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2017-04

御座峰行き余話 - 2016.05.13 Fri

ウンから見放され、ウンが付く
 5月12日、伊吹山から派生する尾根のなかでも多くの花が咲くことで有名な伊吹北尾根を、北側の国見峠から御座峰までの3キロメートル余を歩いた。
天気予報では朝から晴れ、ここへの道中では予報どおりであった。しかし、旧春日村に入って国見岳の辺りが見えるようになると、その辺りだけは白い雲に取り付かれていて、少し嫌な予感がした。登山口の峠に到着すると、曇りで肌寒いくらいで、最初からカッパを着ることを考えたくらいだった。
 本日の目的は、ヤマシャクヤクとヤマトグサの鑑賞だが、はたして出合うことができるか否かは微妙だと思っていた。これまでは姫君が見付けて、私が写真に撮るという大まかな役割分担できていたが、彼女の同道が得られないのでは確率は半分以下、いや1割程度であろうか。
 下のほうではチゴユリが所々で顔を見せたが、花は下を向いた半開き状態のものだったので、写真に残すほどではないとの思いが強く、横目で眺めるだけで立ち止まることもなく通り過ぎていた。こういう行動を取らせたのには、冷たい風が吹いていたことも一因であった。
 国見岳に近付いた頃には、頭上には青空が見えるようになり、目前のガスも薄くなって、幻想的な風景になってきて、頭の中では『写真を撮れ』という声と、『面倒臭い。もっといい条件で撮ればよい』という声の葛藤があったが、結局は後者が勝り、ザックを降ろすことなく歩き続け、結果的にはシャッターチャンスを逃してしまった。このような状況を振り返ってみると、私は写真家になる素養に欠けることが一目瞭然である。
 以前、姫君がヤマトグサを見付けた場所にやってきた。先ずは、見付けださなくてはと思って緊張するが、小さい花であることに加えて、この草自体が普通の雑草と変わらず、これといった特徴というものはないので、探し出すといっても、偶然の出合いを期待するだけである。暫くは、辺りに注意を払っていたが、そう上手く見付け出すことができるわけではなく、直ぐに諦めてしまう。
 先ほど、好転の兆しを見せた天気も、何時しか青空は消えて雲が多く、低く立ち込めてきた。これと共に寒さを、再び感じるようになり、これも何だかヤマトグサで空振りしたせいではないかと思えた。
 もう1つのヤマシャクヤクも一向に姿を現さない。
 この花は大輪であり、物を探し出すことを不得手としている私でも、探し出せる数少ない花である。これまでに咲いている場所とか、葉っぱを見た場所では立ち止まってユックリと視線を辺りに這わせてはみるが、結果は思わしいものではなかった。
 御座峰の近くまでやってきた頃には天気は完全に回復、先ほどまでは雲が立ち込めていたのが嘘のように感じる。何しろ、頭上は青一色、白い雲1つも見ることはできなくなっていた。こうなると気分は軽くなるが、収穫はと考えると、得るものは何もなく、暗澹たる気分にさせられる。
 こんな複雑な思いで御座峰頂上直下の急登を喘ぎあえぎ登っていると、軽やかな足取りで夫婦連れが降りてくるのに出会う。
 彼らと情報交換を行う。とはいっても、私の情報は実質的に何もないので、情報を交換するのではなく、一方的にもらうだけであったのが後ろめたかったが……。
 すると、彼らはヤマシャクヤクと出合っているとのことだった。花の数にすると10以上のものを見たとのことだった。これには、些か、ショックを受けた。それも小さい花ならいざ知らず、誰が見ても直ぐ分かる花をである。1つ、2つなら見落すことは考えられるが、揃いもそろって10全部を見落すとは目がおかしくなったか、頭がそうなったかと思わざるを得ないほどだった。
