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2017-04

富士山への旅④ - 2015.02.21 Sat

寒さに降参
 2月15日、未明の5時頃に目覚める。姫君も私の気配で眠りから覚まされたようで、このとき、放たれた第一声が「行くの?」であった。
 昨夜の予定では、日の出前の富士山を撮りに精進湖(しょうじこ)へ行くことになっていた。しかし、あまりにも寒い。車の中でもこれだから、外で日の出を待つということは寒くてとてもできそうにない。このように考えると、行く気はまったく起こらない。したがって、「今日は止め。もう1度、寝る」といい、再び、蒲団の中へもぐりこんでいた。
 仄聞するところでは、「日の出前、薄明るくなってからの光の変化が写真を撮る環境としては1番だ」といって、寒さもなんのその、凍えそうになりながらジッとチャンスを待つのだという。だが、今の私にはとてもできそうにない。これに耐えられそうにない私には、カメラマンとしての資質には欠けているとつくづくと思わざるを得なかった。
 6時30分頃、起床する。今回の旅では朝寝坊が続いたが、本日が1番の早起きだった。2度寝を試みた結果、ウトウトとはしたかもしれないが、本格的の睡眠にはならなかったためらしい。
 トイレの帰りに建物の横から覗いてみたが、昨日、間近に聳えていた富士の姿は白い霧の中、まったく見ることはできなかった。ここでこんな状態なら精進湖に行ったとしても同じであったことは容易に想像でき、『早起きして行かなくてよかった』と少し気は楽になった。
 何時もなら朝食を済ませてから出発となるのだが、こんな寒い所に朝食のためとはいえ、長居をすることはない。熱いお茶を飲んだだけで、直ちに出発することにした。
 走り始めて間もなく、道路脇に温度表示があるのに気付いた姫君が、「今、マイナス3度よ、寒いわけよ」と、さも納得というような声を上げた。今、太陽が顔を覗かせてからしばらくするので、マイナス3度という気温は最低という訳ではなさそうだ。ということは、昨夜の道の駅の気温はこれより低かったことだろう。
 そういえば、今朝、水屋の上に置いてあった小さいペットボトルの中のお茶がシャーべット状になっていた。雪の上のテントの中でもペットボトルの中身が凍るのは稀であることから車の中でのこの現象には驚いたものだが、この気温の数字を聞いて改めて納得していた。
 国道139号を走っていくものと思っていたが、カーナビは県道71号を走るように指示をしてきたので、これに従う。この道からは富士山が間近に見える場所が多くある。日の出とともに早朝の霧は取れていたので綺麗に見える。この道筋でもカメラマンが三脚を立てているのが見受けられた。ひょっとすると、ダイヤモンド富士が見られるかもしれないと思い、次に富士山の見える場所に車を停めて待ってみたが、そうはうまくは問屋は卸さず、すこし右にずれていた。先ほどのカメラマン氏の場所からはダイヤモンド富士が見えたかもしれないと思うと、『戻ればよかった』と残念な気もしてきた。
 この道を走っていくと、『白糸ノ滝』の看板が目に付いた。ここへはツアーで行った富士登山の際に、1度、訪れている。このため、以後、この近くへきても立ち寄ったことがなかったが、本日はまだ時間は早いし、帰るだけで他にやることもないので行ってみることにした。
 滝の付近にある駐車場は、早朝ということもあって営業前であったが、無人のそれが開いていたので、ここに駐車して滝へ向かう。入口が分からずに苦労したが、信号待ちの車の運転手に訊いて何とか入口が分かる。ここへ至るまでの表示はシッカリとしていたが、最後の最後に標識がない。有名処にしては間が抜けた話だ。
 以前、ここを訪れたときの記憶では、土産物売り場の前の広場で登山者の集合写真を撮ったが、これとはまるで符合していないのには驚いた。このことを姫君に尋ねるが、姫君も記憶とはまるっきり異なっているという。富士登山は20年くらい前のことである。20年も経つとこうも記憶がボケるものかと驚くが、これが現実であるので、記憶はアテにできないことを肝に銘じておかなければと思った次第である。
 このあと、富士宮で朝食を済ませてから国道1号に出て、一路、名古屋に向かい車を走らせる。現在の国道1号は、バイパスの高架部分では1車線のところもあるが、本線部分は総て2車線化がなされていて、渋滞個所はほとんどないことからスムーズに走ることができ、14時頃には名古屋に帰り着いている。

