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2014-03

無名峰①(むめいほう・841m) - 2014.03.30 Sun

フクジュソウに間に合う!
 3月28日、藤原岳への登山道の1つ、木和田尾を歩いてきた。ここを選んだ理由というか目的は、フクジュソウだ。
 藤原岳自体、田中澄江が『花の百名山』に選んだことでも分かるように、季節ごとに種々の花を咲かせる。この中で最も有名な花は、フクジュソウである。逆説的にいえば、藤原岳にフクジュソウがなければ、『花の百名山』に選ばれることはなかったといっても過言ではない。左様に、藤原岳とフクジュソウは切っても切れない関係にある。
 藤原岳の代表的な登山道に大貝戸(表)道がある。この表登山道を登ると、8合目から上には多くのフクジュソウが咲くことは広く知れ渡っていて、シーズンともなれば遠くは関西方面からもツアー客が訪れるほどだ。
 これはこれでメデタイことだが、写真を撮るには人が多すぎて花を独り占めすることができないのが難点である。これに比べて同じ藤原岳でも木和田尾道はマイナーで、登山者の数は表道よりは圧倒的に少ない。この人が少ないということは、ジックリと花に対峙したいときには都合がよい。
 なお、密度の濃いフクジュソウに出合えるという意味では藤原岳よりも霊仙山のほうが条件にかなっているのだが、私たちの体力を考慮すると、ここは敷居が高い。したがって、近年は専ら木和田尾で代替している。
 木和田尾というのは、坂本谷左岸を形成する尾根である。坂本谷の源頭部、坂本谷が終わってからも、この尾根は頭蛇ヶ平(県境尾根の上にあるピーク)まで通じている。逆にいえば、県境尾根から派生して山口集落まで通じる長い立派な尾根だともいうことができる。この尾根の名称は、本来なら木和田尾根というのであろうが、ここは尾根の根を省略して『木和田尾』と呼び習わされている。この省略の理由については不勉強も手伝って私の知るところではない。
 この辺りの地形図を調べてみると、坂本谷に登山道を表す破線が付いているが、木和田尾にはこれが付されていない。坂本谷は、近年、度重なる谷の崩落により、数年前から通行禁止措置が取られていて、現在は通行不能である。この道が使えなくなってからは、木和田尾道が坂本谷道の代替として盛んに歩かれているが、地形図では今のところは認知されていないという扱いだ。
 昭文社の地図(山と高原地図46:霊仙・伊吹・藤原)には、木和田尾ルートの記載はあるが、現在、使用されている山口集落の水道施設前の登山口とは異なり、山口、坂本両集落の中間にある藤原養鱒場の近くから谷に入る道が紹介されていて、現在、登山者が歩く道とは異なっている。
 現在、実際に歩かれている木和田尾道も、2通りある。
 代表的なものは、前述の水道施設前から『白瀬峠登山口』の標識のある所から谷(冷川谷の支沢)へ向かい、これに入って詰め登り、子向山の先で北側から木和田尾に乗るというもの。
 もう1つは、今回、私たちが使用した中部電力の送電線の保守点検路をそのまま利用して、子向山の手前の244号鉄塔(木和田尾の上)に南側から取り付く道である。
 水道施設前に到着すると、車は2台が停まっているだけで楽に駐車させることができた。この日は金曜日。平日ということで、このように閑散としているらしい。とはいっても、フクジュソウの季節であることを考えると、少し寂し過ぎ、『ヒョッとすると、フクジュソウは盛りを過ぎたかもしれない』と別の心配が湧きあがってくる。でも、来たからには咲いていることを信じて行くだけである。
 10時30分、水道施設前(標高230m)を出発する。
 今来た道を少し戻り、炭焼小屋前の三叉路を右手に採ると、直ぐ先に中電の送電線の方向を示す小振りの標識が立てられている。ここが保守点検路の入口であるので、右手の粗い樹林の中へ入っていく。
フクジュソウ②
 この道は、中電職員が職務のために歩くのは当然、この他に私たちのような登山者も使わせてもらうのでシッカリした踏み跡が付いていて、これは踏み跡というよりは道だといってもよいほどだ。
 この先、道は涸れた沢沿いを付かず離れずに続いている。付かず離れずというのは、この沢の傾斜がきつく、とても沢に沿って真っ直ぐに登り上がることはできず、このため、沢から離れ、また沢に戻るようなジグザグの道が付いているため、このような表現になるのだ。
 ジグザグ道で軽減はされているとはいっても、結構、きつい登りで、最初から苦戦を強いられることになる。特に最近は脚力が弱ってきているので、このような急勾配の道では膝や脹脛(ふくらはぎ)への負担は他人には想像できない辛さがある。
 これに耐えて登っていくと、沢は二手に分かれてくる。ここを向かって左手の沢に沿うようにホンの少し進むと、踏み跡は沢を渡って左手へと付けられているので、これに従う。
 ここからは巻道状になっていて、多少の登り勾配ではあるが今までの急勾配の道に比べれば平坦に感じ、一気に楽になる。
 この道をしばらく進んでいくと前方に送電線の鉄塔が見えてくる。この鉄塔が205号鉄塔である。
 ここで送電線の鉄塔について述べておく。
 送電線は、山奥の発電所、変電所なり、または送電所から都会の消費地に向けて電気を送るために引かれている。この電線を支える鉄塔が必要となり、電気を送り出す所に最も近い鉄塔を1番鉄塔、以下、順に2番、3番と消費地に向けて大きな数字が充てられていく。また、最初のうちは1本の送電線が、ある場所から2つに分かれることがある。こういうときは、最初のうちは1番、2番と鉄塔番号が付けられるが、3番目以降が2つに分かれる場合には、R3番(右3番)、L3番(左3番)というように名付けられる。右、左の基準は、発電所側から消費地を見て、右手がR(ライト)、左手がL(レフト)と決めてある。川の岸も、川上から川下を見て左岸、右岸を区別するが、送電線の場合も理屈はこれと同じである。