 話の途中、女性のほうが、「1度、お会いしている」と言い出す。私には記憶はないので、「何処で……」と問い返すと、「それ、キンランのとき……」との答えを聞き、記憶が戻ってくる。先日、キンランを撮影していると、彼らもこれを見にきたのだと……。そして、今年は咲いていなかったが、以前、ギンランが咲いていた場所を案内してもらったことの礼を改めて述べていた。
 彼らの伊吹北尾根での収穫は、このヤマシャクヤクだけではなかった。最近、鈴鹿ではめっきりと出合うことが少なくなったヤマブキソウも見たとのことだった。
 「何処で?」との問いに対して、「御座峰の頂上に咲いていた」との答えだった。
 ここの頂上は笹を丸く切り開いた所で、およそ花が咲くような環境ではないので、このことを言うと、「頂上から踏み跡があるので、そこを入っていった所」との答えが返ってきた。
 山歩きをしていると、意味のない所に踏み跡が付いていることがある。こういう所は女性が用足しに使う場所ということが多い。このことをいうと、「それは知らないが、そこに間違いない」とのことだった。この踏み跡の存在は知っていたが、そうと察していたので、これまでに足を踏み入れたことはなかった。
 何れにしても、本日の収穫はこれまでに再三にわたって見ているイチリンソウの他は小物、それも今年になって見たものばかりとなるとヤマブキソウのニュースは朗報であった。
 頂上に到着すると、ザックを担いだままで例の踏み跡へと入っていった。この踏み跡は少し先のほうまで続いており、途中で木の枝によって自然の行き止まりになっていた。ここまで来てみたが、ヤマブキソウは見付からなかった。彼女が見たというからには、この辺りの何れかにあるはずだと、今、入ってきた道を反対に戻り始めた。すると、通路の右手に数輪の黄色の花が目に止まった。『あった!』と、内心、大喜びであった。
 写真を撮るには、ここへ近寄らなければならない。邪魔な木の枝を押し広げて花の前に立つ。花は紛れもなくヤマブキソウであった。そこには3つが並んで咲いているもの、その隣には3つ、4つが不規則に固まっているものもあった。1輪だけだと思っていたのが、これは嬉しい誤算でもあった。
 これを見て、大急ぎでザックを降ろして、中からカメラと三脚を取り出し、撮影に取り掛かる。この辺りは未明まで雨が降っていたのか、地面が濡れているため、膝を降ろすことは憚られるので、立ち腰のままの不自由な姿勢でカメラのファインダーを眺めて操作していると、何かが臭ってくる。
 最初のうちは獣の糞でもあるのかと思い、撮影に没頭していた。しかし、段々と臭いがきつくなってくる感じで、近くにこれがあることは確かだと思い、念のため、ザックを持ち上げてみると、その下に何と人糞があるではないか。それもザックに押しつぶされた跡がクッキリと付いていた。
 私自身は腸が弱いためだと思うが、野糞の類いの話には事を欠くことはない。しかし、他人の野糞に遭遇したこと、その直接的な被害を蒙ったことはこれまでになく、こんなことは初めてのことだった。
 こうなると撮影もクソもないというは当然で、早々にザックを掴んで頂上広場に戻る。とにかく、汚れを取らなければならない。ティッシュペーパーで拭き取るが、こんなものでは役に立たない。ここで脱いだ長袖のシャツを雑巾代わりにしようかとも考えたが、これはモッタイないので、はめていた軍手で行うことにした。
 拭き取りは終るが、まだ臭うような気がしてならない。鼻を働かせてみると、そうでもないが、気分的にはプンプンと臭ってくる感じを払拭することできない。ザックを捨てていくことはできないので、仕方なくこれを担いで頂上の少し先まで行ってみることにした。
 すると、何ということだろうか。ヤマブキソウなどはいくらでもあるではないか。こんなことならあの場所で撮ることはなかったと悔やんでみるが、これを引かれ者の小唄とでもいうのだろう。
000 ヤマブキソウ3連
《これだけ綺麗に並んだヤマブキソウを見たことはなく、大喜びだった》
000 ヤマブキソウ1輪
《あとからジックリと見ると、葉っぱの上に溜まっているのも人糞かとも思えてくる》

