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2014-04

御在所岳②(ございしょたけ・950m辺りまで) - 2014.04.28 Mon

穏やかな春の日を背に千種街道を歩く
 春になると1度は歩く道がある。それは、千種街道といい、昔は近江と伊勢を結ぶ鈴鹿山脈越えの主要交通路であった道だ。それから時代は下がり明治以後、鈴鹿の山中に鉱脈が発見され、この発掘が昭和20年代まで行われていたことから、これら鉱物の運び出しにこの道が活用されたが、これらの廃鉱とともに道は使われなくなり、今では登山者以外には歩かれなくなっている。
 近江(滋賀県)側は甲高畑、また伊勢(三重県)側からは千種が起点となっている。なお、この街道は近江商人が伊勢の国へ抜ける際に専ら使用されたことから、彼らが千種へ向かう道ということで、千種街道という呼称になった模様。ちなみに、現在は三重県側の起点は朝明となっているが、昔は三重県側の人家のあるのは千種が最も西であったので、このように呼ばれた。千種より西へと開発された現在なら朝明街道と呼ばれたことであろう。
 私たちは滋賀県側から歩いたことはなく、いつも三重県側からである。それも西へ歩いたとしても、雨乞岳とイブネの間にある杉峠までが精一杯である。
 朝明から杉峠までの千種街道についての概略を説明しておく。
 朝明からは伊勢谷に沿って上流へと遡上していくと、根ノ平峠にでる。ここが三重県と滋賀県の県境、昔流にいえば、伊勢の国と近江の国を分ける峠とでもいうのだろう。ちなみに、根ノ平峠は、竜ヶ岳と御在所岳を結ぶ稜線上にある峠だが、今は、この北にある石榑峠が専ら使われていて、根ノ平峠は名前が残っているだけで峠としての体をなしていない。
 根ノ平峠から先は複雑な地形で説明することが難しいが、谷沿いを歩いたり、山腹を巻いたりして上水晶谷へでる。
 この谷を渡り、直ぐに谷沿いに降っていくと、愛知川にでる。この愛知川を徒渉、これへ流れ込む小さい沢を登り詰めると、そこが小峠だ。ここから下り降りると神崎川(先ほど、徒渉した愛知川の上流)で、ここからは概ね神崎川に沿って歩く。最初に支尾根を越えると高昌鉱山跡、さらに進むと杉峠に到着する。
 これが昔からの街道であるが、今の登山道は少しルートが変わっている。上水晶谷から先だが、愛知川を徒渉することなく、そのまま愛知川沿いに登っていくと、次に出合う谷がコクイ谷だ。以前、このコクイ谷を徒渉していたが、今は手前で愛知川を徒渉する道に付け変えられている。これを進むと次に神崎川を徒渉するが、この徒渉した所で旧街道と合流している。
 私の拙い筆で説明するとこんな具合だが、朝明登山口(標高500m)から根ノ平峠(同803m)まで登り上がれば、以後は平坦な道が続くので、新緑の中を歩くには誠にもって快適なコースである。
 4月26日は9時30分頃、朝明の駐車場に到着すると、既に多くの車が停まっていて、私たちは最後尾の列の左端に駐車するように係員から指示される。ゴールデンウィークの初日ということもあって、この程度の人出は想定内であったが、これは管理者側にも考えたようで、登山についてのアンケートが用意してあって、この解答を求められた。
 これらを終えて歩き始める。
 最初にトイレに立ち寄ると、これが真新しく、建て替えられたことが分かった。これが何時であるかは不詳ながら、今シーズンが使用開始らしいことは、その真新しさから推定できた。なお、ここの大便器は腰掛式のものが設置されていて、これは私にとっては朗報である。膝が悪かった時から和式に座ることはしなかったせいか、膝が直ってからも洋式便器でないと用が足せなくなっているからだ。
 駐車場から朝明渓谷沿いの舗装道路800m余を歩くと、対岸に伊勢谷小屋がある。ここへ通じる橋の袂に登山口の表示がある。以前は、このもう少し上の方に堰堤工事に使用された道路があって、これを登山道として使っていたが、現在はこの橋を渡って伊勢谷小屋の脇をグルッと回っていく道になっている。
