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2011-06

金峰山(きんぷさん・2595m) - 2011.06.29 Wed

 昨年、瑞牆山(みずがきやま)へ登った際、瑞牆山と金峰山は対で登る人が多いことを知り、縦走してみたい誘惑に駆られたが、私たちの足では1歩を踏み出す勇気がなく、このときは見送った。
 また、今年の4月、長野県側からトライしたところ、登山口へ通じる林道が冬季閉鎖中であったので諦めて帰った。
 このように、この山は私たちにとって縁遠い山になりつつあるので、これが現実にならないうちに登っておこうと思い、6月6日に再挑戦することにした。
 下調べの結果、長野県側から登山口の大弛峠(おおだるみとうげ)へ行くのは未舗装の悪路に加えて危険な部分を含む道を通らなければならないことが分かったので、今回は山梨県側から大弛峠へ向かうことにした。ちなみに、長野県側と山梨県側では山の呼び方も異なっていた。長野県側では『きんぽうさん』呼んでいるのに対して、山梨県側では『きんぷさん』と呼んでいる。私たちは、山梨県側から入ったので、『きんぷさん』と呼ぶことにした。
 でも、相性の悪い山は、やはり相性が悪かった。細かい地図を持たないということも悪材料となったが、登山口の大弛峠へ行くには、国道140号から県道219号(柳平塩山線、通称クリスタルライン)を通って琴川ダム(乙女湖)へ。ここから林道川上牧岡線で大弛峠へというルートに辿り着くまでが大いに苦戦した。
 前日の5日、『道の駅・花かげの郷まきおか』で1夜を過ごして、6日の早朝5時頃に道の駅を発ち、上述ルートで大弛峠へ向かう。道の駅から峠までは、およそ1時間。ハンドルを絶え間なく右へ左へと切り返して腕に疲れを感じる頃、やっと、峠へ到着した。
 峠までは完全に舗装されていて、この面、ハイエースというトラック仕様の私たちの車でも楽をすることができた。
 峠でも山梨県側は舗装され、白線入りの駐車場ができていたが、反対の長野県側は未舗装の広場に適当に駐車するという形式であった。でも、白線に区切られた駐車場だと言っても、道路幅が狭く側溝の蓋もない造りなので、運転の未熟な者は脱輪の恐れがあり、私のように腕に自信のない者は長野県側に停めるべきであったが、着いたときにはこのことが分からず、いざ、帰るときになって苦労して車を出さなければならなかった。
 また、この駐車場には建てられてからそれほど年月の経過していない綺麗なトイレ棟が駐車場の端に建っていた。だが、内部といったら外見とは裏腹に、これだけ汚いトイレはないというほどの汚さには辟易し、出す物も途中で引っ込んでしまった。山梨県庁には携帯トイレの好きなおばさん課長がいるとかねてから聞き及んでいた。携帯トイレの普及促進のため、彼女がトイレを使えないほど汚く保っているのではないかと邪推したほどだった。それほどの惨状を呈しており、このトイレには大きく裏切られた気がしたのは姫君も同様であった。
 駐車場に車を停めて、外に出ると半袖では寒過ぎるほど気温が下がっていた。慌てて、車に戻って長袖のシャツを1枚、羽織ったくらいだった。
 もう少し太陽が昇って暖かくなってから行動を開始したほうが賢明だと悟り、車の中でお湯を沸かしてゆっくりと朝食の準備をして、これを食べ終える。
 この頃になると、駐車場の車も1台、2台と増え、気の早い者は発っていく。これを横目に見ていると、何だか、置いてきぼりに遭うような感じを抱き、私たちの尻を叩かれるような気持ちになる。
 7時10分、大弛峠の登山口を出発する。ここまで来るのに苦労をしたが、これを労うように頭上は真っ青な晴天であった。こんな登山日和は、願っても巡り合えるものではなく、実際にも年に数えるくらいにしか訪れないだろう。
 登山道の道幅は広く、また、針葉樹林の中の土の道である。加えて、勾配はよくよく注意してみると登り勾配だと分かる程度のもので平地を歩いているようなものである。登山口の標識には、金峰山までの距離は3.6kmと出ていた。距離もさほど遠くはないのが嬉しい。でも、気になることがないわけではない。ガイドブックはこのルートは紹介しておらず、これに付く地図は中途半端なものだが、このコース上に朝日岳と鉄山という2つの山があり、これらを乗り越えて行かなくてはならないので、この先、てこずるかも知れないという懸念である。
 樹林は、針葉樹林からダケカンバに変わってきているが歩き易さは変わらない。こんな道を歩いていると、7時41分、標識に朝日峠と書き入れてある場所にやってきた。樹林の中の広場というだけで、峠という雰囲気の場所ではない。でも、こういう所で、『峠』というと鞍部をいうことが多く、ということは次に登りを強いられることが多いので緊張して身構えることになる。
 でも、道はこれまでの延長のようなもので、それほど険しくなったわけではない。それより道の脇には白い花が見られるようになった。注意してみると、見覚えのあるやや艶のある4つの葉っぱをしていた。そう、バイカオウレンだった。この花は、以後、ずっと登山道を彩っていたが、これ以外の花はヒメイチゲが少し見られたくらいで、花の収穫というと乏しかった。これが四季を通じてのものか、まだ、時期が早いためかは分からなかった。
 朝日峠から30分くらい歩いた所で道に変化が見られた。
 これまで、多少岩が混じることはあったが、基本的には土の道を歩いてきたが、ここからは岩の積み重なった道をよじ登ることになった。この岩の道が10数mも続いただろうか。これを終えると、八ヶ岳でよく見られる立ち枯れた林が待っていた。後から分かったことだが、この辺りの樹木はオオシラビソといい、八ヶ岳に多く分布する樹木と同じであった。この立ち枯れた木々もこんな事情で八ヶ岳に似ていると感じたのかもしれない。
 この岩場を過ぎると、また、これまでのような土の道に戻っていた。
 8時13分、小さな杭が目に付いた。その杭には『2000米』と書き込まれていた。これを見て驚いた。この稜線上の山は、朝日岳にしろ、鉄山にしろ、金峰山しろ、何れも標高は2500m余である。すると、ここから更に500mも登り上がらなければならないことになる。朝日岳で一服する予定でいたが、これから500mも登らなくてはならないのでは、朝日岳までは如何にも遠すぎる。適当な場所で休憩したほうが賢明だと思い、このことを姫君に告げる。
 休憩場所を探しながら歩いていると、前方に標識が見えてきた。『何だろう?』と思って近付くと、何と、ここが朝日岳の頂上であった。

