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2017-04

旅行を終っての後始末 - 2016.10.05 Wed

 9月14日、20時30分、新日本海フェリーの『すいせん』は、運航予定の定時に敦賀港に入港した。苫小牧東港では30分遅れの出港であったが、航海中にこの遅れを挽回したらしい。
 とはいえ、私たちの車は1甲板と呼ばれる最下層に積み込まれていた関係上、下船は乗用車部門では最後になったようで、停船から30分以上も船倉に閉じ込められていた。
 下船してからは、このフェリー乗場駐車場で泊まるか、北陸自動車道の何処かのSAで泊まるか、まだどちらとも決めていなかった。
 前の車の後に付いて走っていると、何時の間にか敦賀港から離れて町の中に入っていたので、そのまま北陸自動車道へ乗り入れてしまった。
 最初の休憩所として刀根PAがあったので、ここに泊まることにした。よくよく考えてみると、一昨年、北海道からの帰りにもここに泊まったことを、ここにきて思い出していた。
 9月15日の8時頃、名古屋の自宅に帰ってきた。
 6月26日に自宅を出たので、数えてみると82日ぶりの自宅である。
 電気のブレーカーを下ろし、ガスおよび水道の元栓を開いて使えるようにした後、何はともあれ、姫君の傷の検査のため、近くの整形外科医院を訪れ、診察を受ける。
 何枚ものレントゲン写真を撮ったが、骨には異常はなく、打撲だけであることが判明して、ホッと胸を撫で下ろすことになる。
 打撲では、治療とか、薬とかという有効な手段はなく、自然治癒に委ねることになる。要するに、日にち薬というわけだ。したがって、気休めの湿布薬をもらっただけで帰ってくる。
 帰ってからの仕事は、手始めに写真の取り込みである。
 持っていったカメラは、バカチョン2台を含めて5台である。持参した記録媒体のSDカードも32GBが3枚、16GBが2枚、4GBが1枚の6枚が主たるもので、その他数枚と数が多い。ちなみに、主たるものとは、サンディスク社製のもので、その他はこれ以外のメーカーのものである。使用するのは主としてサンディスク社製のもので、その他のものはバカチョンカメラに入れてあるほか、予備として持参しただけである。
 このように数が多いので、取り込み作業も大変なことになることは、行う前から理解はしていた。
 パソコンにはカードリーダーを使って取り込んでいるのだが、途中で止まってしまい、残りの取り込みが出来ない。実は、途中でカメラ1台が壊れてしまった。これは8月2日のさくらの滝でサクラマスを撮っていたときのことである。姫君の話ではピシッという音とともに電源が切れてしまったとのことだったので、多分、何かの原因で多くの電流が通じてショートしたのではないかと思われる。このとき使用していたSDカードだったので、これでカードが壊れたのかと思い、他のカードの取り込みを試みるが、これも上手くはいかなかった。
 現在、使用している画像取り込み用のソフトは、最初にデジタルカメラを購入していたときのキャノン社製品の付属のものだけに、これに原因があるのかもしれないとの素人考えで、今度はこれよりは新しいニコン社の付属の取り込み用ソフトを使用して取り込んでみる。これも途中で1、2度は止まってしまうが、何とか取り込みができたようだが、これとて果たして全部取り込んだか否かは分からなかった。
 次に、ブログの修正と写真の添付である。
 旅行中はタブレットを使用してブログの更新を行っていたが、この機械では使い慣れていないせいか、文章を直すことがパソコンに比べてやり難くて仕方がなかった。これだとパソコンのマウスの代わりに指で行うが、太い指が災いするのか、これがなかなか上手くいかない。このため、ほとんどが一発勝負で行っていて、校正は行っていない。また、これは携帯電話画面で行うことに原因があるか、どうかは分からないが、段落を付けることができないので、そのまま書き流していた。
 これらを直して読み易くすることと、写真を付けることだ。取り込んだ写真が全部か、一部かは分からないが、写真は何を付けても構わないので、取り敢えず、手持ちの写真から選ぶことにする。
 このように書いたが、これらを実際に行うことは大変な作業であった。結局、後半からは手抜きになったが、それでも2週間以上が掛かってしまう。
 こうして完成させると、このままブログだけでは、私たちの年代では読んでくれる人も少ないと思われるので、本にしてみたいと思うようになった。
 先の『私たちの山の履歴書』は総文字数が20万字であったが、今回の旅行記は10万字にはなっていると思われるので、先般の本の半分程度のボリュームになりそうだ。来春までには何とか形にしたいと思っている。
 なお、本日、写真をカメラ別、番号順に並べて調べたところ、取り込みは100%、完全に出来ていたことが判明した。ちなみに、この旅行中に写した総数は、1万1760枚にもなった。
0 10_05 キタキツネ
  《大雪山(旭岳)1700m付近に住むキタキツネ》