白糸ノ滝

富士山への旅③ - 2015.02.20 Fri

縁遠いダイヤモンド
 2月14日の14時頃、昨日の山中湖畔駐車場まで戻ることができた。
 富士山には雲1つかかっておらず、青空の下、どっしりと鎮座していた。ただ、予想とは違っていたことが1つあった。風が出てきていて湖面は波立ち、富士の姿を写せるような状態ではなかったことがそれである。
 富士山の頂上から夕日が沈むのをダイヤモンド富士(逆)というのは前に説明したが、この姿が湖面に映るとダブルダイヤモンド富士(逆)というのだそうだ。後者がダメでも前者が見られれば、それでも充分に目的を果たせることになる。その時間まで待つだけである。
 16時過ぎ、落日はいよいよ近づいてきた。まだ、太陽と頂上との間隔は大きいが位置は真上にある。心配された雲も今のところは大きなものは掛っていない。小さいものは頂上の上にあるにはあるが、太陽が降りてくるうちには移動しそうだし、その後に続きそうな雲の大きな塊は見当たらない。このままときの立つのを待つだけで、あと数10分後にはやっと念願がかなうことを喜んだ。
 だが、時が経つに従い太陽の位置が少しずつではあるが移動しているように感じた。北の方というか、右手の方へズレているような感じである。姫君に確認すると、姫君も同じように感じるという。
 さらに時間が経つと、これがよりハッキリとしてきて、本日はダイヤモンド富士の現象は起こらないことが分かり、大いに落胆した。昨日、太陽の真上に落ちそうだったものが、たった1日でこうも移動するものかと驚いた。だが、あとで冷静に分析すると、昨日は富士山の頂上に大きな雲の塊がかかっていたので、太陽の位置は光の状態で推定するだけだった。これにより太陽が頂上に向かって落ちていることは分かったが、頂上に落ちたのを確認したわけではない。希望的観測も加わって真上に落ちたと思っただけだったかもしれないと思い返した。
 このとき、大阪からやってきたという夫婦に出会った。彼らによると、「キララのほうからだとダイヤモンド富士が見られるので、行ってみたが駐車できずにこちらへ回ってきた」といっていた。要するに、2月14日にダイヤモンド富士現象が見られるのは、彼らのいうキララの方向からであり、ここからではないことが分かった。ちなみに、キララとは山中湖東岸にある料理屋か何かの名前らしい。
 これが分かって、ガッカリした気分が少し持ち直した。『明日、キララの方へ行けばよい』と思い直したからだった。
 こうと決まれば、今宵の宿を決めなければならない。
 この辺りに泊まるとなると、夜明けの富士山も写したいという慾も出てきた。
 でも、あまり寒い所も嫌だし……、といろいろと地図を見ながら考えた結果、『道の駅・なるさわ』に白羽の矢を立てた。
 ここへ行く途中で車2、3台が関係する事故が起こって大渋滞していて到着が少し遅れたが、それでも1時間もかからなかったとの記憶だ。
 目的の道の駅に到着してみると、前日に立ち寄った『ふじおやま』と原則同じ、必要部分の除雪を行っただけという薄ら寒い感じで、目的がなければ早々に退散したくなるような環境であった。こんな所では少し迷ったが、トイレに行ってみて気が変わった。道の駅ではあまりお目に掛らないような綺麗なトイレだったことが理由だった。