 この道を進むと、伊勢谷にぶつかる。以前は徒渉していたが、4、5年前の土砂崩れによって谷がズタズタになってしまい、現在はこの手前で右折する道が新しく造られた。
 間もなく、従前から使用されている工事用の道路に合流する。この道路は堰堤工事の資材運搬用に建設され、コンクリート舗装が施された立派なものであったが、工事が終わって道路として使われなくなってからは荒れるに任せていたため、現在ではそんなに立派な道路であったことが分からないような荒れた道になっている。
 この道も2重の大堰堤の所、標高660mで終わっている。ということは、これより上流に堰堤はないということでもある。
 この堰堤の手前で左岸に渡り、渡り終えた所で直ぐに伊勢谷の中に入る。ここで道を誤った。
 この谷が壊れてから登山道は谷の左岸を高巻く形に造り変えられていたことをスッカリと失念していて、従来どおりに谷の中を歩き始めた。直ぐに、右手の山肌が崩落、大きな岩石や崩れ落ちた立木に阻まれて歩き難くなってくる。これを押し分けて前進、間もなく道に登り上がる。このとき、姫君は歩き易い場所を選んで歩いたのか、向こう岸近くにいた。大急ぎで呼び寄せるという一幕があった。
 間もなく、道は伊勢谷から離れて山腹の涸れた小さい沢を登り上がっていくようになる。こうなると根ノ平峠は近い。付け変えられた木の土留め階段を登ってしばらくすると、ブナ清水分岐にやってきた。ここから根ノ平峠までは指呼の間で、これまではここで立ち止まることはなかったが、本日は姫君が息を弾ませて休憩を要求。先ほどのアクシデントで調子が狂ったようだ。ここで初めての立ち休憩を採り、のどを潤す。
 再び、歩き始めると、直ぐに根ノ平峠に到着。ここで予定どおりの小休止。
超極小の花
 ここから先、滋賀県側へ足を踏み入れることになる。
 以前は、この辺り一帯は1m弱の笹に覆われていたが、これが枯れた今は荒れ地に灌木が疎らに生えているだけという変わりようで、昔とは道も多少は変わっている。特に変わったという印象を受けるのはタケ谷を越えてからだ。ここからしばらくはこの谷に沿った道を歩く。昔は背の高い笹が繁茂していて谷が見えず、沢音だけが谷があることを教えてくれていた。今では遮るものは何もないので谷がまともに姿を表している。「こんな谷だったのか」と改めて以前の沢音を懐かしく思い出していた。
 大石の所にやってきた。この石の所の三叉路を真っ直ぐ進んでいくと、タケ谷が愛知川と合流するタケ谷出合(であい)、左折すると上水晶谷への道、千種街道である。
 前述のように、ここから先の地形は複雑で説明するのはなかなか難しい。でも、道はシッカリしていて余ほどのことがない限り、踏み外す懸念は少ないと思う。
 こんなわけの分からないような道を歩くこと、およそ30分くらいで上水晶谷へ出る。ここは、この谷が愛知川に合流する上水晶谷出合から500mくらい上流という位置関係にある。
 この谷を渡った所にチョッとした広場があり、本日のような連休にはテントを張る人もいる。現に、帰りに出会った2人連れは、「今晩、ここに泊まる」といっていた。このグループも若かったが、この日に出会った登山者は若い人たちが多かった。昔は、老人の占める率が高かったが、ここ数年で様変わりしていることに気付かされた。いずれにしても、喜ばしい傾向だといえる。
 上水晶谷から少し歩くと愛知川に近付き、以後、これに沿って歩くことになる。ここからは昔の街道から外れるためか、道は狭くなり、それも山腹に無理矢理付けられたような道で歩き難い。やはり長年にわたって人が歩き易いように造られた道と、歩ければよいという急場しのぎの道とでは、このような差が出るのはいたしかたないことかと思ってもみる。
 このように歩き難いとはいえ、上水晶谷の標高が770mであるのに対して次のコクイ谷出合のそれが750mというのでも分かるように平坦であるために身体への負担は少ないこともあってルンルン気分で歩くことができる。ルンルン気分に拍車をかけたのは新しい花の発見である。