船内ビンゴ大会1等賞 - 2016.09.14 Wed

9月14日、曇り。

 新日本海フェリーの『すいせん』は、出発こそ車両の積み込みで30分遅れ、日付の変わった0時ちょうどに苫小牧を出港したが、その後は順調に航海を続けた模様である。
 今朝、目覚めたときは全天が黒い雲に覆われていた。これまでなら、これが気になって仕方がなかったが、車旅を終わってみれば、雨が降ろうが、晴れていようが直接の影響はないので気楽なものである。
 そのうちに黒い雲にも1ヶ所、2ヶ所と切れ間ができたようで、窓からは日の光が差し込んできた。とはいうものの、雲は依然として大半を占めていて曇りということに変わりはなかった。
 その後、南下するに従って天気は好転の兆しを見せて、黒かった雲は白色に変わってきた。でも、相変わらず、青空は広がらずに曇りのままであった。
 また、終日、波は穏やかで海面は凪ぎの状態だったので、この面でも快適な船旅だったということができた。
 新日本海フェリーでは、『すいせん』と『すずらん』の2隻を保有して、敦賀と苫小牧の間を1日1往復させている。これらの船は高速船で、敦賀から苫小牧間を19時間、逆の苫小牧と敦賀間を21時間で運行している。ちなみに、南行きと北行きに、時間の差がある原因については定かでない。
 私たちが初めて北海道に足を踏み入れた2010年にこれら2隻が新しく就航したという記憶だ。ちなみに、私たちは、これらが就航する前に北海道入りしたので、最初の年は古い船に乗ったように思う。
 私たちは、ツーリストAというタイプの部屋である。これは1室に10名収容する相部屋で、2段ベット形式である。私たちが想像する2段ベットは子供部屋のあるものだが、ここのはそうではなく、下段と上段は入口が別になっており、これらの間に直接に接触する機会はなく、プライバシーが保たれる構造になっている。また、夫婦等の2人客は、互いが相向き合う形に、また、1人客には角を単独で使用する形になっている。
 本日は、乗客が少ないため、10名収容の部屋にいるのは、姫君と私の2人だけである。ということは、個室と同じのように思われるが、そうではない。入口のドアーは無施錠、開け放たれているので、やはり大部屋は大部屋である。
 船旅は退屈なものではあるが、午前中には、宝探し風のクイズ、ビンゴ大会、午後からは映画が2本、音楽会が1回があって飽きさせない工夫はしてある。私たちは、これら船内の催しにはできる限りは参加するようにした。加えて、持ち込んだ週刊誌を読んだり、読み疲れて昼寝をしたりしていると、退屈を嘆くことなく、時間は過ぎていった。
 クイズは逸早く回答を提出したが、答え自体が間違っていて、賞品にはありつけなかった。
 しかし、ビンゴ大会は、2年前の往路での際、姫君が見事に1等賞を射止めたので、今回も彼女の強運に期待していた。私はというと、この手のクジ運はカラキシないのでハナからないものとして諦めている。
 ビンゴゲームは、5×5の25個(正確には真ん中が抜いてあるので24)のランダムな数字を印刷した紙を1人1枚もらって、福引のカラカラ箱から飛び出す数字を記した玉の数字を手持ちの紙の数字と合うと穴を開け、早く縦横斜めの何れかの1列に穴が空けばビンゴが成立するという遊びである。遊びといっても商品が懸かっているので、一種の賭博的要素を備えている。
 私は、早い段階から、結構、数字が出たので、空いた穴数は多かったが、一列になるには程遠い状態であった。だが、そこへ飛び出した玉の数字があって、リーチとなった。とはいえ、ここからが自分の出て欲しい数字がなかなか出ないのが普通である。このため、麻雀と違って、リーチの喜びというものは全くない。司会者が、次は……、といってガラガラを回し、発表した数字が私の欲しかった数字であった。2回続いて当たりの数字が出て、一挙にビンゴとなった。
 手を上げて、前に出て行くと、私の紙の点検が始まった。間違えて穴を開けてあったらチョンボになるので恥ずかしいなといらぬ心配までしていたが、こんなことはなく、見事にビンゴの成立が認められた。
 姫君が1等賞を射止めたときは、早い者勝ちであったが、今年はビンゴ成立者は、商品の当たるクジを引く権利を得ただけという2重のになっていたので、最も早いビンゴだといっても喜んでいられない。クジにはまったく自信がないので、この時点でも期待はしていなかったが、13枚の賞品名を記した紙の入った箱の中に手を突っ込んで1枚をつまみ上げて司会者に渡す。何が当たるかと、やはり期待と不安を抱きつつ、彼の手先を見つめていた。紙を開いて、「1等賞」といわれたときには、にわかには信じられなかった。でも、当たったことは確かのようで、思わず姫君のほうを振り返ってガッツポーズをしていた。
 それにしても、予定通りに20日の船に乗っていたら、このような幸運に巡り合えたかどうかは分からない。多分、こんなことは2度とあることではなく、20日では外れていただろう。姫君の怪我を喜ぶわけではないが、姫君には感謝しないとバチが当たる。
 ちなみに、1等賞は、船内のみ有効の2000円の商品券であった。
 ただ今、船は敦賀沖まできており、あと、1時間で敦賀に到着する。これで長かった今年の北海道の旅は終わることになる。
船内のビンゴ大会で、見事、1等賞に
  《ビンゴ大会1等賞の商品券を手にする姫君》