 閑話休題、この日の予報は、天気は良く、気温も高いというものだが、次の日から少し悪くなるとなっていた。このことが本日を山行きに充てた一因でもあった。最近の予報は当たる確率が上がっているのを反映して、上から太陽の光が降り注ぎ、時間が経過するほど気温も上がってきて、長袖シャツを着ていては暑くて仕方がない。このため、この鉄塔でシャツ1枚を脱いで、半袖のTシャツ1枚になる。ちなみに、この205番鉄塔へ到着したのが11時ちょうどであった。
 ここからは、また、急登が待ち受けている。普通ならジグザグ道を作るところだろうが、中電職員はタフなのか、真っ直ぐ登り上がるようになっている。ここでは、毎回、泣かされるが、急登の距離が短いので私たちでも何とか登ることができる。
 ここから杉の植林の中へ入っていく。道は平坦だが、次第に下降して目の前の沢を渡ると、また急勾配を登り返すことになる。ここは直登は無理なのでジグザグ道が切られているが、それでも大変な思いをさせられる。
 これを登り上がると、木和田尾に乗ることができたことになる。ここには204番鉄塔が建っている。
フクジュソウ③
 ここからは尾根歩きである。
 歩き始めると、最初にセリバオウレンが見付かった。次に、ミスミソウが顔を出した。これらを見るのは例年のことで、ある程度は予測できたことで驚くようなことはない。でも、例年、ミスミソウは数個が見付かる程度であるが、今年は探さなくても、「ここにある」、「あそこにもある」というようにニョキニョキと顔を出している。いわば盛りのミスミソウを見るにつけ、『フクジュソウは終わっているのではないか?』という嫌な予感のようなものが頭の中で去来、『フクジュソウは花期が長いから……』と慌ててこれを打ち消していた。
 子向山の手前も急である。いやがる足に鞭打ってやっとのことで登っていると、下山者とすれ違った。彼と情報交換のため、しばしの間、立ち話をする。別れる段になって、彼が「ヨレヨレさん……?」という。前回の孫太尾根といい、今日といい、知った人と出会うことになって、『やはり鈴鹿は、私たちのホームグランドだ』と、再認識させられる。こんなことも良い薬になったのか、最後の力を振り絞り、急登をこなすと子向山である。でも、最初に登り上がった所が頂上ではない。頂上は、この先にある。とはいってもこの間の距離はたいしたことはない。時間にして1分がかかるか否かという近さだ。
 子向山の頂上は、道の真ん中に所有者杭か何かの2本の杭が打ち込まれた場所である。ここへの到着は12時30分で、出発からちょうど2時間を要した勘定である。
 ここから少し下り降りると鞍部で、右手の谷筋からの道と合流する。ここには、以前、目立ち易い目印が付いていたが、今ではこれらもなくなり、踏み跡で辛うじてそれと分かる程度である。このことから類推するに、最近では以前使われていた沢道より、私たちが使った送電線の保守点検路の方へ比重が移ったのかもしれない。
 痩せ尾根はここまで。ここから先は尾根の幅が広くなり慣れぬとルート採り、特に降りのときに苦労する。そういえば、もう10年以上も前のことだが、この辺りで道を間違えたことがある。
 また、登りがきつくなり、脹脛を引きつらせての登りとなる。これは私だけではなかったようで、姫君も「こんなに歩くのなら、大貝戸なら頂上に着いているわよ」といい出す。このとき、R201番鉄塔が見えていたので、「あの鉄塔で昼食にしよう。あそこまで頑張ろう」と、ゴール前のように鞭を入れて何とか登り切る。
 この鉄塔に着いたのが、13時ちょうど。ここで遅がけの昼食を摂る。菓子パンと稲荷寿司だけの軽い昼食なので直ぐに終わる。所要時間は測ったわけではないが10分まではかからなかったろうと思われる。この短時間の休憩だけでも、『少しの休み、これに勝る妙薬はなし』とでもいうのだろうか、息を吹き返す。
 ここから先は平坦だとの記憶だったが、これは間違いであることは直ぐに身体が教えてくれた。鉄塔の標高が780m、次のピークが841mで差引60mの標高差があったのだ。元気であった頃にはこの程度は平坦だったろうが、今の私たちではこれだけの高低差をこなすには負担を感じることが分かる。
 本日の最終地点は、この標高841mのピークとし、目的達成後は、周辺でフクジュソウを探すことにする。
 懸念していたフクジュソウは、蕾のものから花を散らして種になったものまで幅広いものが見付かった。また、大袈裟にいえば、足の踏み場に困るほどのものが乱れ咲くと表現できる場所もあり、まずは満足できるものであった。
 こうしてヨレヨレになりながらも目的は達成することができて帰途に着く。これまでなら帰りは登山口まで一気に降るところだが、この日はそうはいかなかった。204番鉄塔でどちらが言い出したかは分からないが、「ひと休みしていこう」、「そうしよう」でひと休みしなくてはならなかった。
 このように決して快調とはいかなかったが、15時30分頃、何とか水道施設前の駐車地に帰り着いた。このとき、朝、停まっていた1台の車が出ていくところで、その他に駐車する車はなく、私たちが最後であった。 

フクジュソウ

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