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2017-05

奇形チゴユリに初対面 - 2017.05.23 Tue

 5月14日と15日の両日、下呂温泉で泊まりの大雁時代の有志11名で同窓会が行われ、私も出席した。
 折角、ここまで出かけてきたので、姫君と会が終わってから合流して、その足で新穂高温泉、美ヶ原で遊ぶ。
 帰りには木曽町(旧・木曽福島町)の城山(じょうやま)で花探索を行う。
 この山は、木曽福島のシンボル的存在の山で、この周辺には何本もの自然遊歩道が整備されていて市民の手ごろな憩いの場所になっている。
 それよりも、この山は花の名所であることが私を惹きつけ、ここを知ってからはほぼ毎年のように訪れている。
 このため、城山の頂上(1281m)まで登ったのは1回のみ、これ以外はこの山の周辺に敷設された城山自然歩道を歩いて花の探索を行うのを常としている。
 前夜、美ヶ原から直接にここまで走り、ここの道の駅に泊まったので、ユックリとここを出発、町の中心部にある公営駐車場に車を停める。
 ここから興禅寺の裏手にある遊歩道入口まで直ぐである。
 最初のとき、この入口近くでアメリカンスミレサイシンのミニ群生があったので、これを見るのを楽しみにしているが、これを見られたのは最初の1、2年だけで、以後、まったく見かけなくなっている。今年はどうだろうと、その辺りを丹念に探してみるが、1つのそれも見ることはなかった。
 これは幸先が悪いと悲観しかけたが、そんなことはなかった。
 遊歩道を歩き始めて最初に出合ったのはユキザサであった。この辺りでは蕾が多く、時期が少し早いかと思っていたが、歩いていくにしたがって花を開いたものが多くなり、この花にとっては今が最盛期であったことを知らされることになる。
2017_05_18 チゴユリ7699
 次いで、ニリンソウのミニ群生地にやってきた。だが、これは少し時期が遅かったのか、終わりかけている感が強く、あまり形の良いのには巡り合わず、これに関しては1枚の写真も撮ることはなかった。
 だが、これを残念がる必要はなかった。
 次に現れたのが、イカリソウだった。イカリソウは、鈴鹿の狗留尊山の麓の長楽寺の周辺で見ているが、今年はここには咲いていなかった。このため、ここで見るのが最初であったので、これまた、丹念に撮影する。
 収穫は、これだけではなかった。
 これまた、今年は初見となるチゴユリも、この道筋の所々に顔を出し、これも私たちを喜ばしてくれた。
 とある場所で、姫君が大きな声で呼びかけてきた。「ねぇ、ねぇ、2つも花を付けたのがあるわよ」と……。私は、チゴユリは1つの花を付けるものだと思い込んでいたので、にわかには信じ難く、「本当か?」と疑いを隠さず、姫君のカメラのレンズの先を覗き込む。すると、2つというのは本当だった。
 これには大喜びで、失敗してなるものかと丁寧に撮影した。これだけでも、本日、ここへきただけのことはあったと大いに興奮する。
 しかし、興奮はこれだけでは終わらなかった。
 今度は3つの花を付けるチゴユリが見付かったのだ。この発見も姫君だったので、私が声を大にしていうのも少し気が引けるが、1日で変わり種を2つも発見するとは何という幸運かと有頂天であった。
2017_05_18 チゴユリ7812


最後のイワザクラになるか - 2017.05.09 Tue

 最近の私は、『死に支度』に掛かりきりになっている。このため、ブログに向き合うことも縁遠くなっている。
 手掛けていることは、『車旅日記』に引き続き、『北海道の花旅』を上梓したのを始め、『北海道 百名山の旅』に取り掛かり、北海道3部作の完成を目指していた。これらには概ね目処が付いたことから、今度は鈴鹿の花々を中心とする『花 ひとりごと』(仮題)と名付けた随筆集を発行するべく準備中である。
 このような忙しい日々を過ごしているが、この合い間に気になっていたイワザクラの鑑賞に出掛ける。
 4月23日のことだ。
 この日は、好天の日曜日。鈴鹿の山も混雑が予想されたが、何とかなるだろうと思って出発した。
 いざ、着いてみると、出発時の心配は杞憂ではなく、本当となってしまった。
 湯の山の旅館街の奥の駐車場に到着する以前に、この道筋の空地という空地には車がビッシリと駐車してあった。