残念な夕日

富士山への旅② - 2015.02.18 Wed

伊豆を駆け足で巡る
 2月13日、山中湖の夕日見物は意図したものと異なり、失敗に終わる。でも、チャンスは明日もあるので、ここからあまり離れたくない。
 そこで、今宵の宿は国道246号沿いの『道の駅・ふじおやま』に決定する。
 ここに着いてみると、駐車場と通路以外は分厚い雪に覆われていて、如何にも寒々しく感じる。これでは今夜の冷え込みは相当のものを覚悟しなくてはならない。近年、私は寒さに弱くなり、冬場には電気毛布の世話になっていることを考えると、ここに泊まることには尻込みさせられる。
 このため、宿泊地の選定のし直した結果、『道の駅・伊豆のへそ』に変更する。
 この道の駅は伊豆半島の口元に位置し、ここからは遠そうな感じだが、カーナビではこの間の距離45km、所要時間1時間30分と表示されていた。これまでの例では、実際には1時間足らずで着けそうだと胸算用して車を出発させた。ちなみに、私のカーナビの所要時間は、一般道を走る場合は時速30kmを計算の基準にしている。
 最初、御殿場、裾野の辺りは順調に走れたが、沼津に入ると車が混み出してきて、伊豆半島に入ると更に酷くなり、道の狭いことも相まってイライラ運転が続くことになる。このため、目的地に到着したときには19時頃、結局、平均時速30km以下という結果に終わった。
 2月14日、目覚めたのは7時過ぎ……。また、寝坊してしまった。
 車の外に出ると冷え込んでいて、空気が冷たく、肌は痛く感じるほどだった。ここは付け根とはいえ、温暖でなる伊豆半島である。暖かい朝を想像していたのが覆された感じで、寧ろ驚きを覚えた。同時に、富士山麓の小山町に泊まっておれば、これ以上の寒さだったことは容易に想像できるので、昨夜、無理をしてでも、ここまで移動したことは正解だったと安堵した。
 折角、ここまで来たからには河津桜を見物してから下田へ向かい、伊豆半島をグルッと1周することにする。こうするとダイヤモンド富士は1、2日遅れることになるが止む得ないと思っていた。
 9時になる少し前、河津町に向けて道の駅を出発する。
 途中、姫君が浄蓮ノ滝の案内標識を見付ける。この滝は有名であり、ものを知らない私でも名前は聞いたことがあるし、歌もうたったことがある。だが、実物は1度も見ていないので、見物していくことに意見は直ぐにまとまる。
 国道沿いにある駐車場から川までに降りて行くと、滝を見上げる形で展望台が設けられていた。ここから滝を見て驚いた。華厳ノ滝や那智ノ滝などと並んで有名な滝なので、これらほどではないとしても立派な滝を想像していたのが見事に裏切られたからだ。孝子伝説のある岐阜県の養老ノ滝に比べても見劣りのするような貧弱な滝であった。
浄蓮ノ滝
 次に天城トンネルの標識に出合う。
 ここは、川端康成の小説、『伊豆の踊子』の舞台でもあり、前々から関心があった。百名山に挑戦していた際にこの近くにある天城山(万三郎山)に登った。だが、この頃は山以外に注意を払う余裕はなかったこともあって、このトンネルの存在も家に帰ってから知った次第で、『折角、近くまで行ったのに立ち寄らなかったのは残念』とほぞ(臍)を噛む思いを味わった。
 こんな経緯もあって、新トンネルを通り過ぎてからUターンするような形で旧トンネル(天城山隧道)の方へ回り込んだ。天城トンネル(新)が標高640mであるのに対して天城山隧道(旧)のそれは710mで、両トンネルの標高差70mがあり、この間、曲がりくねった山道を登っていくことになった。最初のうちは舗装が施されていたが、途中から地道に変わったが、穴ぼこが少なかったので助かった。
 トンネル自体は古く小さなもので何の変哲のないものだったが、明治の頃に思いを馳せ、高校生と幼い踊子の出会いを想像すると、なかなか味わい深いものがあった。
 トンネルの幅員は狭く、軽自動車ならいざ知らず普通車どうしではすれ違いもままならないとの感じであるが、新しいトンネルの開通した今では車の通行も滅多にないことに加え、短いトンネルで出口も見えていることでもあり、対向車が突っ込んでくることもなさそうなので、ここの通過を試みてみた。
 トンネルを通り抜けると、そこも入口同様に駐車スペースがあり、ここに車を停めてトンネルに近付くと、車の中からでは気付かなかったが入口には大きなツララが垂れ下がっていて、ここが北側だったことを改めて知る。
 ここから国道へ出るのが大変であった。先ほどの道とは異なって大きな穴だらけの道だったからだ。こうしてみると、トンネル出口からUターンして戻ったほうがよかったと思ったほどだ。
 再び天城トンネルを通り抜けると、河津町まで下り一辺倒だ。道路脇には桜の木もあったが、花が咲くような状態ではなく、嫌な予感がしてきた。
 ここへくる前、テレビが『河津桜』について放送していたのをみた。これによると、①河津桜は桜の中では最も早く咲く桜である。②本場、河津町では、まだ咲き始めたばかりだが、赤い花を開いているものも見られる。③2月10日から『さくら祭り』が始まったなどなどと画像とともに紹介していた。
 役場の方へ向かって車を走らせていると、観光駐車場があった。ここの係員に訊くと、「まだ、一部が咲き始めたばかりで、あと10日くらい先でないと……」とのことで、先ほどの不安が早くも的中。これで張り詰めていたものが一気に萎んでしまった。
 本日は風もほとんどなく穏やかに晴れ渡っている。この状態なら、山中湖には綺麗に富士山が映っていることが想像される。こんなことを想像すると、ダイヤモンド富士の撮影は本日が条件を満たしており、これを逃すとチャンスがくるのが何時にななるか分からないと思えてきた。伊豆半島1周は何時でもできるが、ダイヤモンド富士は本日を逃すと来年まで待たなければならない。このように考えると、居ても立ってもおれなくなり、予定を変更して山中湖へ戻ることに決めた。
旧天城トンネル

