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2015-08

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木曽駒ヶ岳(きそこまがたけ・2956m) - 2015.08.04 Tue

何年ぶりかの木曽駒ヶ岳
 1年ほど前から行き付けの調剤薬局が主催するギャラリーに写真を出品するようになった。前回出品したのは、6月に行った八方尾根で撮った『雪に閉ざされた八方池』という作品である。これを出してから1ヶ月余が経過するために作品を替えたいところだが、このところ写真を撮るような機会がなく、レアなものがない。このため、7月の中頃からアルプス行きを狙っていたが、姫君の御許しが出ないので延びのびになっていた。
 実は、姫君がチョッとした手術を受けたので、彼女自身は山へは行くことはできない。したがって、山へ行くとなれば私の単身行とならざるを得ない。姫君としては、自分が同行して監督しないことには私が糸の切れた凧同然で、何をやらかすか不安だという気持ちがあるようで、これらしきことが言葉の端々にでる。
 こんなことでは何時まで経っても埒(らち)は明かない。そこで、正面突破の強硬策に打って出ることにして、「これから木曽駒へ行ってくる」と毅然として宣言する。本当は槍ヶ岳へ行きたかったが、宿泊を伴う山行きでは曲がりなりでも了解は取り付けられないだろうことを見越して日帰りできる山を選んだという次第だ。文句を言われることは織り込み済みだったが、私のあまりにも毅然とした態度に恐れをなしたのか、強い抵抗は見せず、黙認するということで落ち着いた。これが、8月1日の昼飯後だった。
 それからあたふたと準備をして、車を出したのが14時30分であった。
 木曽駒登山口のある駒ケ根市までは、グリーン道路で足助まで走り、ここから国道153号で飯田市を経由して行く予定を立てた。この計画では、グリーン道路が有料であることが気にくわないが、ここの通行料は安価であるので目をつぶることにした。
 この日は土曜日であったことが道路事情をどのように替えたのかは分からないが、飯田市街の通過を除けば概ね順調に走ることができた。駒ケ根市まで一気に走り、ここで夕食を摂ったあとに翌日の朝食と昼食をコンビニで買いそろえてから駐車場に向かう。
 ここには駐車場が2つある。メインは駒ヶ根ICにほど近い菅ノ台バスセンター、もう1つがその先にある黒川平駐車場である。ほとんどの登山者は菅ノ台を使用するようだが、ここは混雑するので私は黒川平のほうを選んだ。
 黒川平駐車場に着いたときは、19時の少し前。この時間では駐車場の管理人は帰った後だったが、出入りは自由に出来るので、車を中に乗り入れて適当な場所に駐車する。
 夏休みの奇観であるのに加えて週末の土曜日ということを考慮すると、相当に混み合っていてもおかしくはないところだが、停まっている車は10台あるかなしかという寂しい状態であった。この停めてある車に人は乗っている気配はなく、上に泊まった人たちのものと思われる。ということは、車中泊するのは私1人かもしれない。大混雑を予想していただけに、何だか拍子抜けした。
 到着して直ぐに暗くなったが、この頃はまだ暑い。とはいっても名古屋の暑さとは異なってムシムシ感が高くはないので、掛蒲団を出すべきか否かを迷うほどだった。結局、掛布団を出し、その上で横になる。夜中に目を覚ますと、暑かった昨夕は何処へ行ったかと思うほど涼しい夜になっていて、寝直すときには自然に布団の下に潜り込んでいた
木曽駒ヶ岳地形図
 8月2日、4時頃に寝覚める。
 始発のバスは本日に限って5時18分であることは調べ済みである。これには、まだ時間は充分あるので朝食を摂ろうかと思うが、あまりにも早過ぎる。結局、千畳敷で食べることにして、持っていく荷物の整理を行う。本日は長靴ではなく、登山靴を何年振りかに履く予定である。何年も使っていないと底が剥がれるという話を良く聞くので心配になってきた。そこで用心のため、スニーカーをザックの底に詰めていくことにした。こうして準備をしているうちに何台かの車がやってきて、昨夕に比べると少し活気が出てきた。