奥伊吹詣 - 2016.03.20 Sun

セツブンソウの群生地
 近年、春先になると、毎年のように決まって訪れる場所がある。
 それは、伊吹山の西側の山麓のひなびた集落である。そこの正式の地名は、滋賀県米原市大久保という。
 ここにはセツブンソウの群生地があり、この集落では花の季節に合わせて『セツブンソウふれあい祭り』を開催するなど、この群生地を集落の宝として大切に守っている。
 3月17日(木曜日)、姫君と共にこのセツブンソウの群生地を訪れる。
 この日は、終日にわたって快晴が続き、気温も4月中旬と同じというポカポカ陽気で、花見物としてはもってこいの条件であった。
 11時頃、この集落に着くが、あまりの天気の良さに予定を変更して、もう1つの予定を先に済ませることにする。それは、この大久保集落の隣、下板並集落に咲く、アズマイチゲの鑑賞である。
 アズマイチゲは、気温とか、太陽の光に敏感に反応して花を開いたり閉じたりする気難しい花である。このため、この花が一斉に、そろって花が開いた様は、これまで1度も見たことがない。しかし、この日ならばとの予感があって私をここへ急がせた。
 ところが、いざ、アズマイチゲの群生地に着いてみると、まだ時間的に早かったようで日陰部分が多く、花を開いたものはポツポツと散見されるのみであった。このように目論見は見事に外れたが、陽の当たる午後ともなれば花も開くことだろうことが分かっているだけに、特段、落胆することはなかった。
00000 DSC_0124
 このような状態であるアズマイチゲは後回しにして、セツブンソウを先に済ませることにして、大久保集落まで戻る。
 集落内に設けられた駐車場に車を停めて、群生地まで歩いていく。その途中に出会った村人が、カメラを抱えた私たちの姿を見て、一瞥して花見物客だと推定したのだろう。「セツブンソウは終わってしまいました」と申し訳なさそうに教えてくれる。今年は暖かく、雪が少なかったので開花が早かったために、花は散ってしまったようだ。
 こうしてセツブンソウは空振りに終わったが、ここにはキバナノアマナが咲くので、これを探すことに気持ちを切り替える。
 群生地に到着して見ると、村人の言葉どおり、セツブンソウは葉っぱを残すのみ、見事に何も残ってはいなかった。
 これを見て、最初からキバナノアマナを探すことに専念する。
 この群生地の中は、花の保護のためか、いたる所にロープで立入禁止区域が設けられていて、広い群生地だといっても立入可能な場所は意外に少ない。このほうが小さい花を探すのには都合がよい。
 間もなく、第1号が見付かる。こうなると次から次へと新しいものが見付かることは何時もの通りで、都合、10株以上を見付けることができた。しかし、残念なことに、これまでに多くの人たちが立ち入っているためか、これら見付けた花の大半は形が壊れたものが多く、写真の被写体としては不適な物が大半であった。それでも、鈴鹿ではあまりお目にかかることの少ない花に出合えたことに満足して撮影を終える。ちなみに、鈴鹿でキバナノアマナを見たのは、藤原岳で1、2度、お目にかかっただけである。
 次は、キクザキイチゲである。この花は、以前、セツブンソウの群生地と背中合わせの場所の一角にポツンと咲いていた。数が多い年もあるが、反対に少ない年もあるので、『今年は、どうであろう』と、期待半分で行ってみる。
 結果は、今年は不作であった。一角の隅の方に紫色の1輪が頼りなげに咲いていたのみだった。
 ここで急に空腹感が襲ってきた。
 この大久保地区は商店というのもおこがましいような小さい店が1軒あるのみで、食堂などが存在するような土地柄ではない。これがあるのは、国道365号沿いの道の駅(伊吹の里)周辺のみである。このため、ここまで戻り、トイレを済ませて中へ入ろうとすると、何と、休みであった。これまでに休みにぶつかったことはなく、休みがあるとは思ってもいなかったので驚いた。だが、この周辺に蕎麦屋などがあって食事はできるため、大勢に影響を及ぼすまでには至らなかった。
 食事を終えて、再び、下板並集落へ戻る。
 アズマイチゲの群生地を訪れると、午前中には日陰になっていた所にも燦々と陽の光が降り注いでいた。この光を自分の中へ取り込もうとするかのように花びらをいっぱいに開いたアズマイチゲの群れが勢ぞろいしていた。
 ここには、これまでに何度となく訪れている。この際、1輪、2輪と花を開いたものを見ることはあったが、群落の花がこのようにそろって咲き誇る様は1度も見ることはなかっただけに大きな感激を味わうことになった。
 これらの一連の撮影を終え、満足感に包まれて、この集落を後にする。
 次に訪れたのは、午前中と同じく大久保集落である。ここを再訪したのは、セツブンソウに未練があったわけではなく、午前中には腹が減って後回しにしたミスミソウが目的の花であった。
 目的地へ行ってみると、咲いているには咲いていたが、ポツ、ポツ、ポツッと咲いているだけで、以前に比べると貧弱になった感が否めなかった。それでも、ミスミソウは今年になってからは初めて見る花であるので、懐かしさもあって花の前にうずくまることになった。
 こうして十分な収穫に大満足して、ルンルン気分で帰途に着いた。
 これだけに終わればよかったが、そうとはならなかった。
 途中、夕食のために立ち寄った食堂で、車止めがあると思い込んでバックしたところ、車が停まったのは柱にぶつかってのことであった。後刻、再確認すると、車止めに見えたのは後ろの白線であったというお粗末な話である。こうして車の後部バンパー部分の塗装が少しはげ落ち、小さい凹みの疵も付くという大きな被害を蒙ることになった。ちなみに、相手の柱は鉄骨に緩衝材が巻いてあったので、これが無疵で済んだことが不幸中の幸いであった。
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謹賀新年 - 2016.01.01 Fri