急遽、帰名が決定する - 2016.09.13 Tue

9月13日、曇り。

 前夜、アクシデントが発生した。
 この事故が起こる前までは、本日の予定は上川で村ちゃん夫妻と北海道お別れのゴルフをする予定で、そのあと、手料理を振る舞うことにして材料なども買い揃えていた。
 私たちの食事中、明日の手順を確認していると買い忘れがあったことに気付いた。幸いなことに、ここ東川の道の駅は街の中にあって、スーパーも100mも離れない所にある。このため、食事後に忘れ物を歩いて買いに行った。
 この帰り道で、事故が起こった。
 歩いていると、私の背後で言葉にならない声とともにものが倒れる音がした。何事かと振り返ると、姫君の姿がない。『姫君は何処に』と探すと、歩道の上にうつ伏せで倒れている彼女の姿があった。
 慌てて、抱き起こそうとするが、倒れた人間を簡単に抱き起こすことはできない。『しばらく、このままにしておいて欲しい』という彼女の意思通りにすると、1、2分もすると起き上がることができた。
 姫君は、何かにつまづいて転んだことが、彼女の途切れ途切れの説明で分かった。
 怪我はないかと確認したところ、特に目立った裂傷とか、擦過傷といったものはないようであったし、骨にも異常はなかったようで、幸いといえば幸いであった。しかし、左手の具合が変だという。左手に痛みがあるのはもちろんだが、伸ばせないし、力も入らないとのことだった。
 1年余前、姫君は大手術を受けている。切ったのは左上半身で、術後、左手が不自由でパークゴルフができるかも危ぶまれたが、元来、好きなことだったので多少の痛みを我慢してやっているうちに、左腕も伸びるようになったと喜んでいた矢先のことだった。
 こんな経緯もあるので、左腕、左手の異常は普通の人以上に気になることである。
 予定では、9月20日のフェリーで敦賀に帰ることになっていた。しかし、こうなっては少しでも早く帰って医者の診断を仰いだほうが良いと考え、本日中に苫小牧まで走り、23時30分発のフェリーに乗るべく、6時30分に東川の道の駅を発った。
道中は順調で、10時30分頃、鵡川の手前の富川IC近くまできた。これで本日発のフェリーに完全に間に合うことが確定したので、ここで溜まった汚れ物のクリーニングを行う。これが終わって、鵡川まで移動して、ここで昼食を兼ねて休憩を採る。
 ここから、まずは苫小牧東港のフェリー乗場へ行ってチケットを購入する。この季節でもあり、混んでいることはないと思って予約の電話を入れなかったが、思惑通りにスンナリと手続きができた。
 チケットの入手は問題なかったが、ここまで行くのが大変であった。
 フェリー乗場は広大な埋立地の一角にあるが、ここの所在は覚えてはおらず、当然のことながらカーナビに案内を任せたところ、連れて行かれた所が発電所であった。ここの守衛に訊いてようやくフェリー乗場が分かったが、一時はどうなるかとパニック寸前に陥った。
 チケットを入手してから買物に街まで出た帰りにも、また、パニック寸前という事態に……。カーナビは、復路は往路とは異なった道で案内を始めた。これはこれでいいのだが、途中で彼女が指定してきた道が通行止めになっていた。この広い埋立地の中で放り出されたのではたまったものではない。私自身が、今、何処にいるかも分からないのでは修正のしようがないし、尋ねる所はおろか、通る人さえ見かけない。
 こういう場合、カーナビは、道が通行止めになっていることは知らないし、私が教える術もないので始末が悪い。何度でも、その通行止めになった道へ誘導しようとする。彼女は諦めるとか、融通を利かすということもできない。こちらとしては泣きたい気分だが、何とか打開しなくてはならない。
 仕方がないので、5、6Km戻ってみる。この間、カーナビは、ああしろ、こうしろと喧しいが完全に無視をする。そして、自分の感だけを頼りに方向を変えてみる。すると同じ方向へ行くトレーラーに追い付いた。この後を付いて行けば、フェリー埠頭へ行くかもしれないと思う。やがてトレーラーが右折した先には中央埠頭があることが分かった。
 フェリー乗場のある埠頭の名前は違っていたようだが、埠頭まで行けば何とかなると思い、そのまま後をついて行く。
 すると、カーナビが案内をし始めた。今度は前の場所とはだいぶ離れているので、同じ場所へ戻ることはないと思い、途中からトレーラーとは離れてカーナビの案内に任せる。
 彼女が案内した先は、先ほどの発電所であった。だが、ここまでくれば、先ほどの道を覚えているので、ホッと胸をなで下ろした。
これでようやくフェリー乗場にたどり着くことはできたが、クタクタになっていた。
 知らない土地で、カーナビだけを頼りに運転していて、急に裏切られるといかに惨めかということを身をもって知った。
 それでも何とかフェリーには乗れることになったのでヤレヤレであるが、北海道の車旅も、最後になってとんだ目に遇ってしまった。
 本日の走行距離は279Kmであった。
苫小牧東港で出港を待つ『すいせん』
  《苫小牧東港 周文埠頭で出港を待つ“すいせん”》

