでいるが、負ばれ岩同様、この岩にも正式名称があり、それを不動岩という。
 この岩を目指して歩いていくが、なかなかこれが現れない。おかしいと思いつつ歩みを進めていくと、『5合目、850m』という標識の立つ場所にやってきた。辺りを見回すが、サイコロ岩はない。『おかしい、崩れ落ちてしまったか』
と思っていると、やはりそんなことはなかった。11時44分、サイコロ岩の前を通過する。しげしげと眺めてみるが、依然とは変わらない不安定な形ながら、今日もまた崩れることなく、立派に建っていた。
 この先、このルート上ではないが、右手へ少しは行った所に立岩という名前の付いた岩がある。これは2本の太くて長い岩が天に向かって屹立している。ちなみに、この岩を最初に見たときの印象で『チンポコ岩』と名付けたが、やはりこの名前を人前で口にするのは気が引けるので、正式名称の立岩を知ってからは、これを使っている。
 もう、ここへくることはないかもしれないので、『最後に見ておくか』と思っていたが、ここへ行く分岐にはロープが張られて通行止めにしてあったので、ここへ敢えて行くことは中止する。
 ここからザレ場をやり過ごすと、ほぼ中間点、登山口からの距離が1000m地点である。ここは、人呼んでキレットというが、V字型に切れ込むような地形にはなっておらず、この呼称を使うには些か抵抗感がある。正しく言うならば、岩場である。
キレット 1030
 ここには『6合目、900m』という標識が立てられているが、ここは国土地理院が標高を計測した標高点があり、その正確な高さは919mだ。
 ここに着いたとき、時計は11時54分を指し示していた。これを見て、『なるほど』と思った。このとき、身体に少し変調をきたしていたのだ。震えまでは起こっていないが、その前兆を示すような、不快な感じがしていたのだ。
 私は持病になっている血糖値を安定させる薬を常用している。このため、空腹時には低血糖になって身体に震えがくることがあり、このような場合には糖分を補給して対処するようにと医者から注意されている。
 風が強いのが難点ではあるが、時間も時間だし、場所もよいので、ここで食事をすることにし、平らな岩を選んで腰をおろして食事を始める。
 目を先にやるとロープウェイの白く塗られた大鉄塔は太陽の光を跳ね返すのか銀色にでも塗られているかのようにピカピカと光り輝き、何時もとは違った姿を見せていた。
 そういえば、この岩場に来るのは何時以来のことかと記憶を辿ってみるが、判然としない。いずれにしても、ここ4、5年の話ではなさそうだ。私たちは、御在所に登った後、降りに中道を使うことが多い。でも、この岩場を降りきった鞍部で方向を右に転じ、本谷のほうへ降りるので、この岩場にくるのは思いだそうとしても思い出せないという訳だ。
 12時15分、食事と休憩を終えて、この岩場を降り始める。
 この岩場の高さは10mくらいで、高さとしてはたいしたものではないが、何しろ垂直に近い角度であるので、降り始めには恐怖感を味わう。特に、本日は思いだそうとしても思い出せないほど前に降りただけであるということに加え、最近、こういう岩場の下降は体力的にも不安があるからなおさらである。ちなみに、体力的不安とは、バランスが悪くなったこと、身体が以前よりさらに固くなっていて方向転換などに制約を受けるようになったこと、膝に力が入らなくなったことなどなど、列挙するときりがないほどだ。
 でも、降り始めてみれば、下降ルートとか要領は身体が覚えているとみえて、最初に感じたほどの難儀はせずに済んだ。
 降りきった所で頂上のほうから来た下山者が私の通過を待っていてくれた。礼をいい、「ここは怖いですね」と言葉を繋ぐと、「この先、もう1ヶ所、危険な場所があります」との返事が返ってきた。この言葉を聞いて、一瞬、考え込んでしまった。この先、そんなに大変な場所はないはずである。危険な場所というとどこであろうと……。すると彼は、「頂上に近いところです。岩場ではなく土の道です」と教えてくれる。こう聞けば、およその見当が付く。頂上直下の禿げた場所だろうと……。
 ここでは大変怖い思いを味わったことがある。それは古い話で細かい記憶は薄れているが、恐怖感だけは今でも強く記憶に残っている。冬場で多少の積雪はあったかもしれないが、アイゼンを付けるほどではなく、登りは何事もなく登った。問題は降りに起こった。頂上直下のこの裸地が凍ってしまっていのだ。姫君も私もアイゼンは持参していないので、登山靴だけで降りなければならなくなった。腰を下ろし、登山道脇の笹とか木の枝など、身体の支えになりそうなものは何でも掴んで必死の思いで降りきったときには手も足もパンパンに張ってしまっていた。このときは本日と同じように強い風の吹く寒い日であったので、風により一気に凍ったための現象だったようである。
 これは冬場のことであって、現在は寒い日といっても秋口としては寒いというだけのことで道が凍る心配はない。怖いとなると、考えられるのは崩落でも起こったことくらいだが、『それほどでもなかろう』と思い、教えてくれた彼に例を言って、頂上に向かって歩き始める。
 ここからの道は樹林の中の急登である。ここは土の道で歩き易いが、道の真ん中には大小の岩が不規則に行く手を阻んでいて、これを乗り越えて進まねばならないので普通の土の道を歩くようなわけにはいかない。
 この頃になると、足もだいぶ疲れが溜まってきているようである。自分でもヨロヨロと歩いているのが自覚できるほどである。先ほどの登山者の親切な渓谷は、岩場を降りる私の姿が余ほど危なっかしそうに見えたためだろうと、このとき初めて彼の真意が理解できた。