新年、明けましておめでとうございます。

 穏やかに晴れ渡った正月の朝を迎えて、めでたさも例年に増して感じる素晴らしい年明けとなりました。
 この穏やかな天気は元日の終日にわたって続いております。
 わが家の窓から外を眺めると、御嶽山が雪をかぶった白い巨体をクッキリと見え、午後になっても姿を消すことはなく、16時過ぎの現在も朝方と同じように美しい姿態を誇らしげにさらしております。
 昨年は私たちにとってあまりよい年ではなかったが、この素晴らしい天気に正月から接することができ、きっと今年はよい年であることを物語っているようにも感じ、嬉しい年になりそうだと安堵しております。
 昨年の後半は私たちの山行きの集大成とでもいえる本の編集に没頭しました。
 これは、『私たちの山の履歴書』という題名で、私たちが山と親しみ始めてからの山行きの中で、特に印象深いものを選んで1冊にまとめました。
 これらは『ヨレヨレ新聞』から始まり、前のブログの『ヨレヨレ山便り』に加えて、これを継承した現ブログの『ヨレヨレ山便りⅡ』で発表したものの中から抜粋したものです。したがって、新しく書き下ろしたものではないが、何分にも未熟な者が書いたものだけに、手直しをし始めると限がないほど無尽蔵にあり、思わぬ時間を取られることになりました。
 このため、このブログの更新も滞りがちで、ひと月余の間、まるまる更新できないこともあって、罰則の広告(更新を1ヶ月以上も怠ると広告が強制的に付けられる)が先行するという不名誉この上ない事態を招きました。
 この苦戦した『私たちの山の履歴書』も、この休み明けには上梓して、印刷に回せるまでになりました。
 これが完成すれば、再び、元の落ち着いた状態に戻ることになるので、このブログも罰を受けて読み辛いものになることはなくなると思います。
 とはいうものの、1つ、困った問題があります。
 それは私の体力ならびに気力の衰えで、これまでのような山行きができそうもないことです。こうなれば、当然、山を主題にするブログであるだけに、材料に困ることになりそうだということです。
 でも、何とかこのブログが継続できるくらいは、山に通えるように頑張ってみたいと思っております。
 それでは、本年もまた宜しくお願いいたします。