 6時前だというのにバス乗場にバスが停まった。1組の登山者が掛けていくので心配になったが、直ぐにこれは臨時のバスであることが分かる。この調子では、また臨時バスが来ることが予想できるので、荷物を担いで乗場へ急ぐ。
 乗場では神奈川からきたという夫婦が並んでいた。話を聞くと、空木岳まで縦走する予定で、本日は木曽殿乗越で泊まる予定だとのことである。こういう話を耳にすると、今の自分の体力のことを顧みずに、ただただ無性に羨ましく、自分でも歩いてみたくなるので始末が悪い。
 5時50分頃、バス2台が相次いでやってきた。最初のバスは満席だったようで通過して行ったが、2台目のバスが私たちを乗せてくれた。
 黒川平からロープウェイのしらびそ平駅までの所要時間は概ね30分。ロープウェイの始発は6時ちょうどであるので、だいぶ待たなければならないと思っていたら、これもバス同様に臨時便を運航していた。
 このため、5時50分頃にしらびそ平発の箱に乗ることができた。千畳敷まで10分弱であるので、6時には千畳敷に着いていた。
 駅舎前のベンチに座り、早速、朝食を摂る。ここのベンチには私と同じように食事をする人がズラッと並んでおり、同じようなことを考える人が多いことに驚く。
 こうして食事は無事にすますことができたが、困ったことが1つあった。ここにはゴミ箱の備え付けがなく、空になった弁当箱は捨てるわけにはいかず、ザックに仕舞い込まなければならないことだった。でも、これだけの観光地である。登山者を含めた観光客のお陰で成り立っていることを考えれば、ゴミの引き受けくらいのサービスをしてもよさそうなものだとの思いが募った。
 6時30分、木曽駒ヶ岳へ向かって千畳敷駅を歩き始める。
 千畳敷は氷河によってつくられたカールの底にあたり、この辺り一帯は比較的に平らな地形となっている。ここには1周がおよそ900mの遊歩道が設けられ、ここは登山者に限らず一般観光客も散策して回ることができるように造られている。また、この遊歩道沿いには数々の高山植物の花が各々が「私が一番」とでも誇るように咲き競っている。
 本日の目的は風景写真の撮影のため、雲が立ち上らないうちに上まで登りたいため、これらの花は横目に眺めるだけで通り過ぎる。とはいえ、これぞという花に出合えば、やはり撮りたくなるので手持ちスタイルで撮影していく。
 遊歩道を時計回りに進んでいくと、遊歩道と登山道の分岐にやってくる。
 ここから稜線の乗越浄土までは急登を強いられる。このルートは駅舎の前から手に取るように見えているが、なかなかの急登である。これを誰でもある程度納得できるように説明すると、高度差は200m、水平距離405mである。これを道路などで傾斜を表す表現に改めると、49%の勾配ということになり、4WDのオフロード車でもとても登ることはできないほどの角度である。いろいろの山に登ってきたが、これだけの勾配を、これだけの距離を登り上がるという所を思い出そうと努力してみたが、直ぐには思い付かなかった。
 千畳敷から木曽駒山頂までのコースタイムは2時間ほどだとの記憶だったので、わざわざ途中で休憩を採るまでもないと思って歩き始めたが、久しぶりの山歩きのためか、はたまた街中ほどではないとはいえ暑い日差しを背中から浴びるのが原因かは分からないが、汗は噴き出し、呼吸は乱れてくるということになり、ちょうど日陰があったので、ここで予定にはない休憩をとる。
 水を飲み、ひと息ついたところで改めて振り返ってみると、雲海が南アルプスまで途切れることなく続いていた。この雲海も太陽の熱で暖められるにつけて穴が開いたり、乱れたりするので、この景色は早出した者だけに与えられた御褒美だと嬉しく頂戴した。
 2、3分も休むと動悸も収まってきたので、ザックを担ぎ上げる。改めて前方を確認すると、稜線で休む人が見える位置まで来ていたことがわかり、あと一息だと踏み出す足に力が入った。
 7時39分、標高2850mの乗越浄土と呼ばれている稜線に到着する。
南アルプス
 ここまでくれば、途中にアップダウンがあるといっても標高2956mが頂上であることを考えればたいしたことはない。先ほど、休んだばかりで体調も良いので、改めて休憩することはない。多くの休憩する人たちを横目に歩き続ける。