 鎌ヶ岳の長石谷ルートの登山口の空地にも4、5台もが押し込まれている始末で、この状態では最奥の正規の駐車場まで行ったとしても、停められないことは分かるので、ここから引き返すことになる。
 鈴鹿スカイラインに空地を見付けて路上駐車しようと車を走らせる。
 御在所山の家の先まで行けば、何とかなるだろうと思っていたが、旧料金場駐車場の辺りで、助手席の姫君が、「駐車場、空いているわよ」という。私には、このことは分からなかったが、慌ててブレーキを踏み、駐車場へ入っていった。
 何ということだろう。満車だと思い込んでいた駐車場に2台分の空きがあった。多分、早朝に出発した者が早くも下山したのだろうことが推定される。
 そんなことはどうでもいいことで、駐車できればそれだけで充分である。
 早速、身支度を整えて、先ほど、Uターンした長石谷登山口まで車道を降っていく。
 このルートは最初に徒渉しなくてはならない。以前、ここには鉄の橋が架かっていたのだが、7、8年前にここを襲った集中豪雨禍で流失してしまい、以後、徒渉せざるを得なくなっている。
 以前、橋があったということは、ここの徒渉が危険なためということにほかならず、以後、ここの徒渉には苦労している。
 この日は水位がそれほどあったわけではない。しかし、岩と岩の間に足が届くときなら何とかなるが、次の岩へ向かって飛んで渡らなくてはならないという場面になると、今の私には危なくて対処することができない。こんなときは、岩にしがみつき、次の岩に足を伸ばせるだけ伸ばして移動するという不恰好な姿を晒さねばならなかった。
 ここを渡り切れば、あとは何時ものというか、昔ながらの道が待ち受けているので何とかなる。
 最後の堰堤を越すまでは、概ね、谷の中に入らずとも、岸側に付けられた登山道を歩いていけばよいので問題はない。
 問題は、ここを過ぎて谷の中の遡上に入ってからである。
 こうなると、平衡感覚が鈍ってきているので、岩を伝い歩くという動作は大変である。何回も水の中に落ちそうになりながら、問題の地、イワザクラの咲く場所にやってきた。
 何時もなら、『咲いているだろうか』と心配しながらくるのだが、この日は違った。先ほど、すれ違った登山者からの情報で、咲いていることは分かっていたし、ここにはイワザクラの写真を撮る多くの人たちが固まっていた。
 こうして、今年も無事に、この花に対面することができたが、ここまでくるうちに味わった難儀さを考えると、来年はここまでくるのが無理かもしれないと思うようになった。寂しいことである。
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藤原岳 - 2017.04.16 Sun

 一昨日、4月14日の朝、「天気もよさそうだから、山へ行ってみる?」と、姫君に水を向けてみる。多分、断られるだろうと思っていたが、案に相違して、「何処へ?」と乗ってきた。シメシメと思いつつも、これを顔には出さずに、「孫太尾根か、藤原岳。どちらがいい?」と彼女の意黄を尋ねる。
 どちらでも良いという返事だったので、あれこれ思案して、花の種類が多いことが期待できる藤原岳に決めた。
 私にとって今年の山行きは、3月9日の丸山(孫太尾根)、3月12日の藤原岳、3月16日の入道ヶ岳である。これに対して姫君は、この内3月12日の藤原岳以来の1ヶ月ぶりということになる。なお、このときの藤原岳は、7合目からの登山道には踏み固められた雪に覆われていたので、ここから引き返している。
 ちなみに、これまでの花の収穫について述べておく。
 丸山では、途中のセリバオウレン、頂上のセツブンソウとフクジュソウだったが、これらはまだ咲き始めたばかりで、目を凝らして探さなければならないという状態であった。
 藤原岳の7合目までは、花は何も見付け出すことはできなかった。
 入道ヶ岳は、目的のフクジュソウには出合うことができたが、その他については何もなかった。
 このような状態で、鈴鹿の花は例年よりも遅い感じである。4月半ばといえど、今年は3月に何度も雪が降ったようでもあり、思ったように花が咲いているかは何とも言えないが、これまでのようなことはなかろうと考えて、9時前に自宅を出発した。
 この日は金曜日。平日の朝方ということもあって道は混んでいたが、渋滞箇所はなく、概ね順調に走ることができ、10時過ぎには大貝戸登山口の駐車場に到着する。