タンチョウ

4回目のリハリビ登山 - 2013.03.27 Wed

フクジュソウの群生地へ
 リハリビ登山の効果は徐々にではあるが出ているように感じる。
 3月16日の孫太尾根(藤原岳)が最初であった。これは、往復3時間の歩きだったが、かなり堪えた。というより、脹脛(ふくらはぎ)ならびに膝への負担は大きく、山歩きがこんなにきついものかということを再認識させられた。当然、この後遺症が出るものと考えられ、これがどんな形になって現れるかという不安が芽生えた。
 だが、結果は家の中の階段を上り下りする際、多少の痛みとガクガクした違和感を別にすると脹脛ならびに膝への悪影響はなかった。これとは別に大腿部の前面に張りと痛みを感じたが、これは5ヶ月のブランクから筋肉が衰えて起こる現象、いわゆる筋肉痛で心配するようなことはないことは経験上分かっている。
 この5日後の21日、入道ヶ岳を2回目の訓練場所に選んだ。このときは、患部への信頼ができず、ほとんど登り降りする箇所がないお手軽コースでお茶を濁す予定であったが、花の収穫物がなかったことから入道ヶ岳の途中まで、急遽、登ることになった。この歩行はきつく、終わってから翌日からの脹脛ならびに膝に何らかの変調をきたすのではないかと心配になった。
 しかし、これも杞憂に終わり、痛みは起こらず、疲れが少し残っただけであった。
 これに気を良くして、23日には霊仙山の途中まで登り、次いで場所を伊吹野に移して夕方まで散策、久しぶりに運動後の疲労感を味わうことになった。
 このようにこれまでのところ、回復は思った以上に進んでいる感じだ。これでもう少し脚力が戻ればいいのだが、これには時間が必要で、気長にトレーニングを積み重ねなくてはならないだろう。でも、快方へ向かっていることが分かると、張り合いが出てくる。また、山野草の開花が張り合いの背中を押してくれるのもありがたい。
 こんなわけで、3月26日は藤原岳のフクジュソウに照準を合わせるが、ここまで到達できるか否かは分からない。したがって、取り敢えずの目標を木和田尾(尾=尾根)の子向井山(標高647m)に定める。
 10時40分頃、藤原岳の山麓集落、山口の水道施設前の白船峠登山口を出発する。ここから谷筋を遡って尾根、木和田尾に登り上がって白船峠へ至るのが昔からある木和田尾登山道だが、最近、私たちはこれを使うことはあまりない。
 木和田尾に乗るまで中部電力の送電線の保守点検のために同社が開設した作業道を使わせてもらっている。
 この道も尾根に乗るまでが結構な急登である。回復途上にあるとはいえ、ここを登るときは大変で、いや(弥)が上にも脹脛を意識させられ、『この程度の傾斜にてこずるようではアルプスへの復帰は無理か?』という弱気の虫が頭をもたげてくる。
 最初の送電線の鉄塔にやってきた。何時もなら、鉄塔の基を最短距離に斜めに登り上がるのだが、この日はこんな足に負担のかかるルート取りはできないとばかりに、踏み跡に沿って無難なル―トを無意識のうちに採っていた。これに気付くと、無理が利かなくなった身体を意識せざるを得ず、さらに弱気になった。
 この鉄塔から次の鉄塔までの杉林の中にセリバオウレンが咲いているので、注意深く歩くが見付けることはできなかった。ここがきつい登りであったら前進することを放棄したかもしれないが、幸いなことにここは比較的に平坦だったので自棄を起こすことなく、次があると諦めて歩いていた。
 次の鉄塔で尾根、木和田尾に乗る。ここからは尾根歩きになるので、これまでに比べると幾分は楽になる。
 こんな尾根を歩いていると、後方の姫君から声がかかる。振り向くと、彼女との間が随分と空いていて、何をいっているかが正確には聞き取れない。ここへ来る手前でセリバオウレンを見付けたので、また、これが咲いていたのかと思って急いで駈け降りると、姫君の指す方にはセリバオウレンではなく、白くて丸い小さな花があった。「これ、まだ蕾だが何だろう?」と姫君が尋ねる。このとき、ピンと閃くものがあった。以前、この辺りにミスミソウが咲いていたことがあったと……。そして、「多分、ミスミソウ。この前、霊仙で写真を撮った……」という。「霊仙のミスミソウに比べると何だか小さいみたいよ」といいながら付近を探していて、「あッ、開いているわ。あっ、ここもよ」と次々とミスミソウを見付ける。
 痩せた尾根から広い尾根へと変わってきた。これとともに傾斜も強くなってきて、また、脹脛が引っ張られて悲鳴を上げ始める。この辛い登りが長く続いたように思えたが、実際に長い時間がかかったのか、辛い分、長い時間に感じたのかは分からないが、これもようやく終わった。
 目の先に細長い石杭が埋め込まれているのが見えた。一瞬、子向井山かと思ったが、『いや、ここは違う。頂上はこの先だ』と記憶を手繰り寄せて、そのまま前進する。それから1分が経つか経たないうちに道の真ん中に先ほどと同様の細長い石杭2本が並んで埋まっていた。
 このとき、時刻はちょうど12時。子向井山に到着した。
 出発からここまで1時間20分を要した勘定だ。本来なら1時間くらいで到着していてもおかしくはないが、体力の低下ならびに足の状態を勘案すればまあまあではないかと思う。
 これで本日の目的は達成したわけで、後はオマケとでもいうべきフクジュソウの観察ができればいうことなしだ。
 まだ、余力は残っているので、予定どおりにフクジュソウの群生地に向かった。
 見覚えのある場所で谷に向かって急降下する。そして狙った場所に見事にドンピシャリで到着した。でも、目の前は深い谷が口を広げていて、とてもこれを渡って対岸へは渡れない。群生地は谷の向こう側なので、これを越えないことにはフクジュソウにも出合うことも叶わなくなる。
 谷の深さは3mか、それ以上もありそうだ。昨年、ここを訪れたときには、この谷がこれほど深くはなく、徒渉する手がかりもあったが、目の前にはそんな場所はない。昨年の何時か、大雨でも降った折に谷が崩れて谷相が変わってしまったらしい。
 下流に渡れそうな場所がないか少し降ってみるが、それらしき場所は見付からない。それなら上流側を探すことにして、注意しながら谷の縁を上へ向かって歩いて行く。そして何とか渡れそうな場所が見付かった。近付いてみれば踏み跡もあった。もう何人もがここから渡っていたことが分かり、私たちもこれに従った。
 そして、その場所に到着すると、今年はフクジュソウの当たり年になるのではないかと思うほど、あちらこちらに黄色の塊が斜面いっぱいに広がっていた。慾をいえば、太陽が顔を出して照らしてくれれば、フクジュソウの顔も一段と輝きを増すであろうということだった。
 こうして充分に満足して、14時30分、子向井山に戻る。ここから往路を忠実に辿って15時25分頃に登山口に帰り着き、本日のリハリビを終える。