 乗越浄土から直ぐの所に濃ヶ池分岐の看板があった。この池には思い出がある。10年い以上も昔の体育の日に、本日と同じように木曽駒に仲間と登った。頂上で昼食を済ませてから濃ヶ池に回った。このとき、1人が歩けなくなり、急遽、この先にある天狗荘に泊まることを余儀なくされた。これだけでもハプニングであるのに更に予期せぬことが起こった。その日の夜に早々と降雪があり、翌朝、起きてみれば辺りは真っ白。10月10日では雪装備を持参する者はなく、乗越浄土からの急坂をおっかなびっくりと数珠繋ぎになって降りた。
 こんなことを思い返して、看板を横目に通り過ぎると、宝剣山荘である。
 ここは中央アルプスの主稜線脇で、木曽駒ヶ岳・宝剣岳・千畳敷への三叉路になっている。ここへきて、帰りは宝剣岳を越えて極楽平まで足を伸ばし、ここから千畳敷へ降りようと漠然と考えていた。
 次にやってきたのは中岳へ直登する道とこれを巻く道の分岐である。
 この分岐の標高を地形図から算出したところ、2885mだった。ということは、標高2850mの乗越浄土との差は僅か35m、ほとんど平坦な道を歩いてきたことになる。
 だが、この分岐から中岳までは少しだが登り勾配になる。やれやれと思って中岳の頂を眺めると遥か上のほうにあるように感じた。でも、歩いてみれば難ということはなかった。8時01分、中岳頂上に到着したときに息は乱れていなかったし、心臓も正常な鼓動を伝えていた。
 この頂上でも多くの人たちが休んでいたが、これから降りであることを考えると休む必要はない。降る際に自然に休憩が採れるということだ。
 中岳からは岩の多い道を急降下することになる。前方には最終目的の木曽駒ヶ岳が見えており、何も降らなくても水平移動の手段があれば余分の労力を使わなくてよいのだがと徒労感を味わいながら降りていく。
 中岳と木曽駒の間にある最低鞍部には中央アルプスには数少ないテント場がある。しかし、私たちはここでテントを張ったことはない。何故なら、ロープウェイを使うとここで泊まるというと何か中途半端になってしまい、次の檜尾避難小屋へ行くか、木曽殿乗越まで足を伸ばすとかするからだ。
 この最低鞍部を通過すると、次のひと登りで最終目的地の木曽駒ヶ岳の頂上だ。標高差100m、水平距離300mの登りであるので、まずまずの登りであるが、そこで終わりという気持ちのためか、あっという間に着いていた感じであった。
御嶽山
 8時40分、頂上に到着するが、真っ先に目に飛び込んできたのは激しく噴煙あるいは蒸気を噴きを上げる御嶽山の姿であった。次いで後へ目を転じると宝剣岳から空木岳までの中央アルプスの核心部が一望、その後方には夏であることを改めて知らしめるように積乱雲が3つ、4つ上へ向かって背を伸ばしていた。
 頂上滞在は20分くらいであった。
 下山は中岳の巻き道を通って宝剣山荘へ出て、ここから宝剣岳を登り越して極楽平まで行き、ここから千畳敷に降りる予定であったが、最初の巻き道で少し怖い目に遭い、この計画を遂行することを早々と諦め、往路と同様に乗越浄土からダイレクトに千畳敷へ降りることにした。
 時間が充分あるので、千畳敷の遊歩道をジックリと見て回り、花の写真を採るつもりであった。しかし、実際に歩いてみると、ここはもの凄い人出で、とても三脚を立ててユックリ撮影をする環境ではなかった。このため、往路と同様に手撮りすることになるが、やはり私の腕ではこの方法での撮影は無理で、花の写真のほとんどが手ブレという結果に終わった。
 こうして曲がりなりに木曽駒ヶ岳を終えて千畳敷に戻ってきたのは11時45分であった。
 このとき、ロープウェイは普通30分間隔で運転されるのが9分間隔のフル運転をしていた。それでも駅舎外までロープウェイを待つ人たちの列ができていて、これからはドンドン列は伸び、さらに伸びれは整理券を発行して待ってもらうとのことであった。これなら早く退散したほうが良いと判断、30分ばかり並ん出す絵に、ようやくロープウェイに乗ることができた。
木曽駒頂上
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