 平日とはいえ、この時間帯では駐車場が空いているか、否かが心配であった。到着してみると、やはりこの不安は的中。空きスペースはまったく残っていなかった。
 ここが満車の場合は、ここから歩いて7、8分の所にある観光駐車場を使用するのが常であるが、このときはここまで行くことはなく、登山口近くの墓地入口付近に駐車スペースが残っていたので、ここに路上駐車する。
藤原岳a
 10時35分、身支度を整え終えて、登山口を歩き始める。
 本日は黄砂がきているのか、モヤがかかっているのか判然としない。このため、一応、晴れてはいるようだが、カラッとした晴れではなく、薄日が差し込んでいるような柔らかな日差しである。
 でも、結構、気温は高いようで、半袖のTシャツの上に薄手のスポーツシャツという姿でも寒くはない。
 現在の登山口は神武神社の鳥居下で、ここから神社の境内を縦断する形で進んで行くと、大きな川の左岸に行き当たる。
 ここから右手に採ると、ここから先は昔からの登山道で、迷おうにも迷いようのない立派な道が続いている。藤原岳へ通じる登山道は幾つもあるが、この大貝戸道というのが、その中にあって最もポピュラーな登山道であり、登山者の8割がたが使用しているといっても過言でない。
 この登山道を簡単に説明する。
 まずは標高であるが、登山口が160m、8合目が850m、10合目の避難小屋が1070mである。なお、藤原岳は幾つもの頂を持つ山で、登山者が頂上と呼んでいるのが『展望の丘』で、ここの標高は1140余mである。ちなみに、頂上の標高が判然としないのは、ここは国土地理院の測量が行われていないため、標高線から推定した数字に過ぎないので、余mという表示を余儀なくされるのだ。
 また、この間の距離を地形図から計ってみると、登山口から8合目が2270m、8合目から避難小屋までが760mで、登山口が避難小屋までを通しでは3030mということになる。
 なお、昭文社の『山と高原地図』におけるコースタイムは、登山口から避難小屋までの往路が120分、復路が75分となっている。
 本日の狙いの花は、キクザキイチゲである。これにどれくらいの花が加わるかというところだ。狙いの花は8合目以遠に咲くので、何とか、ここまでは辿り着きたいが、ここまでは標高も距離も現在の私の体力では、限界ぎりぎりのところで、果たして辿り着けるか否か、微妙である。
 また、姫君もリハビリ中の身では、私と似たりよったりというところなので、とにかく行ける所まで行ってみようと思っての出発であった。
 ここの登山道は、ポピュラーなものだけに、誰にでも手軽に登ることができるようにキツイ勾配の所はジグザグに切ることによって同じような勾配を保っているので、比較的に楽に登ることができる。このため、体力に自信のあった頃は、この道は不遜にも馬鹿にしていたところがあって、縦走の帰りに使う程度で利用度は低かった。
 だが、最近ではこの道でさえも、もてあまし気味である。こうなると、以前は何でもなかった道でも、結構、急な勾配で、それがずっと継続していることを気付く次第であった。
 こんなことを考えながら歩みを進めていると、道の左手にミヤマカタバミが咲いているのに出合う。
 この花の葉っぱが、わが三太夫家の家紋に使われていることから、馴染みの深い花である。とはいえ、これは気温とか日差しとか、気象条件に左右される確率が高く、なかなか綺麗な状態でお目にかかることは少ない花である。ここは樹林の中で、日差しという意味では充分でないのにかかわらず、綺麗に花びらを開いているものが多く、稀に見る良い状態であった。
 以前なら、これを見れば大喜びしてザックからカメラを取り出すところだが、今は歩き始めて間もない頃に道草を食っていては上まで辿り着けないと危惧するのだろう。7合目辺りで撮ればいいと思い、これは横目に見るだけで、歩みを停めることはなかった。
 間もなく、2合目の標識が見えてきた。ここに、以前、ミノコバイモが咲いていたことがある。だが、これは1年限りに終わって、以後、ここに咲いているのを見たことがない。それでも万が一ということを考える助平心が働くので、以前、咲いていた場所に立ち寄って探してみるが、そんなに都合よくはことは運ばなかった。