 それは、こんな具合に姫君が見付けた。
 とある場所でエンレイソウを撮影していた。この花は珍しい花でも何でもないが、こんな花であるので見付けても撮影しようと思うことが少ない。そういえば、今年、まだ撮っていないことに気付いたことや、本日は確たる収穫もなかったことも手伝い、これを撮影する気になった。
 このとき、近くで姫君が珍しい花を見付けたようで、「この花、何?」と尋ねてきた。撮影を切り上げて、姫君の指し示す物体を見ても、花だと思うまでに暫く時間がかかった。さように対象物は小さく、目を凝らして暫く眺めなければならなかったからだ。そして花らしいと分かり、カメラのレンズを近付けるだけ近付けて覗いてみる。すると、それは確かに花だった。さらに注意深く観察すると、超極小ながらリンドウに酷似していることが分かる。でも、こんなに小さいリンドウをこれまでに見たことはない。リンドウの咲き始めたもので、これから成長して大きく育つものかとも考えたが、花の中にはメシベやオシベも付いているので、この小さいものでも立派な花だと考えると、最初の仮説も崩れていく。花の直径は5mmあるか、ないかというサイズである。それでも珍しい花にお目にかかれたことで、ここへ来たことを喜ぶことができた。ちなみに、家に帰ってパソコンで観察してみると、フデリンドウに似ているが、名前を知るには至らなかった。
 このとき、時刻は12時を少し回っていたので、前進はコクイ谷出合までとして引き返すことにする。
 でも、暑くもなく寒くもないほど良い陽気に加え、上空は綺麗に晴れ渡っていて絶好の山歩き日和である。こんな日にこれだけで帰るのも少しもったいない気もしてきた。このため、地獄谷まで足を伸ばすこと思い付く。この谷の最初の滝の辺りで花が咲いていることをおぼろげながら思い出したからである。
 上水晶谷までは往路をそのまま忠実に戻り、この谷を徒渉、谷の右岸を国見峠のほうへ登り上がっていくのだ。すると、進行方向右手、左岸側から地獄谷がこの上水晶谷へ流れ込んでいる。この谷を少し遡上していくと、目的の滝がある。
 上水晶谷を登山道が横切る辺りの標高は770m、地獄谷出合が標高920mだから、この間の標高差は150mだ。直線距離でいうと830m内外、この間、谷に沿って曲がりくねっているので実際の歩行距離は1kmくらいだろうか。こんな道なので身体に負担がかかるような道ではないが、問題は歩く右岸側、国見岳の西斜面からいくつもの沢が流れ込んでいるので、これを乗り越えていかなければならず、このような場所では体力の消耗が多く、これを考慮するとそれなりのエネルギーは消費しなくてはならない。
バイカオウレン
 地獄谷出合までは、ずっと右岸側に道が付いているが、道といっても踏み跡程度のものである。中には落ち葉などで道がかき消されている場所もあり、そういう所は適当に歩いているので道を正確にトレースしているのか、外しているのかは判然としない。いずれにしても、要は上水晶谷に沿って歩いていけばよいのでそれほど神経質になる必要はない。だが、帰り道では、これが裏目に出て道を間違えてしまったが……。
 この間で1ヶ所、道が山腹の崩落で途切れている箇所がある。ここの通過は高巻くには険し過ぎるので、谷の中へ入るのだが、右岸沿いに歩いていけばよい。だが、水を避けていくので歩き難いことは確かである。私は強引に突破したが、姫君は左岸側のテープを見付けて、いったんは左岸に移って、再び、右岸に戻ってきた。
 こんな難所はあるものの、大過なく通過していくが、なかなか地獄谷出合にやってこない。ここには登山道のある右岸側に標識が出ているので、これを目当てに歩いてきたが、これが見当たらない。そのうちに前方に国見峠らしきものが見える地形になり、谷の相も上流っぽくなってきて、通り過ぎてしまったことに気付き、仕方なく戻ることになる。