旭岳、姿見の池を散策 - 2016.09.12 Mon

9月12日、晴れ。

 昨日、予報を外したのを恥じたのか、気象庁の天気予報が変わった。
 昨日から4、5日は、ずっと晴れが続くとしていた旭岳の天気を、晴れは本日、12日のみで、あとはずっと曇りという具合に、悪く修正した。
 今朝、東川の道の駅で目覚めたとき、ガスが出ていて霧雨が降っていた。
 またしても、気象庁は外したかと怒りがこみ上げてきた。しかし、予報は全道的に晴れというものである。ということは、雨の要素がないということで、この霧雨も霧が取れれば止むことが見込まれる。
 このため、早めの朝食を済ませると、霧は消え、見込み通りに雨も上がっていた。だが、上空は黒っぽい雲に覆われ、これが簡単に取れると思われない。このため、出発を延ばしのばしにしていたが、昨日のように駐車場がいっぱいになることも考えなくてはならない。
 このため、ヤキモキしていたが、天気は好転することに賭けて、とりあえず、旭岳温泉に向かうことにした。
 車を走らせていると、前方を覆っていた黒い雲が切れて小さな空間だが、青空が見えるようになった。『よし、やった』と喜び、全天が真っ青になったかのような気分になり、アクセルを踏み込むにも力が入ったようで車が早くなった。
 旭岳温泉の手前に『がま岩』の看板が出ている辺りにやってきたときには、先ほどの思いが現実になってきた。少し、違っていたのは、白い雲が少しあって何もない青空よりもアクセントになっていて、空想よりも現実のほうに風情があった。
 駐車場に到着すると、既に6、7割がた埋まっていたが、私たちの車を停めるには何の問題もなかった。
 身支度、持物を整えて、8時頃、駐車場を後にしてロープウェイ乗場へと向かう。
 ロープウェイは、15分間隔で運行されており、私たちは8時15分発に乗ることになった。
 そして、姿見駅まで、およそ8分間の空中散歩を楽しむことになる。
 この間、眼下に見える樹々の葉に注目していたが、多少、色が変わったのもあるにはあるが、大半は青々としていた。紅葉は始まりかけたばかりであって、私が思い描いていたものにはほど遠い眺めであった。
 大雪山の紅葉は日本一早いといわれるように、9月初旬から始まるといわれることからすると、今年は遅いことになる。この原因は、8月から9月にかけては雨の日が多かった。ということは、上空には何時も雲があって、晴れの日のような放射冷却による冷え込みがなかったことに起因していると素人なりに推定してみた。これが当たっているか否かは定かでないが、今年の長雨が紅葉を遅らせていることは確かだと考える。
 これで紅葉への期待は一気に萎んでいったが、秋晴れの下での旭岳が見せる諸々の顔に次なる期待が移っていった。