フクジュソウ

2012 山野草・その29 - 2012.05.16 Wed

ウラシマソウ
 春の山野を歩くとよく見かける植物にマムシクサがある。青い葉っぱ状の花を前に倒していて鎌首をもたげたマムシを連想して名付けられたものらしい。
 このマムシクサの仲間に、ウラシマソウという花がある。
 この花は、北海道から九州まで、全国的に自生しているとのことであるが、滅多にお目にかかれるものではない。私が知っている自生地は藤原岳だけである。それも、毎年、同じ場所に咲いている。
 これを知ったのは、何回も書いたことだが、こんな経緯からだ。
 その日、藤原岳の頂上を目指していた。とある場所で、登山者が地面に這いつくばって何かをしている。近付くと、写真を撮っていた。被写体は何であるか、一見しただけでは分からなかった。そのカメラマン氏に尋ねると、葉っぱの下にある黒っぽいものを指差して、「ウラシマソウです」との答えだった。とても花とは思えない異様なものだったので、私は気のない返事をしたのだろう。
 「花の中から長く伸びたヒモ状というか、ツル状のものを浦島太郎の釣り糸に見立てて、この名が付けられた」と聞きもしないことを説明、珍しいものだと興味を引きそうなことを付け加えてくれた。
 これで名前も形もいっぺんに覚え、以後、忘れずにずっと覚えていた。
 今年も、『もう、そろそろ咲いているのではないか』と思って、4月28日に藤原岳に出かけてみた。これの咲く場所は、何だか危なっかしい斜面なので、咲いているのを見るまで『今年も残っているだろうか』と心配しながら行くのだが、やはり今年も咲いていた。
 最初のときか、2度目のときかは、ハッキリとした記憶は残っていないが、10株くらいのウラシマソウが固まって輪を作っているのを見たことがある。こんなに固まっていると何だか気持ちが悪くなったが、こんなのを見たのはこのとき限りで、今では1つづつのものを見るだけだ。こうして見られなくなると、気持ちが悪いということは忘れてしまい、もう1度、見てみたいと思うので、人間とは勝手なものだとおもう。

ウラシマソウ

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