 先ほどのミヤマカタバミは形の良い花があっても立ち止まらなかったのが、ミノコバイモとなると咲いていないことは分かっていても探すという違いは不思議に思う向きもあろうから説明すると、前者は珍しい花ではなく、ある場所にはいっぱい咲くが、後者は見られたとしても年間で10個もあれば良い方という希少価値があるためのことである。
 4合目にやってきた。
 ここには倒木のベンチがあり、一服するのに適している。ここで一休みしたついでに、スポーツシャツを脱ぎ、半袖のTシャツ1枚の姿になる。素肌をさらした腕にあたる風はやや冷たさを感じるが、寒さよりも気持ち良さを感じる。
 ここを過ぎると、いよいよ花が顔を覗かせるのが、何時ものことだ。
 スミレとか、ニシキゴロモを思い描いていたが、最初に登場したのがカンアオイであった。それも少し変わったカンアオイであった。見付けたのは姫君で、その第一声が、「変わった形のカンアオイよ」であった。近寄って見てみると、なるほど、今まで見てきたみものとは色が少し異なっていた。『スズカカンアオイというものがある。それではないか』と思い、後に調べてみると、やはりスズカカンアオイだった。
 ここから少し離れた所に、予定どおりにタチツボスミレがあったが、数は思っていたより少なく、咲き始めて間もない頃だと推定される。
 続いて5合目を過ぎた辺りでニシキゴロモも現れたが、これもまだ花付きの少ない、小さな株であった。
 4合目から5合目過ぎまでは、この山に多い杉の植林ではなく、雑木林であったが、再び、植林の中へ入っていく。すると、姫君が立ち止まり、「近道を行く?」と尋ねるので、「いや、真っ直ぐ、楽なほうから」と私が答えた。この頃になると、私の足は軋み始め、ギシギシという音が耳からも聞こえるような錯覚に陥っていた。
 ここで下山者に出会い、言葉を交わす。それによると、避難小屋の裏手の広場で1輪だけだが青色のキクザキイチゲを見付けたこと、また、これまた1輪だけだったが小屋前でミノコバイモが咲いていたとのことだった。
 キクザキイチゲは、咲いているとしたら咲く場所は分かっているので、それほどの朗報ではなかったが、ミノコバイモは年によって咲く場所が異なるので、お目にかかるのは運が左右する。このため、このニュースは私の萎える登高意欲を奮い立たせる役目を果たしてくれたようで、それまで8合目で引き返そうかと逡巡していたのが、この瞬間、何処かへ飛んで行ってしまった。
 13時07分、8合目にやってきた。出発が10時35分だったので、ここまで2時間30分もかかったことになる。
 ここにザックを降ろして、花を探しに出かけてみる。ここでも過去にミノコバイモ、カタクリなどに対面しているので、2匹目のドジョウを狙ったのだが、諺どおりに空振りに終わる。でも、ヒロハアマナだけはミニ群生を見せてくれていて、空振り三振ではなく、言うならば振り逃げ成功とでもいうのだろうか。
 先ほどの耳寄りな話を聞いてから、私はここから帰るという思いはなくなっていたが、姫君の体調もあるので、私の思いだけで行動はできない。このため、彼女の意向を尋ねると、「これが最後になるかも知れないから行く」というものだった。
 ここ8合目にはセリバオウレンが群生するが、この場所にはロープを張って立ち入れないようにしてある。最近、誰が決めるのか、こんな無粋なことをするところが多いが、ここでは立ち入ることなく、登山道脇で見付かった。
 次はトウゴクサバノオだが、これは時期が早かったか、見付けるには至らなかった。でも、この代わりといっては変だが、ミスミソウが見付かった。
 また、ここからは、この山を全国的に有名にしたフクジュソウが点々と咲いていた。入道ヶ岳では1ヶ月も前に見ており、ここも終わりに近いか、既に終わったと思っていたが、まだ、蕾状のものもあり、この先も楽しめそうな雰囲気であり、明らかに入道ヶ岳に比べると遅れている。とはいうものの、ここでも花びらを散らすものもあるので、一概に断定することはできないが……。
 とある場所で白い花、ミスミソウを見付けたが、花びらが閉じ加減で形も悪いので、そのまま通り過ぎた。
 この直後、「この先にキクザキイチゲが咲いていた」という下山者のが聞こえた。それなら見にいこうと、踵を変えて降ることにする。すると、案内された先には、先ほど、ミスミソウだと思ってやり過ごした花がそうだと分かる。だが、開いていないのでは仕方がないので、また、登り返すことになった。