 駐車場から旭岳の頂上部分が、ちょこんと顔を覗かせていた。このとき、その上には雲はなく、しっかりとした輪郭を見てとれた。しかし、ロープウェイが終点の姿見駅に到着したときには、何時、出てきたか、わいてきたか、頂上は白い雲の中に消えていた。もうこれで頂上は見られないかもしれない。どうしてもっと早くこなかったのかと、内心で自分自身を責めていた。
 だが、本日の旭岳の頂上は、雲がかかったり、取れたりと、目まぐるしく変化していた。雲の中に没したとしても、何も悲観的になることはなかった。しばらく待てば、雲が何処かへ行ってしまい、頂上が現れてくるという繰り返しであった。
 ここは、ロープウェイの姿見駅から姿見池、夫婦池をグルッと一周する遊歩道が設けられている。ちょうど、中央アルプスの千畳敷を彷彿させる作りになっている。
 この遊歩道を反時計回り、左回りに回っていくと、旭岳が位置を変える都度に違った顔を見せてくれるので、それを写真に撮りながら進んでいく。
 また、この山は火山だった名残りとでもいうのだろうか、活火山だからというべきか、山腹に噴気口が幾つもあって、これらからは絶え間なく水蒸気を吹き出している。この水蒸気の煙が、あるときは真っ直ぐ上に、また、あるときは斜めにという具合に複雑に煙の吹き上げ方をしている。このため、写真を撮るのも変化があって楽しい。
 こうして姿見池から夫婦池へと回っていくが、思った以上に早く回ってしまう。これでは早く帰ることになるので、裾合平のほうへも散策の足を伸ばすことにする。
 とある沢の所で、この先に進んでも景色は変わらないから帰ることを提案すると、姫君は2年ぶりの山歩きが楽しいのか、もう少し行ってみようという。私の立場では、姫君の意向に逆らうことはできないので、彼女の思召しに従う。結果的にこれが良かった。この先で、キタキツネに出合うことができたからだ。
 2年前、やはり旭岳でキタキツネに遭遇したことがある。このときのキタキツネは、冬毛から夏毛へ生え変わり途上であったため、一瞥すると皮膚病を患っているかのような汚いものだった。これに比べると、今回のキタキツネは大きな非がないなかなかの器量良しだった。
 これが、どうしたわけだか、なかなか逃げようとはせず、ときにはポーズを取るかのように私のほうをジッと見つめてくれるので、モデルとしては申し分なく、もう十分だと思えるまで写真を取ることができた。本日の最大の成果が、このキタキツネとの出合いであった。
 こうして、満足感に浸り、姿見駅に帰ることができた。なお、時期が時期だけに花には期待していなかったが、結果もシラタマノキとオヤマノリンドウに加えてアキノキリンソウくらいで、目ぼしいものはなかった。このうち、シラタマノキは盛りといってもいいが、他の2つは終盤、アキノキリンソウにいたつては黄色の花を残していたのは1つのみであった。
 このあと、旭岳温泉の白樺荘で風呂に入り、東川の道の駅に帰ってくると、15時だった。
 本日の走行距離は43Km。累積走行距離は10200Kmになった。
姿見の池に映る旭岳
  《大雪山の主峰・旭岳》

