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2019-02

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2019年の元旦を迎えて - 2019.01.01 Tue

 新しい年が明けました。おめでとうございます。
 元旦は穏やかに晴れ渡り、7時過ぎのわが家からは、何時もよりも赤く、大きな日の出が見られ、おひさまも新しい年の門出を祝っているようで、誠におめでたいかぎりであります。
 新年の抱負を語る前に、お知らせしたいことがあり、先ずは、これを報告いたします。
 私の誕生月は2月で、また、今年が自動車運転免許証の更新年でもあります。これに先立ち、免許証更新の案内が届いたので、昨年11月にボケ進行度判定テスト(仮称)を受けてきました。
 テストの1週間後に、この結果を愛知県警察(平針運転試験場)から通知されました。
 それによると、『ボケが始まっている』という思いもよらないもので、正に、青天の霹靂でありました。
 ボケとは正常な人間とは異なって適正な判断ができなくなった人のことを言うのだと、私は理解しております。
 私の場合、ボケが始まっていると認定されたのだから、自覚症状はないが既にこの兆候が表れているということになります。従って、他の人からは、私が人とは思われない言動を取るようになるのは時間の問題。いや既にボケが始まっているのだから、注意深く観察すればその兆候は窺われるはずであると考えられます。
 これまでボケなどは私には無縁な存在で、最も恐ろしいのは中風などによる運動機能障害を発症することでした。このため、医者に薦められるまま、血圧降下、血液サラサラの薬を予防的に飲んでいたが、ボケ防止、あるいはボケの進行を遅らせる薬が真っ先に必要だったことを悟らされることになりました。
 『ボケが始まっている』という判定は、誰が、どのような基準で下したかは不詳ながら、警察からの申し渡しであり、少なくとも愛知県という公の機関がこのように認定に関与したことは紛れのない確かな事実であります。したがって、テレビのバラエティ番組などで行われているもののように笑って見過ごすわけには参りません。
 このような事情から判定には真摯に従う必要があるといえましょう。
 では、この先、ボケ老人らしく生きていくには、どのような態度で臨めばよいかと考えを巡らせるが、答えはなかなか出てきません。このようなこともあって、結果を知ってからは、悶々、鬱々とした日々が続きました。
 暮れも押し迫ったある日、『この答えが出てこないところが、ボケ老人のボケ老人たる所以だ』ということに気付きました。すなわち、ボケ老人がどれだけ考えを巡らせたところで答えが出てくるはずがない。何ごとにも答えが出せるのが正常な人間で、ボケ老人にはこれができないということ。この違いが、正常な人間とボケた人間(ボケた者を人間と表現するのは不適切であるかもしれないが……)の相違点だということに辿り着いたわけです。
 このように考えると、既にボケ老人の範疇に入った者が、今さら正常な人間に戻れるわけがないので、あくせくしても始まりません。
 こうなってしまったからには、自然に、あるがままに振る舞っていくしかない、いや振る舞っていかざるを得ないという結論に到達しました。
 年が改まったのを機にボケもリセットされるといいのだが、このように都合よくは元の正常な人間には戻れないことは分かっております。
 従って、改まって新年の挨拶をしたとしても、ボケ老人の戯言になることは必定であります。換言すれば、ボケと認定された今年からは、正常な人たちが行う年頭の挨拶を、ボケた私が述べることは僭越であるといえましょう。こうなったからには、正月であろうが、他の慶事であろうが、ボケた私にはもはや関係がありません。その日、その日を、ボケたまま、自然のままに生きていこう、いや生きていかざるを得なくなっていると思われます。
 それでは、今年からは、これまで以上に憐憫の情をもって接してやっていただけたらと思っております。それでは、宜しくお願い申し上げます。
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危険運転致死傷罪 - 2018.12.14 Fri