 こんなことを考えながら登っていると目の前が開けてきた。私たちが、『下の岩場』と呼んでいる展望台に到着したことが分かる。12時38分だった。ここには、『7合目、1000m』の標識が立っているが、実際は1000m地点に到達する前、980m辺りの場所である。
 この展望台からは、国見岳および国見尾根が目の前に横たわる様が手に取るように見え、休憩に適した場所だが、まだ、先ほど休憩したキレットから20分ほどが経過したばかりであるので、立ち止まることなく歩みを続ける。
 先ほどと同じような道を歩んでいくと、13時05分、上の岩場に到着する。何時もなら、ここには多くの人たちが休んでいるが、本日は登山者が少ないためか、ここの直前で追い越していった若いカップルが記念写真を自撮りしているだけだった。彼らに声を掛けて、写真を撮ってやるが、それにしても最近は自撮りする人を多く見かける。一昔前までなら、腕を伸ばして自分を写そうとしても、顔の形が変形したみっともない写真しか撮れなかった。今のカメラは、レンズが以前のものに比べると広角になっているので、鑑賞に耐えうるものが写るのかもしれないが、私は試してみたいとも思わない。
 この先には、岩場のトラバースがあり、固定された鎖に頼って横移動しなくてはならず、少なからず緊張する場所である。私は、ここまで首にかけて持ってきたカメラをザックの中へしまいこんで備えた。この作業中、先ほどのカップルの女性は、ここへ初めて来たといっていたので、内心、ここの通過を心配していた。だが、結果は怖がることもなく意図もたやすく通過してしまった。「怖いわ」などと、怖がると思っていた私は何だか拍子抜けした感じであった。
 ここを過ぎれば、この先、要注意箇所はない。
 岩の大広場を過ぎ、少しの区間の笹の切り開きの急登をこなすと、茶色の地肌がむき出しになった裸地の斜面が眼前に広がっていた。ここが先ほどの登山者が言っていた危険な場所ということになるが、別に新しい崩壊は起きておらず、何も心配するほどのことではなかった。
 ここを終えると最後の登りで頂上の一角に着く。ここを登っていると、登山者の一団が降りてきた。この中の2人に見覚えがある。2人に見覚えというと語弊があるので正確にいうと、派手ないでたちと目立つ化粧の女性のほうに見覚えがあった。キレットの岩場で食事をしていた折、後からきて少し休んでから先行して行ったカップルだった。「早いですね。もう、お帰りですか」と声を掛けると、男性のほうが私を覚えていたようで、少し立ち話を交わす。そして、私と同世代にみえる彼が曰く、「帰りはロープウェイですか?」と。このとき、足の疲労がピークに達していた私は、一瞬、『ロープウェイもいいな』という考えが頭を過ったが、同時にポケットには1000円札が1枚入っているだけという現実にも気付き、「そうしたいところながら、おカネを持ってこなかったので……」と答えていた。
 後になって冷静に考えてみると、「ロープウェイで帰るのか」と彼が尋ねられた裏には、余ほど私の歩みがヨロヨロとした危なっかしく映ったからだろうと思わざるを得なかった。
 この彼にしろ、キレットの彼にしても、私が登山には相応しくない人物に映ったことだろうと思うと、何だか寂しい気になってきた。
 13時28分、4、5段の小さい梯子を登り上がると、そこは御在所岳の幾つかある頂上の1つ、朝陽台の一角、展望台の前に立っていた。ここでひとしきり写真撮影を行い、この先の見晴し台にも降りて同じく写真を撮る。
 13時40分、何時も私たちが頂上と見做している山上公園駅上の広場に到着する。キレットからここまでの水平距離はおよそ800m、前述のように登山口からキレットまでが1kmなので、通算すると1800m、単純標高差640mという登山に要した時間は3時間04分、キレットでの休憩時間23分を差し引くと正味2時間41分となる。これまでなら2時間か2時間余で登っていたので、3、40分が余計にかかるようになったことになる。
 この日は平日のためか、風が強いことが災いしたのか、何時もなら観光客や登山者で賑わうこの公園も閑散としていた。テーブル席で休んでいたのは、大津市から来たという男性登山者が唯一の人であった。
 彼と少し歓談した後、13時53分にここを後にして下山を開始する。
 降りのルートは一ノ谷新道も考えたが、もう1度、キレットでの撮影もしたかったので、芸のない話ではあるが往路をそのまま降ることにする。
 15時05分、キレットに到着、写真撮影も終える。さてこれからどうしようかと考える。このままキレットの岩場を越えて往路をそのまま帰るか、それとも鈴木新道を通って本谷に降りて御在所山ノ家へ帰るかをである。
 鈴木新道は今年4月に御在所岳に登った際、降り時に通っているので、道を間違えることはないであろうが、この道を通る人は皆無であろうことは目に見えている。このため、何かがあれば大変だということも考えないといけない。このため、時間は長くかかろうとも安全な道を選んだほうがよいと判断して、往路をそのまま逆に辿ることにした。
 ちなみに、鈴木新道とは、御在所岳を登るグループが開発した道でキレット下を通る谷の中を通るルートである。私たちも、初めの頃はこの道を通っていたが、あるとき、姫君が別の踏み跡を発見、これを通ってもほぼ同じ場所に至ることが分かり、以後はこの道を通ることにしている。なお、この踏み跡は、昔の杣人などが歩いていたらしく、かっては御在所山ノ家の佐々木老人も通っていたとの由。
 途中で、頂上で出会った大津市の人も追い付いてきて、以後、彼と一緒に登山口に帰る。このとき、正確な時間は採っていないが、16時10分頃だったと推定される。
御在所岳 0989
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