 9合目を過ぎて、いよいよフクジュソウも花盛りになってくる。しかし、私の足のほうは思うように動かなくなり、花などどうでもよくなり、必死に動かぬ足に鞭打っていた。
 この急斜面は、いわば胸突き八丁という所で、このルートの最難関区間である。でも、ここの複数個所で過去にミノコバイモが咲いていたことがあり、本日も可能性はあるので、細心の注意を払って進んで行くが、そんなに上手いこと見付かるものでもなく、疲労だけが溜まっていった。
 それでも何とか、この難関を踏破、頂上台地に登り上がる。何と、そこには雪が多く残っていたのには驚きであった。そういえば、今年は3月に入ってから、この鈴鹿では何回も雪が降ったので、雪解けが遅れたようだ。
 ここから10合目避難小屋までは指呼の間である。14時33分、ここに到着する。この時間である。小屋前広場にも、小屋の中にも登山者は見当たらなかった。
 8合目から約1時間26分、登山口から約4時間もかかって、やっとのことで辿り着いた。
 でも、最後の大仕事が待っているので、ノンビリとはしておりない。
 早速、ミノコバイモとキクザキイチゲの探索を始めた。
 ミノコバイモは、こやからそれほど離れていない場所だということだったので、思い付くままに丁寧に探すが、この広い原っぱ状の所で10㎝にも満たない草花を探そうとするのが、そもそも無理な相談である。結局、何も得られないままに終わる。
 これがダメでもキクザキイチゲがある。この花は、以前、何回も見ており、今年もそこへ行けば簡単に見付かるだろうと安易に考えていた。しかし、いつもならそれほど労せずに見付かるはずの花は、今年に限って咲いてはいなかった。
 それなら、先ほどであった登山者の見たという青色のキクザキイチゲを探すしか他に有効な手立ては持ち合わせていない。彼の言う、小屋の裏手の草原に立ってはみたが、そこはあまりにも広過ぎた。それでも探すだけである。あちらこちら歩き回ってみるが、やみ雲では徒労感を味わうだけに終わった。
 もう、そろそろ諦めようかと思った矢先、目の中へ白い花が飛び込んできた。「おっ、あれだ」と思って近付いてみると、はやり、求めていた花であった。
 早速、カメラのファインダーを覗き込んだのは言うまでもない。こうして姿勢を低くして視線を脇にやると、何と、そこにもあるではないか。こうして1つを見付けると、次々と見付かるのは何時ものことである。こうして、都合、7、8個は見付けてカメラに収め、上機嫌で小屋に戻る。
 そして、15時12分、充分な収穫に機嫌を良くして下山に取り掛かる。
 こうしてツイてくると、また、それがツキを呼ぶようである。
 下山時に出会った人からも耳寄りな話がもたらされる。それは、ミノコバイモの咲いていたという話である。これは場所も具体的で、帰り道でゲットすることができた。
 こうして気分は上々であったが、身体は正直であった。気持ちとは裏腹に足はガクガクで踏ん張りは利かず、転びそうになりながらも何とか持ち堪え、15時10分、転び込むように登山口に帰り着いた。
 こうして、登り4時間、降り2時間の往復6時間を要した藤原岳登山を終えた。
2017_04_14 キクザキイチゲ

自費出版本第3弾完成 - 2017.03.30 Thu

 昨29日、このところ掛かりきりになっていた本の印刷と帳合が完了した。
 この本は、『2012年 北海道の花旅』という題名で、先に出版した『車旅日記』に次ぐ北海道シリーズの第2弾である。
 内容は、2012年に敢行した6月5日から8月3日間、60日間におよぶ花を求めて北海道内の花の名所を放浪して回った結果をまとめたものである。
 これは、ブログで発表したものを本にしただけで、目新しいものではない。
 これまでに制作した『私たちの山の履歴書』、『車旅日記』は、本の形式にした見本1部を刷り上げ、これをPDF形式に保存したUSBメモリーを印刷業者に渡せば、私の仕事は終わりであった。
 しかし、今回は花が主役であるため、本の中に挿入した写真は白黒ではなく、カラーにしたいという意向がある。
 これで見積もりを取り寄せると、印刷に要する費用が黒白に比して何倍もかかることが分かって、この計画は暗礁に乗り上げ、頓挫してしまった。
 一時は中止することも考えたが、折角、進めた計画である。何とか、実現したいとの思いが強く、種々、考えた結果、印刷は自分で行うことにする。