 私も喜寿を迎え、老境の域に達した。
 もう後は、やがて訪れる死をじっと待つばかりである。このため、時事問題という生臭い話題には近寄らないようにしていたが、これだけは自分の意見を述べたいという強い欲求に突き動かされ、禁を破ることにした。
 本日、注目度の高い事件の裁判員裁判で、判決が下された。
 事件は、あおり運転の末、高速道路上で相手の車を停めて、その車の同乗者を社外に引きずり出そうとして争う間、後続車両が追突、この余波で相手車両の同乗の男性とこの車を運転していた妻が死亡したというものである。
 そして、この裁判の被告人はあおり運転をした車の運転者である。
 このような悪質な事件は、これまでに聞いたことはなく、誰が考えても重罰に値するものである。検察も、この世間の感情に配慮したのか、交通事故でも一段と重い罰を科すことができる『危険運転致死傷罪』を適用して裁判に臨んだ。
 だが、検察も、この法の適用には些か無理があると考えたのか、これが認められないときには監禁致死罪の適用も視野に入れたものと、二段構えのものだった。
 危険運転致死傷罪は、交通事故における犯罪としては異常に重い刑罰を科すことを目的にして成立した法で、結果、わが国の刑罰体系からはみ出すような異常なくらいに重罰を科すことになっており、この法は以前から天下の悪法だと考えていた。
 世間の注目も高く、このところテレビのワイドショーなどで盛んに取り上げられていたが、この罪状での起訴が適当か、否か、有識者ならびに法曹関係者の間でも判断が分かれていた。この意見の分かれるところは、危険運転致死傷罪が運転中の行為の如何によって問われるが、本件事件では運転中ではなく、停車中に第三者の追突事故が直接の原因(死亡原因)ということである。
 裁判員ならびに裁判官が下した判決は、有罪。罰状が懲役18年というものであった。
 これを聞いた町の声は、なるほどと納得をしたり、まだ重い罪でも良かったと思った者が多かったようだ。
 しかし、考えてみたい。これは運転中に起こったものではなく、運転を中断してから起こったもので、明らかに法律を拡大解釈して導き出されたものである。こういうことが、一度、行われれば、今後、このように拡大解釈することが大手を振ってまかり通ることはいわずもがなである。
 これは何を意味するか。私たちが、いつ何時、これによって、このように謂れのない罪で処罰されるかということが起こり得るということだ。自動車運転中の事故は、自分で引き起こすつもりはないにしても、誰でもが起こす可能性がある。その際、法律を拡大解釈して適用、より重くとなったとしたら、どう思うだろう。
 犯罪における法の適用は、でき得るかぎり、狭く、狭く行われることが、望ましいと思う。重罰化を望めば、『明日はわが身』であることを忘れてはならない。
 ちなみに、法の拡大解釈は、オウム事件の捜査を境にして顕著になったように思われる。というよりも、これを境に国民が取締る側に寛容な態度で臨むようになったし、裁判のこの辺りから少しづつ変質したのではないかと思う。
木曽駒紅葉 161019_6597