富士山への旅① - 2015.02.17 Tue

ダイヤモンドは手にできず!
 2月13日、7時過ぎに静岡県の『道の駅・川根温泉』で目覚めた。何時もは遅くとも6時30分には起き出しているので、この日は朝寝坊したことになるが、前夜は20時過ぎに寝付いているので夜更かししたという訳ではない。強いて理屈付けをすれば、ここは大井川沿いの山間の地だけに日の出が遅いためかもしれない。
 何故、こんな場所で朝を迎えたかというと、先に失敗した『ダイヤモンド富士』の夕日バージョンの撮影のため、前日、12日の13時頃に自宅を出て、ここまで走ってきたからだ。
 「夕日が富士山のてっぺんから沈んでいく逆『ダイヤモンド富士』が、2月14日頃に山中湖から見ることができる」と北海道で出会った鈴鹿市在住のカメラマン氏から教えてもらったことが頭に残っていた。物忘れの激しい最近では、こんな細かいことを覚えているとは考えられないことだが、2月14日が私の誕生日だということから記憶に残っていたらしい。
 本日は夕方までに山中湖に到着すればよいので、ここで朝ごはんを作って食べ、9時頃、道の駅を出発した。ルートは、国道1号に出て沼津まで行き、ここから御殿場を経由して山中湖へというものだ。とはいえ、これは私が考えたわけではなく、カーナビに案内を任せたら結果的にこのようになったというだけのことだ。
 この日はことのほか良い天気で、清水を過ぎたあたりから富士山が見えるようになるが、この前の年末にきたときよりも下のほうまで雪の部分が伸び、一層、美しい姿になっていた。この状態なら、本日は素晴らしいダイヤモンド富士が見られることを信じて疑わなかった。
 この美しい姿にも裾野市辺りにやってくると、少し異変が生じていた。頂上部分に白い雲がかかり、これがなかなか取れない。日没までにはまだタップリと時間があるのでこの雲は取れると思われるものの、かかったままだとダイヤモンド富士にならないと気をもませた。
 14時頃、山中湖にやってきた。昨年末に山中湖に来たときには南側道路を通ったために富士の姿を捉えることはできなかったが、その後、湖面に富士山が映るのは北側道路からと学習したので、迷わずにこの方向に車を進めた。
 山中湖のダイヤモンド富士は、知る人ぞ知る有名なことらしいので、この絶景ポイントには当然のことながら駐車場を備えた観光スポットがあるものと信じて疑わずに車を走らせるが、なかなかその場所はやってこなかった。こうなると焦りはでてくるが、2車線とはいえ狭い道路脇には車は停められないのでそのまま先へ進むより仕方がなかった。
 それでもようやくのこと、道路の左手、湖面側に細長い駐車場が見付かった。ここへ車を乗り入れて駐車させ、ホッとする。
 注意深く観察すると、この駐車場は30台以上が停められる規模があるが、その先に四阿(あずまや)があって、こことは分断される形だが、その先にも同じくらいの規模の駐車場がもう1つあった。また、これらの駐車場と湖面との間にサイクリングロードも設けられていた。
 このとき、目の前に見える富士山には雲1つかかっておらず、先ほど、気をもんだのが嘘のようであった。だが、風が出ていて、それもかなり強いもので湖面は細かく波打ち、富士の姿を写すような状態ではないことが残念といえば残念であった。
 この辺りをロケーションして撮影場所を決定、三脚を設置して、これで準備は完了する。
あとは太陽の沈む時間まで待つだけだ。やることもないので車の中に戻り、横になると何時の間にかウトウトと寝入ったようだ。それにしても最近の私はよく寝る。昨夜も10時間以上も寝ており、睡眠時間は充分に足りていると思われるのにこの始末である。そのうちにずっと寝たままになるのではないかと内心には心配になるほどだ。
 16時前、目覚めて外を見ると太陽は頂上にだいぶ近付いていた。まだまだ時間はかかりそうだが、取り敢えず外に出てみる。
 しかし、心配事も起こっていた。小さい雲が頂上に掛っていたからだ。これはそのうちに取れそうだが、その後に大きな雲の塊が迫っており、これが非常に心配である。
 そのうち、この心配が本当になった。16時を過ぎた頃からこの雲が頂上に掛ってしまい、これがどっしりと根を下ろしたかのように居ついてしまった。
 こうして、この日のダイヤモンド富士の撮影は不首尾に終わり、失意のうちにここを後にする。