 それからは左岸に注意しながら歩いていくと、それらしき谷が流れ込んできている場所を見付ける。とはいえ、これだという保障はないし、自信もないので、とにかく、そこまで行ってみることにする。そして上水晶谷を左岸へ徒渉する。このとき、ここで正しいか否かに神経が取られて、足元への注意がおろそかになっていたようだ。足を降ろした岩がグラッと動き、バランスを崩して谷の中へポチャン……、ということまでにはならなかったが、足を水中に落とし、背中で岩にしがみついて辛うじて水没は免れた。長靴を履いていたので大事には至らなかったが、長靴の中に少し水が入り靴下が濡れてしまった。
 こんな事故はあったが、左岸に渡り、目星を付けた谷へ入っていく。ほぼ、ここで間違いないという確信は得たが、踏み跡はほとんど見当たらなく、前進してみるより他に確かめる術はなかった。
 この地獄谷ルートは、昭文社の地図にも破線ながら載っており、また、山と渓谷社のアルペンガイドにも登山ルートとしての解説は行われていないものの地図には掲載してある。このように確立した登山ルートであるのにかかわらず、最近では歩く人も少ないのか、こんなに寂れている。
 前進を続けていくと見覚えのある滝が現れ、ここが地獄谷で間違いないことが分かる。滝壺にザックを置き、カメラだけを持って滝を登り始めた。それほど急な滝ではなく、滑滝の部類に属す滝であるが、私の技術では両足だけでは登れず、両手にも頼らなくてはならない。このため、カメラは肩から斜めにかけて後のほうへ向けているが、カメラが重いので、前のほうへずれ落ちてくる。前のほうにブラブラさせていると岩に当たるのでこういう形も具合が悪い。空身で様子を見るためだけに登るか、カメラを収めたザックを担いだままで登るかのどちらかであればよかったが、中途半端にカメラだけ持ってきたのが失敗であった。滝を半分ばかり登った所で、このことに気付いて引き返すことにする。滝壺まで戻ってくると、姫君が「どうだった。花はあったの?」と訊いてくるので、「花が咲いている気配はなかった」と答え、改めて登り直すことはしなかった。
 このとき、13時50分を過ぎており、このまま真っ直ぐに帰るとしても駐車場に帰り着くのは16時頃になりそうなので、帰るにはちょうどよい時刻だ。
 帰り道にバイカオウレンが固まって咲いている場所があったので、ここで撮影会を開催した以外はザックを降ろすこともなく、往路をそのまま逆に引き返すことになった。
 上水晶谷に沿って歩いていたが、道を外したらしいことに気付き、「あれっ、下に道があるかな」と、下のほうを覗いてみるが、道らしいものは見当たらない。そのうちに前方にテントが見えてきた。誰かがここで泊まるようだが、テントの入口はシッカリと閉じられていて中の様子は分からない。
 このテントの先はブッシュであった。これでは道を間違えたことを自覚せざるを得ず、仕方がないので戻ることにする。
 普通、こういう場合には元へ戻るといっても、同じ場所へ戻れる保障はないので大変だが、このときは上水晶谷に沿って戻ればよいので、比較的に簡単である。
 辺りに注意を払って歩いていくと、足元に道らしき踏み跡があった。谷のほうを見てみると、谷の中に白い標識のようなものが立っているのがあった。標識のある辺りが徒渉地点だとすると、この道を谷と反対方向に辿れば根ノ平峠へ行くことができることが分かってヤレヤレと胸を撫で下ろす。
 これが分かると道を間違えた原因も自然に分かってくる。この道を跨いで通り過ぎ、愛知川のほうへ進んでしまったという失敗であった。
 以後、このようなアクシデントはなく、16時頃、伊勢谷小屋の橋の所に戻る。このとき、「16時に駐車場に帰れなかったね」というと、「道を間違えたロスがあったから仕方がないわ」との姫君の返事だった。
 そして、それから10分か、15分後に駐車場に帰ってくると、3分の2ほどの車はなくなっていてガランとしていた。
 ここで嬉しいことがあった。何年ぶりになるかは詳しくは分からないが、古い山友、『まった~放るん』さんに出会ったことだ。これで気分を良くして名古屋へ向かって車を走らせることになった。

地獄谷の滝

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