四季桜見物 - 2018.11.25 Sun

 11月21日の朝日新聞(朝刊)1面、ゴ―ン日産会長の報酬過少記載容疑事件の大見出の下段に、大きな写真とともに『桜と紅葉の共演』と題する小さな囲み記事が載っていた。
 「豊田市の小原地区で、春と秋の年2回、花を咲かせる『四季桜』が見頃を迎え、県内外および外国からの観光客で賑わっている。地区内で最も多い約1200本の桜が植えられている『川見四季桜の里』では、赤と白のコントラストが山肌を彩る。今年の四季桜は、例年より少し早い10月10日ごろから咲き始め、冷え込みが強まった11月にななって紅葉が進み、共演が楽しめるようになった。両方が見られるのは、今月いっぱいの見込みだ」という内容(要旨)てあった。
 これを読んで、『あぁ、そうか』と思っただけであったが、24日の朝の散歩をしていると、雲ひとつない真っ青な空を見て、この記事のことを思い出し、今日ならさぞかし綺麗であろうと、想像を逞しくしていた。
 朝食を済ませても、依然として良い天気であったことから、これまで2、3度ほど、訪れているが、あまり天気に恵まれたことはなく、ここの景色に余り感動をしたこともなかったが、『今日、行けば、前よりはマシなものが期待できるだろう』と考えると、急遽、『行かなくては……』と思い、このことを姫君に伝える。すると、「これから……、何時も急だから……、時間がかかるわよ、待っていてね」と、支度に取り掛かる。とはいえ、何時ものことながら、女性の支度には長い時間がかかる。いい加減、待ちくたびれた頃、ようやく準備が整ったようだ。
 車に乗り込み、どの道順で行くかを考えた。グリーンロードを通っていくと、早そうだが、有料の上、この入口までの道路が混むことを考えると、これは余り上策とはいえない。そこで、瀬戸へ出て、赤津から戸越峠を越えて藤岡へ出て、ここから国道419号で小原へ行くのが、最も早そうに思え、これで行くことにした。なお、藤岡も、小原も、元々は藤岡町、小原村という独立した町村であったが、平成の大合併で豊田市に吸収合併されたため、現在では豊田市の一地区になっている。私としては、昔のように藤岡町、小原村と表現したほうが書き易いし、理解し易いが、これでは正確ではないので、頭を今様に切り替えなければならないが、これがなかなか上手くいかない。ボケが始まったわけではないと思うが、新しい呼称に馴染むことを拒否するのでやり難い。
 藤岡町までは道も混まなかったが、飯野の交差点から国道に入ると、これまでに比べると車の数が増えてきた。これらが四季桜見物となると、駐車場が混雑して待たされる懸念もあるので、改めて、この日が土曜日であることを再認識した。
 この小原地区には1万本の四季桜が植えられているとのことである。この数は、民家の庭とか、数ヶ所ある公園などの公共施設などなどのものを総称してのものだ。この中の名所の一部を周って楽しむ四季桜の回廊と名付けられたコースを歩くのが手っ取り早く楽しむ方法もあるが、4、5時間もかかるというし、以前、有名な所を周ったときの感想では、これら総てが見て感動する訳ではない。まあ、主だった所といえば、役場前のふれあい公園、ここから4、5キロメートルくらい離れた所にある川見四季桜の里のあたりである。
 このため、本日はこの2ヶ所で桜見物をする予定であった。
 役場前にきたとき、役場へ至る道には駐車場を入るために車が並んで停まって待っていたのを横目に見て、ここは後回しにして、最初に遠いほうの川見四季桜の里へ行くことにして、役場前の信号をそのまま直進した。
 ここへ到着すると、駐車場の入口には車が並んでいて、この後に並ぶことなく通り過ぎるようにガードマンが指示する。この先にも路肩スペースを利用した駐車場があるので、そこへ停めようとするが、ここも満車である。この国道から集落へ入る道路があり、ここなら邪魔にならずに車を止められそうだったので、ここへ移動して、空いた場所に車を停める。
 ここから川見四季桜の里までは歩かなければならないが、距離はたいしたことはないので、カメラを持って歩き始める。
 会場に到着すると、満車の駐車場と川を挟んで先にある小さな山の間を多くの観光客が行き交っている。彼らの言葉に驚く。私たちが理解できる日本語は少ないとまでは言わないが、理解不能な外国語が多く聞こえてくるではないか。そういえば、昨年の北海道がこうであったことを思い出していた。こうしてみると、ここ小原という片田舎にまでも外国人が押し寄せていることに驚いた。
 この山の斜面には、四季桜と所々に植えてある紅葉樹のピンク(白)と赤、黄のコラボレーションが楽しむことができるというのが、ここの宣伝文句である。朝日新聞に載っていた写真も、このようなものであったので、私もコこれを期待していたが、桜は山を埋め尽くすみものがあったが、紅葉が些か物足らないものであった。山の中の散策路を1周してみたが、1ヶ所、2ヶ所はモミジ、イチョウという木はあるものの、桜の色に対抗できるようなものではなかった。新聞の記事の掲載は21日だったが、取材して撮影したのはもっと前だったか、あるいは何年か前の最も見栄えのした年のものだったのだろうと想像を逞しくしていた。
 駐車場の脇に1本だけだったが、葉を赤い色に変えたものが1本だけだが残っていたので、これを使用して、桜と紅葉のコラボレーションを演出してみた。
 これで、一応、目的は達成したので、次の役場前のふれあい公園に行くことにしたが、車を走らせていると何時の間にか、ここを通り過ぎていたようで、結局、ここに立ち寄ることはなかった。立ち寄ったとしても、それほど良好なシチュエーションは望めないので、それほど残念だとは思わずに、そのまま帰途に付いた。
2018_11_24 小原四季桜-0739