金峰山頂上

 頂上到着時刻は、8時20分。先ほどの杭から7分が経過しただけである。とすると、あの『2000米』というのは何と読み、何と理解すれば良いのだろう。
 朝日岳の休憩が、本日、初めての休憩だ。ゆっくり休もうと思ったが、先ほど、朝食を摂ったばかりで腹は満ちている。お茶を飲めば、もうやることはない。
 このため、ここでは7分休んだだけで、8時27分、朝日岳を出発することになる。降り口まで進むと、ここからは、これから乗り越えていく鉄山、その右手に金峰山も見えており、鉄山を乗り越えれば残り金峰山まではたいした道のりではなさそうだ。
 ここ朝日岳に到達するまでに格別な登りはなく、徐々に登り上がり、いつの間にか頂上に付いてしまった感じだったが、ここからはメリハリが付いていた。
 急降下が始まったのだ。でも、『帰りに登り上がるのが嫌だな』と復路の心配をしながら小岩混じりの滑り易い道を注意して降りていると、何分もかからないうちに勾配は弱くなってきた。ここが鞍部かと思ったが、そうではなくもう少し降り、8時48分に朝日岳と鉄山の最低鞍部に着いた。ここには道標が立てられていたが、ここの地名に関しての書き込みはなかった。
 『さぁ、ここから鉄山へ登り上がるのだ』と無言で気合を入れる。なるほど、道は再び登り勾配に変わってきた。でも、息を切らすような急なものではなく、緩やかに登り上がっている。
 間もなく、直進する道は行き止まりにバリケードが築かれていて、これに変わって右手への道ができていた。要するに、以前は直進して鉄山の頂上を経由して金峰山へ通じていたが、そんなに古くはない時期に、この新しい巻き道が造られて楽に金峰山に到達できるようになったのだと推定された。
 この巻き道は、稜線の下を緩やかに登り上がるように作られているが、歩いている者には水平道を歩いているような感じだ。
 ここで最初の下山者に出会う。この人物は私たちより早い時間に発った人だろうが記憶には残っていない。
 次に学生と思しき5、6名のグループに出会う。彼らには見覚えがある。前夜、大弛小屋の前でキャンプをしていて、私たちが峠に着いて間もなく出発したグループだった。彼らによると、「この先、雪が残っているので注意してください」との情報を得た。
 姫君が、「どうする?」と心配顔だったが、この時期、雪が残っているとしても申し訳程度だろうことはおよそ見当が付くので、「大丈夫だよ」と一蹴しておく。その場所にやってきたが、10mくらいの平らな区間に、なるほど雪が残っていたが、心配をするようなことはないのは一瞥して分かる。
 そして、これを過ぎると、視界は一気に広がり、遠くに昨年の10月に登って記憶に新しい瑞牆山が見えていた。このとき、時刻は9時23分で、先ほどの朝日岳と鉄山の最低鞍部から35分がかかっただけだったが、歩いているとこれよりもっと長い時間を歩いたような感じであった。
 ここからは気持ちの良い稜線の道を歩くことになる。そして次が岩の間を歩き、また、岩の上を伝い歩きしながら頂上に近づき、9時32分に遂に頂上に到達した。
 頂上では、西側から北側にかけては真っ青な空。ただ、南側の雲が多く、最初のうちは富士山も見えなかったが、休憩していた一瞬、富士山が頭の部分だけだったが顔を覗かす幸運にも恵まれた。
 こうして頂上での眺めを十分に楽しみ、9時47分、下山を開始した。
 下山路は、往路をそのまま帰り、10時53分に朝日岳、12時ちょうどに大弛峠の登山口に帰り着いた。
 今回の金峰山登山を要約すると、登り2時間15分、降り2時間13分、朝日岳と金峰山頂上での休憩が延べ22分で、往復4時間50分であった。ちなみに、大弛峠の標高を地形図から算出すると2360mである。これは、朝日岳の2579m、金峰山の2599mとの標高差は多くても240mに過ぎないことが往路と復路の時間差がないことに繋がっていると思料される。

富士山

瑞牆山


《お知らせ》
 今夜から百名山の旅に出ます。
 この間、ブログの更新は中止します。

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