 自家印刷は『車旅日記』の際にも試みようとして、使い捨てをしても惜しくはない安価プリンターを手当てしてあった。このため、このプリンターを役立てる場面が出てきたことになり、ある意味では願ったり、叶ったりであった。
 でも、印刷に取り掛かるが、これがなかなかの難題であることが身をもって知らされることになる。
 本の体裁は、A5判、2段組で280ページである。
 1ページをジーコ、ジーコと印刷するだけでも数十秒を要する。これを280ページである。1冊分を刷り上げるだけでも、多くの時間を必要とする。時間をかければ何時かは終わるだろうと考えて、当初、これを100冊、印刷する計画で作業を始めた。
 後々のことを考えると、帳合をとる手間が省けるので1冊づつを刷り上げることがベストである。このように刷るとなると、奇数ページ(表面)を刷り上げてから、今度は偶数ページ(裏面)を刷らなければならない。
 これがうまくいけば問題はないが、何かの拍子に2枚の紙が重なった状態で送られてしまうと悲劇である。以後のページ全部が失敗になってしまう。既に表面は刷ってあるので、裏表面共に失敗になってしまい、損失は2倍になる。
 この愚を避けようとすると、1ページづつを愚直に刷っていかなければならなかった。
 これがなかなか大変な作業であることが分かり、100冊は無理だと早々に諦めることになり、80冊に計画補縮小する。その後、更に20冊を削り、最終的には60冊に落ち着くことになった。これにより、既に刷り上げたページの1部が不要となり、廃棄処分をせざるを得なかったが、これは潔く諦めることにした。
 こうして作業を進めていくが、インクの消費が思っていた以上であることが分かってくる。特に、カラーインクの消耗が激しい。
 『北海道の花旅』という本の性格上、写真の主役は花である。
 花の色は色々であるが、この周囲は葉っぱなどで緑色のことが多い。ということは、黄色と青色が先行して消費され、赤が残ることになる。
 使用するHP(ヒューレット・パッカード)社製のプリンターのインクは、ブラックとカラーの2種類である。インクボックス内部のことは分からないが、赤、青、黄色の何れかが無くなると、他の色が残っていたとしても、交換、廃棄しなくてはならず、不経済であることが判明した。
 このため、カラーページだけは、これまで使用している6色のインクが各々独立するエプソンのプリンター使用に切り替える。
 このように紆余曲折を経ながら、長い時間をかけて280ページ分が刷り上がり、帳合に取り掛かることになった。
 帳合とは、1ページから280ページまでを、番号順に綺麗に並べる、積み上げる作業である。
 この作業にはある態度の広い場所を必要とするが、貧乏所帯のわが家には適当な場所がない。仕方がないので、座卓の上を作業台代わりに使うことにする。座卓の上には13枚を広げることが可能であり、1回に13冊が出来上がり、この作業を5回づつ繰り返すと60冊が完成する運びとなる。
 これで終わりではなかった。
 果たして、間違いなくページ順にそろっているかを確認する作業が待っていた。
 これが意外に大変な作業であった。
 裏白のページがあったり、ページがひっくり返って並べられていたりという具合に、結構、見直してよかったと思うほどの間違い箇所が見付かった。
 こうして、昨日、ようやく完成をみて、製本業者に持ち込むところまで漕ぎつけることができた。
 こうして苦労して完成させた本に目を通してみると、肝心の文章の校閲が満足に出来ていない所が多々あることに気付かされた。
 自分で書いたものを自分で校閲することは、なかなか上手くはいかないことは分かっているが、それにしても今回は酷すぎる感が強い。これら箇所を直すといっても、今さら、できるものではない。
 これが分かってみると、完成の喜びも束の間、今では自責の念に苛まれている。
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    《印刷に先立ち、自分で製本してみた見本》

春の訪れが実感できた - 2017.03.01 Wed

 2月も残り少なくなった27日。
 この日は穏やかに晴れた暖かい1日であった。
 こんな陽気に誘われて、姫君の御供で藤原岳の麓にある集落に出向き、気になっていたセツブンソウの様子を見てきた。