ボケ判定テスト - 2018.11.17 Sat

 ちょうど1週間前のことだ。末期高齢者の運転免許更新に先立ち、新しく改正された道路交通法によって定められた、事前検査を行うため、近くの自動車学校へ行ってテストを受けてきた。
 ここでの話を要約すると、①ボケ進捗度合いの検査(正式名称は失念)を行い、これを警察に送って採点、結果によって2時間の講習を受ける者と3時間の講習を受ける者に選別される。そして、再び、自動車学校へ出向いて②2時間講習か、3時間講習の何れかを受講する。この際、これまで高齢者、すなわち老人が受けてきた視力検査や自動車運転の実地試験というか、試し運転が行われ、結果が警察に通知される。最後に、警察署ないし運転試験場に赴き、③視力検査および講習を受けて晴れて運転免許が更新されるという3段階の過程を経るわけだ。
 このような説明が行われて、いよいよ検査に入った。その検査の方法は、次のようなものだ。
 最初に大型テレビで1画面に4つづつ、描かれた動物とか、物品の絵を見せられる。これを4回、違った絵で行われる。結果、16種類の絵を見たことになる。
 これを見終わると別のテストである。1列10か、15文字程度、これが15行くらいの紙に、1から9までのランダムに並んだ数字を記してある。この数字の中から指定された2つないし3つの数字を順次消していくというテストである。
 こんなものは何でもないと取り組んだが、回答時間が、10秒か、20秒くらいと短く、私は最終行まで手が回らなかった。
30秒くらいの間をおいて、今度は3つづつの数字が指定され、前回同様に消していくのだが、前の試験で慣れたはずだが、これもまた最終行か、その前で時間切れであった。
 次は、最初に見せられた16個の絵の名前を書くというものだった。私は、10個くらいは覚えているだろうと思っていたが、途中で数字テストを挟んだためか、何の絵を見せられたかはスッカリと忘却のかなたで、7つが思い出されたに過ぎなかった。
 次いで、これらの絵のヒントが出されたが、これを見ても絵が浮かんでこず、3つ、4つは思い出せなかった。
 最後は、白紙の紙に自分で時計の文字盤を書き、指定された11時10分に針を書き入れるというものだ。これはフリーハンドで丸を書くことは難しかったが、問題の本質は簡単なもので、これは問題なくできた。
 こうして4問のテストが行われたわけだが、各問題の点数配分が分からず、自己採点もできない。しかし、75点には遠く及ばなかったので、講習は長いほうの3時間であることは間違いなさそうだ。
 ボケ判定テストは以上のようなものであったが、こんなものでボケの程度が分かるものだろうかというのが、率直な感想である。私の場合、今より20年前にこのテストを受けたとしても、結果は同じようなものであったであろう。今般、正答率が低かった(点数が悪かった)のは、何も年齢のせいではなく、元々、記憶力が良い方ではなく、若い時に受けたとしても、こんなものだろうと冷静にみても納得できる。
 このようにボケが加齢によるものか、元々の資質によるものかを第三者が見抜くことができるものだろうか。高齢者の交通事故が増加する現状を、手をこまねいているわけにいかないと、警察が考え出した苦肉の策であって、『いろいろと、手を打っている』というアリバイ作りに過ぎないのではというのが、このテストを受けた印象だ。
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写真展開催 - 2018.10.01 Mon

 長い間、ブログの更新を怠っておりました。別に、病気をしたとか、何かが起こったというわけではないが、体力の衰えは著しく山へ行く気力はなく、ただ、怠惰に日々を過ごしているだけという生活でありました。
 これではならじと、過去の写真を整理していると、姫君がお写しになったものの中には、なかなかどうして素晴らしいものが、多数、散見されました。
 今年の年初に、私の作品『北海道の生き物』をニコンプラザで発表したことを思い出し、ニコンに持ち込んだところ、採りあげてもらえることになりました。
 この結果、10月1日から10日の間(ただし、7、8日は休館)、『北海道ベストショット 2017・夏』を発表することになりました。
 栄方面へお出かけの際には、ぜひ、覗いてください。

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ニコンプラザ名古屋
  所在  名古屋市東区東桜一丁目13番3号
         NHK名古屋放送センタービル2階
  電話:  0570-02-8080
       
        ※ 栄オアシス21のバスセンターの2番バス乗場の裏手のエレベー
ターで2階に上がり、そのまま、まっすぐ東に進むとNHKビルの入
         口に。そのドアーからまっすぐ進むとニコンプラザ前に到着します。

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