山中湖からの富士山

富士撮影の旅④ - 2015.01.07 Wed

拾い物のSL撮影
 三保ノ松原からの富士山の撮影ができて気を良くして車に乗り込む。
 これで今回の目的は終わったので、あとは帰るのみである。高速道路を使えば本日中に帰ることができるが、生憎と財布の事情がこれを許さない。仕方がないので、途中で1泊していくことにする。
 さしあたって次は焼津魚センターに立ち寄り、目ぼしいものがあったら買物をすることに相談がまとまり、ここにカーナビを合わせる。
 魚センターは、年末ということもあって歩くのに苦労するほどの人出で、ユックリと商品の品定めをできないような混雑ぶりであった。このため、ここは早々に退散。国道1号に出て、下り線に乗る。
 当初、掛川辺りで泊まるつもりであったが、国道1号からは少し外れるが、川根温泉に行けば風呂に入れることを思い出し、急遽、ここへ行くことに予定を変更した。
 川根温泉に到着してみると、駐車場は満車であった。仕方がないので、隣接する第2駐車場へ回っていく。ここには10台程度が停まっているのに過ぎず、ガラガラの状態であった。
 このとき、カメラを持った数人が、駐車場脇の線路に近い所に固まっているのに気付いた。次の瞬間、SLの撮影する人たちだと理解した。
 私も撮影するためにカメラを取り出そうと車を降りたとき、ボーという汽笛が聞こえてきた。この駐車場から50mくらい先に大井鉄道の川根駅があり、ここから聞こえてきたものだということは容易に推定できた。
 カメラを取り出していては間に合わない。仕方がないので、運転席に積みっぱなしになっているカメラを掴んで線路のほうへ走っていく。何処から撮ろうかと考える暇もないくらいのうちに機関車の先頭が見えてきた。と思うと、再度、汽笛を鳴らして機関車の下からシュッと白い蒸気を吐き出した。
 まだ、少し距離はあったが、慌ててシャッターを押す。続いて、もう1枚と思うものの、そんなに早くはシャッターは下りない。次に撮れたときは目の前に機関車の動輪が大きく迫っていて、これは失敗だった。
 過ぎ去るSlを見送ってからもう1枚撮ったが、シャッターを押した時点でこれも不出来であることは分かっていた。
 こんな経緯でどうにか使えそうなものは1枚だけ。『どうか、うまく撮れていますように……』と祈っていた。
 翌日、自宅に帰り、頼りの1枚をパソコンで見てみる。
 もう1秒、シャッターを押すのを遅らせることができればよかったが、ピンとは何とか合っていた。したがって、トリミングで何とかなりそうという状態だったので、空振りだけは免れることができた。

大井川鉄道SL

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