 三岐鉄道の西藤原駅の駐車場に車を置いて、ここから歩いて現地に赴く。
 ここへの道を歩いていくと、屋敷畑の手入れをする主婦と出会う。挨拶に伴う会話によると、今年のセツブンソウは少ないとのことであった。
 でも、裏を返すと、今年もセツブンソウは咲いているということでもあり、多い少ないは別にして、ここまで出張ってきた甲斐があったことが分かって胸を撫で下ろす。
 現地に着くと、なるほど、これまでに比べるとセツブンソウの数は少ない。
 小さな水路と人家の離れの間の土手には、数えることができる程度の花がパラパラッと咲いているだけ。何時ものように離れた場所からでも分かるような密度ではなく、先ほどの主婦の話が本当であったことが証明された。
 もう1ヶ所、この土手と隣り合わせた人家の前庭のような場所には、もう少し固まって咲いてはいたが、こことて例年に比すと寂しいかぎりであった。
 これが今年に限ったことか、来年以降もこの傾向が続くかは不詳であるが、でき得るならば前者であって欲しいと願いつつ、撮影に取り掛かる。
 このあと、旧藤原自然科学館の近くにあるセリバオウレンの自生地にまわる。
 ここでも狙う花は1つを見付けるのがやっとに終わり、ここでも花が少なくなっていて、少し落胆することになった。
 それでも春の花2つをゲットすることができ、私たちの冬モードもこの日を境に春モードに切り替えができた。
 翌28日。
 今度は瀬戸市と尾張旭市に跨る愛知県森林公園にいってみる。
 いつものように南門の詰所で開花状況を尋ねると、「梅が5分咲き、ユキツバキが咲き始めたところです。草花は3月にならないと……」とのことだった。
ということで、ここは空振りの様相であったが、「折角、ここまで来たのだから園内を一回りしていこう」と相談がまとまり、歩き始める。
 なるほど、ここはまだ冬の延長上のような雰囲気であった。すなわち、木々は葉っぱを落とした裸の木が多いし、地面も緑は殆ど見当たらないという具合であった。
 園内の中央に位置する展示館前の花壇を覗いてみると、フクジュソウが1つだけ黄色の花を咲かせており、蕾も2、3個が散見することができた。ここは、まだ冬だとはいえ、春の訪れは直ぐ近くになっていることが分かって少し気分が明るくなってきた。
 これに気を良くして更に足を延ばすと、東門近くの噴水の傍でヒメオドリコソウとハコベが見付かった。この隣には極小の花が咲いていたが、何だかは分からなかった。オオイヌノフグリに似ているように感じたが、これより小さいし、接写レンズで見てみるとこれとは違うことが歴然であった。ちなみに、帰りに南門の詰所の職員に尋ねると、『フラサバソウ』ということが分かった。
 こうして初見の花といってもいい、フラサバソウに出合えたことを収穫に、心も軽く家路に就いた。
 3月1日の本日。
 恒例の朝の散歩の折、姫君が「寄って行こうか」と言い、名城公園内に立ち寄ることを誘う。狙いは直ぐに理解できた。
 2週間くらい前、ここでフクジュソウを見てみたが、このときには影も形も認めることができなかった。とはいえ、昨日、森林公園でフクジュソウが咲いていたので、ここのそれも咲いているかもしれないので見ておこうという意味合いだ。
 ここには2ヶ所でフクジュソウが植えられている。
 散策路からも見える場所に1ヶ所がある。ここに近付くと、黄色がチラチラと目に飛び込んでくる。咲いていた。近付いてみると、花びらは開いているにはいたが、まだ小さく、もう2、3日くらい後が見ごろになりそうだろう。
 もう1ヶ所、といっても最初の場所から10メートルくらいしか離れていないが……。ここにも行ってはみたが、ここの花は最初のものよりも、もっと小さく、盛りになるにはもう少し時間を必要としそうであった。
 本日から3月。暦では春になったとはいえ、まだ寒く、冬の延長上ある感じで、コタツの中で縮こまっていたい気分である。
 でも、この3日間に訪れた藤原岳山麓、森林公園、名城公園の何れでも春の山野草に出合うことができ、春の訪れが実感できた。
 こうなればショボくれた末期高齢者を卒業して、外に出てみようかという気がしてきた。これが春というものだろうか。
2017_03_01 セツブンソウ

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