天気予報が外れ山中止 - 2016.09.11 Sun

9月11日、曇り。

 前夜、天気予報を調べてみると、本日から5日間は晴れだった。このうち、初日の本日だけが9時以降は真っ赤の晴れだったが、残りの4日は雲のマークが入った晴れであった。このため、旭岳行きを何にもまして優先させることに決めた。
 今朝、目覚めてみると、雨こそ降ってはいなかったが、青空などは何処にもない正真正銘の曇りであった。だが、ここは旭岳から7、80Kmも離れた剣淵町であること、予報で晴れになるのは9時からということもあって、予報が外れたと決め付けるわけにはいかない。
 そこで、晴れなかったら、登山基地でもある東川町で天気の回復を待てばよいので、とりあえず、ここに向けて出発する。
 東川町の道の駅『ひがしかわ道草館』に到着するが、天気は剣淵と何ら変わることはなかった。
 このとき、まだ9時前でもあり、勝負はこれ以後だと思い、ここで朝食を摂りながら、時間の経つのを待っていた。
 9時を過ぎると、雲が割れて青空が顔を覗かせることを当然のこととして待っていた。しかし、雲に何の変化も見られないままに予定の時間は過ぎていった。
 こうなれば、旭岳登山口でもある旭岳温泉のロープウェイ乗場まで行って、ここの駐車場で待つのもよかろうと車を出発させる。なお、万ヶ一、天候が好転しなかった場合は、ここから近い天人峡で遊べばいいとの内々の考えもあってのことだ。
 旭岳温泉に近付き、天人峡との分岐に差し掛かったとき、天人峡への道は通行止めになっていることを知る。8月中旬以降の長雨で道路の一部が崩壊したのが原因らしい。ちなみに、後になって分かったことだが、復旧が何時になるかはまったくメドが立っていないとのことだった。これを横目に穂旭岳温泉への道を急ぐ。
 ロープウェイ乗場前の登山者用の無料駐車場にやってきた。ここには7、80台の車が停められるが、これが満杯になっていた。本日は日曜日でもあり、紅葉目当ての観光客が大勢押しかけたようである。
 ロープウェイ乗場前にも有料の駐車場があるが、この前でも2、3台が並んでいるところからみて、ここも満車のようである。行くことが決まっていれば、有料のほうに並んでもよいが、私たちは天気がよくなればという条件付きでもあり、駐車場がいっぱいなら潔く諦めることにする。
 駐車場の前に旭岳ビジターセンターがあるので、ここに立ち寄りたかったが、車が停められなくては如何ともし難く、たった今、登ってきた道を、そのまま逆に下って行くことになった。
 天人峡にもいけないので、東川の街まで戻るより他に途はない。
 下り終わったところ、まだ、町からは6Kmくらい離れた所に駐車公園があった。
 この存在は前から知ってはいたが、ここに泊まったことはないので何があるかは詳しいことは知らなかった。暇でもあるので、ここに立ち寄ってみたら、この一角にパークゴルフ場があることが分かった。それならばと、早速、一戦を交えることにした。
 ここには、9ホールが2コース、計18ホールという規模である。ちなみに、Aコースが、ショートコースばかりで作られていて比較的にイージィーのように見受けられた。BコースはAコースよりは長いが、さりとて最長でも60m未満というもので、比較的、ここも短い。しかし、ここはコブだらけに作られているのが特徴である。
 何回かを戦い、場面はBコースに移った。
 ここの4番ホールは、距離30m、パー3である。このとき、私がオーナーで最初に打ったボールはピンに向かってうまい具合に転がっていったと思っていると、スッとボールが消え、代わりにカランという小さめの音が聞こえてきた。「あら、入ったわ。入ったわよ。ホールインワンだわ」と姫君が褒めてくれた。
 次の5番ホールは、コの字型に折れ曲がった珍しい形をしている。これでOBを出してしまい、折角のホールインワンが帳消しになって、少し、落胆する。
 6番ホールは、距離35m、パー3である。
 姫君のあとで私が打つが、何分、大叩きの後だけに何も考えずに、ただ無心にクラブを振った。このとき、コブにハネられることもなく、ボールは真っ直ぐに転がり、これもスッと消えてしまい、また、カランという音。入ったことは目で確認して分かっているが、同じゲーム、同じコースで2度も続けてホールインワンが出るとは信じられなかったし、自分がしでかしたとは思えずに他人事のような気がして、それほど嬉しさもこみ上げてはこなかった。
 午前中は、これで終わり。昼食を挟んで午後の部を行うが、この部では何も起こらず、何時ものように、私の負けたり、勝ったりで、姫君優勢のうちにフィナーレを迎える。
 このとき、本日、初めて大雪山の下のほうの雲が取れて裾野だけは姿を現していたが、上のほうは依然として雲の中に隠れていた。さらに目を上に向けると、青空に部分が多少は増えたようだが、全天の7、8割方は白い雲、黒い雲によって覆われていた。
 本日の走行距離は、132Km。累積走行距離は、10157Kmになった。
 なお、これを書き終わった17時30分頃にニワカ雨が降る。これでは明日の天気も危ぶまれるが、果たしてどうなることやら……。
ホールインワン出る。それも2度も……。
  《東川町の駐車公園附属パークゴルフ場4番ホール》

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